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【本編】
17話(エピローグ)/ 王太子妃は謎めいている
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◇◆◇◆◇◆
それから数年後。青く晴れた美しい空の下。
今日はバクフ王国の王太子、エドワード・ジョー・バクフ殿下と、その婚約者であるディアナ・アキンドー公爵令嬢の結婚式が執り行われる日です。
王都の城下は朝からお祭り騒ぎです。
この後エドワードとディアナは王都の教会で結婚の誓いを行い、神に祝福されたふたりが王宮に戻る際にパレードの馬車に乗って、国民にその姿をお披露目することになっています。
少しでも良い場所で王子と花嫁を見たい! という物見高い者がパレードをする予定の沿道で朝から場所取りをしていて、もの凄い数の人々でごった返しているのです。
集まった人々は口々に今日の主役について話します。
「なあなあ、花嫁の公爵令嬢の噂、聞いたか?」
「知ってるとも! あのベストセラー『王子と凍える赤薔薇姫』のモデルなんだろ? 口数こそ少ないが、見た目も中身もそれはそれは美しいお姫様だそうじゃないか」
「いやいや、あれは公爵家がイメージアップの為にお抱え作家に書かせたデタラメらしいぞ? 本当は、金に汚くて、身分が下の者を苛め抜き、王子様にも凄く冷たくてキツい事を言う高飛車な女らしい」
「うん? 知る人ぞ知る紅茶マニアだって言う話だぞ? 派手な社交界よりも地道な紅茶の研究に勤しむ方がお好みだから表舞台にあまり出ないとか。彼女のお陰で王立茶葉研究所が設立されたそうだよ。俺らも少しだけその恩恵を受けているし金に汚いとかキツい事を言う高飛車な女性とはイメージが違うけどなぁ」
「ええ? 私が聞いたのは全く違うわよ? とても可愛らしくて、恥ずかしがり屋で、王子様の事が大好きで健気で、王子様もベタ惚れの相思相愛なのに、実はおシャレにも感性が鋭くってイチマツ模様を貴族に流行らせたんですって! すっごく素敵よね~!」
「いやいや、僕が裏通りで聞いてきた事こそ真実だね。実はもの凄く頭のキレる女傑なんだってさ! 小さい頃の王子を叱り飛ばして真人間に矯正させ、時折お忍びで城下に降りては不正を見つけたり、国を豊かにする政策を進言し、数年前は王子の敵を罠にかけて一網打尽にしたってよ!」
「なによそれ、勧善懲悪モノの大衆演劇の見すぎじゃない?」
「そっちこそ、王子様モノの恋愛小説の読みすぎだよ!」
「……でも、こんなに色んな噂が立つのに肝心の公爵令嬢はあまりにも表に出たがらないから、謎めいた存在だよな。まあそれも今日までだけど!」
「そうだね。王太子妃だもん! 庶民の私達は今日ぐらいしか見られないけど、貴族の人達はこれから時々お目にかかる機会があるんだろうなぁ。うらやましい……」
◇◆◇◆◇◆
王都の中心に作られた教会の聖堂は、その権威に相応しく色とりどりの色ガラスが嵌め込まれた美しいステンドグラスが有名です。
普段は皆がその素晴らしい造形に見惚れる巨大なガラス窓を、今この一瞬は誰も目にしていません。
この聖堂に集まった王家や関係者、招待客の人々の目は、入り口からたった今入場してきた純白の花嫁に釘付けだったからです。
白い絹を贅沢に使ったドレスと、顔にかかる薄いヴェールを身につけたディアナはその銀髪と肌の白さもあいまって、触れれば融けて消えてしまう雪の精を思わせる出で立ちです。
その儚げな美しさに息を呑んでほう……と溜め息をつく者も何人かいます。
彼女が伏せていた目をあげると、銀の睫の下から赤く燃えるような瞳がキラリと光を跳ね返します。その途端、儚い雪の精ではなく、決して折れない深紅の薔薇が氷の衣を纏ってキラキラと輝くような雰囲気に一変しました。
ディアナの赤い瞳は真っ直ぐに前を向き、彼女の夫となる男性の優しい翠の瞳と視線がぶつかり、絡み合います。
男性はステンドグラスを背にして立っており、そこから差す光が彼の漆黒の髪を虹色に輝かせるのです。まるでシャボン玉のように。
ディアナはエドワード王子の待つ祭壇の前まで、聖堂の中央をしずしずと進みます。
