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絆編

化け物の正体

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 テレサちゃんとイチャコラしているうちに、期限の7日目が迫る。今回ばかりは延長はできない。名残惜しいが、真面目な冒険者に戻る時間だ。


「いよいよ明日なのね。今日くらいは、あたしなりに周囲を調べてみるわ」

「いや、しなくていい。無駄な時間を過ごすことになる」

「やってみないと分からないでしょ。そういう偉そうなあんたは、どうするつもり?」

「俺から提案した期限だ。ただ遊んでたと思うか? 俺なりに調べは付いた」

「えっ……? 嘘、よね……?」

「ここで嘘を言ってどうするんだ? おじさんは歩くTPOだぞ?」

「だ、だってあたしたち、エッチしかしてないじゃない! あんたが森を調べる時間なんて、どこにもなかったわよ!?」

「ちゃんと調べたぞ。テレサちゃんにも協力して貰ったし」

「そんな覚えないけど……別の女ってわけじゃないわよね?」


 おかしい。まるで信じてくれない。この子は無条件に俺を信頼しているはずなのに。押し問答をする時間も惜しいので、テレサちゃんの背中に手を当ててテントから出た。


「さぁ、テレサちゃん。深呼吸してごらん」

「すぅぅ……ちょっとおしっこ臭い。はぁ、あんたを信じたあたしがバカだったわ。新手のセクハラでご満悦?」

「いや、この匂いが調査の証だ。大雑把だが、魔物の種族を絞り込める」


 俺がテレサちゃんのトイレを邪魔し、あちこちにおしっこを撒き散らせたのは、俺が変態だからではない。森に潜む魔物が、鼻が利く種族か確かめるためにやったことなのだ。


「森の化け物は、オークやゴブリンではない。やつらはメスの匂いが大好きだから、たまらず襲いかかってくるだろう。同じく、獣系の可能性も低い。縄張り意識が働いて襲ってくるはずだからな」

「えっ、えぇっ!? あんたがおしっこ好きだから、無理やり漏らさせてたと思ってた。見直しちゃったわ。流石あたしが見込んだ男よ!!」


 まぁ、半分は趣味だけど。おかげで有意義な時間だったな。


「候補からいくつかの種族が外れただけで、断定には程遠い。それはひとまず置いといて、デッドゾーンの線引きも大切だ」

「デッドゾーン?」


 スノーウッドの森に入った生物は、誰も出られない。シンプルに考えると、森に入らなければ安全ということになるが……。


「状況は常に変化する。おまけに素人の報告は鵜呑みに出来ない。本当に森だけがデッドゾーンなのか、キャンプで様子見したわけだ」

「それで、どう? 何か変化があったの? あたしは気づかなかったけど」

「ないと思う。報告は正しい」

「ダメじゃない。用心深いのもいいけど、考えすぎると動けなくなるわよ」

「お前はせっかちすぎる。変化がなかった……つまり、急激に縄張りを広げる種族ではないと分かる。敵さんの勢力は、単独か、小規模な群れが限界だな。数が多いほど、痕跡を隠すのが難しくなる」

「一理あるわね。魔物の姿どころか虫一匹も見なかったし、不審な音も聞こえなかった。まぁ、あたしらが派手にヤってたから、かき消されただけかもしれないけど」


 ほとんどテレサちゃんの喘ぎ声とアクメ声なんだよなぁ。言ったら殴られそうだから黙っとこ。


「正確には、喋らない・鳴かない習性だ。獣系は完全に除外していいだろう」

「地中に潜んでたりしない? そこまではあたしの耳でも拾えないかも」

「ありえない。ラブホと化したあのテントは、冒険者御用達の最高級品だ。見えない驚異に対処するために、地中で振動があると、鈴がなる仕組みだ」

「へぇー、そんな大事なことをどうして黙ってたのよ?」

「決まってる。テレサちゃんが恥ずかしがって、激しいプレイを嫌がるからだ。地中専用だから、安心しろって言っても信じなかっただろ?」

「うっ……絶対に嫌がったわね。一応聞くけど、壊れてないわよね?」

「それもない。地中に潜むモグラ、ワーム系も今回の敵じゃないわけだ。基本的に、強くなるほど巨大化していくらしい。隠れる必要がないせいだろう。仮に小さな個体が生き残っていても、それは化け物の餌だ」

