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2. 学校編
山の獣との邂逅
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深く息を吸って、吐いて、意識を大地と一体化させてしばしの時間が経過する。
そうしてミオレーツ山に自生する食べられる果物の樹を発見した僕は、ゆっくりと立ち上がった。
「ここから南か……南ってどっちだっけ」
洞窟から出た僕は、足元に伸びる影を確認する。
幸いにして洞窟のある崖はそんなに高さがないため、洞窟からちょっと離れれば日が当たって影が出来るようになっていた。
山に入ったのが5の刻だから、今の時間はおおよそ6の刻あたりのはずだ。季節は春、太陽の出る時間は半分よりちょっと長いくらい。
この世界ではこの時期、太陽が南から上り、北へと沈むものだと学んだので、あとは影の方向で考えればいい。
太陽は僕の前方左側から照り付けている。僕の足元から伸びる影は従って、僕から見て後方右側へと伸びていた。
従って南は――
「左前方、あの太い木の方向。あっちだな」
僕は視界の中で存在感を主張し続ける、太くて大きいブナの木を目印にすることに決めた。
近づいて幹の表面を撫でると、持参したナイフを取り出して幹の表面に溝を掘り、印をつけていく。
思い切り地球のアルファベットで「S」と刻み付けてから、王国内でアルファベットが普通に使われるものだっただろうかと思い出して頭を抱えたが、分かればいいのだ。
なんなら後で表面を削り、書き直せばいいだけのことだ。
僕は気を取り直して南へ、果樹があると見られた方向へと足を踏み出していった。
十数分程度歩いたところで、僕は目当ての果樹を発見することが出来た。
よく家庭の食卓にも並ぶオランジュ、その野生種だ。
流通用に栽培されるオランジュほど甘みが強くは無いが、その酸味と清涼感、瑞々しさは野生種も負けてはいない。
数年前、家族でミオレーツ山とは別の山に山登りに行った際に、野生に生えているオランジュの樹から実をもいで食べた際、その美味しさに驚いた記憶がある。
ちょうど今の時期は熟した果実がたわわに実り、実がずっしりと重たくなる頃合いだ。
僕は手で下から支えて持ち上げるようにして、オランジュの実をもいでいく。
一度にたくさん採っても食べきれないことは分かっているので、まずは数個だけ。残りの実はまた次の日にでも採りにくればいい。
そうして果実を採取し、さぁ洞窟に戻ろう、というところで、僕は振り返ろうとした足を止めた。
何か、複数の動物の気配がする。草を踏む微かな音が聞こえる。
僕はオランジュを抱えたまま、すぐさま「アニマルエコー」を発動した。すると僕を取り囲むように5匹、動物の反応があった。
反応は大きくないから、小型の獣だろう。ウサギか栗鼠か、あるいは鼠か。
そのまま立ち去ってもよかったのだが、僕はその場から動かずにあちらの様子を伺うことにした。下手に刺激してパニックに陥らせてもいいことはない。
待つこと数分、動かない僕に安心したのか、草むらの中から小さな影が5つ、僕の視界に姿を現す。
予想通り、ウサギだった。だが大きさは成犬の小型犬程あり、なかなか迫力のある瞳をしている。
ウサギ達はしきりに鼻をヒクヒクさせ、僕のことをその大きな瞳でじっと見つめてくる……いや、視線を向けているのは僕の胸元、抱えたオランジュか。
僕はしゃがみ込んでナイフを取り出すと、手早くオランジュを切り分けて種を取り除いた。
除いた種はよけておいて、房を皮からむしり取るようにして外すと、そうっとウサギ達の目の前に行くようにしてゆるく放り投げる。
びくりと身体を硬直させつつ、ピスピスと鼻を鳴らしてオランジュを警戒する彼ら。僕はそんな彼らから距離を置きつつ、しゃがみ込んだままで優しく微笑んで見せた。
すると何かを感じ取ったのか、それとも何か通じ合うものがあったのか、ウサギ達が一斉にオランジュの実へと口をつける。
そのままはぐはぐ、むぐむぐと、オランジュを食していくウサギ達。何だか飼い始めて人間にまだ慣れていない動物たちを思わせる行動に、僕は自然と笑みがこぼれた。
やがてオランジュを綺麗に食べきると、ウサギ達が僕の傍へと寄ってきた。
「満足した?」
僕が笑顔を向けたままで優しく問いかけると、ウサギ達は鼻をヒクヒクさせたまま頭を下げた。
まるでお辞儀をするかのようだ。
その所作に僕が再び笑みを浮かべていると、彼らは互いに顔を見合わせて鼻を鳴らし始めた。
何だろうと思って見ていると、僕の真正面に立ったウサギが僕の前へと踏み出してくる。
