27 / 45
姫と忍
10
しおりを挟む
しばらくして大きな川が姿を見せる。
酒匂川に差し掛かり、人足に川を渡してもらうため上流へ向かう。
渡し場では少人の人足が、各々腰を下ろし、何事か談話に耽っている様子だ。
客が少ないらしい。ここでも二人は妙な会話を繰り広げる。
「あの者らの肩に乗って川を渡るのか?」
「そうですね。私たちはどこなりと泳いで渡れば済むのですが、お夏様はそうは参りません。しかる浅瀬を剴切に渡らねばならないでしょう。しかし馬の骨の肩にお夏様をお乗せせねばならぬのは、気が引けます」
「駒は? 駒は渡れるのか?」
「駒も人足が渡してくれましょう。勝手に渡ると咎められるのです」
「馬の脚が着くなら乗って渡っても良さそうなものなのに。妙な決まりじゃの。お父上が定めたのか」
「戦国の世の掟でございます。民たちにあまり自由に行き来されては困りまする。それに人足には大切な糧でございます故。まあ、私は必要に応じて勝手に行き来しますが」
安芸の会話は迂闊すぎる。
人足たちまではまだ遠く、辺りに怪しい気配もない。だが、不用意な言動は慎んでしかるべきだ。
しかし、二人が楽しんでいるなら水を差すほどでもないか。
花月は沈黙を保ったまま二人を観察した。
もしや、何も考えていないように見えて、一連の会話は安芸の身に着けた技術の一つなのだろうか。
現に、夏の強直は、確然と緩みを見せている。花月一人では、こうはいくまい。
花月は与えられた指示には的確に応えられる。
戦え、と命ぜられれば、いかに最小の労力で数多くの命を奪えるか考えて戦う。
屋敷へ忍び込もうとすれば、密かに入り込むのか、大勢を招き入れるかで相応しい手立てを取る。
だから安全に気遣った旅もできるし、行先があればどこへなりと連れて行ける。
だが、目当を達するだけで、夏が心から楽しめるかは、わからない。
「さっ、間もなくあの人足たちに、私たちは客として識認されるでしょう。私と花月はお供の下男下女です。楽しいお喋りはしばし、お控えください」
「下男下女と仲の良いご婦人がおっても良いと思うがの。襤褸が出ぬとも限らぬから、黙っておくわ」
一言が多い夏に安芸は苦笑するものの同調する。花月も後に続いた。
「おはようございます。朝も早うからご苦労様でございます。私共三人ほど、川を渡して頂きたいのですがねえ……」
一番手前に座り込んでいた若い人足に、安芸は愛想良く声を掛た。花月に馬の手綱を預けて歩み寄る。
このような談義は安芸が剴切だ。
酒匂川に差し掛かり、人足に川を渡してもらうため上流へ向かう。
渡し場では少人の人足が、各々腰を下ろし、何事か談話に耽っている様子だ。
客が少ないらしい。ここでも二人は妙な会話を繰り広げる。
「あの者らの肩に乗って川を渡るのか?」
「そうですね。私たちはどこなりと泳いで渡れば済むのですが、お夏様はそうは参りません。しかる浅瀬を剴切に渡らねばならないでしょう。しかし馬の骨の肩にお夏様をお乗せせねばならぬのは、気が引けます」
「駒は? 駒は渡れるのか?」
「駒も人足が渡してくれましょう。勝手に渡ると咎められるのです」
「馬の脚が着くなら乗って渡っても良さそうなものなのに。妙な決まりじゃの。お父上が定めたのか」
「戦国の世の掟でございます。民たちにあまり自由に行き来されては困りまする。それに人足には大切な糧でございます故。まあ、私は必要に応じて勝手に行き来しますが」
安芸の会話は迂闊すぎる。
人足たちまではまだ遠く、辺りに怪しい気配もない。だが、不用意な言動は慎んでしかるべきだ。
しかし、二人が楽しんでいるなら水を差すほどでもないか。
花月は沈黙を保ったまま二人を観察した。
もしや、何も考えていないように見えて、一連の会話は安芸の身に着けた技術の一つなのだろうか。
現に、夏の強直は、確然と緩みを見せている。花月一人では、こうはいくまい。
花月は与えられた指示には的確に応えられる。
戦え、と命ぜられれば、いかに最小の労力で数多くの命を奪えるか考えて戦う。
屋敷へ忍び込もうとすれば、密かに入り込むのか、大勢を招き入れるかで相応しい手立てを取る。
だから安全に気遣った旅もできるし、行先があればどこへなりと連れて行ける。
だが、目当を達するだけで、夏が心から楽しめるかは、わからない。
「さっ、間もなくあの人足たちに、私たちは客として識認されるでしょう。私と花月はお供の下男下女です。楽しいお喋りはしばし、お控えください」
「下男下女と仲の良いご婦人がおっても良いと思うがの。襤褸が出ぬとも限らぬから、黙っておくわ」
一言が多い夏に安芸は苦笑するものの同調する。花月も後に続いた。
「おはようございます。朝も早うからご苦労様でございます。私共三人ほど、川を渡して頂きたいのですがねえ……」
一番手前に座り込んでいた若い人足に、安芸は愛想良く声を掛た。花月に馬の手綱を預けて歩み寄る。
このような談義は安芸が剴切だ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる