SEVEN TRIGGER

匿名BB

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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》

グッバイフォルテ《Dead is equal》16

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「…………眼が覚めたかい?」

 横倒しにしたドラム缶へ腰掛けていたボクは、僅かに身体を揺らしたその人物へ声を掛けた。

「─────」

 父の仇である魔術弾使いは身を起こそうとして、両腕の肘から先が無いことに気づいたらしい。

「安心しろ、取れた腕はそこにある」

 ボクが指差した先には包帯でグルグルと止血した奴の両腕が、汚れないように転がっていた枕木の上へと置かれている。
 見た目こそ痛々しいけど、今の医療技術を以てすればこの程度引っ付くことだろう。
 腕が無いことで起き上がれなかった魔術弾使いは、仰向けのままボクの方を見た。

「なんで殺さなかった、そう聞きたいんだろ?」

 普段から言葉を多用しない者同士、なんとなく伝わる感情をボクは口にする。
 確かに狙おうと思えば頭でも心臓でも狙うことができたものを、ボクは敢えて残った右腕を弾いた。
 別に殺さないように嬲ろうと思っていた訳じゃない。
 それに……本気で殺す気があったのなら、撃ち抜いた肘の断面をわざわざ治療することも無かっただろう。

「本当は甚振いたぶるつもりだったけど……ある人物がボクにこう告げたんだ」

 首元のマフラーに刺された鮮紅色の羽をギュッと握り締める。
 あの時に聞いた言葉を思い出すように。

「『仇討ちだけに固執する生き方ではなく、もっと別の生きがいを見つけて欲しい』ってね。初めて聞いた時はその言葉を本気にはしていなかったけど、こうしてお前に引き金を引こうとした瞬間悟ったよ。。とね」

 感じたありのままの感情をボクは吐露していく。
 あの一瞬、引き金に掛けた人差し指へほんの僅か力を加えれば、二年間追い求めていた彼岸は達成できただろう。
 しかしそれと同時にボクの脳裏を過ったのは『こんなものか』という自身でも驚きの簡素な感想だった。

「引き金を引くことに集中しすぎたんだろうね。ボクの身体からは『殺意』という感情ですら不純物として切り捨ててしまったようだ」

 皮肉なものだ。
 そこまでの集中力を保てたことこそボクの勝因だというのに、手段と目的が入れ替わってしまうとは。

「ボクが欲しかったのは父の復讐のためにお前に一矢報いることであって、引き金を引くためだけの存在になることじゃない。その考え方は父さんとは真逆で、端から見ればスナイパー失格かもしれない。でもボクが抱いた私怨は人としての感情モノだ。ここに来たことも、お前に引き金を引いたのも、殺さなかったのも、全て僕自身が選択したことであって、それ以外の何でもない」

 あの感情の死んだまま殺しをしていたら、その感覚を知ってしまったらきっと……この人物と同じようになってしまう。
 ボクはそれが嫌だと拒絶した。
 いや、拒絶する意志こころを持つことが出来たんだ。

「だからそうやってお前のように、おのれを誤魔化してまで引き金を引くだけの装置に、僕はなるつもりはないよ……お祖父じいちゃん」

「─────っ」

 横たわっていたそのスナイパー、色素の抜けた白髪の髪と風化した大地を思わせるような皺だらけのご老人は、ボクの言葉に初めて表情を変えた。
 カルロス・Nノーマン・ハスコック。
 ボクの祖父にして、父の肉親であるそのご老人は、どうやら顔を覆っていた包帯を両腕の治療に使われていたことに今の今まで気づいていなかったらしく、琥珀色アンバーの瞳を微かに見開いていた。

「─────いつから気づいていた…………」

 幼子の時に数度話して以来、行方知らずとなっていた祖父は、周囲の機械の駆動音よりも重い響きでそう訊ねてきた。

「確信したのは顔を見た時だけど、疑惑を抱いたのは魔力を練った時の匂いだね」

 軍人として偉大な功績の数々、一つや二つ失くしても気づかないほど勲章を持つその人物を前にして、ボクは意外とすんなり応えることが出来た。

「初めて視界に収まる範囲まで接敵して、その魔力に同じ故郷かぜを感じた。でも不思議と動揺は無かったよ。ボクの父を殺した人物が一体誰なのか……ボクの中でずっと気がかりだったけど、お祖父じいちゃんなら納得だよ」

