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第八章

169.俺、普通の人みたいに友達を持ってはいけないから

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「ああやってマテリアを傷つけても、無理なんです。俺は死のレースを生き残った最後の一人だから、何者だという問いに唯一の肩書をつけるとしたら、大量殺人者です。そのせいで、サライやヨハネと協力しあえなかった。贋作組織で起こったことは父さんにしか話せていなかったから」

「サライ?ああ。巨匠のお弟子さんか。彼も現世で生きているんだね。ヨハネは十二使徒の一人だろうか」

「ええ。そうです」


と頷いた後、アンジェロは続けた。


「俺には他人には見せられない底があって。でも、ネットでは俺のことを世界一幸福な養子だって書いてあって。父さんのコレクションを引き継ぐ唯一の法的な人間だから。絵なんか大嫌いだから、コレクションなんかいらないのに。なのに、サライは、俺が父さんにピアノを習わせてもらってスーツを作ってもらってワインだって貰ってって指摘してきて」

「君に対してズバズバと物を言うようだね。君はそのことに反発を覚えている。分かりあえたら、きっといい友達になれる」

「なれません。俺、普通の人みたいに友達を持ってはいけないから。そして、絵で人を殺しをしてきた俺が、絵に興味を持っていい訳ない」

「そんなことないよ」


 アンジェロは激しく首を振る。


 恥部をアレッサンドロぶちまけられたのは、彼が自分が描いたムンディを冷静に貶してくれたからだ。ありとあらゆる粗がこの男には見えていたのだと思うと、ひれ伏したい気分になってくる。

 まるで、神様みたい。

 贋作組織で死の審判を受け続け、本物の神様を信じられないアンジェロにとって初めて得た感覚だった。

「君はさっき、悔しいって言ったよね。それが明らかな答えじゃないか」

「どういう意味ですか?」

「本当は、自分の絵を自分の持っている技量で描きたかった。なのに贋作ばかり描かされてきた。そして、本物を描いている奴と出会って魂が震えた。それが。チョークで描いたラフ画であってもね」


 アンジェロは黙り込んでしまった。

 アレッサンドロがムンディを呼び寄せる。


「強引に修復してしまってごめんよ。オレには時間がないものでね」

「いいえ。一層のこと、全部描きなおして貰ったほうがもっとよくなると思います」


 すると、ムンディが目だけで違うと言ってくる。

 アンジェロはまた泣けてきた。


「どうして俺みたいな出来損ないのレナトゥスに尽くそうとするんだよ」


とムンディに訴えると、代わりにアレッサンドロが答えた。


「メリージ曰く、マテリアは親にして子、恋人であり大親友。そういう存在らしいから」

「俺にはそんな人、いたことがない、です」

「だから、ほら」
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