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第六章

114.……電話。電話してやる!何回だってかけて……

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 これには素直に謝らざるを得なかった。

 自分は怒りにまかせて壁に投げつけてしまったのだ。


「……ごめん。俺、知らなくて」


「僕がお前の養父だったら、画力が落ちないように絵筆を握らせたままにしておく。ピアノなんて習わせない。学校にだって行かせない。どうでもいい子供なら、大切にする必要なんてない」


 サライがアンジェロが隣の部屋から持ってきたゴミ箱をあさり始めた。

 ズボンのポケットから出したのは、黒っぽいシミがついた紙切れだ。


「ムカつく」


 サライはそれを胸元に抱きしめながら言った。


「本当にムカつく」

「俺が?だったら何度でも謝るって」

「お前じゃない!!」

「じゃあ、誰?」

「……電話。電話してやる!何回だってかけて……」


 気が遠くなったのかサライが壁に向かって後ろ向きに倒れる。

 ゴンッと大きな音がした。


「ああっ、サライ?!」


 助け起こすと、彼の口からヒューヒューとおかしな呼吸。


「どうしよう。ヨハネ、まだ帰って来ないのか?連絡しようにも手段がないよ!でも、医者は呼ばない方がいいって……」


 アンジェロには困ったとき、頼れる相手はいない。

 ハリネズミみたいに背中を丸めて耐えることでなんとかやり過ごしてきたから。

 サライの状況は刻々と悪くなっていく。

 ムンディがサライの額に手を当てた後、アンジェロの勉強机にあった携帯を指差す。

 父親に素直に助けを求めるべきだ。

 ムンディは顔つきだけで伝えてくる。


「分かっているよっ!」


 苦しんでいる同年代の青年を蔑ろにしようとは思っていない。


「でも……。できないんだ。絵から出てきた貴方には分からないだろうけれど」


 メリージに灯された、ロレンツォへの憎しみの炎はまだ消えてない。

 ムンディがアンジェロの携帯を取り上げ、廊下に出ていく。


「ちょっと!止めろって!!そもそも、声が出せないくせに」


 それでもしつこくロレンツォにかけ続ければ、彼はおかしいと感じるはず。

 まだロンドンにいるのなら、半日もあればフィレンツェのこの館に現れる。

 おそらく、自分は怖いのだ。



『今更、何の用だね?』と冷たくされるのが。



 自分は冷たくしたくせに。



「何、携帯掴んでもみ合ってんだ?」


 声変わり前の声が廊下の天井からして、銀髪の少年が現れた。


「サライの具合は?」
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