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第50話  様子のおかしい夫②

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「イザーク、やっぱり描き辛いわ……。」
「ああ、すまない。もう少しだけ……。」
「もう少しだけよ?」

 でもイザークは、なかなかその手を離そうとはしてくれなかった。私もなんだか解きづらくて、そのまま握られるままにしていた。

「もう少しこうやって、絵を描く君を近くで見させてくれ。絵を描いている君は、怖くない。ずっと見ていられるんだ。」
 イザークが愛おしげに目を細めている。

 こんなイザークの表情は初めて見る。
 イザークの手は、こんなにも大きくて温かで、優しかっただろうか。私は私に触れる彼の手が、ずっと怖かった筈なのに。

 イザークはどうしてしまったのだろうか。
 ……私はどうしちゃったんだろうか。
 ただ、困惑するばかりだった。

「──お客さんの体調はだいじょうぶ?」
 心配そうな表情のアルベルトが、開いていたアトリエの入口から顔を出して、手を繋いでいる私たちを見て、サッと顔色を変える。

 思わず無理やりイザークが掴んでいた手を振り払った。イザークが困惑したような、傷ついたような表情を一瞬浮かべた。

「イザーク、こちらの方が、お祖父さまと一緒に、あなたを部屋に運んでくれた方よ。
 ……お礼を言ってちょうだい。」

「ああ、そうでしたか。フィリーネの夫の、イザーク・フォン・ロイエンタールと申します。倒れた私を妻の部屋まで運んでくだすったそうで、ありがとうございました。」

「夫……。──はじめまして。俺はアルベルト・ノートン。彼女にこの家を貸している、絵の具工房の絵の具職人。彼女の友人。
 体調はもうだいじょうぶ?」
 
「ええ、おかげさまで。すっかりよくなりましたよ。──妻も看病してくれたのでね。
 見ず知らずのお友だちにまで心配いただくようなことは、なにもありませんよ。」

「そう……。それは良かった。」
 なんだか2人の様子が不穏なものに見えるのは、私だけなのかしら?2人の間に稲妻が飛び交っているようにも見えるのだけど。

「夕飯はどうする?うちで食べる?」
「材料をたくさんいただいたし、ここで作って食べるわ。食材が傷んでしまうもの。」

「それなら私も夕食をここで食べていこう。
 せっかくの夫婦水入らずだ。」
「ええ?イザークも食べるの?……別に構わないけど……。あっちはいいの?」

 ロイエンタール伯爵家で、食事の準備をしていると思うのだけれど……。
 イザークは泊まりになる時以外は、どれだけ遅くなっても自宅で軽く夕食をとるから。

 パーティーに参加しているから、料理はたくさん会場にある筈だけれど、たいていはお酒を飲みながら商談をするのに忙しいのか、あまり食べてこないみたいなのよね。

 喋りながらお酒を飲むことは出来ても、料理を食べるのは難しいからだと思うけど。
 私がそれを気にしてそう言うと、
「君の手料理のほうが食べたい。」

 とイザークが言った。
「さっきも言っただろう?……あの家の食事は息が詰まるんだ。君の料理はとても美味しい。味を楽しんで食事が出来るんだ。」

「今日は大量の食材も使ってしまいたいことだしいいけれど……。
 明日以降は勘弁してちょうだい。
 私はあなたと離婚するつもりでいるのに、夫が出入りしているなんておかしいわ。」

「私は離婚するつもりがないとも言った。」
「それはあなたの都合でしょう?
 私はそのつもり……もうないもの。」

「食材が余って困ってるの?」
「ええ。ヨハンが大量に持ち込んでくれたものだから……。1人じゃ食べきれないの。」

「なら、俺が毎日食べに来るよ。
 そうすれば使い切れるでしょう?」
「ええ、そうね、それなら……。」
「──私の妻の家に入り浸る気か?」

 イザークがアルベルトを睨む。
「彼女はうちに来ていつも食事をしていた。今度は俺がお客さんで行くだけ。家族もずっと一緒だった。何がおかしい。」

「そうよイザーク、私はずっとこちらのお宅にお世話になっていたのよ。お礼で料理を提供するくらい、おかしなことじゃないわ。」

「だが!こいつは!」
「……大きな声を出さないでちょうだい。
 アルベルトがなんだっていうのよ。」
「お前を狙って……。」

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