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第11章 劫火

193:そして再び(2)

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 ガリエルの第6月にティグリの森を出発した柊也達三人は、北伐の時の道を逆走する形で回廊へと向かった。

 途中、セント=ヌーヴェル内を通過するため、ボクサーには乗らず、一行は馬に乗ってゆっくりと進む。セント=ヌーヴェルは未だ敗戦から立ち直っていなかったが、西誅軍が撤退した事でようやく復興へと取り掛かっており、一行は荒れた国内をさしたる危険に会うも事なく、通過する事ができた。



 清らかな川のせせらぎと森を飛び交う小鳥達の囀りが、爽やかなハーモニーを奏でる。森の隙間から射し込んだ光の帯が川面を煌びやかに瞬かせ、新緑の息吹から放たれた青い匂いが三人の鼻孔をくすぐる。木々の間を縫うように吹き込む風に心地良さを感じながら、三人は馬を引きながら川岸を歩いていた。

「えーっと…トウヤさん、どの辺りでしたっけ?」
「確か、あのカーブの先じゃなかったかな?」

 セレーネが馬を引きながら、柊也と並んで先を歩き、その二人の後をシモンが馬を連れて追う。柊也とセレーネの二人は、おぼろげな記憶を頼りに、周囲をきょろきょろと見渡しながらゆっくりと進んで行った。

「…ああ、多分あそこだ」

 やがて、川が大きく蛇行している場所を抜けた所で柊也が前方を指差す。柊也の指示に従って、セレーネとシモンが馬を繋ぎ、三人は柊也が指差した場所へ歩み寄った。

 そこは、蛇行した川の堆積物によって、比較的広い河原が形成されていた。シモンが周囲を警戒する中、柊也とセレーネは下を向き、注意深く河原の上を歩き回る。そして、

「トウヤさん、ありました」

 セレーネが頭を上げて柊也を呼び、柊也がセレーネの許へと駆け寄った。



 そこには、石や砂に混じり、いくつかの骨が散乱していた。骨は獣に食い散らかされたのであろうか、大きく散らばっており、あまり数も多くない。それでも幾つか頭蓋骨も転がり、これらの骨が人のものである事が容易に判断できた。そのうちの一柱の頭蓋の脇に埋もれていた衣服の切れ端に、柊也の既視感が呼び覚まされる。

「よし、セレーネ。取り掛かろうか」
「はい」

 二人はお互いの顔を見て頷き、柊也が陸側に歩み出すとスコップを取り出し、地面に穴を掘り出す。周囲に危険がないと判断したシモンも柊也とともに穴を掘り、その間セレーネが河原を歩き回って、遺骨や遺品を拾い上げていく。

 やがて三人は、地面に空いた大きな二つの穴にしゃがみ込むと遺品や遺骨を一つ一つ丁寧に並べ、その上から土を被せていく。そして遺骨が完全に土に覆われると、シモンが大きな石を運び、二つ並べて置いた。

「…」

 二つの石の前に柊也はしゃがみ、左手を顔の前に立てて黙祷する。柊也の両脇では、シモンとセレーネが各々の風習に則って死者を弔っている。

 偽善だとは、わかっている。他の遺骨には見向きもせず、此処しか埋葬しないのだから。しかも、この遺骨が本当に柊也達の目的の相手だったかどうかも、確証はない。だからこれは、三人にとっての単なる自己満足。

 だけど、柊也はそれで好いと考えていた。その自己満足こそが「思いやり」の原型であり、人を人たらしめる源なのだから。



 柊也は黙祷を終えて立ち上がり、二人に声をかける。

「…さて、行こうか」
「はい」
「ああ」

 柊也の言葉に二人は頷き、馬を引いて旅を再開する。

 やがて、アラセナ北部の峠を抜けた三人は、そこでボクサーに乗り換えると、回廊に向かって走り出した。



 ***

「…って言うか、どんだけ楽になっているんですかぁ…」

 ボクサーの上部ハッチから顔を出したセレーネが、周囲を眺めながら脱力する。セレーネの目の前には、かつて北伐の時に回廊の端に構築した簡易砦の残骸が広がっていた。

 僅か6日。峠からラモアの東を抜け、回廊を走破するのに僅か6日。前回はヘルハウンドとアースドラゴンに行く手を阻まれ、3ヶ月以上かかった道のりが、僅か6日である。しかもこれは、シモンとセレーネ、二人の操縦者の疲労を考慮し移動時間を抑えた上での結果であり、その気になればあと1日は短縮できたであろうと、予想された。