「えーっと、小規模で、縄張り意識が低い、獣と地中系以外の魔物なのよね。ゴースト系だったらどうしよ。あたし、まるで役に立てないわよ?」

「ゴースト系なら楽だろう。俺は光の魔術師だ。特化型のスキルを習得すれば、伝説級の強さでもない限り、どうにか対処できる」

「珍しく楽観的なのね。いつもは気持ち悪いくらい用意周到なのに」

「正体が分からないのに、準備もくそもあるか。その場で対処できそうな魔物は置いといて、対処できない魔物に神経を注ぐまでだ」

「あー、うん。あんたらしいわ。準備の準備ってわけね。まぁ、一緒に考えましょ」


 二人で真面目に考えているが、化け物の特定には至らない。進んでいるのか、戻っているのか。答えの出ない問いに翻弄されている。それでも、頭の片隅にでも候補を入れて置かなければ、出会った瞬間に詰んでしまう……。


「分からないわねぇ。あたし、普通の魔物しか見たことないし……」

「……推測の幅を広げよう。化け物は、知性がある」

「それを言い出したら、きりがないわよ」

「そうでもないぞ。『森に入った者は、誰も戻らない』だろ。なぜそう言われるのか? 森の外から、見送った人が居るからだ」


 騎士団を派遣したとき、あの貴族か執事が見送っていたはずだ。素人ならともかく、管理者の立場にある人間は己の役割を理解している。周囲の状況をよく観察したはずだ。それが何の手がかりもない。これが引っかかる。


「森の化け物は、外から獲物の姿が見えなくなるまで、待ってから行動に出たんだ。自分の手口を悟られないように。人の知能とは違えど、ハンターとしての知性を備えていることになる」

「かなり狡猾ね。獲物を確実に仕留めて、逃さない実力を持ってるのに……」

「それは違う。敵は我慢強い性格だ。己の弱さを知っている。力を誇示し、獲物を弄ぶ悪魔系は除外しろ」

「弱い? 冗談でしょ。分かってるだけで300人以上殺してるのよ?」

「弱かった頃の経験が、慎重な行動を生むんだ。努力と才能で何とかしてきたやつにはまずムリだ。これだけ狩ってもそれが失われていない。実に謙虚だと思わないか?」

「何であんたが誇らしげなのよ」


 少しだけ、俺と通じるものがある。己の弱さを自覚し、もがき続ける人生……ただし、俺とは明確に違う点がある。


「敵は強い。そして、己の強さに気づいていない。傲慢な龍種と、オーガやサイクロプスなど凶暴種は候補から外れた」

「自分が弱いと思い込んでるってこと? それが森から出てこない理由なの?」

「力を蓄えているだけかもしれないし、出られないのか出ないのか。もし出てくることがあれば、もう手が付けられない。町ひとつじゃ済まない」

「怖いこと言わないでよ。出てこないわよね……?」

「出てくるさ。化け物だって生き物だ。環境が悪化したり、餌がなくなれば新天地を求めて移動する。スノーウッドは死の森と化している。人はおろか野生動物も避けている。餌がないんだ。あとは時間の問題だろう」

「出てきたほうがあたしたちには得じゃない?」

「戦えない一般市民の代わりに、命がけで戦う。大金はその対価だ。これは安い正義感じゃない。モラルの問題だ」


 周辺地域に住む人々に、化け物が出てくる可能性を警告するべきだが、正体が掴めなければ信じて貰えるはずもない。まずは自分たちが生き残ることが、より良い結果をもたらすはずだ……。


「もう少し具体的に踏み込んでいくぞ。敵の戦闘スタイルだ」

「そう言われてもねぇ。正体が分からないのよ? 性格を知ったくらいで具体的な内容になるわけ?」

「範囲攻撃による殲滅だと、確実に痕跡が残る。だから敵さんは、ひとりずつ、気付かれずに狩ったと思う。レンジャー系統をイメージしておくか……あっ、ごめん。聞いてなかった。何だって?」

