SEVEN TRIGGER

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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》

グッバイフォルテ《Dead is equal》17

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「神の加護。これは本来認められた者にのみ許された特別な力。『天は二物を与えず』という言葉が指す通り、一人の人間につき一つ与えられる神からの恵み物……だが、時として例外イレギュラーが存在する」

 語らうオスカーが、神殿の上部からこちらを見据える。
 睥睨する視線はセイナと俺を交互に見比べていた。

「私には娘が二人いる。地上で療養という名の表の王女、リリー。そして……そこにいる裏の王女、セイナ。容姿こそ区別が付けられないほど似通っているが、唯一違う点がある。それは、神の加護を持ち合わせているか否か……」

 さらりと表の王女を拘束し、裏の王女を引きずり出した思惑を吐露した表情に憂いなどは存在せず、ただただ語らう口調は淡々としている。
 まるで使命によって動かされる人形のようだと、不気味な言葉の響きに俺も含め、隣に居るセイナも固唾を呑んで聞き入ってしまっていた。

「話は変わるが、人の身体を媒体とする神の加護には二つの授かり方がある。一つはその神自体が選定した素質ある者へと憑依する場合と、もう一つは神の加護を持つ者が誰か別の素質ある人間へと譲渡する場合。私は父から授かった『軍神オーディン』を、神によって選定された我が妻エリザベス三世は『雷神トール』を持ち合わせ、それぞれを娘達に譲渡しようとした」

「まさか……その結果がセイナの神の加護だというのか?」

 否。俺の問いにオスカーは首を振った。

「言っただろ。例外イレギュラーも存在すると。共に対等であるはずの双子それぞれに譲渡しようとした神の加護は、何故か長子にのみ付与されてしまった。それこそが『の加護』……そこにいる我が娘は神によって選ばれたのではなく、神に魅入られた唯一の人間ということだ」

 それを聞いたセイナの表情から血の気が抜けていく。
 反応を見る限り、たぶん彼女自身も知らされていなかったことなのだろう。

「そんな……っ……それじゃあわたくしがオーディンのグングニルと併用して雷神トールの加護が使えるのも」

「然り、普通の人物であれば互いの神が干渉し合い力を発せないところだが、オーディンをベースにトールの加護も授かったお前であれば可能だ。力の制御は通常の神の加護とは比較にならないほどらしいがな」

「そういうことか……もともとはオーディンの力を授かっていたからこそ、セイナは雷神トールの加護を上手く使いこなせていなかったのか」

 ようやく理解したか。
 そう言わんばかりにフンと高い鼻をオスカーは鳴らす。

「トールの神器一式を持ち出したのもそのためだ。我が娘にその才覚が本当にあるのか見極めるための儀式として、かつて雷神が乗り越えること敵わなかった宿敵、私の作り上げたこの組織『ヨルムンガンド』に打ち勝つことができるか否か。ずっと観察させてもらっていたよ」

 両肩のカラスを愛でながら、オスカーは順番に指を折っていく。
 イギリスでのテロ事件。
 それを利用してベルゼを差し向けたこと。
 アメリカに神器を送り、テロを起こしたことも。
 そこからベトナムの研究所へ誘ったのも。
 そして……今回の三国三つ巴の混乱を招き、世界に混沌を齎そうとしているのも。
 その全てかセイナが組織に相応しい人間であるかを見極めるための試練だった。
 父を探してここまで来たというのに、まさか手のひらで転がされていたとは思っていなかった。娘として全ての真実を知らされた今のセイナの心中は、俺程度では到底計り知ることはできないだろう。

「─────結局は私の過度な期待だったようだがな」

 冷たく言い放ったその言葉は、動揺で困惑しきったセイナに更なるキズを増やしていく。
 まるで思春期の気難しい年頃の少女の心を、何度もめった刺しにするように。

「結局お前は一度も自分の力だけでどうすることもできなかった。いつも周りの者に頼ってばかりで、結局一度もその力もまともに扱うことが出来なかった」

「そん……な……わたくしがこれまでしてきたことは全て、お父様にとって無意味だったと言うのですか……」

「それをハッキリ言われないと理解できないのか?お前は」

 突き刺さる冷酷な視線に打ちひしがれるセイナ。
 ずっと信じてきた者に裏切られる気持ちは、俺も竜の一件で理解していたつもりだったが、それになんと声を掛けていいのかまでは分からなかった。

「だが─────最後にチャンスをやろう」

 ずっと信じ続けてきた者の言葉にセイナは反射的に俯いていた顔を上げる。
 本当はそんなもの無いって判っているはずなのに。

「お前の隣にいるその男を……殺せ」

「オスカァーッッ!」

 セイナが答えるよりも先に俺は怒声を上げる。
 娘に対し、これほど酷薄な言葉があっていいはずがない。
 右眼が怒りで焼けるような光が走り、構えたままだった銃口へと力を込める。
 が、その眼前、狙い定めていたオスカーが先に突き出した左手。小指にはめた金指輪が煌めく。

 ザガァァァァァァァァァンンッッ!!!

