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1巻

1-2

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「そういえば、テツさんはニューヨークに住んでいるの?」
「いや、今回は出張だよ。ちょっと長かったけどね」
「ジョギングしていたから、ここに住んでいる人なのかなって思っていました」

 テツは組んでいた足をほどいてイスに座り直すと、自分のことを語り始めた。

「僕は今、仕事を引き継ぐ途中でね。ここへは顔つなぎで来たけど、問題が起きて急に対処する必要があって……って、まぁそんなわけで長期出張中」
「引き継ぎって、上司の方が辞めるとか?」
「そんなところかな。だから把握しないといけないことが多くて、少し参っていたところ」
「……嫌な仕事なの?」
「そうではないけど、責任のある仕事だから……ちょっと重圧を感じている。でも君の仕事への情熱を聞いていると、僕も負けられないなって思えてきたよ」

 なんの仕事かはわからないけれど、玲奈が想像している以上にテツはエリートなのかもしれない。
 聞いてみたいけど、そうすると一気に仕事モードに入り、今の甘い雰囲気はなくなるだろう。玲奈は珍しく質問することをやめてしまった。
 ウェイターが焼き立てのピザを運んでくる。
 トマトとホワイトソースの二つの味が一枚のピザになっていた。白い陶器の皿にのり、テーブルの上はたちまちチーズの匂いに包まれる。

「わぁ、美味しそう! これ、ハーフ・ハーフだから半分ずつ取り分けて大丈夫ですか?」
「それはいいけど、レナさんはこんなに食べられる?」
「ええ、泣いたらなんかお腹すいてきちゃったみたい」
「はは、だったら僕の分も食べてもいいよ」
「それは流石に遠慮しておきます」

 ふふっと笑いながら互いの皿に取り分けると、玲奈はピースを持ち上げてぱくりと口に入れる。生地は薄めなのに、もちもちとして弾力があった。
 トマトソースも酸味と甘みが絡まって、味わい深い。

「うん、美味しい! テツさんもほら、熱いうちに食べるといいですよ」

 上機嫌になった玲奈は、遠慮しないで口を開けてピザを食べる。
 すると、その様子を見ていたテツが声を殺すようにして笑い始めた。

「あの、何かおかしいことがありましたか?」
「いや、レナさんは素直な人だなって」
「そうですか? 美味しいものを美味しいって言っただけですが」
「うん、それがいいんだよ」

 テツは猫のように目を細めて玲奈を見つめていた。そして玲奈の食べっぷりに触発されたのか、彼も思いっきり口を開けてピザを頬張る。
 ミディアムサイズのピザは、あっという間に姿を消してしまった。

「あぁ、もうお腹いっぱいです」
「それはよかった。案内した甲斐かいがあったよ」

 チップ分を上乗せしても五十ドルくらいだから、物価の高いニューヨークでは良心的な値段になる。玲奈も半分出そうとしたけれど、テツは「ここは僕が誘ったから」と言って気がついたら支払いを終えていた。

「次に会う時に、レナさんが何かおごってくれればいいよ」

 ――次、って。また会いたいって、思ってくれた……
 通りすがりに出会っただけなのに、同じ日本人だからと話をして、一緒にピザを食べる。
 海外旅行先では時折あるけれど、次に会おうと約束しても本当に会うことは意外と少ない。
 でも、テツとなら本当に会ってみたい。そう思ったところで彼はズボンのポケットから一枚のカードを取り出した。

「ああ、カードがあった。レナさん、よかったらこの後、ここに飲みにいきませんか?」

 そのショップカードには、お洒落しゃれそうなバーの案内がのっている。テツの泊っているホテルに近く、よく足を運んでいるという。

「ソーホー地区ですね、このお店ならわかると思います」
「そう、だったら今夜、どうかな」
「そうですね、一度ホテルに帰ってから向かいます」
「あぁ、僕も汗をかいているし、シャワーを浴びてから行くよ」