その、全身を淡い茶色の毛皮に包んだウサギは、他のものよりも二回り程大きな個体だった。中型犬くらいのサイズがある。きっとこの集団のリーダーか何かなのだろう。
ウサギは僕の傍まで寄ると、その大きな身体を僕にそっと預けてきた。誘われるように僕も、抱えたオランジュを脇に置いて彼を抱きしめる。
そのまま、野生の獣とは思えないほど柔らかく厚みのある毛皮に身を預けて、目を閉じる。顔が毛皮に埋もれ、抱き寄せる腕が埋もれ、胴体が埋もれ――
そして次に目を開けた時、僕の身体は全身淡い茶色の毛皮に包まれていた。
「あっ……」
立ち上がり、自分の身体をあちこち触ってみる。頭頂部には長い耳が二本ぴょこんと生え、鼻は短く突き出し、足はむっちりと太い。尻尾はこれまたぴょこんと短いものが腰のあたりから生えていた。
もうここまで来れば分かるだろう。僕は先程のウサギと融合したのだ。
世の中の融合士は、融合する前に専用の特別な魔法を唱え、直接戦闘によって魔物や動物を従えるか、僕がやったものよりももっと濃密に身体を寄せ合うかして、そうして融合まで持っていくと、アルノー先生は講義で言っていた。
僕がやったことと言ったら、このウサギに食物を与え、身体を寄せてきたのを優しく抱き締めただけだ。
融合までの手順を色々とすっ飛ばしている、という事実を、ようやく僕は自覚するのだった。
暫く考え込んだ僕は、ぽんと太くなった太ももを叩いた。
「考えてもしょうがない、とりあえず……戻るか。君達も来る?」
地面に置いたオランジュを拾い上げながら、残ったウサギ達に声をかけてみる。彼らは一斉に耳をピンと立て、そして口を開くのだった。
『『はいっ! お供します!』』
『あれがカーンの使徒の自然との融合能力《・・・・》か……全く、世の中の融合士とは比較にならねぇな』
エリクが見つけたオランジュの樹の上方、木の根元からは見えないところに、そのカラスは居た。
しかしそのサイズが尋常ではない。翼を広げたら90cmはあるだろうかと言うほどに巨大なカラスだ。
それは眼下のエリクとウサギ達を見下ろしながら、観察するようにすぅと目を細める。
『地形を見る能力、動物を探知する能力、一足飛びに動物と融合する能力……これが魔物を相手にしたらどう動くのか、見ものだな。
ちょっと誘い込んでみるかね……』
そう小さく呟くと、カラスは大きく羽を広げた。そしてそのまま宙に身を浮かべる。
そのまま大きく羽ばたくと、北の空へと悠然と飛び去って行くのだった。
そうしてミオレーツ山に自生する食べられる果物の樹を発見した僕は、ゆっくりと立ち上がった。
「ここから南か……南ってどっちだっけ」
洞窟から出た僕は、足元に伸びる影を確認する。
幸いにして洞窟のある崖はそんなに高さがないため、洞窟からちょっと離れれば日が当たって影が出来るようになっていた。
山に入ったのが5の刻だから、今の時間はおおよそ6の刻あたりのはずだ。季節は春、太陽の出る時間は半分よりちょっと長いくらい。
この世界ではこの時期、太陽が南から上り、北へと沈むものだと学んだので、あとは影の方向で考えればいい。
太陽は僕の前方左側から照り付けている。僕の足元から伸びる影は従って、僕から見て後方右側へと伸びていた。
従って南は――
「左前方、あの太い木の方向。あっちだな」
僕は視界の中で存在感を主張し続ける、太くて大きいブナの木を目印にすることに決めた。
近づいて幹の表面を撫でると、持参したナイフを取り出して幹の表面に溝を掘り、印をつけていく。
思い切り地球のアルファベットで「S」と刻み付けてから、王国内でアルファベットが普通に使われるものだっただろうかと思い出して頭を抱えたが、分かればいいのだ。
なんなら後で表面を削り、書き直せばいいだけのことだ。
僕は気を取り直して南へ、果樹があると見られた方向へと足を踏み出していった。
十数分程度歩いたところで、僕は目当ての果樹を発見することが出来た。
よく家庭の食卓にも並ぶオランジュ、その野生種だ。
流通用に栽培されるオランジュほど甘みが強くは無いが、その酸味と清涼感、瑞々しさは野生種も負けてはいない。
数年前、家族でミオレーツ山とは別の山に山登りに行った際に、野生に生えているオランジュの樹から実をもいで食べた際、その美味しさに驚いた記憶がある。
ちょうど今の時期は熟した果実がたわわに実り、実がずっしりと重たくなる頃合いだ。
僕は手で下から支えて持ち上げるようにして、オランジュの実をもいでいく。
一度にたくさん採っても食べきれないことは分かっているので、まずは数個だけ。残りの実はまた次の日にでも採りにくればいい。
そうして果実を採取し、さぁ洞窟に戻ろう、というところで、僕は振り返ろうとした足を止めた。
何か、複数の動物の気配がする。草を踏む微かな音が聞こえる。
僕はオランジュを抱えたまま、すぐさま「アニマルエコー」を発動した。すると僕を取り囲むように5匹、動物の反応があった。
反応は大きくないから、小型の獣だろう。ウサギか栗鼠か、あるいは鼠か。
そのまま立ち去ってもよかったのだが、僕はその場から動かずにあちらの様子を伺うことにした。下手に刺激してパニックに陥らせてもいいことはない。
待つこと数分、動かない僕に安心したのか、草むらの中から小さな影が5つ、僕の視界に姿を現す。
予想通り、ウサギだった。だが大きさは成犬の小型犬程あり、なかなか迫力のある瞳をしている。
ウサギ達はしきりに鼻をヒクヒクさせ、僕のことをその大きな瞳でじっと見つめてくる……いや、視線を向けているのは僕の胸元、抱えたオランジュか。
僕はしゃがみ込んでナイフを取り出すと、手早くオランジュを切り分けて種を取り除いた。
除いた種はよけておいて、房を皮からむしり取るようにして外すと、そうっとウサギ達の目の前に行くようにしてゆるく放り投げる。
びくりと身体を硬直させつつ、ピスピスと鼻を鳴らしてオランジュを警戒する彼ら。僕はそんな彼らから距離を置きつつ、しゃがみ込んだままで優しく微笑んで見せた。
すると何かを感じ取ったのか、それとも何か通じ合うものがあったのか、ウサギ達が一斉にオランジュの実へと口をつける。
そのままはぐはぐ、むぐむぐと、オランジュを食していくウサギ達。何だか飼い始めて人間にまだ慣れていない動物たちを思わせる行動に、僕は自然と笑みがこぼれた。
やがてオランジュを綺麗に食べきると、ウサギ達が僕の傍へと寄ってきた。
「満足した?」
僕が笑顔を向けたままで優しく問いかけると、ウサギ達は鼻をヒクヒクさせたまま頭を下げた。
まるでお辞儀をするかのようだ。
その所作に僕が再び笑みを浮かべていると、彼らは互いに顔を見合わせて鼻を鳴らし始めた。
何だろうと思って見ていると、僕の真正面に立ったウサギが僕の前へと踏み出してくる。
その、全身を淡い茶色の毛皮に包んだウサギは、他のものよりも二回り程大きな個体だった。中型犬くらいのサイズがある。きっとこの集団のリーダーか何かなのだろう。
ウサギは僕の傍まで寄ると、その大きな身体を僕にそっと預けてきた。誘われるように僕も、抱えたオランジュを脇に置いて彼を抱きしめる。
そのまま、野生の獣とは思えないほど柔らかく厚みのある毛皮に身を預けて、目を閉じる。顔が毛皮に埋もれ、抱き寄せる腕が埋もれ、胴体が埋もれ――
そして次に目を開けた時、僕の身体は全身淡い茶色の毛皮に包まれていた。
「あっ……」
立ち上がり、自分の身体をあちこち触ってみる。頭頂部には長い耳が二本ぴょこんと生え、鼻は短く突き出し、足はむっちりと太い。尻尾はこれまたぴょこんと短いものが腰のあたりから生えていた。
もうここまで来れば分かるだろう。僕は先程のウサギと融合したのだ。
世の中の融合士は、融合する前に専用の特別な魔法を唱え、直接戦闘によって魔物や動物を従えるか、僕がやったものよりももっと濃密に身体を寄せ合うかして、そうして融合まで持っていくと、アルノー先生は講義で言っていた。
僕がやったことと言ったら、このウサギに食物を与え、身体を寄せてきたのを優しく抱き締めただけだ。
融合までの手順を色々とすっ飛ばしている、という事実を、ようやく僕は自覚するのだった。
暫く考え込んだ僕は、ぽんと太くなった太ももを叩いた。
「考えてもしょうがない、とりあえず……戻るか。君達も来る?」
地面に置いたオランジュを拾い上げながら、残ったウサギ達に声をかけてみる。彼らは一斉に耳をピンと立て、そして口を開くのだった。
『『はいっ! お供します!』』
『あれがカーンの使徒の自然との融合能力《・・・・》か……全く、世の中の融合士とは比較にならねぇな』
エリクが見つけたオランジュの樹の上方、木の根元からは見えないところに、そのカラスは居た。
しかしそのサイズが尋常ではない。翼を広げたら90cmはあるだろうかと言うほどに巨大なカラスだ。
それは眼下のエリクとウサギ達を見下ろしながら、観察するようにすぅと目を細める。
『地形を見る能力、動物を探知する能力、一足飛びに動物と融合する能力……これが魔物を相手にしたらどう動くのか、見ものだな。
ちょっと誘い込んでみるかね……』
そう小さく呟くと、カラスは大きく羽を広げた。そしてそのまま宙に身を浮かべる。
そのまま大きく羽ばたくと、北の空へと悠然と飛び去って行くのだった。
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