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2. 学校編

魔物と文明

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 アントニエッタと融合を果たしてから1週間1ウアス後。朝食を済ませて魔法の鍛錬を行っていた僕のところに、トランクィロが姿を見せた。

「エリク、ヴィルジールと俺の直接対決・・・・の日取りが決まったぞ」

 告げられた言葉に、途端に僕は真剣な面持ちになった。大地魔法の練習で目の前に積み上げていた岩を、バラバラと崩して山にする。

「遂に、ですか」
「あぁ、ついさっき使者の狼人ウルフマンが伝えに来た。2日2ティス後、6の刻。
 木板に要項を書き記して持ってくるし、参会者の指定までしてくる念の入れようだ、この野郎」

 呟くように発せられた僕の言葉に、トランクィロは腕を組んだ。
 僕のノドが、唾を飲み込む音でごくりと鳴る。薄い毛皮の奥で、小さな喉仏が上下した。

「その中に僕の名前は……」
「ある。まぁそうだろうな。お前さんには立ち会ってもらわないと話が進まない。
 俺、家老勢から誰か一人、斥候部隊長から誰か一人、そしてエリク。これが、俺達が指定されたメンバーだ」

 トランクィロの告げたメンバーを聞いて、僕はショックのあまり倒れそうな思いがした。
 額に手を当てて小さくうつむきながら、呻くような声で問いかける。

「イヴァノエは……」
「あいつを信頼しているエリクには悪いが、選外だな。
 俺の息子ではあるが家老じゃないし、部隊長ではあるが戦闘部隊だからな……
 それに、あいつは血気盛んで一本気すぎる。この手の交渉事のテーブルにつけるには不安が大きい」

 腕を解いて肩をすくめるトランクィロに、僕は小さく頭を振った。
 彼の言うことも尤もだ。あちらから人数、役割の指定が来ている以上、指定された人間以外を連れてくるのは不利にしかならない。
 イヴァノエの性格から考えても、確実に相手方に食って掛かって冷静な話し合いが出来ないだろう。
 不安だが、こればかりは仕方ない。自分の中で自分を納得させていると、トランクィロが僕の両肩に手を置いた。黒色の瞳がまっすぐ僕を見つめてくる。

「それになエリク。今回の対決のテーブルにイヴァノエを付けると、確実に、確実にだ。アリーチオを連れていかなけりゃならん。
 ヴィルジールやその配下にとって、アリーチオは裏切り者・・・・だ。自分の群れと仲間を捨て、対立関係にある群れに加わった、な。
 そういう立場の奴を、交渉の場に連れていったら、その時点で場が成立しなくなる……この意味が、分かるな?」

 訥々と、言葉を切りながら噛み含めるように僕に言い聞かせるトランクィロ。
 そう、アリーチオはヴィルジールのループの群れにとって、許されざる裏切り者だ。
 その裏切り者をループとの交渉の場に連れていったら、果たしてループ達はどう考えるだろうか。
 深く考えなくても分かる。彼らはきっと怒り、イタチウェッセル達への不信を募らせるだろう。それは交渉の場において、確実に大きなマイナスだ。

 それを理解できるからこそ、僕ははっきりと、トランクィロへ頷いた。トランクィロも僕へと小さく頷きを返し、腕を組む。

「まぁ、こちら側の面子についてはもう殆ど決まっている。あっちも誰をテーブルにつけるか、明示してきているからな。
 問題は、この交渉の場で・・・・・・・持ち出される題材が・・・・・・・・・縄張りについてである・・・・・・・・・・ってことだ」
「そう……ですよね。向こうは、ミオレーツ山全域を、支配下に置こうとしているんです、ものね……」
「ああ。斥候部隊によると、この数日間も縄張り近くまでちょっかいをかけに来ていたそうだ。
 この野郎、交渉しようという気持ちを見せに来ながら、それと並行してこっちの縄張りを侵食しようとしていやがる。いったい何が目的なんだか……」

 目を閉じて、トランクィロは小さく唸った。
 僕は、ミオレーツ山の東側には踏み入ったことがない。イヴァノエからきつく「行くな」と言われていたし、立ち入る勇気もなかった。
 だからあちらの状況が、いまひとつ掴み切れていないのはその通りだ。

「ヴィルジール……東の王様って、どんな人なんですか?」
「そうだな、思慮深くて仲間想いな奴だ。決して悪い奴じゃあない。
 俺がそうであるように、あいつも魔人族ジアブレだ。狼人ウルフマン人間ウマーノの混血で、な。俺ほど、魔物として割り切った生き方・・・・・・・・は出来ていないようだが」
「生き方……?」

 首を傾げた僕に、トランクィロは指を一本立てて地面を引っ掻き始めた。
 木を描いて、その木の上の方、こんもりとした枝葉の中に箱を描いて、その中に狼の顔を描いてみせた。トランクィロの指が箱を突く。

「本当なら、直接見せてやりたくはあるんだがな。あいつら、森の木の上に見張り台・・・・を作っているんだよ。そこに狼人ウルフマンを常駐させて、縄張りの境目を見張っていやがる」
「それって……」
「まるで人間の街を守る兵士・・みたいだろ? そういう生き方をしているし、配下にもさせているんだよ、あいつは。
 斥候部隊の話では、畑や果樹林も作っているらしいな」

 その話に、僕は目を見張った。こんな山の中で、そんなに文明的な生活をしているなんて。
 トランクィロが腕を組んで宙を見上げ、ふぅとため息をついた。

「どう生きるかは、そいつの勝手ではあるんだがな、この野郎。あんまり人間に寄った生き方を、この山の中でするのはどうかってのは、思うところではあるんだよな……
 ただ、文明を捨てて野生のままに生きろってのも、酷な話ではあるんだけどよ。
 現に俺だってこうして人間語ルピア語を話しているし、巣穴だって人間的な様式を保って作っている。あいつに強いことは言えん」

 トランクィロの独白に、僕は彼の視線を追って空を見た。木々が途切れ、空が見えるそこに蔦を何重にも編んだロープが渡され、古びた魔法ランプが揺れている。
 そう、トランクィロの群れも、魔物らしく自然と調和して生きているとはいえ、肉の保存や水の浄化など、魔法を文明的に使用していた。イタチ人ウィーゼルマンたちも道具を使ったり蔦を編んだりと、器用にその手を使っている。
 全く文明から切り離された生活は、なかなかに難しい。人間のカテゴリに含まれる魔人族ジアブレであれば猶更だ。

「難しいところですね……」
「そう、難しいんだ。だからこそ、あいつとはきっちり話さないとならん」

 僕とトランクィロは、宙を見上げたままで揃って力なく肩を落とした。
 果たして、どのような直接対決になるのか、どんな交渉が展開されるのか。僕は心配でならなかった。


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