ヘタレ王子「今日は婚約破棄には日が悪い」外面令嬢(はよ言えボケ、慰謝料請求したるわ)

黒星★チーコ

文字の大きさ
18 / 27
【本編】

17話(エピローグ)/ 王太子妃は謎めいている

しおりを挟む
 ◇◆◇◆◇◆


 それから数年後。青く晴れた美しい空の下。
 今日はバクフ王国の王太子、エドワード・ジョー・バクフ殿下と、その婚約者であるディアナ・アキンドー公爵令嬢の結婚式が執り行われる日です。

 王都の城下は朝からお祭り騒ぎです。
 この後エドワードとディアナは王都の教会で結婚の誓いを行い、神に祝福されたふたりが王宮に戻る際にパレードの馬車に乗って、国民にその姿をお披露目することになっています。
 少しでも良い場所で王子と花嫁を見たい! という物見高い者がパレードをする予定の沿道で朝から場所取りをしていて、もの凄い数の人々でごった返しているのです。

 集まった人々は口々に今日の主役について話します。

「なあなあ、花嫁の公爵令嬢の噂、聞いたか?」

「知ってるとも! あのベストセラー『王子と凍える赤薔薇姫』のモデルなんだろ? 口数こそ少ないが、見た目も中身もそれはそれは美しいお姫様だそうじゃないか」

「いやいや、あれは公爵家がイメージアップの為にお抱え作家に書かせたデタラメらしいぞ? 本当は、金に汚くて、身分が下の者を苛め抜き、王子様にも凄く冷たくてキツい事を言う高飛車な女らしい」

「うん? 知る人ぞ知る紅茶マニアだって言う話だぞ? 派手な社交界よりも地道な紅茶の研究に勤しむ方がお好みだから表舞台にあまり出ないとか。彼女のお陰で王立茶葉研究所が設立されたそうだよ。俺らも少しだけその恩恵を受けているし金に汚いとかキツい事を言う高飛車な女性とはイメージが違うけどなぁ」

「ええ? 私が聞いたのは全く違うわよ? とても可愛らしくて、恥ずかしがり屋で、王子様の事が大好きで健気で、王子様もベタ惚れの相思相愛なのに、実はおシャレにも感性が鋭くってイチマツ模様を貴族に流行らせたんですって! すっごく素敵よね~!」

「いやいや、僕が裏通りで聞いてきた事こそ真実だね。実はもの凄く頭のキレる女傑なんだってさ! 小さい頃の王子を叱り飛ばして真人間に矯正させ、時折お忍びで城下に降りては不正を見つけたり、国を豊かにする政策を進言し、数年前は王子の敵を罠にかけて一網打尽にしたってよ!」

「なによそれ、勧善懲悪モノの大衆演劇の見すぎじゃない?」

「そっちこそ、王子様モノの恋愛小説の読みすぎだよ!」

「……でも、こんなに色んな噂が立つのに肝心の公爵令嬢はあまりにも表に出たがらないから、謎めいた存在だよな。まあそれも今日までだけど!」

「そうだね。王太子妃だもん! 庶民の私達は今日ぐらいしか見られないけど、貴族の人達はこれから時々お目にかかる機会があるんだろうなぁ。うらやましい……」


 ◇◆◇◆◇◆


 王都の中心に作られた教会の聖堂は、その権威に相応しく色とりどりの色ガラスが嵌め込まれた美しいステンドグラスが有名です。
 普段は皆がその素晴らしい造形に見惚れる巨大なガラス窓を、今この一瞬は誰も目にしていません。
 この聖堂に集まった王家や関係者、招待客の人々の目は、入り口からたった今入場してきた純白の花嫁に釘付けだったからです。

 白い絹を贅沢に使ったドレスと、顔にかかる薄いヴェールを身につけたディアナはその銀髪と肌の白さもあいまって、触れれば融けて消えてしまう雪の精を思わせる出で立ちです。
 その儚げな美しさに息を呑んでほう……と溜め息をつく者も何人かいます。

 彼女が伏せていた目をあげると、銀の睫の下から赤く燃えるような瞳がキラリと光を跳ね返します。その途端、儚い雪の精ではなく、決して折れない深紅の薔薇が氷の衣を纏ってキラキラと輝くような雰囲気に一変しました。

