【完結】遠き星にて

紙志木

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出発

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「ほ、本当に良いの?」

「ああ、地球に帰りたいのだろう?」

「帰りたい、けど...」

ピコンと小さな音が鳴ってラバースーツの左腕にメッセージが表示される。シュイを見ると、同時にメッセージを受信したようだった。

メッセージには地球へ向かうポッドの用意が整ったこと、搭乗場所、搭乗の拒否権は無い事が記されていた。

「行こう」

シュイが差し出す手をハルトは躊躇いがちに掴んだ。こんなに話が急だとは思わなかった。本当にシュイを地球へ連れて行って良いのだろうか。だが、シュイの居ない日々など想像できない。
ぐっと力を込めて手を握り返されて、シュイの顔を見上げる。目を細めて優しく微笑むシュイを見て、ハルトは心を決めた。

「うん、行こう」




指定された搭乗場所はシップの最上階だった。評議会の議員の家とは正反対に位置しているらしい。エレベータに乗り込んでパネルで最上階を指定すると、ハルトはエレベータの壁にもたれて目を閉じた。稼働音と浮遊感に包まれて自分が上昇しているのか下降しているのか分からなくなる。この高速エレベータとも今日でお別れかと思うと感慨深かった。
薄らと目を開けるとシュイは対面の壁にもたれて、ラバースーツの左腕の表示を睨んでいた。

「ドアが空いたら、俺に構わずポッドまで走れ」

「...どうして?」

シュイが答える前にエレベータの到着音が鳴ってドアが開いた。

「やあ、来たね」

ドアの前に居たのは、灰色の長髪の統制局員だった。ハルトの顔が強張る。シュイに促されてエレベータを降りて局員と対峙する。強い風に煽られて局員の髪が真横へなびいた。

「ハルト、行け」

「...う、ん」

シュイに背中を押されて、ここに居ても足手纏いになるかと、ハルトは搭乗場所へ向かって走り出した。

「残念、最後にもう一度飲ませて欲しかったのに」

シュイの表情が険しさを増すのを楽しんでいるかのように、局員は口の両端を釣り上げた。

「S75316、君の分のペンシルだ」

統制局員が黄色いペンシルを差し出す。シュイはゆっくりと数歩進み出て局員の手からペンシルを受け取った。

「そして、君はここでお終いだ」

局員が腰に差した鞭を抜き、だらりと床に垂れ下がる。先端が床に付くより先に局員の腕が素早くしなった。

シュイは左から来た鞭を体を捻って避けると、ジェットシューズでハルトの行った方向へ走り出した。後ろから局員が追ってくる気配がする。シュイは姿勢をより低くするとスピードを上げた。前方に旧式の小型ポッドが見える。既に乗り込んだのかハルトの姿は見えない。

もう少しだ、と思った次の瞬間、右足の裏側に激痛が走った。堪えきれずにバランスを崩し転倒する。勢いを殺せずに倒れたまま数メートル横滑りしてやっと止まった。
カツ、とブーツの足音がして見上げると、局員が無表情で立っていた。

「皮膚の下まで到達したようだね。前に言ったかな。私の鞭は特別製でね。神経毒が仕込んであるんだ。もちろんシップに解毒剤は無いよ」

シュイが上体を起こして自分の足を見ると、ふくらはぎのあたりのラバースーツが十センチほど破れ、皮膚からは血が滲んでいた。

「あははははは。私の勝ちだ」

局員の背後からジェットブーツの音が聞こえてくる。間もなくして現れたのはゾルドだった。

「シュイ!」

ゾルドが何かを投げて寄越す。シュイが反射的に受け取ったのはライトソードだった。シュイは足の痛みを堪えて立ち上がるとスイッチを入れた。ブン、と音がして光る刀身が現れる。局員に向かって剣を構えた。

「私を殺すのか。それも良いだろう。E001の居ないこの星で生きていても仕方がない」

シュイは剣を振りかぶると躊躇わずに局員に切り込んだ。鞭がしなって刀身を弾き返す。鞭の軌道を一か八かで読むと、シュイは大きく一歩踏み込んで局員の横腹に切り掛かった。じじじと焦げるような音がして局員の軍服と皮膚が焼き切れる。局員は鞭を持った手をだらりと下げるとどっと音を立てて倒れた。


「やったのか」

「...分からない」

「局員を殺したとなると面倒だ。今のうちに行け」

「ああ...ゾルド、ありがとう」

「お前から礼など、気色悪いな。ロイカにも伝えておく。ライトソードはあいつが手に入れたんだ。局員の位置情報をハッキングして、ここへ俺を寄越したのもあいつだ。さあ、行け」

「...じゃあな」

シュイはゾルドに背を向けると小型ポッドに向かって歩き出した。

ポッドのハッチを開けると、ハルトがシートに座っていた。不安そうな顔がシュイを見た途端にぱっと明るくなる。

「シュイ!遅かったから心配した。大丈夫だった?」

「ああ」

「座って」

二人乗りの旧式の小型ポッドだった。ハッチを閉めてセーフティベルトを閉めると、目の前の操作パネルが光を放つ。機械音声とスクリーンの説明に沿って操作すると、上から操縦レバーが降りてきた。

「これ、カリキュラムでやったシミュレータと同じ機種だ」

「そうだな」

「僕、操作できるよ」

「ハルト」

シュイがハルトの方へゆっくりと腕を差し出す。ハルトはセーフティベルトを緩めるとシートから身を乗り出して隣のシートに座るシュイに口付けた。


「行こう、地球へ」


メインの操縦者をハルトに設定し、操縦レバーを引くと轟音が鳴りポッド全体が揺れ始める。そのままレバーを引き続けると、突然浮遊感に包まれた。
分厚い窓の外は一面の砂嵐だった。やっと轟音が止むと窓の外は真っ黒になり操作パネルの明かりも消えて、ポッドの中が真っ暗になった。



どれくらい経っただろう。窓の外の暗闇の中に青い点が現れた。じっと見ていると、点はやがて大きくなり、ようやくそれが地球だと判別できるようになった。

青い地球が近づいてくる。白く渦巻く雲がわずかに動いているのが見える。青い海に茶色と緑の大地。

旧式のアラームが鳴り響く。再び轟音が鳴りポッドが振動を始めた。






楽園ではないと、あなたが言った地球へと
重力に抱かれて、小さな船は大気圏を進んで行く

あなたは牢獄に咲く白い花のように
男達を引き寄せては、容易く蜜など与えて

俺の気持ちなど知りもせずに 
細い体を見せつけて

ハルト、俺は伝えただろうか
あなたといる場所が俺の楽園だと

ハルト、俺が目を覚まさなくても
どうか泣かないで

死んで別のものに生まれ変わるというのなら
俺はあなたを包む大気になろうか

それとも林檎の木になって
あなたに紅い実を贈ろうか







「シュイ、眠っているの?」

「シュイ」




( 完 )

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