夏姫の忍

きぬがやあきら

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姫と忍

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 しばらくして大きな川が姿を見せる。

 酒匂川に差し掛かり、人足に川を渡してもらうため上流へ向かう。

 渡し場では少人の人足が、各々腰を下ろし、何事か談話に耽っている様子だ。

 客が少ないらしい。ここでも二人は妙な会話を繰り広げる。

「あの者らの肩に乗って川を渡るのか?」

「そうですね。私たちはどこなりと泳いで渡れば済むのですが、お夏様はそうは参りません。しかる浅瀬を剴切がいせつに渡らねばならないでしょう。しかし馬の骨の肩にお夏様をお乗せせねばならぬのは、気が引けます」

「駒は? 駒は渡れるのか?」

「駒も人足が渡してくれましょう。勝手に渡ると咎められるのです」

「馬の脚が着くなら乗って渡っても良さそうなものなのに。妙な決まりじゃの。お父上が定めたのか」

「戦国の世の掟でございます。民たちにあまり自由に行き来されては困りまする。それに人足には大切な糧でございます故。まあ、私は必要に応じて勝手に行き来しますが」

 安芸の会話は迂闊すぎる。

 人足たちまではまだ遠く、辺りに怪しい気配もない。だが、不用意な言動は慎んでしかるべきだ。

 しかし、二人が楽しんでいるなら水を差すほどでもないか。

 花月は沈黙を保ったまま二人を観察した。

 もしや、何も考えていないように見えて、一連の会話は安芸の身に着けた技術の一つなのだろうか。

 現に、夏の強直は、確然と緩みを見せている。花月一人では、こうはいくまい。

 花月は与えられた指示には的確に応えられる。

 戦え、と命ぜられれば、いかに最小の労力で数多くの命を奪えるか考えて戦う。

 屋敷へ忍び込もうとすれば、密かに入り込むのか、大勢を招き入れるかで相応しい手立てを取る。

 だから安全に気遣った旅もできるし、行先があればどこへなりと連れて行ける。

 だが、目当を達するだけで、夏が心から楽しめるかは、わからない。

「さっ、間もなくあの人足たちに、私たちは客として識認されるでしょう。私と花月はお供の下男下女です。楽しいお喋りはしばし、お控えください」

「下男下女と仲の良いご婦人がおっても良いと思うがの。襤褸が出ぬとも限らぬから、黙っておくわ」

 一言が多い夏に安芸は苦笑するものの同調する。花月も後に続いた。

「おはようございます。朝も早うからご苦労様でございます。私共三人ほど、川を渡して頂きたいのですがねえ……」

 一番手前に座り込んでいた若い人足に、安芸は愛想良く声を掛た。花月に馬の手綱を預けて歩み寄る。

 このような談義は安芸が剴切だ。
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