 ボクサーは、まさに蜘蛛の子を散らす勢いで、回廊を爆走した。木々が疎らでなだらかな草原が続く回廊を、ボクサーはまるで高速道路を走るかのように東進する。その巨体が発する地響きの前には、流石のヘルハウンドも一目散に逃げ出し、不幸にも鉢合わせした集団は、地面に無数の染みを残して消え去っていく。一日の行程を終えた三人が宿営前に最初にやる事は、ボクサーの前面に貼り付いた血糊を洗い流す事だった。

 上部ハッチから顔を覗かせたまま呆けているセレーネに、車内から柊也の声がかかる。

「とりあえず、明日は一日此処で休憩して、明後日ラディナ湖へと向かおう。此処から先は木々も生い茂っているから、今までほど順調には進めないからな」
「ラディナ湖まで、どれくらいかかりそうですか?」

 梯子を降りながらセレーネが質問し、柊也が答える。

「3日はかからないんじゃないかな?」
「…3日ですか…」

 答えを聞いたセレーネは、何故か疲れていた。



 ***

 簡易砦の跡地で丸一日休息を取り、英気を養った柊也達は、ボクサーに乗り込んで森の中へと踏み入る。森は多くの木々が生い茂り、ボクサーをもってしても容易に前には進めなかったが、高低差はそれほどでもなく、一行は何度か行き止まりを引き返しながら東へと進む。草原とは異なり夜襲の危険もあるため、一行は交代で不寝番を立てて夜を過ごした。

 3日目の朝、三人は早々に目を覚まして霧の立ち込める森の中を東へと向かう。そして、やがて三人の前に立ち塞がっていた木々が途切れ、突如霧の中から豊かな水を湛える湖が現れた。

「うわぁ…」

 上部ハッチから顔を出したセレーネが、湖畔を一望して感嘆の声を上げる。背後に広がる鬱蒼とした木々が、遠くに行くほど緑から灰色へと変色し、やがて真っ白な霧の影となって消えていく。視線を前へと向けると、ラディナ湖の湖面が世界を白と黒の二色に両断し、黒い水面から朝靄が立ち昇っている。重く湿った空間には鳥の囀り一つ聞こえず、ラディナ湖はまるで水墨画の様な静けさを漂わせていた。

 後部ハッチを開け、湖畔に横付けしたボクサーから降りようとしたシモンが、ある事に気づいてM4カービンを構え、柊也に警告を発する。

「トウヤ、アレを見てくれ」
「…何だ、あれは?」

 シモンが指差した先を見て、柊也が表情を険しくする。

 それは、湖畔のぬかるんだ土に残された、夥しい数の足跡だった。足跡は、湖畔から背後の森までの広い範囲に渡って敷き詰められ、そこに生息する草木を残らず踏み潰している。足跡は皆一様に南を向き、霧の彼方へと消えている。足跡を観察していたシモンが、眉間に皴を寄せた。

「…ハヌマーンだな。この数は10,000じゃ利かない。しかも、向こうにある大きな足跡は何だか見当がつかないが、少なく見てもアースドラゴン級だ」

 シモンの視線を追って柊也が背後の森に目をやると、大きな窪みが幾つも地面に穿たれていた。よく見れば背後の木々が何本もへし折られ、地面に散らばっている。大規模なハヌマーンの集団とA級以上の魔物が此処を南下していた事を知り、柊也が警戒を露わにした。

「近くにいるか?シモン」
「…いや、近くにはいないな。連中が此処を通ったのも、数週間くらい前のようだ」

 南を向いて鼻をひくつかせていたシモンが答え、柊也は肩の力を抜く。

「そうか。だが、長居したい場所ではないな。ハヌマーンがいつ戻って来るかもわからんし、さっさと渡ってしまおう」
「そうだな」

 柊也の言葉にシモンは頷き、三人はラディナ湖を渡る準備に取り掛かった。



 ***

 次第に霧が晴れ、太陽の光が射し込むラディナ湖の湖面を、一艘のゴムボードが疾走していた。シモンが操るゴムボートは、ガリエルの勢力圏に近く、数羽の水鳥を除き何もいない湖面に一筋の白い線を引いて北東へと進む。柊也はボートの中央で胡坐をかいて座り、セレーネは先頭で身を乗り出し、前方を凝視している。やがて、セレーネが四つん這いの体勢で前方を指差し、後ろを向いた。

「トウヤさん、シモンさん、あそこから上陸できそうです」
「ありがとう。シモン、向かってくれ」
「わかった」

 5時間ほどの航行の後、ゴムボートはセレーネが見つけた浅瀬に乗り上げ、三人はハーデンブルグ近郊に上陸を果たした。三人は衣服等を収納した背嚢を背に、比較的疎らな木々を掻き分け、1時間ほど山道を進む。やがて木々の向こうに、ハーデンブルグと思しき石造りの壁が見えてきた。

「…ん?」
「どうした、トウヤ?」

 ハーデンブルグを眺めていた柊也が立ち止まり、先頭を行くシモンが振り返った。シモンの問いに柊也は答えず、双眼鏡を取り出してハーデンブルグを眺める。

「…何で、こちら側でいくさの準備をしているんだ?」
「何だと?トウヤ、私にも見せてくれないか?」

 柊也の呟きにシモンが怪訝な顔をして手を伸ばし、柊也が2個目の双眼鏡を取り出す。二人がハーデンブルグの様子を窺っている間、東の方角を凝視していたセレーネが報告した。

「トウヤさん、東から軍隊が来ています。10,000以上いますね」
「…辺境伯が反乱でも起こしたのか?」
「どうします?トウヤさん」

 ハーデンブルグと東の方向を交互に見やる柊也に、セレーネが問う。やがて柊也は双眼鏡を下ろし、下から覗き込むように見上げるセレーネの顔を見て、口を開いた。

「とりあえず急いで山を下りて、ボクサーを出しておこう」



 山を下りた三人は、頃合いの良い斜面を見つけるとボクサーを取り出し、急いで中に乗り込む。ボクサーを出した際、周囲に地響きが上がったが、幸い山の影になっていた事もあって両軍のいずれにも気づかれる事はなかった。

 セレーネが操縦するボクサーは藪の中を慎重に進み、森の中から顔を覗かす寸前で停車する。そのまま柊也とシモンの二人が上部ハッチへと上がり、双眼鏡で両軍の様子を窺った。ハーデンブルグへ押し寄せた10,000以上の軍は、投石機、破城槌、攻城塔を多数揃えており、ハーデンブルグへの本気度が窺える。対するハーデンブルグは、大勢の兵士達が詰めかけているものの一部が街の外へと展開しており、彼我の戦力差から見ると、即座に戦闘へと突入するつもりはないらしい。

「…軍の圧力に、ハーデンブルグが屈したみたいだな」

 戦況を冷静に分析したシモンの耳に、柊也の呟きが聞こえて来た。

「…何で此処で、古城が出て来るんだ?」



「…コジョウ?…君が言っていた、一緒に召喚された女性の事かい?」
「ああ。それに、フリッツ様やレティシア嬢まで…」

 双眼鏡を覗いている柊也の唇が歪む。柊也の視界の先では、美香、レティシア、カルラの三人が後ろを向き、フリッツ達と会話をしていた。それはまるで、別れの挨拶をするかのように。

「どうする、トウヤ?」

 双眼鏡を食い入るように覗き込む柊也に、シモンが問う。軍の方に目を向ければ、十数人の騎士達がハーデンブルグへと歩き出していた。情報も足らないが、時間もない。柊也は、即座に覚悟を決める。

「シモン、パンツァーで連中の頭を押さえろ。ただし、間違っても当てるなよ」
「わかった」

 柊也は、パンツァーファウスト3をシモンに渡しながら指令し、梯子を下りて操縦席へと向かう。

「セレーネ、突入する。あそこにいる三人の女性を背にして、ボクサーを停めてくれ」
「わかりました、トウヤさん」

 柊也の指示にセレーネが頷き、ボクサーは爆音を上げながら藪の中から飛び出した。



 ボクサーは土煙を撒き上げながら、ハーデンブルグの中央街門に向かって突入する。上部ハッチから身を乗り出したシモンが、パンツァーファウスト3を構え、騎士達の前方に向けてトリガーを引いた。

 ボクサーから放たれたパンツァーは白い帯を引いて疾駆し、狙い違わず騎士達の前方の地面に着弾すると、大きな爆音と噴煙を撒き上げる。突然の事に騎士達が尻餅をつき、慌てて後ろに走り出すのを尻目に、シモンは発射装置を捨て車内へと戻った。

 ハーデンブルグも中央軍も突然の事に驚き、誰一人動きを止める中、ボクサーは中央へと躍り出すと三人の女性達の前で大きく反転し、後部ハッチを女性達に向けて急停車する。後部へと駆け寄った柊也がハッチを開け、ハッチの向こうに現れた、硬直する小柄な女性に左手を差し伸べた。



「古城、状況がわからん。10秒で決めてくれ。お前をこの場から連れ去った方が良いのか?それとも、アイツらを蹴散らした方が良いのか?」



 少女と見紛う黒髪の女性は、迷わず柊也の許へと駆け寄り、歓喜の声を上げながら柊也に手を伸ばした。

「――― 私を連れ去って下さい、先輩!」
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