翡翠色の空の下で~古本の旅行ガイドブック片手に異世界旅行~

八百十三

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第4章 首都の旅は波乱万丈

第54話 テロ行為

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 部屋を出て、廊下まで出て、ホテルのエントランスまで出たところで、ちょうど顔を合わせた人間がいる。パーシー君だ。

「何事ですカ」
「あっ、パーシー君!?」
「パーシー殿も、今の衝撃ヲ?」

 私が声をかければ、デュークさんもパーシー君に言葉をかける。果たして、パーシー君も私たちの言葉に頷いた。

「ハイ、僕も感じマシタ。外から揺れを感じた風でしたノデ、こうして出てきたのデスガ……」
「フム……あっ、アレ」

 パーシー君が言いつつ視線をエントランスの表側に向ける。と、デュークさんがハッとした表情でホテルの入口の方を指さした。見れば、警察らしき人々がせわしなく動きながら、ホテルの入口付近を動き回っている。

「Te rog, calmeaza-te!」
「Te rog stai departe!」

 話している言葉はドルテ語だ。私には意図はつかめないが、しかし並大抵のことではないのは分かる。だって、道行く人々があんなに遠巻きにしているし、巻き込まれたらしい人々が怪我をしたらしくて、苦しんだ声を上げているのだ。
 私も、ああいう事柄がどういうものなのかは分かる。テロだ。いわゆる自爆テロとか、そういうやつだ。

「あれは……」
「なんてコト……」

 私が言えば、パーシー君も絶句して私の身体を抱いていた。そうもなるだろう、こんな衝撃的な場面、一介の旅行者である私に見せるには衝撃的すぎる。
 と、デュークさんが眉間にシワを寄せながら口を開いた。

「ただの事故ではありませんネ」
「えっ」
「どういうことデスカ」

 私とパーシー君が顔を上げつつ声をかけると、デュークさんがまっすぐに前を見据えながら口を開いた。

「耳にしたことがありマス。マー大公国の人種差別撤廃の方針ニ反対する、いわゆるキャロル清教の教えヲ頑なに守ル、テロ組織がいる、ト」

 その言葉を聞いて、私は目を見開くしかなかった。
 地球にもある。宗教的な観点で、原理主義的な考え方を持っていて、それにそぐわない人々に対して強硬手段を用いる人々。
 つまりは、地球でもあるようなそういうテロ組織が、この世界でもそういうテロ行為をやっているのだ、と。
 私は身体が震えるのを感じた。こんなの、異世界では無縁なことだと思っていたのに。

「原理主義的な人たちってこと?」
「そうなりますネ」

 私が問いかければ、デュークさんがこくりと頷く。そういうことなのか。
 私が目の前で起こっている事実を見ながら、それから目を離せないでいる様子を見つつ、パーシー君が悲しそうに言った。

「ああしたテロ組織は、大公国の施設……特にこうした、竜人族バーラウ獣人族フィーウルが一緒の空間にいるでアロウ場所を狙って攻撃をしてきマス。ホテルルなどはどうしても、標的になりやすいのですヨ」
「あれは、どうヤラ……自動車の中に爆発物ヲ積んでいたようデスネ」

 デュークさんも冷静に状況を分析している。確かに自動車などの中に爆発物を積んで、それを爆発させるテロなんてのは地球でもよくあることだ。よくあることだからこそ、被害者も多い。
 事実、今目の前では幾人もの人々が、怪我をするとか、息も絶え絶えになるとか、大なり小なりの被害を負っていた。こんなこと、許されるものではないのに。

「ひどい……」
「ええ、こうしてホテルルを攻撃したところデ、何も変わらないというノニ」
「許しがたいことデス。もっと、その攻撃を向ける先があるはずデス」

 私が言葉を漏らすと、デュークさんもパーシー君も苦々しそうに歯を噛んだ。彼らも当然、こんなテロ行為を目の前にしたら心安らかではいられないだろう。
 とはいえ、こういう事態。今私が安全な場所にいるからかもしれないが、どうしても「ああ、こういうことやっぱりあるんだな」と思えてしまう。

「テロ、かー……」
「ミノリ様、あまり驚かれないんデスネ?」

 ふと、私が漏らした言葉を聞いて、デュークさんがキョトンとしながら声をかけてきた。
 驚かない、という点でいえばそうかもしれない。私の今までの生活では身近ではなかったけれど、聞かなかったことではない。
 ちら、とデュークさんに視線を投げかけながら、私は言った。

「地球でも、そういうの何だかんだあったからね……宗教的なものが原因で、人々を攻撃したり、テロ行為したり、なんてのは」
「なるホド……」
地球パーマントゥルでもそういうことが起こるトハ、思いもしませんでシタ」

 私の言葉を聞いて、デュークさんもパーシー君も目を見開いていた。まさか地球でも同じような、人種を攻撃するようなテロ行為が行われているとは、予想もしなかったのだろう。
 それはそうかもしれない。地球ではドルテであるような、分かりやすい人種差別は表向きではない。しかし、同じ人種、同じ出身の人々であってでも、信じる宗教の違い、その宗教の宗派の違いで、諍いというのは起こるのだ。
 だが、それはドルテの人々には想像もつかない諍いであっただろう。問いかければ、二人は難しい表情をした。

「思わなかった、って?」
地球パーマントゥルはいわば、短耳族スクルトしかいない世界、と聞いていますからネ。人種的な観点からの原理主義的な考え方ハ、無いものだと思っていたのデスヨ」

 私が問いかければ、パーシー君が肩をすくめながら言った。彼であってもそういう認識なのだ、他の人々に「同じ人種でも信じる宗教の宗派によって諍いが起こる」なんてことを言っても、絶対に信じてもらえないだろう。
 そういうものなのだ。世界によって、状況によって、許容する範囲も許容する内容も違ってくる。それが、どういうところで相容れなくなって、結果的にこういう強硬手段に出てくるか、なのだ。
 それは確かにある。だが、それを説明するのはとても難しい。私も眉間にシワを寄せながら話した。

「あー……いやでも、地球は地球でいろんな宗教があるし、一つの宗教の中でもいろんな宗派があるし、人種も人種でいろいろあるからなぁ……」
「難しい問題ですネ」

 私が零せば、パーシー君もため息交じりにそう言った。これは、これ以上話しても進展も何もあったものではない。
 デュークさんもそれを察したのか、私の背中をそっと叩いて言った。

「ともあれ、あまり傍に寄ってもよくありまセン。ミノリ様、部屋に戻りまショウ」
「あ、そうだ。パーシー君の部屋にいこうとしてたんだった」
「ホウ」

 私が発すれば、パーシー君が目を見開いた。彼としてもここで合流できたのは幸運だった、ということなのだろう。
 私の言葉を聞いたパーシー君が、そっと私の手を握って言う。

「でしたら、こちらにお越しになりますカ? 話したいことモいろいろあることでショウ」
「うん、行く」
「今夜の相談モしないとなりマセンシネ」

 そこから、私はエントランスから離れるように足を進めた。目指すはパーシー君の充てがわれた地下の部屋。そこでこれから、どう行動するかを話さなくてはならない。
 とはいえ、こんなに間近でテロが起こって、どう行動するのか。この先の旅の行く末を案じながら、私は階段を下っていった。
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