 ディアナの赤い瞳は真っ直ぐに前を向き、彼女の夫となる男性の優しい翠の瞳と視線がぶつかり、絡み合います。
 男性はステンドグラスを背にして立っており、そこから差す光が彼の漆黒の髪を虹色に輝かせるのです。まるでシャボン玉のように。

 ディアナはエドワード王子の待つ祭壇の前まで、聖堂の中央をしずしずと進みます。
 彼女が王子のもとまでたどり着き、ふたりが教皇の前に並んで立つと結婚の宣誓が行われ、ふたりは永遠に添い遂げると神に誓いました。

「では誓いの口づけを」

 教皇にそう促され、お互いの方に向き直り見つめあうと、彼女のヴェールが上げられます。
 漆黒の髪に翠の目を持つエドワード王子と、銀髪に深紅の目を持つディアナ。ふたりの姿は一対の絵のように美しく、集まった招待客から再び溜め息が漏れ……
 ……そして暫くするとさざ波のようなざわめきに変わります。

「え? もしかして」

「……口づけを、躊躇っている……?」

「御姉様、まさか……ここまできて、キスが恥ずかしいの?……」

「……お嬢様……」

 花嫁は、身につけたドレスの白さがよりハッキリと際立つほどに顔から肩までを朱に染めプルプルと小さく震えています。
 口をぐっとへの字に結び、吊り上がった目を潤ませながら、まるで睨み付けるように上目遣いで王子を見上げているのです。
 王子は優しく、でも少しだけ面白そうに微笑み、小さな声で話しかけます。

「ディア、ちょっと緊張し過ぎ」

「だっ……だってエド様……皆の前でキスやなんて……」

「大丈夫、皆には見えない角度でするから」

「でも……」

 教皇がしびれを切らし、軽くエホンと咳払いをしたのを合図に、王子は花嫁の耳元で囁きます。

「ディア、外面ソトヅラにして」

 それを聞いたディアナはすっと冷たい表情に変わりました。朱に染まった肌もみるみるうちに白さを取り戻してゆきます。
 彼女は高慢な態度のように今まで引いていた顎をつんと上げ気味にします。その顎にすっと手を掛けた王子がもう少し引き上げ、そのままそっと唇を重ねました。

 一瞬の後、ふたりの顔が離れるとエドワード王子はニヤリとしながら至近距離でディアナに言います。

「上出来。流石は僕の妻だ」

「~~~!!!」

 再び、いえ先程よりも更に真っ赤になったディアナの視界には白い光がチカチカと瞬き、教皇の言葉もグワングワンとしか頭に響かない状況でした。

「ここにふたりを夫婦と認める。おお神よ。ふたりに永遠の祝福と幸いを与えたもう……」

 王子の遥か後ろ、壁際に控えていたセオドアは目だけでニヤッと笑みを作ります。

(うちの殿下のも大概だな。二人きりならすぐヘタレるくせに、こういう周りの目がある時はバシッと決めるんだから。……ま、王族としては良い事ですけどね)


 ◇◆◇◆◇◆


「あ!! 来た!! 馬車が来たよ!」

「わかったから押すなよ!」

 結婚パレードが始まり、騎馬隊が前後を固めた状態で王子と花嫁の乗る馬車がゆっくりと王宮に向かっていきます。

 街の人々は一目でも結婚式の主役を見ようと沿道に詰めかけ、押し合いし合いしながらも皆笑顔です。
 王子と花嫁が通るまでは皆口々に祝福の言葉を投げかけているのですが、いざ目の前にふたりが現れると、その美しさにポカンとしたり、うっとりとしている者が後を立ちません。

「誰だよ、公爵令嬢が冷たくて高飛車だとか言ったの! もの凄く優しそうでお綺麗じゃないか!!」

「王子様も素敵! お妃様とぴったりですごくお似合いだわ!!」

「はぁ……雪の精みたいで、この世のものとは思えねえわ……」

 人々が口々に賞賛を述べる中、先程噂話に興じていた青年がディアナの顔を見てピクリとします。

(あれっ……あの赤い目……あのとんでもなく綺麗な顔……どこかで)