 玲奈が返事をすると、テツはさわやかな笑顔を見せた。そしてすぐに「また後で」と言って、再びブルックリン橋の方に走り去っていく。
 地下鉄に乗る玲奈は、彼の後ろ姿をいつまでも眺めていた。


 ホテルに戻ると、テツの前で泣いたこともあり落ち着きを取り戻していた。
 時計を見れば約束の時間までまだしばらくある。
 玲奈は決着をつけようと短く息を吐くと、スマートフォンを持って館内に電話をかけた。
 何度目かのコールでようやく電話に出た館内は、悪びれている様子は全くなかった。

「連、あれはほとんど私の書いた記事だよね。どうして盗むようなことをしたの?」
「どうしてって、お前の名前だと雑誌に取り上げてもらえないからだよ。中身はよかったからさ、俺の伝手つてで載せてもらった。大丈夫だ、担当にはお前が下書きしたことは伝えてあるから、次は玲奈の名前の記事になるさ」

 館内の言うことなど当てにならない。記事の評判がよかったなら、本当のことを編集者に知らせてほしい。
 そうして彼を問い詰めると――

「お前が一人前のライターとしてやっていけるわけないだろ? 下手くそなお前は俺の下にいればいいんだよ」

 あまりにも一方的な物言いをする館内の声を聞いて、玲奈は思わず叫んでしまう。

「そんなことないわ! 私だって一人前のライターになれるわよ!」
「はっ、お前みたいな甘ちゃんが通用する世界じゃない。バカなこと言うな」
「そんなっ」

 これまで励ましてくれていた館内の変わりように、玲奈は心を刃物で引き裂かれたように酷く傷ついた。
 もう館内の顔を見るのも嫌だと思い、電話を切った後で怒りのままにメッセージを送りつける。

『今日で連の本性がよくわかりました。――さようなら』

 あんなバカでクズな男に捕まっている暇はない。仕事で一人前になって館内を見返そうと、玲奈は拳をギュッと握りしめた。


 ニューヨークのソーホー地区にあるバーに入った玲奈は、カウンターに立つとメニューボードを見てオーダーした。

「モヒートを一つ」

 すぐに渡されたロンググラスのカクテルには、半月切りされたライムが入っている。
 さっぱりしたライムとミントの入ったラムベースのお酒を、玲奈はぐいっと喉に流し込んだ。

「んーっ、やっぱりモヒートは最高!」

 学生の頃は背伸びをしてバーに行っていた。そんな玲奈も二十五歳になってそれなりの社会人経験を積むと、こうしておくせず一人でも来ることができる。
 モヒートのさわやかな喉越しに気分のよくなった玲奈は、二杯目をオーダーしたところで入口の方を見る。
 けれど、まだテツらしき男性を見かけない。どうしたのだろう、と思ったところで背の高い男性が隣に立った。

『マスター、冷えたビールを頂戴ちょうだい

 ブリティッシュ・イングリッシュを話す低い声は、待ちわびていた彼のものだ。嬉しくなった玲奈は頬を染めて顔を彼の方に向けた。

「テツさん!」

 昼間と違い、彼はジーンズにパリッとした黒のシャツに着替えていた。シャワーを浴びたままなのか、髪の毛は乾かしてあるだけだ。

「レナさん、ごめん。待たせちゃったかな」

 テツは受け取ったジョッキを持って近寄ってくる。すると、ふわりとさわやかなベルガモットの香りがした。

「いえ、私も今来たところです」
「帰りの地下鉄は大丈夫だった?」

 目が合った瞬間に彼は、いかにも会うことができて嬉しいとばかりに破顔する。
 テツは無造作におろしている髪をかき上げると、玲奈の瞳を覗き込んできた。

「あれから、泣いてないよね」

 柔らかい声は、まるで玲奈の背中を撫でるようだ。思わず胸がトクリと高鳴る。
 よかったらこっちで話そうか、とグラスを持ってテーブルの方へ行く。
 薄暗い店の中で会う彼は、明るい陽射しの下で走っていた時と違い、野性味のある大人の色気を放っていた。
 ――まるで、黒豹みたい。

