樹海暮らしの薬屋リヒト

高崎閏

文字の大きさ
3 / 33
第1章

少年シキ2

しおりを挟む
 逃げなくちゃ、逃げなくちゃ、逃げなくちゃ。

 目隠し、猿ぐつわ、手足には頑丈なロープ。自由に身動きが取れない状況で、自分の心臓がばくばくと激しく鼓動を打っている。

 つい先程まで気を失っていて、時間の感覚がよくわからない。

 今は亡き祖父は、人としての生き方を教えてくれた。人を信じることと共に、人を疑うことを教えてくれた。

 礼節を尽くしてくれた人には同じように礼節を重んじて接することを。軽口ばかりの人には慎重に、苦しむ人がいれば思いやりを持って。

 ただ、善人ばかりではない世界だとも。悪人は善人の顔をしていることがほとんどだとも、教えてくれた。

 だから初対面から何か感じるところはあったのだ。この人は、ただの善人では無いと。

 商人風の男は目を弧のように細めていたが、笑顔とは程遠い様相だったことを覚えている。

「お孫様は利発な目をされてらっしゃるので、孤児院では優秀な児童に相応の学習環境を設けており――」

 領都の孤児院の話をする商人風の男の話を聞きながら、祖父を亡くしてから不安そうだった祖母は僕を見て朗らかに笑った。

「私が先立ったあと、何よりもあなたのことが心配なのよ。願うのはあなたの幸せだけよ」

 祖父が威厳のある人だった反面、祖母は慈愛に満ちた人だった。生まれてすぐに両親を亡くした自分を、快く迎え入れてくれて、たくさんのことを教えてくれた。

 あたたかい家だった。祖父が亡くなって、とても心細かったけど、祖母は気丈に振舞って僕を気遣ってくれた。それでもやはり祖母も不安は拭えなかっただろう。

 亜人の孫を一人残すのは。

 この世界には様々な種族がいる。半分を占めているのは人族、そして人族と純血種の交わった亜人、そして獣族や妖精族といった純血種だ。

 亜人は人型で暮らす種族もいれば、純血種と同様の姿を持つ者、半分混ざりあった姿の者様々で、僕は竜型と人型を自在に変化できる。――らしい。

 らしいというのは、祖父母に引き取られてからは人型として、いや、人族として生活するように言い聞かせられていたからだ。

 亜人と純血種には見た目の違い以外で、人族にはない特徴がある。

 魔法を使える、というその一点だ。

 魔力の量は種族や個々の資質によるところがあるが、人族には魔力が無い。

 基本的には種族ごとで集落をつくり生活をしているが、王制を敷く人族は王都と各領地を区分けして生活している。各領主と族長とで取り決めをして、基本的には互いの種族や里には不可侵で暮らしているが、王都では魔法の使える種族を重用し、役職についてもらい、仕事を斡旋している。

 ただ、それは基本的に純血種に限る話であった。

 人族と混血の亜人は、純血種とは生活を別にする者が多く、人族に紛れて暮らすものがほとんどだ。

 理由は、純血種と比較するとどうしても種族としての質が落ちるからだ。魔力量は少なく、魔法も能力としては低い。

 それ故に昔は亜人というだけで淘汰され、低賃金で自身に見合わない過剰な魔力を必要とする仕事を押し付けられたりしていたそうだ。


 その時代に生きてきた祖母にとっては、かけがえの無い大切な孫が、他者から魔力を搾取され、不当な扱いをされるのを非常に恐れていた。

 祖父もそうだった。だから、人族として振る舞うように言われていたし、他者を見極める目を養ってくれたのだ。

 それを、常に感謝しようと思う。



 シキは背中側で結ばれた両手を動かし、ベルトの内側に隠し持っていた小型ナイフを取り出した。折りたたまれたそれをどうにか動かし、静かに縄を切る。自由になった両手で脚を縛っていた縄もナイフで切った。

 周囲が暗かったのは、どうやら荷馬車の幌の中に荷物とともに押し込まれていたからだった。それと同時に既に夜になっていたようで、パチパチとすぐ側で火の爆ぜる音がする。近くで焚き火をしているようだ。

 祖母が亡くなり、葬儀が終わったすぐ翌日に、商人風の男は家を訪ねてきた。



「ご家族のご不幸、お悔やみ申し上げます」
「……いえ、」
「つきましては貴方様を孤児院へとお連れしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「まだ家の整理ができていませんので、その話はしばらく保留にしてもいいでしょうか」