彼女が王子のもとまでたどり着き、ふたりが教皇の前に並んで立つと結婚の宣誓が行われ、ふたりは永遠に添い遂げると神に誓いました。
「では誓いの口づけを」
教皇にそう促され、お互いの方に向き直り見つめあうと、彼女のヴェールが上げられます。
漆黒の髪に翠の目を持つエドワード王子と、銀髪に深紅の目を持つディアナ。ふたりの姿は一対の絵のように美しく、集まった招待客から再び溜め息が漏れ……
……そして暫くするとさざ波のようなざわめきに変わります。
「え? もしかして」
「……口づけを、躊躇っている……?」
「御姉様、まさか……ここまできて、キスが恥ずかしいの?……」
「……お嬢様……」
花嫁は、身につけたドレスの白さがよりハッキリと際立つほどに顔から肩までを朱に染めプルプルと小さく震えています。
口をぐっとへの字に結び、吊り上がった目を潤ませながら、まるで睨み付けるように上目遣いで王子を見上げているのです。
王子は優しく、でも少しだけ面白そうに微笑み、小さな声で話しかけます。
「ディア、ちょっと緊張し過ぎ」
「だっ……だってエド様……皆の前でキスやなんて……」
「大丈夫、皆には見えない角度でするから」
「でも……」
教皇がしびれを切らし、軽くエホンと咳払いをしたのを合図に、王子は花嫁の耳元で囁きます。
「ディア、外面にして」
それを聞いたディアナはすっと冷たい表情に変わりました。朱に染まった肌もみるみるうちに白さを取り戻してゆきます。
彼女は高慢な態度のように今まで引いていた顎をつんと上げ気味にします。その顎にすっと手を掛けた王子がもう少し引き上げ、そのままそっと唇を重ねました。
一瞬の後、ふたりの顔が離れるとエドワード王子はニヤリとしながら至近距離でディアナに言います。
「上出来。流石は僕の妻だ」
「~~~!!!」
再び、いえ先程よりも更に真っ赤になったディアナの視界には白い光がチカチカと瞬き、教皇の言葉もグワングワンとしか頭に響かない状況でした。
「ここにふたりを夫婦と認める。おお神よ。ふたりに永遠の祝福と幸いを与えたもう……」
王子の遥か後ろ、壁際に控えていたセオドアは目だけでニヤッと笑みを作ります。
(うちの殿下のソトヅラも大概だな。二人きりならすぐヘタレるくせに、こういう周りの目がある時はバシッと決めるんだから。……ま、王族としては良い事ですけどね)
◇◆◇◆◇◆
「あ!! 来た!! 馬車が来たよ!」
「わかったから押すなよ!」
結婚パレードが始まり、騎馬隊が前後を固めた状態で王子と花嫁の乗る馬車がゆっくりと王宮に向かっていきます。
街の人々は一目でも結婚式の主役を見ようと沿道に詰めかけ、押し合い圧し合いしながらも皆笑顔です。
王子と花嫁が通るまでは皆口々に祝福の言葉を投げかけているのですが、いざ目の前にふたりが現れると、その美しさにポカンとしたり、うっとりとしている者が後を立ちません。
「誰だよ、公爵令嬢が冷たくて高飛車だとか言ったの! もの凄く優しそうでお綺麗じゃないか!!」
「王子様も素敵! お妃様とぴったりですごくお似合いだわ!!」
「はぁ……雪の精みたいで、この世のものとは思えねえわ……」
人々が口々に賞賛を述べる中、先程噂話に興じていた青年がディアナの顔を見てピクリとします。
(あれっ……あの赤い目……あのとんでもなく綺麗な顔……どこかで)
青年はハッと思い出しました。いつぞやの大衆演劇。確か人気俳優、イチマツ氏主演の有名な演目。
その劇場ロビーで酷い人混みの中、青年は財布を掏られるところだったのを、彼女の連れの女性があざやかな手つきでスリを捕まえてくれたのです。
「物騒やね~」と笑いながら財布を返してくれた彼女の言葉遣いが西の地方の庶民風だったのとは裏腹に、あまりにも美しい顔立ちだったので深く印象づけられていたのでした。
(どこかの貴族がお忍びで遊びに来たのかと思ってたけど。そう言えば、あの後劇場には財布を預ける鍵付きの箱が設置されていた……)
その瞬間、ディアナと青年の目が合い、ディアナがにこりとします。
「っ!!」
去っていく馬車を見つめながら興奮して叫ぶ青年。
「……噂は本当だったんだ!! 王太子妃サマは、時折お忍びで城下に降りてきて悪をやっつける、もの凄く頭のキレる謎の美女なんだよ!! ねえ、凄くないか!?」
