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第58話 離婚専門弁護士の心当たり①

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 私は次の日の朝、朝食を済ませると、安全だと教わった通り、馬蹄のマークを下げた辻馬車を捕まえて、フィッツェンハーゲン侯爵令息が経営している化粧品店へと向かった。

 王宮にも出入りしていると伺っているけれど、普段どちらにいらっしゃるのかがわからないし、連絡を取る手段はこれしかない。

 もしも店舗にいらっしゃらなければ、店員のエアニーさんに伝言して、ご都合をつけていただこうと思ったのだ。

 美しい店の入口をくぐると、果たしてフィッツェンハーゲン侯爵令息は店内にいた。
「おや、お久しぶりですね。息災にしていらっしゃいましたか?」

「ええ、フィッツェンハーゲン侯爵令息もお元気そうで。お会いできて良かったです。」
 すぐにお会い出来るとは思っていなかったわ。お時間を取っていただくことは可能かしら。お仕事中でいらっしゃるみたいだし。

「今日は化粧品をご覧になりに?」
「いえ、フィッツェンハーゲン侯爵令息にお願いしたいことがございまして⋯⋯。」

「私に、ですか?」
「ええ。フィッツェンハーゲン侯爵令息でなければ、恐らく難しいかと⋯⋯。」

 フィッツェンハーゲン侯爵令息は、奥で棚の整理をしていたエアニーさんを振り返り、
「ちょっと出て来るからここを頼む。」
 と告げた。

「かしこまりました。」
 エアニーさんが優雅にお辞儀をする。
「お仕事中でいらっしゃったのではないのですか?後日改めてでも⋯⋯。」

 元々連絡をつける為だけに来たのだしね。今日いきなり相談が出来るとは思っていなかったわけだし。お仕事の邪魔をすることになるのであれば、それは申し訳ないわ。

「なに、休憩を早めにとるだけです。おすすめのカフェにでも行きましょう。それとも、この後なにかご用事が?」

「いえ、わたくしは問題ありません⋯⋯。」
「では、さっそく出かけましょう。準備をしてまいりますので少々お待ち下さい。」

 そう言って、まだ少し肌寒い風が吹くからか、軽い上着を取って戻っていらした。
「お待たせいたしました。いきましょう。」

 私はフィッツェンハーゲン侯爵令息と連れ立って、カフェへの道を歩いた。
「こんなにすぐにお時間を取っていただいて感謝致します。急なお願いでしたのに。」

「あなたのお願いですからね。何をおいても最優先に駆けつけますよ。」
 冗談なのか、麗しく微笑みながら、フィッツェンハーゲン侯爵令息がそう言った。

 私は思わずそれに照れてしまう。フィッツェンハーゲン侯爵令息は、貴族の女性を常に相手にしていらっしゃる方だもの。お世辞なんてお手の物だというのに⋯⋯。

 真に受けてしまうなんて恥ずかしいわ。
 でも、頼れる人の少ない私からすると、やっぱりお世辞でも正直嬉しいわ。
 そう思っていると、

「おや、私の言葉を信じていらっしゃらないようですね?本心なのですがね。」
 と困ったように笑った。

「いえ⋯⋯そういうわけではないのですけれど、フィッツェンハーゲン侯爵令息ほどの方が、私のことを何より最優先にしてくださるなんて、実感がわかないと申しますか。」

 私がそう言った時に、ここです、と、フィッツェンハーゲン侯爵令息がとあるお店の前で立ち止まった。外にもテーブルが置かれていて、花がたくさん飾られたお店だった。

 こじんまりしていて落ち着く雰囲気のお店ね。それにたくさんの花々から、とてもいい香りがして、華やいだ気持ちになるわ。

 フィッツェンハーゲン侯爵令息が先に店の中に入り、オープンカフェのテラス席の見える店内のテーブルに席を取った。

 だいぶ暖かくなったとはいえ、今日は少し冷たい風が吹くものね。もう少し暖かくなったら、外のテラス席でお茶をしてみたいわ。

 私はフィッツェンハーゲン侯爵令息おすすめのコーヒーを注文した。コーヒーが運ばれて来て、一口飲んだところで、フィッツェンハーゲン侯爵令息が口を開いた。

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