27 / 44
姫と忍
10
しおりを挟む
しばらくして大きな川が姿を見せる。
酒匂川に差し掛かり、人足に川を渡してもらうため上流へ向かう。
渡し場では少人の人足が、各々腰を下ろし、何事か談話に耽っている様子だ。
客が少ないらしい。ここでも二人は妙な会話を繰り広げる。
「あの者らの肩に乗って川を渡るのか?」
「そうですね。私たちはどこなりと泳いで渡れば済むのですが、お夏様はそうは参りません。しかる浅瀬を剴切に渡らねばならないでしょう。しかし馬の骨の肩にお夏様をお乗せせねばならぬのは、気が引けます」
「駒は? 駒は渡れるのか?」
「駒も人足が渡してくれましょう。勝手に渡ると咎められるのです」
「馬の脚が着くなら乗って渡っても良さそうなものなのに。妙な決まりじゃの。お父上が定めたのか」
「戦国の世の掟でございます。民たちにあまり自由に行き来されては困りまする。それに人足には大切な糧でございます故。まあ、私は必要に応じて勝手に行き来しますが」
安芸の会話は迂闊すぎる。
人足たちまではまだ遠く、辺りに怪しい気配もない。だが、不用意な言動は慎んでしかるべきだ。
しかし、二人が楽しんでいるなら水を差すほどでもないか。
花月は沈黙を保ったまま二人を観察した。
もしや、何も考えていないように見えて、一連の会話は安芸の身に着けた技術の一つなのだろうか。
現に、夏の強直は、確然と緩みを見せている。花月一人では、こうはいくまい。
花月は与えられた指示には的確に応えられる。
戦え、と命ぜられれば、いかに最小の労力で数多くの命を奪えるか考えて戦う。
屋敷へ忍び込もうとすれば、密かに入り込むのか、大勢を招き入れるかで相応しい手立てを取る。
だから安全に気遣った旅もできるし、行先があればどこへなりと連れて行ける。
だが、目当を達するだけで、夏が心から楽しめるかは、わからない。
「さっ、間もなくあの人足たちに、私たちは客として識認されるでしょう。私と花月はお供の下男下女です。楽しいお喋りはしばし、お控えください」
「下男下女と仲の良いご婦人がおっても良いと思うがの。襤褸が出ぬとも限らぬから、黙っておくわ」
一言が多い夏に安芸は苦笑するものの同調する。花月も後に続いた。
「おはようございます。朝も早うからご苦労様でございます。私共三人ほど、川を渡して頂きたいのですがねえ……」
一番手前に座り込んでいた若い人足に、安芸は愛想良く声を掛た。花月に馬の手綱を預けて歩み寄る。
このような談義は安芸が剴切だ。
酒匂川に差し掛かり、人足に川を渡してもらうため上流へ向かう。
渡し場では少人の人足が、各々腰を下ろし、何事か談話に耽っている様子だ。
客が少ないらしい。ここでも二人は妙な会話を繰り広げる。
「あの者らの肩に乗って川を渡るのか?」
「そうですね。私たちはどこなりと泳いで渡れば済むのですが、お夏様はそうは参りません。しかる浅瀬を剴切に渡らねばならないでしょう。しかし馬の骨の肩にお夏様をお乗せせねばならぬのは、気が引けます」
「駒は? 駒は渡れるのか?」
「駒も人足が渡してくれましょう。勝手に渡ると咎められるのです」
「馬の脚が着くなら乗って渡っても良さそうなものなのに。妙な決まりじゃの。お父上が定めたのか」
「戦国の世の掟でございます。民たちにあまり自由に行き来されては困りまする。それに人足には大切な糧でございます故。まあ、私は必要に応じて勝手に行き来しますが」
安芸の会話は迂闊すぎる。
人足たちまではまだ遠く、辺りに怪しい気配もない。だが、不用意な言動は慎んでしかるべきだ。
しかし、二人が楽しんでいるなら水を差すほどでもないか。
花月は沈黙を保ったまま二人を観察した。
もしや、何も考えていないように見えて、一連の会話は安芸の身に着けた技術の一つなのだろうか。
現に、夏の強直は、確然と緩みを見せている。花月一人では、こうはいくまい。
花月は与えられた指示には的確に応えられる。
戦え、と命ぜられれば、いかに最小の労力で数多くの命を奪えるか考えて戦う。
屋敷へ忍び込もうとすれば、密かに入り込むのか、大勢を招き入れるかで相応しい手立てを取る。
だから安全に気遣った旅もできるし、行先があればどこへなりと連れて行ける。
だが、目当を達するだけで、夏が心から楽しめるかは、わからない。
「さっ、間もなくあの人足たちに、私たちは客として識認されるでしょう。私と花月はお供の下男下女です。楽しいお喋りはしばし、お控えください」
「下男下女と仲の良いご婦人がおっても良いと思うがの。襤褸が出ぬとも限らぬから、黙っておくわ」