 またあの目を弧の字に歪めた表情を貼り付けていた。しかし、今日は舌打ちを隠さずに続けた。

「うるせぇガキだな、めんどくせぇ。――連れてけ」

 表情はそのまま笑みの形を崩さずに男はドスの効いた声で続けた。なるほどこれが本性か、と腑に落ちたところで、強引に腕を引かれ、姿勢を崩したところを殴られて意識を手放してしまったのだった。



 目隠しと口元を縛っていた布を取り去るが、首に付けられたものが外せない。がっちりと硬質な金属のようなもので出来ており、魔力を込めようとしても、上手く魔力を練ることができず不発に終わった。

「魔封じ……?」

 ひとまず身体は自由になった、あとはここから退散するだけなのだが、場所がどこだかわからなかった。

 幌の隙間から外を覗いても、暗い森が続くばかりで周囲の状況がよくわからない。

 見張りは見える範囲ではどうやら二人おり、焚き火の近くで何か話をしている。もう少し離れた距離にもう一つ馬車があるようだった。他の者はもしかしたらあの馬車にいるのかもしれない。

 夜に気がついて良かったかもしれない。このまま闇に紛れて、森に逃げ込むことも出来そうだ。――気付かれなければ。

 鼓動はばくばくと早鐘のように打っている。打たれた頭はコブができているようでまだじんと痛みを発している。そしてこの魔封じの首輪が物語っているが、おそらく敵方に自分が亜人であることがバレている。

 このまま荷馬車に乗せられていれば、自分は売り飛ばされるのだろう。そしてその魔力を奴隷のように使わされるのだろうと身震いした。

 良くない思考を振り払い、今、どうするべきか頭を悩ませることにした。

「坊っちゃんや、お目覚めかな」

 荷馬車の中で悩んでいたら急に幌が開け放たれた。笑顔を貼り付けた商人風の男が覗いている。――しまった!

『シキ、あの姿になるのは手段を選べなくなった時だけにしなさい――誰かを助けるとき、』

 もう、なりふりは構っていられないのだろう。この姿になるのは二歳になる頃以来だ。
 上手く、飛べるだろうか。

『――シキ、お前に危険が迫ったとき、そのときはあの姿になって飛びなさい』





「……そして、気づいたらあの森で、」
「倒れていたわけか」
「はい」

 シキを助けて二日目の夜、容態も落ち着いてきたので、とつとつとシキがこれまでの経緯を話してくれた。

 盗賊の手から逃れて数日ほど街道から離れた上空を飛び続け、シンハ樹海へとたどり着いたら力尽きてしまったようだった。

 魔封じの首輪は魔道具の一種だが、主に魔力を持つ罪人を拘留するときに使う道具だ。

 役人以外の所持は基本的には認められておらず、所有しているとなれば裏の仕事を斡旋している業者だろう。

「魔封じの首輪をしていても竜型には変化できたんだね」
「よく、わからないけれど、思いっきり力を込めたら、弾けたと、おもう」
「弾けた……?」

 魔封じの魔道具の許容量以上の魔力を込めたのか、それとも不良品だったのかはさておき。

「よく、無事に生き延びたね」

 リヒトはシキの頭を優しく撫でた。シキの見た目は五、六歳にしか見えないが今年で十歳になるらしい。子ども扱いしすぎるのも失礼かとは思ったが、親愛なるご家族を亡くされて、誘拐の被害にまで遭遇したのだ。同情するなという方が、無理だった。

「とりあえず君のことは領都の知人に探し人がいないか問い合わせていたんだ。身元引受け先は領都の孤児院だったんだよね?」
「はい、でも、その孤児院の話も本当かどうか……」

 その商人風の男がでまかせを言ってシキを攫おうと画策していたのかもしれない。竜人族とはわからないまでも、亜人の子どもならとりあえず金になるのだ。

 ただ、シキが逃亡した際に竜型になったことで今度は新たな問題が浮上した。

「逃がした亜人が竜人族だと知った盗賊どもがどう出るか……」
「変化するしか、逃げ道が浮かばなくて」
「いいや、シキはよく逃げおおせたよ。賊も魔の樹海までは追ってこないだろう。しばらく街道や領都の情報を探りつつ、この家で生活するといい。シキが今後どうしたいかをゆっくり決めたらいいさ。幸い寝床は余っているし、食料もそんなに困っていないから安心していいよ」
「いいの……?」
「もちろん」

 伺うような、びくりと怯えの混じる瞳が段々と期待に輝く目になっていく様子がおかしくて、リヒトはくすくすと笑った。

 肯定を示せば安堵の表情に和らいだのを、頷きながら見つめたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

処理中です...