「モヒートが好きなの?」
「はい、さわやかで夏って感じがするの」

 玲奈も白いノースリーブのトップスに、紫の大柄の花が描かれた黒いフレアスカートに着替えていた。高めのヒールの靴に大振りのネックレスをつけた姿は、さっきまでの清楚せいそなワンピース姿とは違って大人びている。
 胸元が大胆に開き、ボリュームのある谷間がチラリと見える服を選んでいた。テツを誘惑しようと思ったわけではないけれど、ちょっとは女らしさを感じてほしかった。

「レナさんはいつまでニューヨークにいるの?」
「もうほとんど仕事は終わったから、後は用事を済ませるだけです」
「そうなんだ、僕もあと少しだけど終わらなくてね、早く日本に帰国したいよ」

 二人の話は盛り上がり、からになったグラスの代わりに喉越しのいいカクテルをオーダーすると、テツも二杯目のビールを頼む。
 酔いもちょうどよく回ってきたところで、テツがため息をつきながら話し始めた。

「相手がタフでね、骨が折れるよ。こう見えても交渉には自信があったんだけどな。……真面目すぎるのかな」
「そうなの? そんな風には見えないですよ?」
「硬すぎて、時々自分の性格をどうにかしたいなって思うけどね」
「だったら、大胆なことをしてみるとか? 普段自分がしないことをしてみると、硬さも取れるかも?」

 テツは一瞬言葉を失くし、次第に熱っぽい目で玲奈を見つめた。
 視線を感じた途端に身体の奥の方がキュンとうずく。玲奈はグラスに残っていたカクテルをぐっと飲み干した。

「レナさん。君って本当に……第一印象と性格が違うって言われない?」
「そうなんです! 大抵の人は私がおしとやかな大和やまとなでしこに見えるみたい」
「はは、僕も最初はそう思ったよ。でも」
「でも?」
「ピザを大口を開けて食べる姿を見て、それはまぼろしだったなって」
「なっ、そんな姿思い出さないでください!」

 テツはくつくつと機嫌よく笑うと、レナにとろけるような目を向けた。

「泣いている姿は可憐で、食べている時は素直で、……今は大胆で凄く魅力的だ。一日でこれほど翻弄ほんろうされるなんて思わなかった」
「そんなこといっても……な、何も出ないですよ」

 手元にあるからのグラスを見つめていると、顔に熱が集まってくる。テツの言葉にくらりとしながらも、旅先の夏の夜が玲奈の気持ちを大きくしていた。
 バーの店内に南米のリズムの陽気な曲が流れ始め、フロアには踊り出す人が出てくる。
 サルサダンスの時間になっていた。

「テツさん、ダンスタイムが始まったけど、サルサは知っていますか?」
「サルサ? 踊ったことはないけど」
「そう? だったら教えるから、踊りましょう! 意外と簡単ですよ」

 サルサダンスは、簡単なステップで相手と向き合って前後に踊れば、それなりに形になる。周囲を見ても、皆陽気に踊っているだけでステップは二の次だ。
 玲奈はテツの手をとると、ホールの方へ引っ張っていった。彼は戸惑いながらも、好奇心に満ちた目をして玲奈の後をついてくる。
 触れている手から、テツの熱が伝わってくる。踊る人たちの中に入ると、玲奈はくるりと向きを変えて彼と向き合った。

「まずはサルサから! 大胆になってみようよ」
「そうだね、何事もチャレンジだ」

 音楽に合わせるように、前に後ろに下がるステップを教えると、勘のいいテツはすぐに習得した。テンポを掴むと、周囲と同様に腰をしなやかに動かし始める。
 ステップを確認した二人は見つめ合いながら、身体を使って踊った。
 玲奈のフレアスカートの裾が踊りに合わせて揺れると、足につけていた柑橘系かんきつけいの香水もふわりと香る。

「初めてにしては、上手ですよ!」
「ははっ、面白いね。癖になりそうだ」
「うん、これで少しは柔らかくなると思いますよ」
「君の方は、大胆すぎると言われない?」
「そうですか? サルサは南米に行った時に、教わっただけですよ?」

