ブサイクは祝福に含まれますか? ~テイマーの神様に魔法使いにしてもらった代償~

さむお

文字の大きさ
上 下
184 / 230
絆編

スノーウッドの森の中

しおりを挟む
 テレサちゃんには真摯に向き合っているが、秘密にしていることがある。それは、俺の死刑宣告こと【強運】のことだ。


 【強運】は、周囲の強敵を引き寄せる効果がある。ファウストと俺ですり合わせた答えである。言ってしまえば、俺がこの森に近づくだけで調査は済んだと言っていい。


 スノーウッドの森が見える場所で、7日間のキャンプをした。化け物が居るのなら、初日どころかテントを設置している最中に襲われるのが自然な流れだろう。この森に化け物は居ない。これが経験に基づく結論である。


 しかし、状況はそう語りかけない。300人を超える行方不明者。あの貴族が嘘を付いているとは思えない。この森には化け物が居る。これが状況に基づく結論となる。


 どちらが正しいのか? やはり居るのだろう。【強運】の効果に当てられても、ぐっと堪えられる知的で理性的な、化け物が。だから敵が我慢強いと思ったのだ。


 今までの化け物とは毛色が違うタイプ。自分から姿を見せることはまずない。そのことを頭に入れておけば、きっと対処できる。心を落ち着かせたところで、地獄の門をくぐる前に、最後の準備をしよう……。


「この森に入るものは一切の希望を捨てよ」

「物騒なことを言わないで。怖いなら待ってなさい」

「待て待て。可愛げがないぞ。そこは女の子らしく、『やだ~。怖ぁい』って言いながら、おじさんに抱きつくべきでは?」

「やだこのおじさん怖ぁい。先に行くわね~」

「待て待て待て! 俺が先を歩く。お前は俺の後ろを歩け」

「逆でしょ。あたしが前で、あんたが後ろよ」

「あのな、レンジャーの視野は広い。俺はただの魔術師だ。俺がテレサちゃんの後ろを歩いたら、前が死角になるだろうが」

「だから索敵はあたしに任せろって言ってるの。いつもあんたに守って貰ってたけど、今日ばかりはあたしがあんたを守るわ。信じてよ」


 成長したなぁ。平時ならおじさんうるっと来ちゃうよ。だが生憎と非常事態なんだよな。


「そうだな、それがセオリーだろう。そして仲良く死ぬ。先人たちが通った道だからだ。通用しないんだよ。道を外れないといけないんだ」

「そうだとしても、魔術師が索敵? 聞いたこともないわよ」

「嘘じゃない。俺が化け物に襲われても生き延びてきた理由だ。別に信じなくてもいいが、前は譲らない。詳しい説明も今はできない」

「……はぁ、分かったわよ。信じればいいんでしょ」

「偉いぞ。さて、森に入る前にスキルを使う。お前も使え……【ウィスパー】」


 まず【ウィスパー】で声を消す。敵が人の言葉を理解するタイプだと、相談が筒抜けになるし、居場所を悟られにくくなるから使わない理由はない。


「【ソウルリンク】」


 【ソウルリンク】は、お互いの魂をつなげるスキル。考えた内容が相手に伝わる。これで話さずとも相談ができるわけだ。


「どうだ、俺のスキルは? 驚いたか?」

「そりゃ驚くわよ。でも便利ね。はー、かっこいい」

「考えたことは筒抜けだぞ」

「……はぁ? 何を言って――」

「俺 は そ ん な に か っ こ い い か ?」

「止めてぇぇぇっ!!」


 やはりセクハラは良い。予め説明していたらこうはならなかった。


「ちょっとあんた! 性格悪いわよ! やって良い事と悪いことがあるでしょっ!?」

「怒らせるためにやったんだ。前もってスキルを説明したとして、お前は信じたか? 半信半疑が限界だろ。ボロを出すのは早い方がいい。スキルの効果が嫌でも分かった……違うか?」

「……はぁ、もうそれでいいわよ。どうせ何を言っても言い負かすんでしょ。あたしの気持ちはずっと伝えてるし、今更よね。うん、そうよ。別に、ちっとも、これっぽっちも恥ずかしくないわ!」

「そういう誤魔化し方は、心がこじれるから止めておけ。今はただ、恥ずかしがればいいんだ。そして俺を楽しませろ! はーっはっはっは!!」

「やっぱりあたしが前の方が良くない? 今にも後ろから殴りかかりそうよ」

「悪かったから、蹴るな。蹴るなって」


 緊張しすぎても良いことはない。優しすぎるセクハラで気持ちをリセットしたところで、準備は整った。


 いざ、地獄の門をくぐるとしよう……。


 恐る恐る森に一歩を踏み出す。すぐには襲われない。分かっていても、臓器が締め付けられる気分だ。もう一歩を踏み出したところで、やっと息を吐けた。それでやっと、森を見渡す余裕が生まれた。


