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第三章

30:今まで家に連れ込んだ相手と違って一筋縄ではいかないから珍しいだけで

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 時雨は、シャワーの音がし続けるのを確認してから、黒っぽく汚れた細長い新聞紙を食器棚の奥から取り出した。
「昨晩、尚のリュックから神様スタンプを取り出そうとしたら、変な感触があって。空けたらこれが」
 時雨は新聞紙を開く。
「ドスじゃねえか」
 眠そうな顔をしていた翠雨は、一気に目が覚めたようだ。
 白木の取手と鞘の短刀で、刃渡りは三十センチある。
「所持には届け出のいる長さだ。でも、模造刀を磨いたものかもしれない」
「それなら許可要らないしなあ」
 翠雨が新聞紙の端をつまみ上げた。
「黒っぽくなっている部分って、もしかして血か?」
「そうだと思う。刀身にもこびりついていた」
「あいつ、ラブマ神に会いに来ない代わりに人を殺してたって訳か?」
 時雨は携帯で画像を見せる。
 タクシーの明細だ。
 尚が深く寝入った隙に、どこに行っていたのか証明するものはないかとリュックや財布を探っていて見つけた。そして、こっそり写真を撮った。
「東京のタクシー会社じゃないな。って、十五万円?!こいつ、どこ行ってたんだ?」
「それ、僕と出会った晩の日付。記憶がすっぽり飛んでいるらしい。喪服を着ていたことも覚えていなかった。演技では無さそう。泥酔のせいかも」
「葬式に殺したいほど憎い奴が出席していて、刺して帰ってきたとか?んで、酒のせいで記憶をすっ飛ばした?」
「最初はお酒と大切な人を失った悲しみのせいなのかと思っていたんだけど」
「それでも救済チャンスリストより、人間の感情が優先されるなんておかしいだろ」
「うん。僕もそのエラーはどうしても腑に落ちない」
「たかが酒と葬式でそんなエラーおこるもんか。上に見つからないうちにさっさと原因を突き止めて、闇に葬れる部分は葬っちゃおうぜ」
 時雨や翠雨は天候の神のうち、雨の神に属している。
 上とは、空、太陽、月、などの人間が生まれる前から存在している上位神のことだ。時雨や翠雨も姿を直接見ることはできない。
 逆に、人間が作り出した物に付属する神には、高位神はほとんどいない。
「相手に記憶がねえっていうなら、携帯とかパソコンとか探るか。当日の足取りとか分かるかもしれない」
「パソコンは持ってないと思う。部屋には無かった」
「何、殺人ぐらいでショック受けてんだよ?今まで、そんなことする人間、ゲロ吐くほど大量に見てきたはずだろ?まさか、また入れ込んでるのか?芙蓉のときみたいに」
「そんなんじゃない。今まで家に連れ込んだ相手と違って一筋縄ではいかないから珍しいだけで」
「だったら、あんたはタクシー会社に連絡を入れろ。 一晩で十五万円も使う客なんて忘れるはずもないだろうし」
 シャワーの音が止み、翠雨がさっと白猫に姿を変える。
 時雨は短刀を再び新聞紙で包み、食器棚の下の扉に隠す。
「にゃおん」
と白猫が来たぞと時雨に知らせるように鳴くと同時に、浴衣をとりあえず着て帯で縛ったとだけの尚が洗面所から出てきた。
 時雨が側に寄っていって合わせを直してやろうと手を伸ばすと数ミリ後ずさる。
 一晩、キスまでした仲だっていうのに、警戒感は緩むどころか増している。
 でも、その張り詰めた気持ちが限界まで来ると、尚は一気に、時雨の手の中に落ちてくる。
 自分だけに見せてくれる無防備さが正直嬉しい。
「着方、いくらなんでもひどすぎ」
「えっと、どうやれば?」
「後できちんと教えるよ。さあ」
 帯をとき、裾の位置から合わせ、再度帯を巻く。
 もう少し抵抗があるかと思ったが、尚はされるがままにしている。
 昨日の夜もいつもより素直だった。
 手を導いて、気持ちのいい場所を触って欲しいと態度で示してくるとは。
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