 あの日、父娘で挑んだ相手が憧れだった伝説のスナイパーだというのなら、その敗因にも納得が付く。

「でも……」

 ボクはドラム缶に腰掛けていた身体を起こし、照明を遮るようにその敗者を見下ろす。
 それは決してお祖父じいちゃんとしてでも、ましてや好敵手としてでもない、ただのクズへ向けるような冷淡さを纏っていた。

「どうしてこんなことをしたの?子殺しなんて……引退したはずの人物がやる仕事にしては随分殊勝じゃないかい?」

 僅かに視線を逸らすカルロス。
 さっきまで機械のように冷徹な引きがねでしかなかった彼だが、今は随分人間らしい葛藤を見せている。
 そんな数秒の躊躇いこそあったけど、ボクの静かな怒りを受けて彼も答えることが義務であると悟ったらしく、固く引き結んでいた皺だらけの唇をほんの僅かに開いた。

「昔、一緒に組んでいた部隊の仲間が成し遂げたいと言っていた夢があってな。その実現のために私は尽力していたのだ」

「……それ……本気で言っているのかい?」

 とても正気の沙汰とは思えないその言葉を前にして、ボクは憎悪とは違う、理解しえないその男の言葉に眼を眇めた。

「一体どんな夢の実現のためならば、自身の子や孫を撃つことができるんだい?」

「……世界平和……さ」

 PCでワード検索した時のような簡素な態度で男はその単語を口にした。

「紛争根絶のためにずっと闘ってきたが、結局は終わりないイタチごっこに過ぎない。過去のとある部隊で私と共に戦っていたある人物がそう断言し、世界を変えるためには根底にあるシステムを変えざる得ないと、その行動の集大成がこの戦艦けっかという訳だ。そして私も引退した身ながらその考えに賛同し、こうして身を捧げてきたが……やってきたことと言えば計画の障害になる者達を始末する汚れ仕事ばかり……」

 掲げようとした己の腕は肘から先が無くなっていることを思い出し、血濡れた両腕を見つめるカルロス。
 あんな腕がなければ……物悲しく細められた瞳はそう語っていた。

「短期間で見れば現役の頃よりも指を引いたかもしれない。だから感情を殺すしかなかった。そうでもしないと奴が掲げる世界平和を達成できないと思ったからだ」

 スナイパーという職業に失敗は許されない。
 それは他の兵装にも言えることだが、唯一違うのは自分のミスが他人の死に直結するということだ。
 だからこそ、一回の引き金に掛ける重圧や神経の擦り減りはボクも理解しており、それを何度も引くだけの胆力は並大抵のものではない。
 だが─────

「─────はぁ……バカじゃないか?」

 重圧を跳ねのけるために感情を殺す。
 ボクも目指していたスナイパーとしては最高峰を前にして、自分でもちょっと驚くような悪態が漏れる。

「目的のために手段を選んでいられないことも、その上でお祖父じいちゃんがボク達へ銃口を向けなければならなかったことも、スナイパーという職業柄重々理解はできた。でもね……唯一理解できないことが一つだけある」

 片手に携えていた愛銃を再び握り直す。
 武器を持つ者として、その意味かくごを再び思い出すように、ボクは胸の内に秘めていたものを吐露する。

「その世界平和に対して、お祖父じいちゃんの意志はどこにあるんだ?」

「…………意志?」

 疑問的な返答から、未だその意味が理解できていないことが伝わる。
 元より考えることを放棄した人間だ。
 口で言うよりも行動で表現する方が早いだろうと、ボクは首元を覆っていたマフラーを外した。
 汗や血で濡れた防護具の下、口元に走る傷跡を臆することなく晒しながら、ボクはマフラーに突き刺さっていたを手にとった。