「別に……言っておくけど、レンジャースキルって、完璧じゃないのよ? ごく僅かだけど、気配は残るし姿も見える。それさえも消せる魔物なんていたら……」

「あると思っておけ。探索に特化した王都の冒険者たちが、何の手がかりも得られず狩られている。やつらは腰抜けだが、レンジャーの実力はテレサちゃんと同等かそれ以上だ」

「あたしは暗殺者だから。どちらかと言うと索敵より攻撃力を優先してるし」


 ここで意地を張ってどうするんだろう。まぁ、負けん気が強いのは良いことだけどさ。もし生きて帰れたら、テレサちゃんが良いことをするたびにウザいくらいに褒めまくってやるか。


「次に、体格だ。カークとネロが上空から偵察したが、影も形もない。最大でもスノーウッドの幹が基準になる。管理された森は間伐されているから、適度な隙間があるわけだが、足跡もなかったそうだ」

「低空を音もなく飛べるのかしら? そのフクロウに出来るんだから、不思議はないわね」

「木々を飛び交うタイプかもしれないぞ。と、ここまでがこの7日間で得た情報だ」

「結局、正体は何なのかしら?」

「分からん。分からんが、初見で対処できない種族と仮定すると……トレント系じゃないかと思ってる」


 トレント……木の姿をした魔物だ。マナによって植物が変質し、生物になったと考えられている。完全に木の姿をしたやつもいれば、歩行するやつもいる。この目で見たことはないが、地域特性がはっきり出る種族らしい。


「ここはスノーウッドの森……となれば、スノーウッドがトレント化していてもおかしくない。出てこない理由も、スノーウッドが歩いたらバレるしな」

「仮にトレントだとしましょ。見分けが付かないってことよね? 動きがないとどうしようもないし、植物の気配なんて探ってたら、何年かかるか分からないわよ」

「まじで? そこはあたしに任せなさいって言うところじゃないか?」

「まじよ。そもそも、見たことないし。気配が分からなきゃ探りようがないじゃない」


 考えれば考えるほど、状況の深刻さがのしかかってくる。静かな森を見つめるだけで、ゾクりとする。そういえば全裸だった。それは寒気ではなく、ナチュラルに寒いのだ。とりあえず服を着るか。


「……ねぇ、あたしが見てくるからさ。あんたはここに残ってよ」

「アホかお前。それは俺が言うセリフだろうが」

「だって……どうしようもないじゃない。あたしが犠牲になってでも、姿を捉えてみせる。狩られる前に叫ぶから、そうすれば――」

「このドアホ。お前が死んだら意味がない」

「……ごめん。【パライズ・エッジ】」


 テレサちゃんの姿が消え、俺の背中に短剣が伸びる。完璧な不意打ちだ。魔術師にはとても反応できない。


 俺を痺れさせ、その間にひとりで森に入るつもりか。思い切った行動に出てきたもんだ……まぁ、シャドーデーモンを纏った俺に斬撃は通じないけどな。


 弾かれて無防備になったテレサちゃんの手首を掴み、引っ張り上げる。


「はい残念でした。ごめんねだって!? うわっ、恥ずかしーっ!!」

「……他に方法がないじゃない」


 久々の煽りであるというのに、テレサちゃんの反応は鈍い。そんなに思い詰めなくてもいいと思うが、これが若さか。


「あたしみたいなクズのせいで、あんたを死なせるわけにはいかないのよ……っ」


 頬を伝う涙を、舌ですくい取る。顎に手を当てて顔をあげさせると、くしゃりと歪んだ表情が可愛いねぇ。


「安心しろ。秘策がある。種族の特定ができなくとも、見つけて逃げ帰ればいいだけのこと」

「嘘よ。今までは上手く行ってたかもしれないけど、今回ばかりはムリよ」

「俺は失敗の太鼓判を押されると、大成功しちまう男だ。たった今、俺たちの勝ちは決まったぜ。俺を信じろ」

「……うん。信じるわ。何があっても」


 やれることはやったんだ。今度もきっと上手くいく。明日に備え、特に何をするわけでもなく、穏やかな時間を過ごした……。
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