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第39話 初めての仕事③

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「いらっしゃい、ロイエンタール伯爵夫人。
 ここが僕の自宅とアトリエです。
 バルテル侯爵夫人のご好意で、自宅とアトリエとで、別々の部屋を借りているので、アトリエのほうにご案内しますね。」

 援助を受けていると聞いていたけれど、部屋を2つも借りてくれているのね。確かにたくさん絵を置こうと思ったら、この小さなアパルトマンの部屋ひとつでは足らないわね。

 ヴィリのアトリエは、アデリナ嬢のアトリエのように、絵を飾ったりはしておらず、乾いた絵を並べて床に立てかけたり、棚に並べて置いたりしているようだった。

 狭いスペースを効率よく使っているのね。
 描きかけの絵らしきものがイーゼルの上に置かれていて、そこに白い布がかぶせられている。さっきまで作業中だったのかしら。

「何を描かれていたのですか?」
「あ、こ、これは……。なんでもないんです。
 ちょっとしたもので……。」
「──?そうですか。」

 見せてはもらえなそうだわ。ヴィリはバルテル侯爵夫人に援助を受けて絵を描いている立場だから、他の人に売る為の絵は描いていない筈だけど、こっそり描いているとか?

 お金がいくらあっても足りないのかも知れないわね。魔法絵の為の絵の具は、どれも高いものだから……。

「僕のペットを連れて来ますので、待っていてくださいね。」
 そう言って一度外に出ると、見たことのない動物を連れて戻って来た。

「これはフェレットという動物でして。実家で飼っていたのを連れて来たんです。」
「お名前はなんていうんですか?」
「ローゼマリーと言います。」

「ローゼマリーちゃん……。
 女の子なんですね。かわいらしいわ。」
 茶色い体毛、小さな頭に細長い体を、大人しくヴィリに抱っこさせている。

「どうしても手放せなくて。一緒に飼うことを了承していただけたので、一人暮らしをすることにしました。」
 破顔しながらそう言うヴィリ。

 よほど気に入っているのね。
「この子は基本大人しいのですが、好奇心旺盛なところもあって。知らない人がいると近寄って行ってしまうんですよね。」

「そうなんですか?」
「なので、慣らすためにも、ローゼマリーを一度抱いてやっていただけませんか?」
「よろしいんですか?」

 実はずっと触ってみたかったのよね。
 フェレットなんて初めて見るもの。
 ヴィリが私にローゼマリーを差し出そうとすると、ローゼマリーはもぞもぞと動いて、自分から私の胸に飛び込んで来た。

「きゃっ!」
「大丈夫です、そのまま抱いてあげて。
 すぐに大人しくなりますから。」

 じっと私を、その小さくて丸い目で見つめているローゼマリーは、私の腕の中で大人しく抱っこされつつも、私を観察しているかのようだった。本当に好奇心旺盛なのね。

 ローゼマリーを微笑ましく見つめながら、腕に抱いて体を撫でてやっていると、それを見たヴィリが、何やら幸せそうに目を細めてこちらを見つめている。

「……そうしていると、まるで、お母さんみたいですね。いつかそんな風に、本物の赤ちゃんを抱っこする日が来るんでしょうね。いいですよね、子どもを抱っこする母親。」

「そ、そうですね、いずれそうなればいいなとは、思っておりますけれど……。
 将来他の方との子どもが欲しいこともあって、離婚するつもりでおりますし……。」

 ヴィリには私が聖母か何かに見えているのかしら?そんなに幸せそうに目を細められると、なんだかとても気恥ずかしいわ。

「その……。あんまり見ないでください。
 なんだかとっても恥ずかしいわ。
 そんなにじっと見られると……。」

「あ、いや、これは失敬。」
 そう言って、ヴィリは照れたように頭を描いて、私から視線をそらしたのだった。

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