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第4章 首都の旅は波乱万丈
第53話 宿の部屋で
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その後、ホテル自体はすんなり見つかったし、予約も取れた。ケスマン地区バーナー通りの中流階級ホテル「ホテルル・クリン」の部屋で、私はふっかふかのベッドに腰を下ろしながらくつろいでいた。
だが。
「うーん……」
難しい顔をしながら私は足をぶらぶらさせていた。ここもまた、フーグラーの「ホテルル・サルカム」がそうであったように、獣人族は別エリアの部屋にしか入れなかったのだ。
竜人族と短耳族が同室になることは咎められなかったので、私の側にはデュークさんがいる。しかし、パーシー君はここにはいない。
「やっぱり、なんか変な感じ」
「種族によって、部屋が分かれるコト、がデスカ?」
私がぼやくと、お茶を飲んでいたデュークさんが小さく首を傾げた。
不思議そうな表情をする彼に、私は口を尖らせながら話す。
「だってさー。お金はあるわけじゃないですか、種族に関係なく。どうせ代金支払うのは私なんだし、そうなら種族によって提供するサービス変えなくてもいいのに、って私は思うんですけど」
支払うのが私であるとは言え、サービスの対価を払っているのだから、サービスを享受する権利は有しているはずだ。それが私の主張だった。
確かに獣人族用のフロアの部屋は、設備が整っていないが故に、支払った価格も安い。だが私のお財布の中の額からすれば、私の今いるフロアの三人部屋を取ることだって十分に出来るのだ。
私の言葉に、悩む表情をしながらデュークさんが言う。
「ウーン……そうですネ」
しばらく考え込んだ後、デュークさんがティーカップをテーブルの上に置きながら話し始める。
「ミノリ様は、獣人族がどうして排斥されているカ……短耳族や長耳族と隔てられているカ、考えられたことはございマスカ」
「えっ、うーん……」
問いかけられて、考え込む私だ。
先程プラーム教会で、このドルテという世界の成り立ち、人種の成り立ちの話について聞いた。それぞれの種族についての起こり、生まれた経緯。あれを聞いて私もようやく、なんで竜人族があんなに偉ぶっているのかを把握した。
「たしか、教会の話だと、神様の眷属が竜で、地上の生き物は獣で、人間はその獣から進化した、って扱いなんですよね?」
「そうデス。なので竜人族は神の血を引く種族とシテ崇められマス」
私の言葉に、頷きながら竜人族であるデュークさんは言った。彼自身、母親のグロリアさんがグロリアさんだから獣人族に対しての差別意識はないが、キャロル清教の教えを軽んじているかと言ったら、別にそうじゃない。
教会の教えはそういうものだと尊重しつつ、しかしそれを以て獣人族を蔑み虐げるのは良くない、というスタンスなのだ。続けて彼が話をする。
「そして同じ理由デ、獣人族は元々の生き物である獣、動物たちカラ人間に進化することが出来なかッタ、あるいは中途半端ナ進化をするに至った生き物、として扱われるノデス。宗教的な観点カラ言えば、獣人族は人間、獣、その中間に位置スル、どちらつかずの生き物なわけデスネ」
「あー……うーん……」
宗教的な観点、というところに力を入れて、デュークさんは言葉を切った。そう言われると、私も何も言えない。
この世界の人々は広くキャロル清教の教えを信じている。マー大公国の人達もそれは変わらない。だからこそこんなに教会が建てられて、人々が礼拝に行ってるのだ。そのことが、この国がキャロル清教の教えである「人種の成り立ち」を軽んじているわけでは無いことの何よりの証だ。
ということを踏まえると、つまり。
「人間はちゃんと変化を終えた生き物だからえらい、獣人は獣から変化しきれなかったから偉くない、そういう風に考えるのが普通ってことですか?」
「ざっくり申し上げますト、そうデスネ」
私の言葉を聞き取ったデュークさんが、こくりと頷いた。
