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第48話 イザークの過去①

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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 イザークは大人しい子どもだった。大人になって目覚めた商才以外は、取り立てて目覚ましいところのある子どもではなかったが、両親はとにかく王女が同年代に生まれたことを運命だと思っており、イザークに将来王女に降嫁してもらえるよう尽くせと、日がな一日言い聞かせて育ててきた。

 この頃のイザークは、小動物や自然に興味のある子どもだった。王女に降嫁してもらう為の教育よりも、自然と触れ合っているほうが好きだった。

「ほら、お父さまが食べ終わったわ。あなたも食べ終わらなくてはね。
 王族と過ごす際は、国王が食べ始めるまで食べてはいけないもの、食べ終わったら食べ終わらなくてはいけないものなのよ。」

「お前は将来王女さまを妻にもらうのだ。
 そのようなことにも慣れていかなくては、いざ王女が降嫁し、縁戚として呼ばれた席で、私たちが恥をかくのだ。」

「はい、お父さま、お母さま……。」
 まだナイフとフォークもうまく使えない年齢だったイザークは、いつも食べ終わるのが遅く、お腹をすかせていた。

「もうすぐまた子爵家の子どもがやってくるけれど、その子とは遊ばないようになさい。
 友だちは伯爵家以上にするように。」
 父親がそういい含めてくる。

 王族と縁戚関係になることを願っていたロイエンタール伯爵家にとって、伯爵家未満と関わるのは無駄なことだった。

 貴族にとっての友人関係は、より格の高い貴族と自分をつなげるための伝手となるものであり、それ以下ではなかった。

 王族と縁戚関係になる為には、広げられる交友関係は広げておきたい。その為に、関わる人間は今の時点で選ぶべきだと。

「これはしつけですよ、イザーク。」
 逆らえば鞭が飛んだ。
 寒空の下、家の外に放り出されもした。
「はい……、お母さま……。」

 熱く焼けただれた皮膚は熱を帯びて、塞がりかけた傷は痒くて、辛くて眠れなかった。
 自分は悪い子なのだ、自分が悪いのだと責めながら、イザークはベッドで毎晩泣いた。

 幼い子どもの皮膚が破れても、両親は気にしなかった。段々と何をすれば叩かれないのかばかり気にして生きるようになった。

 イザークは、家庭教師の授業の休憩時間ともなると、庭に出て、池の魚を眺めていた。
 魚を見つめていると、お腹が鳴った。
 空腹をごまかす為に腹をグッと押す。

「──おなかがすいているの?」
 誰かの声がして顔を上げる。時々両親を尋ねて来ていた、隣の領地の子爵家の令嬢が、不思議そうに自分を見下ろしていた。

「これ、オヤツのクッキーよ。食べてもいいよ。おなかすいてるんでしょ?」
 そういって少女はクッキーの入ったハンカチの包を差し出してきた。

 素直に受け取ってありがたく食べる。
「ありがと。美味しい。」
 そう言うと、少女がニッコリと微笑む。

「ここで何してたの?」
「魚を見てたんだ。」
「食べたいの?」

「まさか!好きなんだ、生き物が。」
「ふうん、私も好きよ。楽しいよね。見てるだけでも。ほんとは飼いたいんだけど、お父さまがクシャミが出るから駄目だって。」

「君のお父さまは生き物が苦手なの?」
「毛のある生き物がね。苦手みたい。」
「そっか……。残念だね……。」
「うん……。」

 しゃがみ込んで、2人でしばらく池の魚を眺めていた。その時、少女を呼ぶ声がして、少女は、はあいと答えて立ち上がった。

「もう行かなくちゃ。」
「また会える?」
「うん、時々来てるから、たぶん。
 あなた、ここの家の子でしょ?」

「うん。」
「じゃあ、会えると思うわ。またね。」
 そう言って帰っていった少女。言葉の通り時々やって来ては、2人で池を眺めたり、木に止まる小鳥を眺めたりしていた。

 ある時、少女が黒と茶色のぶちの子猫を抱いて家にやって来た。首には真っ赤なリボンがつけられている。困った様子の少女は、

「ねえ……、この子、この家で飼えない?
 うちはお父さまが、クシャミが出るから駄目だって言うの。」

「そう言えば、前にそんなこと言ってたね。
 この子、どうしたの?」
「捨てられてたのか迷子なのか……
 さっきそこで見つけたの。」

「そうなんだ。うん、聞いてみるよ。」
 イザークがそう言うと、少女がパアッと顔を明るくした。

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