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【第232話】女神の手記 過去の帝国

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 シンバード領や大陸全土にとって役に立つ話かもしれない、と前置きをしたフローラは俺達を椅子に座らせ、お茶を用意して語り始めた。

「突然ですが皆さんに質問です。ドラウの周辺は豊富で希少な自然に恵まれていたわけですが、大陸の端っこで目立たない生活を営んでいたドラウが何故ある日突然、野盗組織に見つかり襲われる結果になったと思いますか?」

 言われてみれば確かにそうだ。野盗組織はドラウを見つけ出して襲っただけではなく、ドラウの売りと言ってもいい七恵しちけいの楽園を壊す事にも尽力している。

 ドラウの住民を奴隷にして売り払った後は、野盗だけが町に残るから農業・漁業・林業を出来る者がいなくなって恵みを活かせないうえに、他の国から自然を狙われる可能性もあるから七恵しちけいの楽園を破壊したのだろう――――とリヴァイアサンは言っていたが今思うと手際が良すぎる気がする。

 俺は「もしかして裏で手を引いていた者がいたのか?」と尋ねると、フローラは首を縦に振った。そして近くの引き出しから『剣と蛇の模様』が刻まれた木の札を二十枚ほど取り出した。

 俺達はこの模様に見覚えがある……竜背の町ジークフリートで帝国が工場を支配していた時に壁に刻まれていた模様だ。驚く俺達を前にフローラは木の札の詳細について語った。

「この木の札はかつて各国の政府やギルドなどが仕事を依頼する際にハンターや兵士などに渡していた証明書みたいなものです、今の時代では紙でやりとりしていますけどね。この札は野盗の死体から発見された物で、札の発行元は帝国リングウォルドです」

「って事はドラウと七恵しちけいの楽園がこうなってしまったのも帝国の仕業だったのか……」

「死人に口なしという言葉もありますし断定は出来ませんけど、ほぼ確実だと思います。何故わざわざ大陸の北端に位置するドラウを破壊したのかと考えてみたのですが、帝国は昔から大陸各地にスパイを送り込んでいたので、恐らく今後他国にとって大きな利益を生み出しそうな場所を早めに潰しておきたかったのだと思います。この場所で研究をするだけで学問・技術が何倍もの速度で発展するでしょうからね」

「それなら自国の領土にしてしまえばいいのにとも思ったが、北端に位置しているから比較的南にある帝国には難しいか……そう考えると破壊が一番なのかもしれないな。まぁ流石の帝国といえど、フローラの七恵しちけいの楽園復活に掛ける想いには勝てなかったみたいだがな」

「度々褒めてもらって恐縮です……。そして昔話は他にもあります。それは今では当たり前になっている『ディアトイルへの差別』と『スターランク』というシステムついてです。女神として生きてきたリリスさんはこれらがいつ生まれたか知っていますか?」

 フローラが尋ねると、リリスは暫く考え込み自身の予想を告げた。

「うろ覚えですがサキエル様が女神として生まれて間もない頃にはディアトイルへの差別もスターランクというシステムもなかったと言っていた気がします。ですから最長でも数百年規模の歴史だと思いますが……あれ? でもディアトイル自体は千年以上前から存在していた筈ですよね、昔はディアトイル民も平和に暮らせていたのですかね?」

「その通りです、大昔はディアトイルへの差別はありませんでした。う~ん、やはりサキエル様は大昔の世相について詳しくは語っていないのですね。どの国と接する時も過去を勘定に入れずに平等に接するべきという考えの女神は多いので、サキエル様も敢えて伝えなかったのかもしれませんね」

 何やらフローラは自分一人で納得しながらブツブツと呟いているが俺達にはさっぱり分からない。リリスが「どういうことですか?」と尋ねるとフローラは眉間に皺を寄せて語った。

「大昔の事を突くのはよくないのですが事実なので伝えさせてもらいます……実はディアトイルへの差別とスターランクのような生まれや家柄で補正が掛かる仕組みを作ったのも帝国リングウォルドなのです。その過去に加えて七恵しちけいの楽園を壊された件もあるので私は帝国が嫌いなのです。女神は罪を憎んで人を憎まずの精神を育んでいますので特定の国を嫌ったりしてはいけないのですけどね……」