やっぱりそういうことだ。この世界の根強い人種差別の根幹は、そこにあったのだ。
私が目を見開いていると、デュークさんがホテルの部屋のデスクに置かれた本を取った。ドルテスク文字で書かれているから内容なんて分からないが、表紙には先程教会で目にした星形のしるし。キャロル清教にまつわるものだと、すぐに分かる。
「それは?」
「キャロル清教の教えヲまとめた神書デス」
曰く、キリスト教の聖書と同じ扱いのものだという。ホテルの部屋には決まって、この神書が備えてあるんだそうだ。
そのページをめくりながら、デュークさんが説明を行う。
「マー大公国ハ人種差別撤廃の急先鋒デス。獣人族も短耳族や長耳族と同じと認メ、彼らと同等の権利ヲ与えようと動いている国デス。ですガ、この国にもキャロル清教の教えハ広く伝わって根付いてイル」
そう話しながら、デュークさんが一枚のページで手を止めた。そこには宗教画のようなイラストが描かれていて、竜、獣、数種類の人が表現されている。
獣から伸びる矢印は三つ、その先に描かれた人も三種類。竜の方からも矢印が伸びているのは長耳族、その隣、獣だけから矢印が伸びているのは短耳族。そしてその隣には獣人族が描かれていて、そちらに伸びる矢印には何やら文字が書かれていた。
ページを覗き込む私に、デュークさんは静かな声で話してくる。
「ですカラ、教会の教えにどっぷり浸かッタ長耳族や短耳族ハ、この国の国民だとシテモ獣人族を平気で傷つけマス。自分たちより『下』の存在ですカラ。いくらマー大公国ガ獣人族に優しいとは言エ、同じ場所にいるコトヲ良しとしない人も、まだいるのデス」
「そっかー……」
彼の説明を聞いて、深く息を吐く私だ。
清教の教えがそうである以上、その信者が獣人族を差別するのは当然のこと。竜人族を崇めるのも同様だ。だからこそ、生活圏や坑道スペースがぶつからないようにして、互いを守っているのだ、とデュークさんは話してくれた。
如何にマー大公国が国を挙げて人種差別をなくそうと動いていると言っても、働き口があちこちにあって教育機関での学びの機会もあると言っても、国民全員から差別意識をなくすのは難しい。だから、万一そういう人がトラブルを引き起こすことの無いように、フロアを分けているのだ。
なんだろう、私が純粋な日本人だから、ということも多分にあるのだろうが、どうにもやりきれない。やっぱり一昔前のアメリカの黒人差別みたいだ。
「なんかなー、マー大公国っていい国だと思うし、過ごしやすい国だと思うんだけど、そういうところやっぱり異世界っていうか、異文化だなーって思うなぁ」
「致し方ない部分かと思いマス」
ベッドに倒れ込むようにぐーっと身体を反らす私に、苦笑しながらデュークさんが言った。神書をデスクに戻しながら、再び口を開く。
「ミノリ様は特に、日本からいらっしゃった方ですカラ。差別というものガ自分から遠いものだというのもその通りだと思いマス。マーマもキット、そのことガあるからフーグラーにいる時ニ宗教のお話をしなかったのでショウ。ですガ、ドルテではこれが日常ですシ、これが常識なのデスヨ」
「そうかー……そうですよねー……」
その言葉に、何とも言えない気持ちになって言葉を返す私だった。
これが日常で、これが常識で、この世界はその理屈で基本動いているのだ。こういうところに触れると、やはりここは日本とは違う国で、地球とは違う世界なんだな、と思わされる。
ふと体勢を戻しながら、私はデュークさんに声をかけた。
「私の方からパーシー君の部屋に行くのは、別にいいんですよね?」
「そうですネ、問題ありまセン。参りますカ?」
問いかけると、デュークさんが頷いて立ち上がった。そう、私のいるエリアにパーシー君が立ち入れないなら、私がパーシー君のいるエリアに行けばいいのだ。
すぐに私もベッドから立ち上がる。
「行く。行きたい」
「分かりマシタ。デハ――」
私の言葉に微笑んだデュークさんが、ホテルの鍵を手に取った瞬間だ。
大きな音が建物を揺るがした。いや、それだけではない、物理的に建物が揺れている。これはただ事ではない。
「ん? なに、今の音」
「交通事故、ですカネ……行ってみまショウ」
