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ルカ(聖夜月ルカ)

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091 : 忘却

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「リュック…すまなかった…
私は…自分の事しか考えていなかったようだ…」

「……マ、マルタン!」

「クロワさん…すみませんでした。
私は…自分を見失いかけていました。
自分だけが苦しんでると思いこんで……本当にお恥ずかしいです。」

「そんな…マルタンさんに辛い想いをさせてしまったのは、私のせいでもあるんですから…
マルタンさんの苦しみは…私にもよくわかってます。
なのに、私には何も出来なくて…」

そう言って、クロワはそっと目を伏せた。




「あなたがどれほどジャクリーヌの命を救いたがっていたかということを、私は知ってます。
だからこそ、この現実にあなたがどれほど傷付いたかということもわかるはずなのに…
私は自分のことで頭がいっぱいで、目が曇っていた…
いや、見ようとしなかったのかもしれません。
本当に、私はふがいない男です…」

「私のことは…良いんです。
ただ…私もリュックと同じ気持ちです。
ジャクリーヌのために…どうか、元気になって下さい。
マルタンさんが沈んでいたのではあの子が悲しみます。
あの子が、笑顔でいられるように、どうか…この悲しみから立ち直ってほしいんです。
私は、リュックみたいにせっかちじゃありませんから、いつまでだって待ちますよ。
時間がかかってもかまいませんから…どうか、マルタンさん…」

その言葉に涙が込み上げた。
クロワもリュックも、これほどまでに私のことを考えてくれている…
そのことが改めて感じられると胸がいっぱいになって……私は何と言えばいいのかわからなくなった。



「……リュック…!
今夜は飲もう!飲みまくろう!
今夜の酒はいつもみたいな酒じゃないぞ…
この悲しみを忘れるための酒だ。」

「そんなこと言って、明日の修理をサボろうって魂胆じゃないだろうな!」

「違うさ…
悲しみを忘れて…明日からまたやりなおすための酒さ。
 天国で、ジャクリーヌやパスカルさん達が笑顔で喜んでくれるように…」

「あぁ~あ、なんだよ、言ってる傍から涙がこぼれてるぞ!
そんなんじゃ、ジャクリーヌもまだ安心出来ないな。」

「心配するな…涙は今夜でおしまいさ…」



その晩、私達は夜通し酒を酌み交わした。
 泣き喚いたり、喧嘩などしない、明るい酒を…
教会の屋根裏で隠れて住んでいた、幸せだったあの頃のパスカルやジャクリーヌの笑顔を思い出しながら…




(ジャクリーヌ、パスカルさん、ノエルさん…
私達はもう大丈夫です。
どうか、安らかに…) 



 
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