 ここにきてとんでもない事実が発覚した。俺はディアトイルへの差別は『死の山から流れてきた魔獣の死体を加工する風習』や『死の山と隣り合っている』位置関係から自然と各国から嫌われてきたものだとばかり思っていた。

 だが、その事実を女神族はどうやって知ることが出来たのだろうか? それにディアトイルを差別することにどんなメリットがあるのかも分からない。俺は湧いてきた疑問を早速フローラへ投げかけるとフローラは全て教えてくれた。

「まず情報を得た経緯ですが昔、女神族の中でも一際正義感の強い女神が一人いまして、彼女は常日頃から『帝国をどうにかしないといけない』と言っていました。そして、彼女は女神という身でありながら帝国へスパイとして潜入し、当時の皇帝たちが話している内容を盗み聞いたのです。その時に女神がまとめた手記がこちらです」

 フローラは再び引き出しを開けると今度は日記を取り出した。それなりにボリュームがありそうだから俺は死の山でグラドの手紙を読んだ時と同様に音読することにした。



――――昨今、帝国以外にも力を持つ小国が増えてきて、各地で小競り合いが多くなってきたとボヤいたリングウォルド皇帝は「小競り合いによる大陸全体の消耗を減らし、そのうえで帝国が抜きん出る方法を見つけた」と、したり顔で言っていた――――

――――その方法はとても狡猾なものだった。小さいながらも卓越した技術力があり、それなりの戦力を持つディアトイルを『呪われた地』であるという噂を流し、他国との交流を途絶えさせて弱体化させるものだった――――

――――そして狙いは弱体化だけではなかった。一番の狙いは『大陸で最下層の存在を作り上げる』事だった。大陸各国が横並びになると、どの国も『負けるわけにはいかない・落ちぶれるわけにはいかない』と躍起になり、強くなってしまう。それに人間という生き物は常に物理的暴力・言葉や差別的な暴力を発露する為の『標的』を必要とする生き物だから、ディアトイルを『標的』に仕立て上げればいいと企んでいた――――

――――皇帝は人間社会におけるイジメと同様、叩くことが出来る最底辺の弱者を作り上げることで『ディアトイル以外の国』が自尊心を保てる仕組みを作り上げてみせる! そうすれば作戦は次の段階に移行すると呟いた――――

――――その次の段階とは『疲弊したディアトイルに帝国が救いの手を差し伸べる』というものだった。他国からの仕打ちに疲弊して力を削がれたディアトイルは次に救いを求めるはずだ。その時に帝国が『他の国より少しだけディアトイルに優しくして、その分、武具や資源を提供してもらって』ディアトイルの技術力と資源を帝国へ取り込み、国力を増大すればいいと皇帝は笑いながら言った――――

――――ディアトイルへの対応もあからさまに優しくするのではなく、あくまで他の国よりはマシな程度にしておくことで、今後大陸全土に身分差別が普及していく際に『ディアトイルへ同情する者』が現れることを防ぐことが出来るはずだ、その為にはディアトイルは忌むべき存在だという教育を今の時代の子供達からしっかりとしていかなければ。皇帝はそんな恐ろしい提案を延々と話し続けた――――

――――そして極めつけはスターランクという仕組みだ。ディアトイルへの悪評を流し終えれば、今度は別の小国にも評判をさげる噂をでっちあげて『格』を落とし、準最底辺を作り上げよう。そうすることで『生まれ=力』『家柄=力』という図式が出来上がる。そしてスターランク発祥の地であり、一番の大国でもある帝国リングウォルドが一際有利に動ける基盤を作れる――――

――――そうすることで少しずつ帝国生まれの民が他国で幅を利かせられるようにして、帝国というブランドを作り上げ、領土も戦力も拡大していけば、やがて他国が徒党を組んでも帝国に歯向かう事すらできない大国に仕立て上げる事が出来るはずだ――――

――――十五年もあれば必ず『最底辺のディアトイル』そして『スターランク』を作り上げてみせる。それを成し遂げるだけの基盤が既に帝国にはあるのだから。これで帝国は永遠となり、やがては大陸を帝国一色に染め上げる事が出来るだろう。皇帝はそう告げて話し合いを終えた――――

 女神が残した手紙はここで終わっていた。





=======あとがき=======

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