「え? さっきもそんな事言ってたわよね。触れれば融けそうな、あんな美人がそんな事する訳無いじゃない! んもう、本の世界そのままの美男美女で最高だったのに変な事を言わないでよ!」
彼の主張は幼馴染みの女の子に一蹴されてしまいました。
馬車の上では、エドワード王子が民衆に笑顔を向け手を振りつつディアナに声をかけます。
「ディア、あの男は公爵家のシノビか何かか?」
「え? 何がですか?」
「さっき、目を合わせて微笑んでいたろう」
「ああ、なんだか見覚えがあるような気がしただけです。多分シノビでは無いと思いますわ」
「そうか……いや、良いんだが……君の笑顔を見た男が、ちょっとこう……変な気を起こさないかと心配で」
王子の言葉に、ディアナは兄から昔言われたセリフを思い出しました。
『お前の名前の通りディアナのような美しさで微笑まれたらどんな男も心を蕩かされるだろうな』
「ふふっ」
(なんでやろ。お兄ちゃんに言われた時は気色悪くてたまらんかったのに、エド様に言われると……ちょっぴり嬉しい)
「ディア?」
「エド様、私、頑張ったでしょう? 昔は標準語の外面だと笑うことも殆どできなかったのに、今は……たまにカンサイ弁が出てしまうけど……こうやって本音を出したり笑ったりできます」
「ああ、頑張ったな」
ディアナは少しだけ恥ずかしそうに頬を染め、続けます。
「それは国民に笑顔を向けるのも王族の務めとして必要だから、……エド様の隣にずっといたいから、頑張れたんよ?」
「…………ぐっ。(健気で可愛すぎてヤバい)」
「エド様?」
もう何度目かはわかりませんが、ディアナに惚れ直すエドワード王子。馬車の上でいっとき見つめあうふたりに、周りから黄色い歓声があがります。
こうして、冷たい外面で孤高の存在を貫いていた『氷漬けの赤い薔薇姫』は、王子や国民の皆に愛される王太子妃になったのです。
……でも何故か、彼女には謎めいた噂がつきまとうのですが。
曰く、怒ると物凄く口が悪くて怖い(カンサイ弁で啖呵を切るから)とか。
曰く、たま~に氷の彫像のように表情が無くなるとか(あれこそ実は彼女の本性だと噂する人も)。
曰く、やたらとお金の話ばっかりして、その時の目付きがギラギラしているとか。
…………まぁ、噂なんですけどね。
それから数年後。青く晴れた美しい空の下。
今日はバクフ王国の王太子、エドワード・ジョー・バクフ殿下と、その婚約者であるディアナ・アキンドー公爵令嬢の結婚式が執り行われる日です。
王都の城下は朝からお祭り騒ぎです。
この後エドワードとディアナは王都の教会で結婚の誓いを行い、神に祝福されたふたりが王宮に戻る際にパレードの馬車に乗って、国民にその姿をお披露目することになっています。
少しでも良い場所で王子と花嫁を見たい! という物見高い者がパレードをする予定の沿道で朝から場所取りをしていて、もの凄い数の人々でごった返しているのです。
集まった人々は口々に今日の主役について話します。
「なあなあ、花嫁の公爵令嬢の噂、聞いたか?」
「知ってるとも! あのベストセラー『王子と凍える赤薔薇姫』のモデルなんだろ? 口数こそ少ないが、見た目も中身もそれはそれは美しいお姫様だそうじゃないか」
「いやいや、あれは公爵家がイメージアップの為にお抱え作家に書かせたデタラメらしいぞ? 本当は、金に汚くて、身分が下の者を苛め抜き、王子様にも凄く冷たくてキツい事を言う高飛車な女らしい」
「うん? 知る人ぞ知る紅茶マニアだって言う話だぞ? 派手な社交界よりも地道な紅茶の研究に勤しむ方がお好みだから表舞台にあまり出ないとか。彼女のお陰で王立茶葉研究所が設立されたそうだよ。俺らも少しだけその恩恵を受けているし金に汚いとかキツい事を言う高飛車な女性とはイメージが違うけどなぁ」
「ええ? 私が聞いたのは全く違うわよ? とても可愛らしくて、恥ずかしがり屋で、王子様の事が大好きで健気で、王子様もベタ惚れの相思相愛なのに、実はおシャレにも感性が鋭くってイチマツ模様を貴族に流行らせたんですって! すっごく素敵よね~!」
「いやいや、僕が裏通りで聞いてきた事こそ真実だね。実はもの凄く頭のキレる女傑なんだってさ! 小さい頃の王子を叱り飛ばして真人間に矯正させ、時折お忍びで城下に降りては不正を見つけたり、国を豊かにする政策を進言し、数年前は王子の敵を罠にかけて一網打尽にしたってよ!」
