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第六章

113.手間暇かかってんだよっ!それをお前は

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 ロレンツォに誕生日祝いでもらった後、壁に向かってぶん投げたものだ。それがベットの下に転がっていって、床に落ちたサライの視界に入ったのだろう。


「早くベットに上がって。悪化する」


 アンジェロはサライの腕の中のワインボトルを取り上げようとすると、


「いいよな。お前は」


と言う刺々しい声が聞こえてきた。


「何が?」

「父親がいて」

「血は繋がってないよ。俺、養子だ」

「知っている。調べたから」


 サライが、咳き込みながら答える。


「僕は特定屋だ。ロレンツォ公から息子の失踪理由を知りたいという依頼を受けた。だから、調べた。お前が行きたい大学はミラノ大学音楽学科。コンクールで一位を取りたい理由は副賞狙い。親しい友人はいない。学校帰りの寄り道もめったにしない。携帯の電話帳には父さんしか入っていない」

「誰にも言っていないことをどうして」

「気持ち悪いか?そうだろうな。僕は人間の嫌な部分を探る仕事をしているから蔑まされて当然。でも、こじれた父子の仲を取り持とうと尽力した。ミラノからフィレンツェ、ロンドン、そしてフィレンツェって振り回されながらもな」

「父子の仲?父さんは俺を利用したいだけだ」


 しかし、サライは聞いていない。


「クローゼットにあるTシャツの山はきっと土産」


 そして自分の着ている服を見る。


「うわあ。いつのまにか僕にも。おすそ分けどうも」


と皮肉。


「ポールにかかったスーツはきっと、ロレンツォ公が仕立ててやったんだろ?お前、服に興味無さそうだし」

「あれは、コンクール用で」

「どこまでも虐げられた養子気取りか?本当に虐げられていたならそんなの作って貰えないぞ。ピアノだって習わせて貰えない」

「俺が恵まれているって言いたい?そうかもしれないけれど、……全てに恵まれてきた訳じゃないよ」

「知っているか?」


 発熱し汗をダラダラ流しながら、ワインボトルを赤子みたいに腕に抱いてサライが言う。


「記念ワインって、依頼を受けた年から作るんだ。一本の葡萄の木をそいつのためだけに管理して、葡萄を収穫して寝かせる」


 サライが壁の穴を指差す。


「手間暇かかってんだよっ!それをお前は」

「サライ。どうしてそこまで怒る?訳が分からないよ」


 ワインボトルが目の前に突き出された。


「これ、じいちゃんが作ったものだ。ロレンツォ公から依頼を受けて八年前に収穫して、それからずっと保管していた。注文したって忘れていたり、連絡したって受け取りに来なかったりする奴がいる中で、ロレンツォ公はちゃんと受け取ってお前にプレゼントした。これ、十八歳の誕生日記念だろ」
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