お題小説

090 ： 昔日の涙

１６

「それはな…
あんたが、前みたいに普通に戻ることだ。」

「普通に…？
では、今の私は普通じゃないっていうのか…
それに、なぜ、そんなことが償いになるんだ…馬鹿馬鹿しい。」

リュックの話に、私はひどく苛立った。
なぜ、彼はそんなつまらないことを言うのだろう。



「マルタン…ジャクリーヌは、あんたを生きる支えにしてた。
だから、あんたは彼女のために、ジャクリーヌの思い出通りのマルタンでいないとダメなんだ…
そうする事が、彼女への償いになるんじゃないのか。
ジャクリーヌが天国から見て、惚れ直すようなあんたじゃないと。
そうじゃなきゃ…何のために頑張ったのか、痛い想いに必死で耐えた甲斐がないじゃないか…」

「私は……元々駄目な人間なんだ…
彼女の思うような人間じゃない。」

「馬鹿野郎！！
だったら、そうなれよ！
彼女に悪いって思う気持ちが本心なら、無理してでもそうなれよ！！」

「それは……」

「出来ないのか！！
出来ないなら、軽々しく償いなんて言うんじゃねぇ！
いや、あんたは出来ないんじゃない。
やる気がないだけだ。
償いなんて、口では言ってても、本当にそんなことする気はないんだ！
そうだろ！」

「もう良い！私のことは放っておいてくれ！
君に私の何がわかる！？」

私は、彼に背を向け、食卓を出ようとした。
とにかく、もう誰とも何も話したくはなかった。
誰の顔も見たくはなかったから…
もうすべてを終わりにしたかった…
すべて忘れてしまいたかった…



「わかるとかわからないなんてことは関係ないさ。
だが、俺は、あんたに間違ったことはさせないぜ！」

「放してくれ！
私を一人にさせてくれ！」

「駄目だ！あんたから目を離すわけにはいかない！
…あんたは…俺にとって大切な人だからな…
離れるわけにはいかない…
あんたが、ジャクリーヌ達に償わなきゃならないのなら…俺は、あんたを守らなきゃならない。
……俺を救ってくれたのは、あんたなんだからな。
命の恩人に馬鹿な真似はさせられない。
俺の命に代えてもな…！」

私の腕を掴んだ彼の手が小刻みに震えているのが伝わった。
そして、リュックが私のことを考えてくれている気持ちがひしひしと伝わった。
私だけが苦しんでいると思っていたが、そんな私のために周りの皆がまた苦しんでいることに、私は気が付いた。

そう…心に傷を受けたのは私だけではなかったのだ。
クロワもリュックも、そして隣のマギー一家も、皆が傷付き、その傷の癒えぬ間に私のことでさらにその傷口を大きくしていたのだということを思い知らされた…