不安そうな表情になって、私とデュークさんが顔を見合わせる。交通事故が近くで起こったのかもしれない。足元を確認しながら、私たちは部屋の扉を開けて外に出た。
だが。
「うーん……」
難しい顔をしながら私は足をぶらぶらさせていた。ここもまた、フーグラーの「ホテルル・サルカム」がそうであったように、獣人族は別エリアの部屋にしか入れなかったのだ。
竜人族と短耳族が同室になることは咎められなかったので、私の側にはデュークさんがいる。しかし、パーシー君はここにはいない。
「やっぱり、なんか変な感じ」
「種族によって、部屋が分かれるコト、がデスカ?」
私がぼやくと、お茶を飲んでいたデュークさんが小さく首を傾げた。
不思議そうな表情をする彼に、私は口を尖らせながら話す。
「だってさー。お金はあるわけじゃないですか、種族に関係なく。どうせ代金支払うのは私なんだし、そうなら種族によって提供するサービス変えなくてもいいのに、って私は思うんですけど」
支払うのが私であるとは言え、サービスの対価を払っているのだから、サービスを享受する権利は有しているはずだ。それが私の主張だった。
確かに獣人族用のフロアの部屋は、設備が整っていないが故に、支払った価格も安い。だが私のお財布の中の額からすれば、私の今いるフロアの三人部屋を取ることだって十分に出来るのだ。
私の言葉に、悩む表情をしながらデュークさんが言う。
「ウーン……そうですネ」
しばらく考え込んだ後、デュークさんがティーカップをテーブルの上に置きながら話し始める。
「ミノリ様は、獣人族がどうして排斥されているカ……短耳族や長耳族と隔てられているカ、考えられたことはございマスカ」
「えっ、うーん……」
問いかけられて、考え込む私だ。
先程プラーム教会で、このドルテという世界の成り立ち、人種の成り立ちの話について聞いた。それぞれの種族についての起こり、生まれた経緯。あれを聞いて私もようやく、なんで竜人族があんなに偉ぶっているのかを把握した。
「たしか、教会の話だと、神様の眷属が竜で、地上の生き物は獣で、人間はその獣から進化した、って扱いなんですよね?」
「そうデス。なので竜人族は神の血を引く種族とシテ崇められマス」
私の言葉に、頷きながら竜人族であるデュークさんは言った。彼自身、母親のグロリアさんがグロリアさんだから獣人族に対しての差別意識はないが、キャロル清教の教えを軽んじているかと言ったら、別にそうじゃない。
教会の教えはそういうものだと尊重しつつ、しかしそれを以て獣人族を蔑み虐げるのは良くない、というスタンスなのだ。続けて彼が話をする。
「そして同じ理由デ、獣人族は元々の生き物である獣、動物たちカラ人間に進化することが出来なかッタ、あるいは中途半端ナ進化をするに至った生き物、として扱われるノデス。宗教的な観点カラ言えば、獣人族は人間、獣、その中間に位置スル、どちらつかずの生き物なわけデスネ」
「あー……うーん……」
宗教的な観点、というところに力を入れて、デュークさんは言葉を切った。そう言われると、私も何も言えない。
この世界の人々は広くキャロル清教の教えを信じている。マー大公国の人達もそれは変わらない。だからこそこんなに教会が建てられて、人々が礼拝に行ってるのだ。そのことが、この国がキャロル清教の教えである「人種の成り立ち」を軽んじているわけでは無いことの何よりの証だ。
ということを踏まえると、つまり。
「人間はちゃんと変化を終えた生き物だからえらい、獣人は獣から変化しきれなかったから偉くない、そういう風に考えるのが普通ってことですか?」
「ざっくり申し上げますト、そうデスネ」
私の言葉を聞き取ったデュークさんが、こくりと頷いた。
やっぱりそういうことだ。この世界の根強い人種差別の根幹は、そこにあったのだ。
私が目を見開いていると、デュークさんがホテルの部屋のデスクに置かれた本を取った。ドルテスク文字で書かれているから内容なんて分からないが、表紙には先程教会で目にした星形のしるし。キャロル清教にまつわるものだと、すぐに分かる。
「それは?」
