上 下
146 / 196
第七章

147.ボッティチェリの本名。小さな樽って意味で、兄の方も絵描きだった

しおりを挟む


「いたとしても、アンジェロが演技していないとしたら、この時点では面識が無い。学校の課題を手伝って貰うのはあり得なくね?」


 数度の館内周回ののち、声を駆けられたのかアンジェロは振り向く。

 十歳ほど年上の男だ。

 二人からは他人よりは親しく、友人よりは遠い距離感が伝わってきた。

 レオが身を乗り出してきた。


「誰だ。こいつは」

「知らねえ」


 サレイが答えているうちに、画面の中の男は、アンジェロが小脇に抱えたスケッチブックを指差す。

 アンジェロの表情が怒りから一変し、泣きそうなものに。

 身振り手振りで何かを訴えている。

 男が見かねたようにアンジェロからスケッチブックと赤チョークを受け取って、ささっと紙の上に動かしていく。
 紙に描き出されたのは、ユディトだ。

 サライは、男の顔の画像ソフトに当てはめる。

 市民カードのデータベースに侵入し、顔写真と照合させたデータを引っ張ってこいとコマンドすると、幾人かの情報がパーセンテージ付きでモニターに映し出された。 


「一番、可能性が高そうなのは、フィレンツェ住まいのアレッサンドロって男」

「姓は、ディ・マリアーノ・フィリペーピか?」


とレオが聞いてくる。


「いや、似ているけれど、違う」


とサライは答えた。


「てか、そいつ、誰?」

「ボッティチェリの本名。小さな樽って意味で、兄の方も絵描きだった」

「んな、余計な豆知識いらねえから。あんたの世界で、僕、生きる予定ねえし」

「奴の仕事は何だ?現世でも絵描きか?」

「いや、修復士のようだ。イタリア美術協会ってとこにに登録がある」

「そこを詳しく調べてみろ。過去にどんな仕事をしたのか評価とともに出てくるはずだ。人となりが少しは分かるかもしれん」


とレオが指示を飛ばしてくる。


「僕はそっち方面は素人だから、ちょっと手こずるぞ」


 レオが無理やり加わってきて、停滞していた話の流れがスムーズになり始めた。

 ヨハネとあーだこーだと言い合っていたところで、ここまでたどり着かなかっただろうし、終いには喧嘩して、いいところまでいっていたことに気づかずにいたかもしれない。

 まあ、元お師匠様に感謝のかの字もサライには無いが。

 モニターに映るアレッサンドロという男は出来上がった絵を眺めていたが、何かに気づいたらしい。

 黙って見ているアンジェロに何か告げると、スケッチブックを捲って二枚目を描き始める。

 さっきより随分下手だ。そして、それをアンジェロに渡した。

 サライは感想を述べる。

しおりを挟む

処理中です...