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第四章

87.先生が依頼を?オレ、そんなの聞いていない

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 数日が過ぎた。
 スエンとは一緒には休む。
 キスだってする。
 際どいセックスの真似事だって。
 でも、会話はがくんと減った。
 昨日の夜など、一言も喋らずずっとキスを繰り返した。
 気持ちがいいのに、しんどかった。
 昔は天にも昇るぐらい気持ちが高揚したのに、今は触れ合う度に心が血を吹いている気がする。
 今日はスエンの旅立ちの日だった。
 キ国の神殿から呼び出しがあったのだ。
 以前、原種の森から採取した動植物の幾つかを土人形に下ろしたのだが、そのことで確認したいことがあるとのことだった。
「いいですか、シンラ。火の扱いには十分注意して。貯蔵庫に食料がありますが消費は計画的に。もし何かあったら、ウトゥに連絡を。私の神紋を茶トラのニャーゴに付けておきますので」
「分かったって。もう行って」
 黒いローブに目深にフードを被り、皮の鞄を背負った夜の守護神を森羅は邪険にした。
 彼が腰を屈めて別れのキスをしようとしているのに気づかない振りをして背中を向けた。
 スエンがクルヌギアに向かって出発し、一人家に残された。
 こちらの世界にやってきて、いつも誰かしらが側にいたので、一人ぼっちになるのは初めてだった。
「はあ……」
 身体から力が抜けた。
 自分はずっと気を張っていたらしい。
 ウトゥから頼まれていた古代作品の直しをしようか、それとも自分の小説を書こうか、居間の机に資料やら木の板やら並べてみたが、さっぱりやる気にならない。
 ニャーゴ達がウロウロしていたので、呼び寄せて一緒になって遊んでいるうちに、もふもふの彼らに囲まれいつしか眠ってしまった。
 ―――トントン。
 遠くで玄関の扉を叩く音がして、目覚める。
(忘れ物でもした先生が帰ってきたのかな?でも、ノックなんておかしいな)
 寝ぼけ眼で扉を開けて、森羅は一気に目が冷めた。
 白髪の少年が立っていたのだ。
 顔には殴られたような赤黒いアザ。
「……ディン……さん」
 少年は、ウトゥと一緒にやってきたときよりも、きまり悪そうな様子だった。
「いや、それよりもその顔どうしたの?」
 ディンはウトゥの従者だったはず。まさか彼が?
「なんでもありません。ウトゥさまも関係ありません」
 聞かずとも察したのか、ディンは主の疑惑を即座に否定する。
「羽つきニャーゴの件で参りました」
と小声で付け足した。
「先生が依頼を?オレ、そんなの聞いていない」
 森羅の声が少し大きくなる。
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