一言が多い夏に安芸は苦笑するものの同調する。花月も後に続いた。
「おはようございます。朝も早うからご苦労様でございます。私共三人ほど、川を渡して頂きたいのですがねえ……」
一番手前に座り込んでいた若い人足に、安芸は愛想良く声を掛た。花月に馬の手綱を預けて歩み寄る。
このような談義は安芸が剴切だ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
法隆寺燃ゆ
hiro75
歴史・時代
奴婢として、一生平凡に暮らしていくのだと思っていた………………上宮王家の奴婢として生まれた弟成だったが、時代がそれを許さなかった。上宮王家の滅亡、乙巳の変、白村江の戦………………推古天皇、山背大兄皇子、蘇我入鹿、中臣鎌足、中大兄皇子、大海人皇子、皇極天皇、孝徳天皇、有間皇子………………為政者たちの権力争いに巻き込まれていくのだが………………
正史の裏に隠れた奴婢たちの悲哀、そして権力者たちの愛憎劇、飛鳥を舞台にした大河小説がいまはじまる!!
和ませ屋仇討ち始末
志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。
門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。
久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。
父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。
「目に焼き付けてください」
久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。
新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。
「江戸に向かいます」
同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。
父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。
他サイトでも掲載しています
表紙は写真ACより引用しています
R15は保険です
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
知り難きこと陰の如く、動くこと雷霆の如し~武田家異聞~
氷室龍
歴史・時代
時は戦国時代。
甲斐国(現在の山梨県)に一人の英傑がいた。
武田太郎晴信
源義家の弟・新羅三郎義光を始祖とする甲斐源氏の嫡流、武田家の十九代当主。
父を追放し、妹婿を殺し、嫡男を廃嫡し、更には北条に嫁いだ娘を離縁されても野望に燃えた漢。
だが、その野望も病の前に潰えた。
そんな晴信が御先祖様の力で人生やり直し?!
時を遡って、今度こそ天下統一を果たす?
強欲生臭坊主を返上して一家のために奮闘します。
*史実に沿って進めますが、細部は作者の創作です。徐々に歴史改変が進みます。あしからずご了承ください。
表紙画像は月乃ひかりさんよりの頂き物です。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幕末群狼伝~時代を駆け抜けた若き長州侍たち
KASPIAN
歴史・時代
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。衆目駭然として敢えて正視する者なし、これ我が東行高杉君に非ずや」
明治四十二(一九〇九)年、伊藤博文はこの一文で始まる高杉晋作の碑文を、遂に完成させることに成功した。
晋作のかつての同志である井上馨や山県有朋、そして伊藤博文等が晋作の碑文の作成をすることを決意してから、まる二年の月日が流れていた。
碑文完成の報を聞きつけ、喜びのあまり伊藤の元に駆けつけた井上馨が碑文を全て読み終えると、長年の疑問であった晋作と伊藤の出会いについて尋ねて……
この小説は二十九歳の若さでこの世を去った高杉晋作の短くも濃い人生にスポットライトを当てつつも、久坂玄瑞や吉田松陰、桂小五郎、伊藤博文、吉田稔麿などの長州の志士達、さらには近藤勇や土方歳三といった幕府方の人物の活躍にもスポットをあてた群像劇です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる