視線の残滓

まきお

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まただ、と隼人は思う。

バイトを終え帰宅し、へとへとの状態でシャワーを浴び、髪もろくに乾かさぬまま下着を履いただけの状態で寝室のベッドの上にごろりと横になる。
実家なら確実に母や妹に怒られている格好だ。だがここには口煩い女どもはいない。大学進学を機に上京してきた隼人は従兄弟の家に下宿をさせてもらっていた。従兄弟の親はちょっとした小金持ちで、二十歳を過ぎた従兄弟にポンとタワマンを買い与えた。隼人はその恩恵に預かりなんと家賃は月2万、光熱費水道代はタダ、という破格の条件で同居を許可されていた。

この話を母から聞いた時は俄には信じられなかったし、正直なところ今でも懐疑的であった。だってこんなことをしても従兄弟にはなんの得もないからである。
従兄弟の譲とは特別親しい間柄でも年齢が近いというわけでもない。折角都内の一等地で悠々自適に暮らしているところにたいして親しくもない親戚と4年間同居、しかも家賃収入もほぼないとくれば怪しさしかない。隼人の知る譲という青年は、そこまで善良な男ではなかったからである。

(昔から女にだらしなかったけど、今じゃホストだもんな)

しかもどうやらそこそこ売れているらしい。
あんなろくでなしのどこがいいんだか、客の女の子たちの気がしれない。

(それでも昔は、それなりに良い所もあった気がするんだけど)

そう思うだけの具体的な何かがあったような気もするが、はっきりとは思い出せない。何より隼人は長時間の立ち仕事で疲労困憊の状態だった。少しでも気を抜くと眠気に負けて、瞼が落ちそうになってしまう。
明日の課題をまだ終わらせていないのに、そう思いながらも隼人の意識はゆるやかに睡魔に飲み込まれていく。

薄暗い寝室のベッドの上で、隼人は泥のように眠った。











(…………寝苦しい…)

もう何度目ともしれない寝返りを繰り返す。
ほぼ帰って来ることのない家主の代わりに寝室を占拠している隼人であるが、このベッドで安眠出来た試しがない。何故なのか、決まって深夜になると目が覚める。どれだけ疲れていても、深酒をしても、きっかり同じ時刻に目が覚めてしまう。

そしてそれからはもう、朝まで一睡も出来ない。


(視線だ)

目を閉じていてもわかる。誰かが自分を見下ろしている。



隼人は寝返りを繰り返しながらも決して目は開けずに、長い長い夜をやり過ごす。
これが、隼人の目下の悩みであった。
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