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第八章
168.贋作組織で貴方と出会っていたら、俺、死んでいただろうから
しおりを挟むアンジェロは自分の手を見つめる。
贋作組織にいた頃は、筆だこが出来ていた。
ピアノばかりするようになってからは、それも消えた。
そして部屋を見回す。
布が貼られたカンバス。
そして、ありとあらゆる顔料。
汚れた絵筆。
アンジェロは顔を覆った。
途方もなく懐かしい気分になったのだ。
命を懸けて、絵を描かされていた贋作組織での時間を、まさかこんな風に感じるだなんて。
アンジェロは垂れ始めた涙を袖口で拭った。ついでに鼻水も。
「貶したかった訳じゃないんだ」と言って、ボッティチェリがティッシュボックスをベットの上にポンと置いた。
「ずびません」
と言いながらアンジェロは鼻をかむ。
「傷ついた訳じゃありません。正直に白状すれば、悔しんです。ウフィツィで絵を描いてもらった瞬間から、アレッサンドロさんに対して負けた気がしてならなかったんです。贋作組織で貴方と出会っていたら、俺、死んでいただろうから」
「え?」
「父さんに引き取られる前にいた場所です。そこで、強制的に絵を描かされていました」
「そうか。贋作組織。俺が、想像もできないような生き方をしていたんだね」
緊張で狭まる喉で唾を、ンクッとなんとか飲み込む。
これから打ち明けることは、自分の矮小さを正直にさらけ出す行為だからだ。
「アレッサンドロさん。さっき、何者なんだと俺に聞いてきましたよね?」
「とても興味あるよ」
「俺、自分が誰なのか、わからないんです。過去も、現在だって。具体的な年齢も、名前も分かりません。ここにいる俺は父さんにアンジェロって名前を与えられて館に住まわされて、音楽学校に通わせてもらっていて。思い切った言い方をするなら、今の俺は父さんによって作られた作品みたいなものです」
右手首のサポーターを取ってボッティチェリに見せた。
「これ、贋作組織の管理番号です。9999だからフォーナインって呼ばれていました。メリージはスリーナイン。そこでは、三人一組なって絵を描かされるんです。うまく描けた一人が生き残り、残り二人は死ぬ。俺はそこで、勝ち抜きました。……どうしても生きたかったから。それしか方法が無かったから。死んでいった子供らの顔を全部覚えています。だから、贋作組織を出てからも、ずっと絵は大嫌いでした」
「それは、敗者が死ぬっていうルールのせいだろう?でも、今はそんな場所にいない」
「それでも好きになれません」
側にいたムンディが、もう聞きたくないというように廊下に向かって部屋を出ていく。
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