 青年はハッと思い出しました。いつぞやの大衆演劇。確か人気俳優、イチマツ氏主演の有名な演目。
 その劇場ロビーで酷い人混みの中、青年は財布をられるところだったのを、彼女の連れの女性があざやかな手つきでスリを捕まえてくれたのです。

「物騒やね~」と笑いながら財布を返してくれた彼女の言葉遣いが西の地方の庶民風だったのとは裏腹に、あまりにも美しい顔立ちだったので深く印象づけられていたのでした。

(どこかの貴族がお忍びで遊びに来たのかと思ってたけど。そう言えば、あの後劇場には財布を預ける鍵付きの箱が設置されていた……)

 その瞬間、ディアナと青年の目が合い、ディアナがにこりとします。

「っ!!」

 去っていく馬車を見つめながら興奮して叫ぶ青年。

「……噂は本当だったんだ!! 王太子妃サマは、時折お忍びで城下に降りてきて悪をやっつける、もの凄く頭のキレる謎の美女なんだよ!! ねえ、凄くないか!?」

「え? さっきもそんな事言ってたわよね。触れれば融けそうな、あんな美人がそんな事する訳無いじゃない! んもう、本の世界そのままの美男美女で最高だったのに変な事を言わないでよ!」

 彼の主張は幼馴染みの女の子に一蹴されてしまいました。

 馬車の上では、エドワード王子が民衆に笑顔を向け手を振りつつディアナに声をかけます。

「ディア、あの男は公爵家のシノビか何かか?」

「え? 何がですか?」

「さっき、目を合わせて微笑んでいたろう」

「ああ、なんだか見覚えがあるような気がしただけです。多分シノビでは無いと思いますわ」

「そうか……いや、良いんだが……君の笑顔を見た男が、ちょっとこう……変な気を起こさないかと心配で」

 王子の言葉に、ディアナは兄から昔言われたセリフを思い出しました。

『お前の名前の通りディアナ月の女神のような美しさで微笑まれたらどんな男も心を蕩かされるだろうな』

「ふふっ」
(なんでやろ。お兄ちゃんに言われた時は気色悪くてたまらんかったのに、エド様に言われると……ちょっぴり嬉しい)

「ディア?」

「エド様、私、頑張ったでしょう? 昔は標準語の外面だと笑うことも殆どできなかったのに、今は……たまにカンサイ弁が出てしまうけど……こうやって本音を出したり笑ったりできます」

「ああ、頑張ったな」

 ディアナは少しだけ恥ずかしそうに頬を染め、続けます。

「それは国民に笑顔を向けるのも王族の務めとして必要だから、……エド様の隣にずっといたいから、頑張れたんよ?」

「…………ぐっ。(健気で可愛すぎてヤバい)」

「エド様?」

 もう何度目かはわかりませんが、ディアナに惚れ直すエドワード王子。馬車の上でいっとき見つめあうふたりに、周りから黄色い歓声があがります。



 こうして、冷たい外面で孤高の存在ぼっちを貫いていた『氷漬けの赤い薔薇姫』は、王子や国民の皆に愛される王太子妃になったのです。

 ……でも何故か、彼女には謎めいた噂がつきまとうのですが。

 曰く、怒ると物凄く口が悪くて怖い(カンサイ弁で啖呵を切るから)とか。

 曰く、たま~に氷の彫像のように表情が無くなるとか(あれこそ実は彼女の本性だと噂する人も)。

 曰く、やたらとお金の話ばっかりして、その時の目付きがギラギラしているとか。

 …………まぁ、噂なんですけどね。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

もう演じなくて結構です

梨丸
恋愛
侯爵令嬢セリーヌは最愛の婚約者が自分のことを愛していないことに気づく。 愛しの婚約者様、もう婚約者を演じなくて結構です。 11/5HOTランキング入りしました。ありがとうございます。   感想などいただけると、嬉しいです。 11/14 完結いたしました。 11/16 完結小説ランキング総合8位、恋愛部門4位ありがとうございます。

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

処理中です...