夏姫の忍

きぬがやあきら

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種火

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「減る減らぬの問題ではない。許されぬ」

 どう言い繕っても十分な仔細にならない。

 何故、触れてしまったのか。

 気づいたら、としか形容できない。

 物心ついた時より忍として育ち、自身の爪先一本にまで気を張り巡らせ、完全な制御の術を身に着けた。

 その自分が、完全に我を失った。

 だからこそ、無かったことにしたかった。

「許されたくないなら、それも良い。私はお前を斬って、新たな助っ人を呼ぶだけだ。だが、お夏様は望まぬはずじゃ。どうだ、裁きを受ける気ならお前の罪を公にして、お夏様に待遇を決めて頂こうか?」

「……すまぬ。伝えないでくれ」

 花月は頭を振った。

 罪が上忍に伝わって、責を問われてもやむを得ない。自分の行動に始末をつける覚悟はある。

 だが、できるなら夏には知られたくない。

「花月でもそんな顔をするんだね。情のないたわけ者かと憂慮していたのに! 愉快だから黙って見守るよ」

 きゃっきゃと、立てた声が癇に障るが、性分にほっとする。

 夏に暴露されるよりは、ましだ。

「でも、ここは花月が付き添え。私が町へ行く」

「余計な世話は焼くな。質屋なら男姿の俺が行くほうが理に叶っている」

「ならば着替えるさ。今、私がお夏様と二人になれば、花月への嫉妬で、何をしでかすか、わからないよ。花月は、それでも良いの?」

「どういう意味だ」

「花月の友の私は、お前の気持ちを尊重する。お夏様の護衛の私はお前に嫉妬する。私もあの方を可愛いと感じているから、常にあわよくばと目論んでいるのだ」

「どうせ、また質の悪い冗談であろう。いくらお前でも」

「そりゃあね。お夏様相手に彊要きょうようは、できないよ。でも女子だもの、隙も見せる。だが私と問答をしている場合ではないのでは? そら、お夏様は、あんな所まで行ってしまったよ」

 惑い始めた心は容易く、安芸の示した方角へ動いた。

 夏は波打ち際で貝拾いをしている小僧衆に、声を掛けている。

 目を戻すと、安芸は駒を攫っていた。

「じゃあね。後を頼んだよ。こちらは任せておいて」

 軽い足取りでさっさと遠ざかって行く。

 不断は飄々としているくせに。食えぬ男だと、花月は奥歯を噛む。

 こうなれば花月が付き添うしかない。

 元は花月の落ち度だ。姫に暴露されないだけで、良しとせねば。

「花月か。安芸は、どうしたのじゃ? 今のう、この子らが貝を拾うておるのを見ておった。こんなに拾うて、見事なものじゃ」

 夏の周りには、いずれも十に満たない風情の童が五人いた。そのうち、一番背丈の高い一人は、背中に子を負っている。

 夏が桶を指し示すと、皆、得意そうに頬を紅潮させた。

 桶の中には、泥の混じった貝が山のように盛られている。

「安芸は一足先に町へ参りました。ほお、蛤蜊に浅蜊に、貽貝もあるな。本当に良く拾ったものだ」

 花月は桶の中身を覗き込み、指で突っついて泥をよけた。

「お兄さんは貝の名前がわかるの?」

「多少な。桶を借りても良いか? 泥を落とそう」

 花月は軽く裾を捲ると、草履のまま浅瀬に入る。夏や花月に尋ねた子らは裸足のまま、倣う。

 桶を水に浸し、軽く漱いでから、貝を流さぬよう水を捨てる。

「これが貽貝、大きいものが蛤蜊、よく似ていますが、小さいほうが浅蜊です」

 横に並んだ夏に一つずつ差し示す。

「お兄さんたちは小田原から来たんでしょ? 小田原に住んでいるのに、こっちのお姉さんは、貝がどこにいるのか知らないんだって。嘘だよね? 小田原は海の近くでしょ?」

「貝がどこにおるか、知らぬとは言うておらぬ。〝どのように〟取るのか、見るのが初めてなだけじゃ」

 童の言い草に夏が唇を尖らせた。年端の行かない童に無知を指摘されて、むきになっている。

「小田原と一言で括るが、小田原は広く栄えた町だ。お嬢様は海辺ではなく、山手やまての地でお育ちになった方なのだ。なかなか海へ出る機会がなくてな」

 夏は問われて、小田原より旅に出た旨を話していた。

「小田原って、大きな町なの? 貝は売れるかな? ここから遠い?」

「そう遠くはない。だがお前たちが拾うた貝を持って商いに出るなら、鎌倉を目指すほうが良い。お前も知っての通り、小田原にも海があるのでな」

「ふぅん。そうかあ! でも、おいらも大きくなったら旅をするような商人になりたいな。お兄さんたちは何の商売をしているの?」

 幼子を負ぶった少年が目を輝かせる。

 花月のように腕に覚えがあるならともかく、人里離れた山道を旅することは、危険と隣り合わせだ。
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