「なによそれ、勧善懲悪モノの大衆演劇の見すぎじゃない?」
「そっちこそ、王子様モノの恋愛小説の読みすぎだよ!」
「……でも、こんなに色んな噂が立つのに肝心の公爵令嬢はあまりにも表に出たがらないから、謎めいた存在だよな。まあそれも今日までだけど!」
「そうだね。王太子妃だもん! 庶民の私達は今日ぐらいしか見られないけど、貴族の人達はこれから時々お目にかかる機会があるんだろうなぁ。うらやましい……」
◇◆◇◆◇◆
王都の中心に作られた教会の聖堂は、その権威に相応しく色とりどりの色ガラスが嵌め込まれた美しいステンドグラスが有名です。
普段は皆がその素晴らしい造形に見惚れる巨大なガラス窓を、今この一瞬は誰も目にしていません。
この聖堂に集まった王家や関係者、招待客の人々の目は、入り口からたった今入場してきた純白の花嫁に釘付けだったからです。
白い絹を贅沢に使ったドレスと、顔にかかる薄いヴェールを身につけたディアナはその銀髪と肌の白さもあいまって、触れれば融けて消えてしまう雪の精を思わせる出で立ちです。
その儚げな美しさに息を呑んでほう……と溜め息をつく者も何人かいます。
彼女が伏せていた目をあげると、銀の睫の下から赤く燃えるような瞳がキラリと光を跳ね返します。その途端、儚い雪の精ではなく、決して折れない深紅の薔薇が氷の衣を纏ってキラキラと輝くような雰囲気に一変しました。
ディアナの赤い瞳は真っ直ぐに前を向き、彼女の夫となる男性の優しい翠の瞳と視線がぶつかり、絡み合います。
男性はステンドグラスを背にして立っており、そこから差す光が彼の漆黒の髪を虹色に輝かせるのです。まるでシャボン玉のように。
ディアナはエドワード王子の待つ祭壇の前まで、聖堂の中央をしずしずと進みます。
彼女が王子のもとまでたどり着き、ふたりが教皇の前に並んで立つと結婚の宣誓が行われ、ふたりは永遠に添い遂げると神に誓いました。
「では誓いの口づけを」
教皇にそう促され、お互いの方に向き直り見つめあうと、彼女のヴェールが上げられます。
漆黒の髪に翠の目を持つエドワード王子と、銀髪に深紅の目を持つディアナ。ふたりの姿は一対の絵のように美しく、集まった招待客から再び溜め息が漏れ……
……そして暫くするとさざ波のようなざわめきに変わります。
「え? もしかして」
「……口づけを、躊躇っている……?」
「御姉様、まさか……ここまできて、キスが恥ずかしいの?……」
「……お嬢様……」
花嫁は、身につけたドレスの白さがよりハッキリと際立つほどに顔から肩までを朱に染めプルプルと小さく震えています。
口をぐっとへの字に結び、吊り上がった目を潤ませながら、まるで睨み付けるように上目遣いで王子を見上げているのです。
王子は優しく、でも少しだけ面白そうに微笑み、小さな声で話しかけます。
「ディア、ちょっと緊張し過ぎ」
「だっ……だってエド様……皆の前でキスやなんて……」
「大丈夫、皆には見えない角度でするから」
「でも……」
教皇がしびれを切らし、軽くエホンと咳払いをしたのを合図に、王子は花嫁の耳元で囁きます。
「ディア、外面にして」
それを聞いたディアナはすっと冷たい表情に変わりました。朱に染まった肌もみるみるうちに白さを取り戻してゆきます。
彼女は高慢な態度のように今まで引いていた顎をつんと上げ気味にします。その顎にすっと手を掛けた王子がもう少し引き上げ、そのままそっと唇を重ねました。
一瞬の後、ふたりの顔が離れるとエドワード王子はニヤリとしながら至近距離でディアナに言います。
「上出来。流石は僕の妻だ」
「~~~!!!」
再び、いえ先程よりも更に真っ赤になったディアナの視界には白い光がチカチカと瞬き、教皇の言葉もグワングワンとしか頭に響かない状況でした。
「ここにふたりを夫婦と認める。おお神よ。ふたりに永遠の祝福と幸いを与えたもう……」
王子の遥か後ろ、壁際に控えていたセオドアは目だけでニヤッと笑みを作ります。
(うちの殿下のソトヅラも大概だな。二人きりならすぐヘタレるくせに、こういう周りの目がある時はバシッと決めるんだから。……ま、王族としては良い事ですけどね)