 右肩から放たれた、このだだっ広い空間全体を照らすほどの眩い光。
 咄嗟に眼を覆うよりも先に側面へ飛んでいた俺の身体へ、とてつもない雷撃が襲い掛かった。

「クッ……」

 詠唱無しで放たれたとは思えない破壊と衝撃。
 辛うじて八咫烏ヤタガラスでいなしたものの、俺がさっきまで立っていた場所の石畳はえぐれ、背後の分厚い壁面にも物々しい衝撃が波打っていた。

「この金指輪、神器『九夜の奇蹟ドラウプニル』にはそれぞれ能力が付与されており、その内の二つがこのカラスの守護獣である『フギン』と『ムニン』だ。それぞれ『思考』と『記憶』を司り、監視として使用すれば人よりも多くの情報を得られるし、こうして私の魔術を教授しておけばいつでも主に代わって放つことのできるのだ」

 だからセイナはオスカーの顔を見る前から動揺を見せたのか。
 父親の神器を知っているであろう彼女からすれば、あのカラス二羽を見ただけで相手が誰なのか容易に想像できたはずだ。
 そして監視していたということにも合点がいく。
 セイナと出会う以前から人の気配には神経を張り巡らせており、それこそ一瞬だけ見せたししょうの殺気に気づけるほどには警戒を怠ったことは無かった。
 しかし、流石にカラスの視線までは気にしてはいなかったのが事実。
 そのうえ今の攻撃には『お前程度、私が手を下さずともいつでも殺すことができた』という比べる気にもなれない程の力量差まで見せつけられてた。

「お前は……お前は……っ」

 それでも怒りは一切収まる気配を見せず、抑えきれない苛立ちを引き金に込める。
 その燃え滾る様な感情とは裏腹に、放たれた.45ACP弾はただただブレることなく真っ直ぐに標的へ迫っていく。
 だが……

 シャンシャンシャンッ─────

 今度はオスカーの左手中指が煌めいたかと思うと、左肩に止まっていた『ムニン』の肉体が白々とした雪化粧を帯びていき、雪降る夜闇のサンタ鈴のような音色と共に氷の障壁を形成していく。

「なっ……それはアルシェが使っていた氷の魔術!?」

 放った銃弾が無残にも氷の障壁に弾かれたことよりも、その魔術を使用していることの方が衝撃的だった。
 常人であれば使用できる魔術の性質タイプは一つかよくて二つ。
 それを他者の魔術を模倣するのみならず、その威力も全くお

「言っただろう、教えればいつ何時なんどきであろうと使用できると。例えそれが主以外のものであったとしてもな」

 汗どころか呼吸一つ崩していない涼しい表情でオスカーはそう呟く。
 こちとら度重なる連戦で満身創痍なうえ、今の一撃だけで汗はおろか塞いでいた傷口から血が滲みだしているっていうのに、おまけにこの戦力差。
 ベルゼが『奴の強さは別物』と言っていたその理由いみを、俺は心身共に痛感していた。

「それと、今そうやってギラギラとそのを向ける相手が違うんじゃないか?フォルテ・S・エルフィー。貴様にとって最大の敵は、すぐそばにいるぞ?」

 砕かれた石畳の煤が舞う煙の中、オスカーが指摘したその少女は呆然と立ち尽くしていた。

「…………」

 ただでさえ白い肌を真っ青にし、いつもやたら元気でキビキビとした調子が死んだセイナ。
 あれほどの威力を誇る一撃を前にしても、まるで憑き物が落ちたように感情は虚空を見つめている。
 実の父から告げられた相棒の抹殺命令。
 数か月とはいえ数々の死線を潜り抜けてきた相棒。
 最初こそいがみ合うこともいっぱいあった、衝突しては喧嘩することもあった、それでも今では互いの背中を預けられるほどにまで成長することのできた……かけがえのないパートナー。
 俺の脳裏に過ったその光景は、きっと彼女も同じはず。
 だが─────

 カチリッ……

 数十年と過ごしてきた肉親の言葉には逆らうことができず、セイナは視線を落としたまま、ゆっくりとした動作でグングニルを構えた。
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