「紅い羽根……?」

「うん、そう。これに見覚えはないかい?」

 カルロスからの反応は乏しい。
 無理もない。昔と比べて羽艶も落ち、色も全く違うものとなってしまっているからな。

「これはかつて……地上最強のスナイパー『ホワイトフェザー』として畏れられた男が付けていたトレードマーク。それを息子が引き継ぎ、凶弾の血によって染まったのがこれだ」

「そんなものが……一体いまの私の意志となんの関係があるというのか?」

 そんな昔の栄光など何の価値も無い。
 そう言い捨てたカルロスにボクは苛立ちを隠せず詰め寄った。

「まだ分からないのかい?これを指していた時のお祖父じいちゃんには国に尽くすという大義があったはずだ。それを受け継いだボクの父も然り、そして……父の血で染まったそれを受け継いだボクにも、この銃を持つための理由いしがある。だけど今のアナタの姿はどうだい?上辺こそ世界平和を謳っておきながら、アナタは自らの意志を放棄してしまっているじゃないか」

「……………」

 思い詰める様に眼を眇める当人も、薄々そのことに気づいていたのだろう。
 ボクの瞳から、静かに怒りの熱が引いていく。
 眼下に映るこの男こそ、ボクが焦がれたスナイパーとしての末路ほんしつ
 ……こんなものか。
 瞳に残る感情は哀れや憐憫といったものではなく、さっき引き金を躊躇った時と同じ空虚さだけだった。

「スナイパーの感情を殺すは引き金を躊躇わないためであって、引く理由を忘れるためではない。その重みを忘れてしまったら終わりだ」

 雌雄は決した。
 父の為の復讐を果たした今、もうこれ以上この人物と交える感情は無い。

「─────待て、アイリス……」

 去り際の言葉だけ添えて背を向けたボクへとカルロスは声を掛ける。
 殺意は感じられなかった。
 もとより銃は破壊され、あの魔術弾も手元に残っていない彼に残されたのは、その言葉という手段でしかない。
 時間は惜しいけど……老兵の最期の言葉くらいは聞き遂げられることはできると、ボクは脚を止めた。

「重みを……忘れてしまったのではない……」

 血まみれの身体を油滾った地面に這いずらせ、カルロスはしゃがれた声を響かせる。

「意図的にそうでもしないと……人には到底耐えることのできない重みがある。若いお前には想像もつかないかもしれないがな……」

 負け惜しみのように呟くその言葉は、無残な敗北者としての姿

「この先お前達が直面する問題はなぁ……イチスナイパー如きの話じゃない。何百何千の人の命が、お前の指先を締め付けてくるだろう……それでもお前は耐え続けていけるのか……?」

 少なくとも私にはできなかった。
 そう言わんばかりに投げかけられた伝説の狙撃手の問いに対し、ボクは振り返らずに天を見上げる。

「─────だからお祖父じいちゃんは馬鹿なんだよ」

 全く意にも返さないその態度に、背後でカルロスが眼を丸くしている雰囲気だけが伝わってくる。
 孫娘にそう言われることにショックを受けたのかもしれないが、ボクにはその感想以外の言葉が見つからなかったのだから仕方がない。

「数万何億だろうと関係ないよ。ボクがコイツを引く時は、いつも大切な人達の為だって心に決めているからね。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「…………」

 それ以上、老兵は言葉を発することは無かった。
 懐かしい安堵感のようなものが伝わってきた気がしたが、振り返ることなくボクは部屋の外を目指す。

 ……あれ……おかしいなぁ……

 視界の先にある出口が近づいては遠くなり、グラグラと歪んで見えている。
 それでもボクは蒸気の籠った室内を千鳥足で進みながら、ぼんやりとマフラーを巻き直した。

『仇討ちだけに固執する生き方ではなく、もっと別の生きがいを見つけて欲しい』

 グルグルと落ち着かない思考の最中、ボクにとっての言葉がふと再生される。
 そうだった。
 復讐を遂げた今、ボクにとっての生きがいとは一体何なのか……?

「……あぁ……フォルテの手料理……また食べたいなぁ……」

 甘栗色の髪を持つ少女はその場で力尽き、糸の切れた人形のようにバタリと倒れた。
 度重なる肉体の酷使による消耗。
 集中力の限界を迎えたことによる末路だったが、不思議と表情は穏やかなままだった。
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