◇◆◇◆◇◆
「あ!! 来た!! 馬車が来たよ!」
「わかったから押すなよ!」
結婚パレードが始まり、騎馬隊が前後を固めた状態で王子と花嫁の乗る馬車がゆっくりと王宮に向かっていきます。
街の人々は一目でも結婚式の主役を見ようと沿道に詰めかけ、押し合い圧し合いしながらも皆笑顔です。
王子と花嫁が通るまでは皆口々に祝福の言葉を投げかけているのですが、いざ目の前にふたりが現れると、その美しさにポカンとしたり、うっとりとしている者が後を立ちません。
「誰だよ、公爵令嬢が冷たくて高飛車だとか言ったの! もの凄く優しそうでお綺麗じゃないか!!」
「王子様も素敵! お妃様とぴったりですごくお似合いだわ!!」
「はぁ……雪の精みたいで、この世のものとは思えねえわ……」
人々が口々に賞賛を述べる中、先程噂話に興じていた青年がディアナの顔を見てピクリとします。
(あれっ……あの赤い目……あのとんでもなく綺麗な顔……どこかで)
青年はハッと思い出しました。いつぞやの大衆演劇。確か人気俳優、イチマツ氏主演の有名な演目。
その劇場ロビーで酷い人混みの中、青年は財布を掏られるところだったのを、彼女の連れの女性があざやかな手つきでスリを捕まえてくれたのです。
「物騒やね~」と笑いながら財布を返してくれた彼女の言葉遣いが西の地方の庶民風だったのとは裏腹に、あまりにも美しい顔立ちだったので深く印象づけられていたのでした。
(どこかの貴族がお忍びで遊びに来たのかと思ってたけど。そう言えば、あの後劇場には財布を預ける鍵付きの箱が設置されていた……)
その瞬間、ディアナと青年の目が合い、ディアナがにこりとします。
「っ!!」
去っていく馬車を見つめながら興奮して叫ぶ青年。
「……噂は本当だったんだ!! 王太子妃サマは、時折お忍びで城下に降りてきて悪をやっつける、もの凄く頭のキレる謎の美女なんだよ!! ねえ、凄くないか!?」
「え? さっきもそんな事言ってたわよね。触れれば融けそうな、あんな美人がそんな事する訳無いじゃない! んもう、本の世界そのままの美男美女で最高だったのに変な事を言わないでよ!」
彼の主張は幼馴染みの女の子に一蹴されてしまいました。
馬車の上では、エドワード王子が民衆に笑顔を向け手を振りつつディアナに声をかけます。
「ディア、あの男は公爵家のシノビか何かか?」
「え? 何がですか?」
「さっき、目を合わせて微笑んでいたろう」
「ああ、なんだか見覚えがあるような気がしただけです。多分シノビでは無いと思いますわ」
「そうか……いや、良いんだが……君の笑顔を見た男が、ちょっとこう……変な気を起こさないかと心配で」
王子の言葉に、ディアナは兄から昔言われたセリフを思い出しました。
『お前の名前の通りディアナのような美しさで微笑まれたらどんな男も心を蕩かされるだろうな』
「ふふっ」
(なんでやろ。お兄ちゃんに言われた時は気色悪くてたまらんかったのに、エド様に言われると……ちょっぴり嬉しい)
「ディア?」
「エド様、私、頑張ったでしょう? 昔は標準語の外面だと笑うことも殆どできなかったのに、今は……たまにカンサイ弁が出てしまうけど……こうやって本音を出したり笑ったりできます」
「ああ、頑張ったな」
ディアナは少しだけ恥ずかしそうに頬を染め、続けます。
「それは国民に笑顔を向けるのも王族の務めとして必要だから、……エド様の隣にずっといたいから、頑張れたんよ?」
「…………ぐっ。(健気で可愛すぎてヤバい)」
「エド様?」
もう何度目かはわかりませんが、ディアナに惚れ直すエドワード王子。馬車の上でいっとき見つめあうふたりに、周りから黄色い歓声があがります。
こうして、冷たい外面で孤高の存在を貫いていた『氷漬けの赤い薔薇姫』は、王子や国民の皆に愛される王太子妃になったのです。
……でも何故か、彼女には謎めいた噂がつきまとうのですが。
曰く、怒ると物凄く口が悪くて怖い(カンサイ弁で啖呵を切るから)とか。
曰く、たま~に氷の彫像のように表情が無くなるとか(あれこそ実は彼女の本性だと噂する人も)。
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