 曲に合わせくるりと回ると、ふらりと足元が揺れた。
 どうやら酔い過ぎたのかもしれないと足を止め、テツに目配せをしてカウンターに戻っていく。すると、ペアがいなくなったテツに目をつけた女性たちが一緒に踊ろうと誘っている。
 サルサダンスでは誘い合うのがお馴染なじみだが、テツは彼女たちの手をとることなく玲奈のところに戻ってきた。

「あら、踊ってきたらいいのに」
「ははっ、つれないな。君とだから踊りたかったのに」

 テツのストレートな言葉を聞いて、トクリと胸がときめく。
 橋の上で助けてもらった時は真面目な人だと思ったのに、浮いた言葉を聞くと女の人に慣れているようだ。
 クズ男だった元カレにだまされたばかりだから、余計に軽い男性には近づきたくないし、恋愛なんてしたいとも思えない。
 テツはスマートで魅力的だが、やっぱり旅先で出会った男性に過ぎない。
 玲奈は喉の渇きを覚えて辺りを見回すと、気がついたテツが水をもらってくるよ、とその場を離れていった。
 ――テツさんは素敵だけど……これ以上近づかない方がいいのかな。
 玲奈が一人になった途端、今度は彼女を誘おうと男性が近寄ってくる。
 そんな気分じゃないから、と手を振ってもしつこく迫ってきた。

『今日はツレがいるから、相手はいらないの』
『そんなこと言わないで、俺たちとあっちで飲もうよ』
『必要ないわ』

 断っているのに、執拗しつように誘ってくる。すると男の手が伸びてきて、玲奈の手首を掴んだ。

『嫌っ!』

 触れられたところからゾワリと嫌な感触が流れてくる。どうしようもなく気持ち悪い。
 男は玲奈の拒絶に少しひるみ、手を離してチッと舌打ちをした。
 体格のいい男に睨まれ、どうしよう、と思った玲奈が振り返ると、テツが顔色を変えて戻ってくる。
 テツはすぐに玲奈の隣に立つと、腰に手を回して身体を添わせながら、鋭い視線で男を睨みつつ低い声を出した。

『俺の女に手を出すな』

 テツの姿を見た男性は、肩をすくめると諦めたのかすぐにその場を離れていった。玲奈が何度断ってもダメだったのに、テツの放った鋭い一言で去っていく。

「あぁ、ありがとう」

 ホッと安堵の息を吐くと、テツも「間に合ってよかった」と眉尻を下げた。けれど手はそのまま玲奈の身体に巻きついている。

「まぁ、君が魅力的だっていうのもあるけど、日本人のノーはわかりにくいからね」
「普段なら、もっと上手に断るんだけど」
「君は案外、自分のことをわかっていない。僕があれだけ言ったからすぐに引いたんだよ」
「私のこと、テツさんの彼女って言ったこと?」
「ん? まぁね。……でも、本当にしたいんだけど。どうかな?」

 バーの薄暗い照明に照らされたテツの目が、まるで獲物を見つけた野生の動物のように光っている。腰に回している手にぐっと力を入れたテツは、至近距離で玲奈に甘えるようにささやいた。

「レナさん、今日一日一緒にいて、君のことをもっと知りたくなった。よかったら、これからも会ってくれないかな」

 一瞬、ゾクリとした何かが背中を走る。
 けれど、それには気がつかない振りをして、玲奈は自分に絡むテツの手をそっと押しのけると、少し距離をとって彼の目を覗き込む。

「テツさんって意外と大胆ですね。この調子で仕事をすれば、うまくいきますよ」

 彼に惹かれる気持ちはあるけれど、今は館内と別れたばかりだ。
 とてもすぐに次の男性、と気持ちを切り替えられるほど器用ではない。
 今夜、気分よくお酒を飲めれば、それでいいかと思っていたけれど――
 玲奈はバッグに入れていたスマートフォンが揺れていることに気がついた。今の時間であれば、日本は平日の午前中になる。
 なんだろう、もしかしたら仕事の連絡かもしれないとそっとメールを確認した。
 ――ええっ、どうしてっ?
 画面を見た玲奈は一気に凍り付いてしまう。桃色に染まっていた頬は血の気を失い、青白くなっていた。

