樹海暮らしの薬屋リヒト

高崎閏

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第1章

シキの決意

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 レイセルの家を出たリヒトは、木々の中を進んでいた。そこまでの距離では無いが、目的のマカの木の群生地は北の森の中でも少し深い場所にある。魔獣避けが施されていなければ、魔物と遭遇してもおかしくはなさそうな森だが、シンハ樹海と比べると明るい陽射しの差し込む森だった。

 樹海の家の庭で育てていた薬草や野菜たちは家を空ける前に採取を終わらせ、野菜は保冷庫に保管。薬草は保管室で乾燥させている。ただ、帰宅したらまずは土を耕して、次に植えるものの準備をしないといけない。

 それと新しい棚を買って、シキのためにもう少し世界情勢や魔法についての書物を取り寄せてもいいかもしれない。

 そこまで考えて、リヒトは思考を止めた。

 シキはこの先、どのように生きたいのだろうか。

 樹海の家はリヒトにとって、居心地のいい場所だった。居心地が良くなるように整えてきた城だった。

 ユーハイトは確かに、住みやすい街だ。王都から距離はあるが、海に近い分、国外からの流通も盛んで、街並みは非常に美しい。

 知人も多く、滞在中は頼りになる人がたくさんいる。

 身寄りの無いシキにとっては、ユーハイトは非常に住みやすい場所なのではないだろうか。もしも彼がユーハイトで暮らしたいと言ってきたなら、生活出来る基盤を整えてあげるくらいの覚悟はしている。

 シキは同族を探すために旅に出ることだってできる。亡くなったと言われているご両親も、もしかしたらどこかで暮らしているかもしれない。シキは、二人の軌跡を辿る旅に出たいだろうか。

「応援してあげないとな……でも、少しだけ寂しいな」

 突然始まった他人との暮らしを、楽しんでいる自分に気づき、リヒトは、ふっ、と笑った。

 樹海で暮らし始めた理由は大きく二つあった。一つは単純に植物の育成や採取、薬効を研究することにのめり込んでいたからだ。

 そして二つ目は、証明したかったからだ。魔力が無い自分にも、できることがあると。

 ただ、樹海で暮らしていてもレイセルの魔道具には頼りきっているところがあるし、食料の備蓄はマギユラの配達に大いに支えられている。

 未だに頼りきっている面々には胸を張れない部分がまだ沢山あるのだった。



 「あったあった、マカの実」

 ずんずんと思考の海に沈みつつも、歩き慣れた森の中は勝手に体が動いてくれる。

 ころりとした鈴のような茶色い形の実をたくさん実らせた木々が一帯に広がる場所にたどり着いた。

 マカの木の群生地に着いたリヒトは手馴れた様子で鞄から取り出した麻袋に、手袋をつけた手で実を採取し始めた。手で簡単にぷつりと採れる実は少しだけ弾力があるが、実同士をぶつけるとカチリと音がする程度には硬い。

 分厚い皮に覆われており、実を湯掻いて皮を柔らかくした後にナイフ等で剥いて、中にある白い実と大ぶりの種を分ける。

 白い実だけを集め、目の細かい網で裏ごしをする。繊維を取り除いたその白い実を精油と混ぜ、鍋を火で温めながら焦がさないようにゆっくり混ぜる。

 できた液体を消毒した瓶につめて、冷やしたものが軟膏になる。

「よし、ひとまずこのくらいでいいかな」

 自身で抱えて帰らなければならないので、よろつかない程度のマカの実を採取したリヒトは、よいしょと麻袋を抱え上げ、来た道を戻って行った。





「……それで、その魔石は壊れたのか」
「うん、パキッと割れちゃった」
「リヒトのやつ、人があげたものを……」

 レイセルはテーブルの上にごろごろといくつかの魔道具を広げ、シキにそれを一つ一つ説明していた。

 歯を自動で磨いてくれる歯ブラシ、髪の毛を乾かしてくれる温風の出る機械、インクが勝手に補充される羽ペン、などなど多岐に渡る。

「ごめんなさい、僕、魔石に魔力が入れられるのかなって、触っちゃって」
「まぁ安物の魔石だったからな。一気に大量の魔力を注ぎ込まれたか、属性がそもそも反発したか……」
「魔石にも属性があるの?」

 レイセルはおもむろに立ち上がると、棚から木箱を取り出してきて、ぱかり、とシキの前で箱を開けた。

 中には大小様々な大きさの色とりどりに輝く石が入っていた。

「魔石だ。低級の魔獣からの採取だから小さいし、魔力量もそんなに無い」
「これよりもっと大きいのもあるの!?」
「ああ。それこそ書物には古代竜の魔石は人族の大人ほどの大きさもあったと書かれている」

 きらきらと目を輝かせるシキの手のひらに、ころりと小さな赤い魔石を転がした。シキの爪先ほどの大きさだが、夕焼けを煮詰めたような赤色に輝く魔石だった。

「こいつは火属性の割合が多い。こっちの魔石はもう少し割合が下がる、おそらく風属性が混ざっている」

 もう一つシキの手に転がされた魔石は赤色の部分も多いが、少しだけ空と同じような薄青が混ざっていた。水の中に絵の具を溶かしたような複雑な色をしている。

「魔石も属性がいろいろあって、混ざってるのもあるんだね」
「魔法の法則を生んだ始祖の時代から長い時間が経ってるから、交配も進む。むしろ生まれた時から一つの属性を極めている生き物の方が珍しい。まぁ居なくは無いが、希少だ」

