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第五章

94.お前は、とっととこの強情なクソガキをフィレンツェに連れて帰れ」

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 サライはアンジェロへと駆け寄る。ヨハネも後から付いてきた。

 正義感は強い方じゃない。

 特定屋なんて他人の粗捜しをする仕事をしているのだから、お察しの通りだ。

 だが、サライにはレオのすることなすことが気に食わない。


「父さんをここに呼ばないでください」


 アンジェロがソファーでうなだれながら言った。


「てめえは、まだ責任を取れない歳だろうが」


とレオ。

 アンジェロが顔を上げて、言い返す。


「もう十八歳になっています」

「職について、一人で食っていけるようになってから言え」

「呼ばないで下さいっ」


 アンジェロが悲鳴を上げるみたいに叫んだ。普通なら、こんな声は銃を向けられたときに出すものだ。

 アンジェロにとって、ロレンツォは銃より怖い存在らしい。

 だぶん、過去に相当なことがあった。

 だから、アンジェロはロレンツォから離れたい。

 なのに、ロレンツォは追ってくる。

 その仕返しが、オークション会場での絵の強奪?

 サライが首を傾げていると、やがて、廊下に面した居間の扉が開いた。


「やあ。お邪魔するよ。レオ」


 その声に、アンジェロがはっと息を飲んでカチコチに固まる。

 スーツ姿のロレンツォが部屋に入ってくる。手にはノートサイズの破れた茶封筒を持っていた。膨らみがある。


「絵は無事戻ったようだね。イザベラ・デステに、早々に落札額を入金すると伝えてくれ」

「お前は、とっととこの強情なクソガキをフィレンツェに連れて帰れ」


 レオがソファーから離れ、床の絵を蹴り飛ばすような勢いで見ている。

 九億ユーロの価格で落札された後、盗み出した『サルヴァドール・ムンディ』

 作者はレオナルド・ダ・ビンチ。

 ん?ちょっと待て。

 こいつがかつて、レオナルド・ダ・ビンチと名乗る絵描きだったとして、生まれ変わってオークショナーとなり、今回自分の絵を売った?


(笑えるだろ、それ)


 当然、そのことをロレンツォは知っていて、パドルを上げながら「どうだい?自分が描いた絵の競売者になる気分は?」と口には出さずからかった。だから、落札者を告げるとき、レオはあんなに不機嫌だった?

 ロレンツォがソファーでうなだれるアンジェロに近づいて行き、


「これ、見たよ」


と静かな声で茶封筒の表面を突く。

 アンジェロは可哀想なほど動揺していた。


「俺は、そんなつもりなくて。父さんに見せるとしても、まだ先の話で……」


「そうかい。じゃ、ドブネズミの仕業かな?」


 すると、アンジェロが顔を上げた。
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