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第1話 ロイエンタール伯爵家②

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 貴族の婦人が働ける場所は限られている。
 上級貴族の家にメイドとして入るか、礼儀作法や王立学園入学前の勉強を教えたりする家庭教師になるか、果ては王宮勤めとして召し上げられるか。
 どちらにせよ狭き門だ。だけど私は働きに出たい。この家にいると息が詰まるから。

「明日はアンのところに寄るつもりです。よろしいでしょうか?」
「アンのところに?」
「産まれた子どもを見に来て欲しいと、アンより手紙をいただきましたので。」
「ああ、そうだったな、祝い金をタップリと包んでやるといい。」

「……ありがとうございます。」
 アンは私が結婚に際して子爵家から連れてきた来た唯一のメイドだ。アンの母親は私の乳母で、アンは私の幼なじみで乳姉妹にあたる。だが先日ついにアンもお嫁に行ってしまい、この家に私の味方は誰一人いなくなった。だから余計に外に出たくなったのだ。この家で長い時間を過ごさない為にも。

 義務のように繰り返される夜の営みは、私たちに子どもをもたらさなかった。伯爵のお手付きになれば。子どもを産んでしまえば。この家を乗っ取れる。そう思っている若いメイドたちは、イザークを狙っている態度を隠そうともせず、私をナメている。

 特に同じ子爵家であるラリサは、私につかえることが気に食わないらしく、露骨に嫌がらせまでされる。イザークとの関係があるかのようにほのめかしてくるけれど、イザークはそれを私に訂正しつつも、ラリサを諌めるようなことはしてくれない。

 伯爵夫人らしく堂々としていればよいというのがイザークの言い分だけれど、義母やイザークの私に対する扱いが、私を堂々とさせてくれないのだけれど、などとはさすがに口に出しては言わない。
 義母は定期的に訪ねて来ては、そろそろ再婚を考えてもいい頃だわ、と私の目の前で厭味ったらしくイザークに言う。

 イザークもそれを否定せずに、毎回考えておくとだけ答えている。
 義母は私が子どもを産むまで、領地や屋敷の管理を任せるつもりがないのだろうか。
 私は本来なら結婚と同時に引き継ぐ筈の、女主人としての仕事もさせて貰えない。

 だから余計にメイドたちから舐められるのだ。女主人として義母に認められず、夫の義務としての愛も受けられない女なのだから。
 お医者さまには既に何度もかかっている。
 不妊の原因のひとつにストレスがあるのですと言われたけれど、私の場合間違いなくストレスが原因だと思えた。

 ……こんな家に、どうしていたいものか。
 本当なら、結婚なんてせずに家にいられたら良かったのに。それか、せめて私自身で相手を選べたなら。お互いを思いやれる、私の意見も聞いてくれる人とだったら。
 ……よそう。虚しいだけだから。

「痛っ!」
 乱暴に入浴の世話をするラリサに文句も言えず私は黙って世話をされる。生乾きの髪の毛を放置して、ラリサは部屋を出て行ってしまった。私は自分で髪の毛を乾かし直し、ベッドメイクのされていないベッドで休んだ。

 翌朝、朝食の席でいつものように、イザークが今日の訪問先を告げる。イザークが自宅にいる時は朝食だけは一緒にとる決まりになっている。ただ決まりだというだけで、会話らしい会話はない。イザークの告げる訪問先に、私がただ返事をするだけ。

「今日はオッペンハイマー男爵のところに小麦の買い付けに行ってくる。」
「わかりました。」
 今日の会話ノルマはこれで終了ね。もう私から話題を提供することはとうに諦めた。
 イザークが朝食を終えたので、私の食事もここで終了しなくてははらなくなった。

 夫より先に料理を食べてはいけない。
 夫が食べ終わったのに食べてはいけない。
 国王陛下との会食の場合は、すべての貴族にそうした決まりがあるけれど、これを家族相手にしているのは、貴族広しといえどもロイエンタール伯爵家だけだ。

 これはイザークが始めたことではないけれど。イザークの父である先代のロイエンタール伯爵が始めたことなのだ。
 先代は王族の縁戚になることを強く願っていたのだという。そんなところにきて、たいそう優秀な息子を授かった。

 我が息子が公爵家と並び称されるほどの財産を手に入れた時、先代は王女殿下の婚約者候補に息子を盛大にアピールした。
 大量のお金をばら撒いたおかげで、イザークを推してくれる貴族も多数現れたが、蓋を開ければ王女殿下は、隣国の王太子のもとへと輿入れすることとなった。

 はなから王族には相手にされていなかったのだ。婚約者候補にもあげられなかったイザークを、ロイエンタール伯爵家を、上級貴族たちは嘲笑い、せめて侯爵家以上との婚姻をと求めた先代に、年頃の娘を差し出す真似はしなかった。

 一代限りの成金と揶揄される貴族と、金目当ての政略結婚を結ぶほど、この国の上級貴族たちは生活に困ってはいなかった。
 そこで白羽の矢が当たったのがメッゲンドルファー子爵家だったというわけだ。
 というか、イザークが伯爵家に柔順な妻と実家を、と求めた結果だという。

 我が家はお世辞にもお金があるとは言えない。私の父も貴族令嬢は政略結婚の道具という考え方の人だ。ロイエンタール伯爵家の打診は渡りに船だった。おまけに派手な社交嫌いの私は、イザークがどんな男性であるのかも、ロイエンタール伯爵家が世間からどんな目で見られているのかも知らなかった。

 先代のロイエンタール伯爵は失意の中、お前の子どもは必ず侯爵家以上と婚姻を結ばせるようにとの言葉を最後に身罷った。
 だからイザークもロイエンタール伯爵家も、この結婚は本意ではなかったのだ。
 私はなんとか自立したいのだ。──いずれこの家を追い出される前に。

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