「キャロル清教の教えヲまとめた神書デス」
曰く、キリスト教の聖書と同じ扱いのものだという。ホテルの部屋には決まって、この神書が備えてあるんだそうだ。
そのページをめくりながら、デュークさんが説明を行う。
「マー大公国ハ人種差別撤廃の急先鋒デス。獣人族も短耳族や長耳族と同じと認メ、彼らと同等の権利ヲ与えようと動いている国デス。ですガ、この国にもキャロル清教の教えハ広く伝わって根付いてイル」
そう話しながら、デュークさんが一枚のページで手を止めた。そこには宗教画のようなイラストが描かれていて、竜、獣、数種類の人が表現されている。
獣から伸びる矢印は三つ、その先に描かれた人も三種類。竜の方からも矢印が伸びているのは長耳族、その隣、獣だけから矢印が伸びているのは短耳族。そしてその隣には獣人族が描かれていて、そちらに伸びる矢印には何やら文字が書かれていた。
ページを覗き込む私に、デュークさんは静かな声で話してくる。
「ですカラ、教会の教えにどっぷり浸かッタ長耳族や短耳族ハ、この国の国民だとシテモ獣人族を平気で傷つけマス。自分たちより『下』の存在ですカラ。いくらマー大公国ガ獣人族に優しいとは言エ、同じ場所にいるコトヲ良しとしない人も、まだいるのデス」
「そっかー……」
彼の説明を聞いて、深く息を吐く私だ。
清教の教えがそうである以上、その信者が獣人族を差別するのは当然のこと。竜人族を崇めるのも同様だ。だからこそ、生活圏や坑道スペースがぶつからないようにして、互いを守っているのだ、とデュークさんは話してくれた。
如何にマー大公国が国を挙げて人種差別をなくそうと動いていると言っても、働き口があちこちにあって教育機関での学びの機会もあると言っても、国民全員から差別意識をなくすのは難しい。だから、万一そういう人がトラブルを引き起こすことの無いように、フロアを分けているのだ。
なんだろう、私が純粋な日本人だから、ということも多分にあるのだろうが、どうにもやりきれない。やっぱり一昔前のアメリカの黒人差別みたいだ。
「なんかなー、マー大公国っていい国だと思うし、過ごしやすい国だと思うんだけど、そういうところやっぱり異世界っていうか、異文化だなーって思うなぁ」
「致し方ない部分かと思いマス」
ベッドに倒れ込むようにぐーっと身体を反らす私に、苦笑しながらデュークさんが言った。神書をデスクに戻しながら、再び口を開く。
「ミノリ様は特に、日本からいらっしゃった方ですカラ。差別というものガ自分から遠いものだというのもその通りだと思いマス。マーマもキット、そのことガあるからフーグラーにいる時ニ宗教のお話をしなかったのでショウ。ですガ、ドルテではこれが日常ですシ、これが常識なのデスヨ」
「そうかー……そうですよねー……」
その言葉に、何とも言えない気持ちになって言葉を返す私だった。
これが日常で、これが常識で、この世界はその理屈で基本動いているのだ。こういうところに触れると、やはりここは日本とは違う国で、地球とは違う世界なんだな、と思わされる。
ふと体勢を戻しながら、私はデュークさんに声をかけた。
「私の方からパーシー君の部屋に行くのは、別にいいんですよね?」
「そうですネ、問題ありまセン。参りますカ?」
問いかけると、デュークさんが頷いて立ち上がった。そう、私のいるエリアにパーシー君が立ち入れないなら、私がパーシー君のいるエリアに行けばいいのだ。
すぐに私もベッドから立ち上がる。
「行く。行きたい」
「分かりマシタ。デハ――」
私の言葉に微笑んだデュークさんが、ホテルの鍵を手に取った瞬間だ。
大きな音が建物を揺るがした。いや、それだけではない、物理的に建物が揺れている。これはただ事ではない。
「ん? なに、今の音」
「交通事故、ですカネ……行ってみまショウ」
不安そうな表情になって、私とデュークさんが顔を見合わせる。交通事故が近くで起こったのかもしれない。足元を確認しながら、私たちは部屋の扉を開けて外に出た。
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