「見渡す限り真っ白だな。花粉を踏みしめる感触も、雪と似ている」

「そう? あたしは別物に感じるわ。本物の雪よりずっと細かい。見た目より寒くないし」

「これが素人とレンジャーの差か。良い傾向だ。だから改めて聞く。デッドゾーンはどこからだ?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなに一気に考えられても、理解が追いつかないわよ」

「さっきの話を思い出せ。敵は手口が見えない場所で行動を起こす。一般人が森の外から中を見える距離は、せいぜい数十メトルだが、レンジャーの基準が知りたい。中に入った今なら、よりはっきりと分かるはずだ」

「見える距離は変わらない。木々が物理的に視界を遮ってるからね。こういうとき、レンジャーは音・空気の流れ・匂いで敵を探るの」

「何か感じるか?」

「何も。怖いくらいに静かで、変化がない。1キロメトルはあんたの言うセーフゾーンね。グレーゾーンかもしれないけど」

「分かった。行くぞ。俺の足音は抑えた方がいいか?」

「気にしないで。大通りのど真ん中でも、あんたの足音は聞き分けられる。敵と間違えることはないわ」

「それは頼もしい。急ぐぞ。日が暮れる前に敵の姿をこの目で捉えたい」


 走りこそしないが、早足で森を進んでいく。やはりセーフゾーンは存在する。思っていたよりも広い。つまりはスノーウッドを出荷できる。最悪、この事実を貴族に伝えるだけでも、今年は乗り切れるだろう。


