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第50話  様子のおかしい夫③

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「なに、聞こえないわ?なんて言ったの?」
「だから……。わかった。好きにしろ。
 だが私が離婚しないという気持ちに変わりはない。それだけは覚えておいて欲しい。」

「……私もあなたと離婚したいという気持ちは変わらないわ、イザーク。私の友人関係にまで、口出しをしないで欲しいの。私が大切にする人は、私が自分で決めるわ。」

「フィリーネ……。」
「夕飯は食べていくんでしょう?それまで絵を描かせてちょうだい。きりがいいところまで描いたら、食事を作るから。」

「わかった。今日は一緒にいられるんだな。
 それ以降のことは、またゆっくりと考えよう。気持ちが変わるかも知れないからな。」

「ええ、そうしてちょうだい。……変わるとは思えないけれど。アルベルトもわざわざ様子を見に来てくれてありがとうね。もうだいじょうぶだから、家に戻ってちょうだい。」

「わかった。今日は帰る。またね。」
「ええ。また明日。」
 去って行くアルベルトを、イザークは最後まで睨みながら見送った。

 イザークとようやく手が離れたので、私は集中して絵を描いた。それをイザークはずっと黙って見つめていた。
「……ふう、こんなものかしら。」

「君は本当に絵がうまかったんだな。」
「まだまだよ。きちんと習ったわけじゃないから、バランスをとるのが難しいの。」

「習わずにそれなら大したものだ。君という人を、俺はずっと見誤っていたんだな。」
 イザークが感心したように絵を見ている。
 私はちょっぴり恥ずかしかった。

 2階に上がると、料理の支度を開始する。イザークにはその間お茶を出した。私の部屋にイザークがいるのが不思議な感じだ。

 こんな風にお茶をすることなんて、ロイエンタール伯爵家にいた時にもなかったのに。
「支度が出来たわ。食べましょうか。」

 夕飯はみじん切りにした玉ねぎとミンチしたお肉を焼いて、キャベツを少しずつ足した物に、野菜のスープと、茹でたジャガイモをバターとローズマリーで炒めて水気を飛ばしたものを加え、塩、コショウとナツメグで味付けし、小麦粉でとろみをつけたキャベツ煮と、パンと、サラダ、デザートのイチゴだ。

 こんなシンプルなもの、ロイエンタール伯爵家じゃ絶対出てこないわね。だけどイザークは美味しそうに食べてくれた。食事時に無表情じゃないだけでも不思議な感じだ。

「……優しい味がするな。」
 幸せそうに目を細めるイザーク。もっと早くに料理してあげればよかったのかしら。
 そうすれば会話が出来たかしら。

 ……いいえ、無理ね。あの家にいるから、何を食べるにしても、早くに食べ終わるルールが適用されるのだもの。私が料理したところで、あの家にいる限りはきっと同じだわ。

「それじゃ、私は帰るが、護衛もいない家に1人なんだ、くれぐれも気を付けてくれ。」
 私の手を握りながら、心配そうにイザークが私を見つめつつ言う。

「危険な目に合うようなら、すぐにでもロイエンタール伯爵家に帰ってくるんだぞ。」
「それくらいなら護衛を送ってくれたほうがマシよ。私はここで暮らすつもりだから。」

「……君も頑固だな。わかった。」
 イザークはため息をついた。
 イザークが帰って、私は後片付けを終えると、また絵に取り掛かり始めた。

 ようやく本当に1人なのね。ずっと工房長の家にいたから、シンとした家が少しさみしくて怖い気もするわ。でも早く慣れないと。

 そう思っていた時、ミシ……、と天井から変な音がした気がした。風が強いから、天井がたわんでいるのかしら?

 古い家だし手を入れてると言っても、そこまで気が回らなかったのかも知れないわね。
 万が一ということがあるわ。穴でもあいていやしないかと、私はランプを片手に2階に上がり、天井にランプを向けた。

 すると、天井にやはり穴のようなものがあいていて──そこから覗く誰かと、目があったような気がして足首から血の気が引く。
「──ひっ!?」

 思わず目を閉じると、ドサッという音がして、私の口元が手で塞がれる。
「静かにしろ。金はどこだ?」
 ご、強盗……?

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