 シキはレイセルから渡された魔石を窓から差し込む日差しに透かせた。シキの頬に落ちる影が色とりどりに輝いている。

「なんだか宝石みたい」
「宝石は職人が研磨してるんだ、こんな石くれよりもっと綺麗だ。ただまあ、希少魔獣の魔石はそこいらの宝石よりも高価だな。加工では生み出せない色と形をしているから、物好きなコレクターは大金をはたいても買いたがる」

 チッ、と舌打ちしたレイセルは何か癪に障ることでも思い出したようだった。

「聖獣の魔石は国で採取が禁止されてるんだがな、それを欲しがる貴族はわんさかいるんだよ。胸糞悪いこと思い出しちまった」
「聖獣……?」
「ああ、聖獣は人語を解する魔獣だ。知能数が高く、本来なら神殿の信仰対象で保護されるべき存在だ。昔はたくさん聖獣が居たらしいが、欲に目が眩んだ奴らが魔石を欲しがって、狩り尽くして今や絶滅しかけてる。それこそお前たち竜人族みたいにな……」
「……そっか」

 いつの時代も一部の愚かな存在によって破滅に追いやられる存在がある。国外に限らず国内にも高額で売り飛ばすやつがいれば、やすやすと大金をはたいて買うやつがいる。

「小さな村で過ごしてたから、そういうことがあるって全然知らないままだった……」
「知らないで過ごせる方が幸せってもんだ……いや、悪かったな、気分悪くなる話を振って」

 レイセルがくしゃりと自身の頭を掻きむしった。決まりが悪いのか、唇を尖らせているその顔が、つい最近見たユージアの拗ねた顔と重なった。

 くすくすと笑うシキに何笑ってるんだ、と問い詰めようとした所で来訪を告げる鈴が鳴った。

 その後でドアノッカーが鳴らされ、ドアの向こうから「戻ったよ~」と疲れたようなリヒトの声がした。

 レイセルが玄関を開けると、よろりと大きな麻袋を担いだリヒトが入ってくる。

「重量のある……採取の時は……いつも『隣人』に助けて貰ってたから……久しぶりに……こんな……ふぅ……」

 息を整えながらよろよろと倒れそうになるリヒトを手近な椅子に座らせたレイセルは盛大なため息をつきつつ、

「もっと体力をつけろ馬鹿者」

と、叱咤を飛ばして、シキに水を持ってくるように伝えた。

 シキから水の入ったコップを受け取ったリヒトはくいーっと飲み干し、テーブルに項垂れた。

「ごめんね、少し休んだらお暇するから……」

 そのまま軽い寝息を立て始めたリヒトを心配そうに見つめていたシキに、レイセルが「ほっとけ、少ししたら目が覚めるから」と放置を促す。

「レイセルさん、僕ね、この街に来て色んなこと知れたんだよ。新しい友達もできたし、魔法はまだまだだけど、新しいことも教わって。毎日すごく楽しいんだ。……ぜんぶ、リヒトさんのおかげなんだ」
「……」

 とつとつと、一言ずつ確かめるように話すシキの言葉をレイセルは黙って聞いていた。

「ときどき、リヒトさんが悲しそうな顔をするのが気になってて……。でもまだ僕は頼りないから……、早く大きくなって、もっと、リヒトさんに頼られるような、そんな大人になりたいな、って……」

 わしわしとレイセルはおもむろにシキの黒髪をかき混ぜた。突然のことに、わーと情けない声を上げるシキにレイセルは真面目な顔をして告げる。

「そういう話はな、本人にしてやれ」
「リヒトさん、困らない?」

 不安に揺れる琥珀色の瞳を安心させるように、大きく頷く。いつかの幼いリヒトの顔がシキに重なった。

「大丈夫だ。こいつ、実は寂しがり屋だから」
「本当?」
「ああ」

 念押ししてやると、シキはぱああ、と顔を明るくして微笑んだ。

「……なんで俺にその話をしてくれたんだ?」

 ふと気になってレイセルはシキに訊ねた。

「だってレイセルさん、リヒトさんのこと大好きでしょ?」
「……まあ、付き合いだけは長いからな」

 シキのまっすぐな問いに、普段はひねくれ者なレイセルも、柔らかい表情で返答した。数秒後には慣れないことをしたと、ギュッと表情を歪めたが、シキは大満足したようににっこりと笑う。

「まだまだリヒトさんのこと、知らないことだらけだけど、もっと魔法のこととか学んで、体術だって頑張って、リヒトさんの力になりたいんだ」
「ああ、わかった。……あとでちゃんと、リヒトにも伝えておけよ」

 シキの頭をもう一度かき混ぜるレイセルの顔は、やわらかい笑みが浮かんでいた。それを見上げたシキもまた、嬉しそうに笑うのだった。
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