 だが、それは向こうの都合に過ぎない。真の自由を勝ち取るには、相手にリスクを超える恩を与えなければならない。化け物の特定という目的は変わらないということだ。


「あんた、いつもこんなことを考えてるの?」

「概ねそうだ。興味がないなら聞き流せ。今このスキルは外せない」

「うぅん……大きな背中。いつもこんなにあたしのことを考えてくれたんだ」

「惚気けるのはいいが、デッドゾーンが近づいたら教えろよ?」

「もういっそ殺して!」


 振り返らなくても分かる。耳まで真っ赤になっている。セーフゾーンの内は、何度だってリラックスしても良いのだ。おじさんの股間は緊張しそうだが。


「もうすぐデッドゾーンだけど、黙っておこうかしら」


 楽しい時間は終わりだ。俺が前を歩く意味、分からせてやる。


「【シックスセンス】」


 視覚にマナの流れを加えることで、通常では見えないものが見えるようになる。魔術師にしか使えないスキルで、俺が前を譲らなかった理由だ。


「そう言われてもね。どういう感じ?」


 スノーウッドの木は、ゆっくりと白いマナが循環している。積もった花粉も、白いマナで薄っすらと発光している……。


「ふーん。それが何だって言うわけ?」

「マナが見えれば何か分かるかと思ったんだが……不審な点はない」

「使うならもっと早く使いなさいよ。比較できないじゃない」

「酷く酔うんだ。長く使えない。一応、キャンプ初日に外から試して見たんだが……」

「変化なしってわけね。どうするの? もうあたしが前を歩いていいわけ?」

「いやおかしい。目の前にデッドゾーンがあるんだぞ? 絶対に痕跡があるはずだ」

「あれは目安よ。もっと先かもしれないでしょ」

「それにしたって変だ。足跡くらいあるだろ。鎧を着込んだ騎士団がぞろぞろ歩いてるんだからさぁ」

「少し時間くれる? 本気で探すわ……サボってたわけじゃないわよ。周囲に気を配ってたの」


 別に責めてるわけじゃないが、考えが伝わりすぎるのも面倒だな。今後は不毛な反論は止めにして、お互いにここで何かを探すことにした。


 足跡がないのは、この花粉が積もって消えたと考えるのが普通だ。ただ、俺たちがキャンプを始めたときから、花粉は降っていなかった。


 カークとネロが上空から偵察し、足跡がないのは分かっていた。ただし木々の隙間から見える光景であり、森に入り間近で観察すれば何かしら見つかると思っていたのだが……。


「……ダメだ。ちっとも分からん。そっちはどうだ?」

「足跡はないわ。でも、何か引っかかるのよね。あそこの地面なんだけど……」


 距離的な情報は、ソウルリンクでも伝わらない。テレサの指の先を辿ってみたものの、他と同じく、ただただ白い。それだけだ。


「あんたに分かりやすく言うと、花粉の積もり方が不自然なの。本当に、薄っすらだけど……線引きされてるみたいな感じ」

「線、か。その箇所だけ? もっと近づいて見ていいか?」

「気をつけてね。勘違いなら良いけど、うっかりデッドゾーンに入らないでね」


 恐る恐る近づき、目を凝らし続けてようやく言われた意味が分かった。


「これは線じゃない。ここだけほんの少し、花粉が積もっていないんだ」

「規則性を感じるわ。自然界のものじゃない」


 地面に顔をへばりつけて真横から覗き込んだとき、くぼみのちょうど上に白く光る線が見えた。


「見つけたぞ。これは……糸だな」

「嘘でしょ? あたしには何も見えないわ」

「くぼみの数ミリ上にある。俺には僅かな光しか見えないが、お前の目なら実物が見えるはずだ」

「ううん、見えないわ。目の錯覚じゃないの?」

「俺には見えて、テレサには見えないのか? 物質にマナが宿ってるんじゃなくて、純度100%のマナ……この糸はスキルで出来ているのか!?」

「もしそうなら、すごい収穫だと思うわ。でもどうしたらいいのかしら? やっぱり、触るとまずいわよね?」

「触らないほうがいい。少し考える時間をくれ」


 始めて見つけた敵の痕跡……これが糸なら、種族は虫の魔物だ。糸を使うのは蜘蛛か、繭を作る幼体だろう。しかし、見えた糸はこの1本のみ。


「スパイダー種か。くそっ、最悪だ。スノーウッドの森が巣になってやがる」

「見えない糸なんて聞いたこともないわ。幻覚を見てると言われたほうがまだ信じられるわ……どうなの?」

「正気だ。敵はユニークか希少種」


 アルバには強い魔物はおらず、地域特性を持つ魔物は居ない。それでも、王都の冒険者を育成するのが本来の役目であり、そうなった場合に困らないように図書館には魔物に関する情報が詰まっている。俺しか見てないが。


 蜘蛛種は、巨大化して地面を走り自ら獲物を狩る土蜘蛛と、糸で巣を作る糸蜘蛛に分けられる。今回の場合は後者だが、見えない糸なんてどこにも書かれてなかった。


 物好きのギルド長が自由時間で作ったものが大半だが、元は凄腕の冒険者であろうギルド長の知識は凄まじい。だからこいつはギルド長すら知らない種族ということになる。


「……テレサ、今すぐ帰れ。この情報を届けるんだ」

「嫌よ。糸を見つけたのはあんただけど、痕跡を見つけたのはあたしでしょ」

「仕組みは分かったから大丈夫だ。もう見落とさないさ」

「嘘ね。あんたの不安、丸聞こえよ。あたしも残る。きっと役に立つわ。情報を届けるなら、上を飛んでる鳥に頼めばいいじゃない」


 ごねたテレサは、その場に座り込みそうな勢いだ。反抗期だなぁ。


 最初は、一緒に帰ることを考えた。この情報を持ち帰るだけで値千金なのだ。ただし、せいぜい勲章レベルで、億万長者にはなれない。あの貴族が裏切らないと確信できる恩義には程遠い。


 王都のBランク冒険者を呼ぶには、種族の特定と、その魔物の詳しい情報が必須である。このままでは王都ギルドは渋って出さないだろう。派遣の条件を厳しくしたのが、何を隠そう俺なのだから笑えない……。


「カーク! 種族は糸蜘蛛。ユニークか希少種だ! 3日以内に俺たちが戻らなければ依頼主に伝えろ! 行けっ!!」


 静かな森に響き渡る俺の声は、木々を揺らした。木の葉に積もっていた花粉がドサリと落ちていく。さすがに敵も気づくだろう。


「いきなり大声を出さないでよ。ビクっとしたでしょ!」

「ソウルリンクは人にしか使えないんだ……それに、呼び寄せなくて正解だったな」


 積もった花粉が落ち、白い木の葉が顕になる。その間を駆け巡る無数のマナの糸がよく見えた。空も封じられている。


「あ、あたしのことはもういいから、戻りましょ!?」

「……ムリだ。もう塞がれたよ。寄り固まって、まるで光の壁だ。向こうが見えやしない」

「嘘でしょ!? さっきまで通れたのに!?」

「どうやら糸を操れるらしい。声で気付かれた。だが、正確な場所までは特定されていない」


 そこに望みをかけて、進むしかないようだ……。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...