「レナさん? ……どうした?」

 テツが声をかけてきたけれど、玲奈はすぐに返事ができない。
 それは内諾していた雑誌の特集記事のライター変更の知らせだった。麻生玲奈から、館内連への変更だ。
 また胸がツキンと痛くなり、目がうるんでしまう。
 ――いけない、また泣いちゃう。
 誤魔化すようにまなじりに指をあて、ちょっとだけうつむく。それでも涙が出てきてしまう。このままではまた、テツの前で酷い顔をさらしそうだ。

「ごめんなさい、ちょっと……」

 どこか泣けるところに行こうと顔を上げると、彼は眉根を寄せた心配そうな顔をして玲奈を見つめていた。

「ごめん、僕が……余計なことを言ってしまったかな」
「いえ、そうじゃなくて、メールを見たら涙が勝手に出ちゃっただけで……」

 涙腺が緩くなっている、普段はこんなに泣き虫ではないのに。
 するとテツは腕を伸ばして玲奈を引き寄せ、気がつくと彼の胸に頭をつけるようにして抱きしめられていた。
 ――えっ。
 目の前がテツの広い胸でいっぱいになっている。
 背中に回された腕は遠慮がちに添えられていて、抜け出そうとすればすぐにできる。突き飛ばすこともできる自由を玲奈に与えながら、それでもテツはゆるりと彼女を囲んでいた。

「泣きたい時は、泣いた方がいい。僕は……壁になるからさ」

 壁にしては温かくて、胸がいっぱいになる。
 すぐに悲しい気持ちが込み上げてきて、玲奈は鼻をすすりながら再び泣いてしまった。

「……っ、うっ、……ご、ごめんなさい」
「壁だから、気にしないよ」

 テツの低い声が、玲奈の心を優しく震わせた。どうして彼には心の深いところを見せられるのだろう。
 テツの長く力強い腕が玲奈の背中で組まれ、二人の距離は限りなく近くなった。
 まるで心まで彼の腕に囲まれているようで、玲奈は肩を震わせた。

「レナ……言いたくないならいいけど、……また、あの男のこと?」

 玲奈はこくんと頷いた。
 そのまま彼の胸の中で、玲奈はしゃくり上げつつポツリ、ポツリと説明する。
 仕事を一つ失っただけではなく、館内が玲奈についてよくないうわさを流したから、急に変更になったのかもしれないことを。

「そんな……バカな。編集もそんなうわさ話を信じて、一度オファーした仕事を変更するのか?」
「わからないけど、こんな急に切られるなんて、本当に……っ、もう、どうしたらいいの?」

 どうしようもなく涙が溢れてくる。
 これまでの頑張りを否定されたようで、玲奈は苦しくなる胸のうちを吐き出すみたいに、テツの胸に顔を埋めた。

「レナ、ここだと落ち着かないだろうから……場所を変えようか。僕の部屋でいい?」

 テツの柔らかい声を聞いた玲奈は、再びコクンと頷いた。この温かい腕の中にもっといたい。それしか考えられなかった。
 テツの固く大きな手をとると、彼は目元を少し赤くして「ホテルはすぐそこなんだ」と耳元でささやいた。玲奈は酔った足取りで、導かれるままに彼のあとをついていく。
 テツの泊まるラグジュアリーで近代的なホテルに着いてドアを閉めた途端、待ちきれないとばかりに玲奈は彼の顔を両手で挟み込み、唇を寄せた。
 ――私をいやしてほしい。冷えた心を、温めてほしい。

「お願い……テツさん、今夜は離さないで」
「レナ、でも……本当にいいのか?」

 戸惑うテツの口を塞ぐように、玲奈は大胆にキスをした。
 ――誰でもいいから、私を乱して。あの男を、忘れさせて。
 衝動的になった玲奈は、テツの首の後ろに手を回すと上目遣いで彼を見上げる。

「もう、忘れたいの。――何もかも。だからお願い、私をぐちゃぐちゃにして」
「……っ、わかった。クズ男なんて、すぐに忘れさせるよ」

 低い声と共に大きな手のひらが頭の後ろに添えられ、逃れられなくなった。目を閉じると唇の上に柔らかいテツの唇が落ちてくる。

「でも、君を離せなくなるよ。それでも、いい?」

 二度、三度と角度を変えて唇の端に口づけされ、視線を交わす。玲奈はゆっくりと目を閉じて頷いた。
 言葉を発することもなく、唇の内側の湿ったところを重ね合う。息もできないほどに熱く口づけを交わしながら、テツは玲奈のブラウスの前ボタンを外していく。
 もどかしいくらいに丁寧に外されて、前がはだける。すると花柄の飾りのついたブラが現れた。

「可愛い。これ……外しても?」

 こうなることを全く考えていなかったわけではない。持っている中で一番上品に見える下着を選んでいた。
 テツは背中に手を回してブラのホックを外すと、ゆっくりと上に押し上げた。締めつけから逃れることのできた乳房がたぷんと揺れて姿を現す。
 その瞬間、テツの雰囲気が変わる。雄の目をしたテツが、玲奈の目を覗き込んだ。

「レナ……凄く綺麗だ」

 扉のすぐ近くの壁に背を押し付け、両手で乳房をすくいながら固い手のひらで柔らかい乳肉を揉み始める。上向きになって、固くち上がった乳首をきゅっと強く指でつままれた。
 息もできないくらいに舌を絡め合うキスをしたまま胸を刺激されると、下半身がうずき、身体が甘く反応する。
 ――テツさんって、凄い、上手……!
 あんなにも紳士で大人な彼の手つきが、いやらしくて気持ちがいい。
 獣のような熱いまなざしを受けながらテツに身体を預けると、玲奈の口からはしたないくらいに嬌声がれ始める。

「レナ、僕の目を見て」
「んっ、……ふっ、ううっ」

 ――これ、溶けるほど気持ちいいっ……
 キスだけで腰にくるなんて、初めてだった。男の舌でなぶられて、くちゅりと水音が耳に響く。すると足がぷるぷると震えてしまう。
 テツは片手で乳房をまさぐりつつ、もう片方の手を伸ばしてスカートの上から玲奈の形のよい臀部でんぶを撫でまわした。
 はだけた胸の突起に吸い付かれると、それだけでうずきが全身を走っていく。
 ――やだっ、これ、絶対に濡れてるっ。
 脚の間からはしたたる感触があった。たったこれだけの愛撫あいぶで、これまで経験したことのない夜になりそうだと玲奈はおののいた。
 テツは柔らかいお尻から手を離すと、キスをしながら自分のジーンズのベルトをかちゃりと外し、もどかしげに前をくつろげる。既に彼の欲望は布地を押し上げていた。
 玲奈が手を伸ばして硬い部分をそろりと撫でると、テツはふるりと小さく震えた。

「……君はいけない人だ」

 はぁ、と熱い息を吐いたテツが耳元でささやいた。その低い声だけでゾクリとした快感が背中を走っていく。
 テツは腰を落とすとたかぶりを玲奈の太腿にぐりぐりと押し当てるように身体をくっつけた。
 もっと、みだらなところにそれが欲しい。
 そんな渇望が湧き上がってきた玲奈は、テツの黒いシャツのボタンを一つ一つ外しながら、ねだるように濡れた声を出した。

「ここじゃいや、……ベッドに、行きたい」
「わかった」

 テツは逃がさないとばかりに玲奈の腰に手を回し、寝室に連れていく。
 淡い光だけが残るように照明を落とすと、テツはそれまでの早急な手つきとは打って変わって、ゆっくりと玲奈をベッドに横たわらせた。真新しい白いシーツが肌に冷たい。

「自分で脱ぐ? それとも……脱がせてほしい?」
「じ、自分で脱ぐから」


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