上 下
91 / 97
最終日

浮遊霊が行き着く不思議な山カフェ⑫

しおりを挟む
「椋野、もう大丈夫。続きを聞かせて」

「……わかった。社長令嬢であるミマは会社の都合で、政略結婚をすることになった。俺とミマの気持ちは、社長であるお父様に一蹴されてしまったよ」

「じゃ、じゃあ、その日は私たちの最後のデート?」

「……そういうこと。ミマが俺を振る形で、その日を最後にもう会うことはなくなった。俺は悲しみに明け暮れ、生きる気力がなくなっていったよ。だけど、新たな問題が起きたんだ」

「新たな……問題?」

「その日を最後に、ミマが行方不明になったんだ。数日探しても見つからず、結局警察の捜索も打ち切り。俺の喪失感に追い打ちをかけるように、心がすさんでいった……」

 ミマは自由な恋愛もできずに、本気で好きだった人を、振らなければいけないような状況だった。
 そして、藤沢を振った後に、一人で抱え込んでしまったミマは、一ノ瀬山に迷い込んでしまったのだろう……きっとその時の精神状態は、異常の極みだったはずだ。
 その後どうなったかは、今浮遊霊としてこの場に存在しているのを見れば、容易に想像できるだろう。
 自力でこの険しい山道を登っていき、自力でこの自殺スポットを導き出し、断崖絶壁から淀み荒れた沼に向かって身を投げたのだ……。
 藤沢の話で何かを思い出したのか、今度はミマが苦しそうな顔をしながら、藤沢へのその時の心境を告げる。

「椋野のことが、世界で一番好きだった。だけど、自分の思い通りにならない現実に、私は嫌気が差したんだと思う。何もかも壊れてしまえばいいと考えた私は、確か……」

「そう。ミマは、この一ノ瀬山に入って、自分を消滅させたんだ。ミマの家族や関係者は未だに、生きていると願っている。でも、当時から俺は知っていた。ミマがすでに、死んでいるということを」

「じゃあ、椋野がこの場所に山カフェを作ったのは……」

「そう、ミマのためだ。ここでカフェを作れば、浮遊霊になったミマと会えるかもしれない。そう思って、来る日も来る日もミマを待ち続けた」

「私のことを……まだ愛してくれていたのね」

 藤沢がこんな辺境な地で山カフェを営んでいたのは、愛する婚約者のためだった。
 浮遊霊が不思議と集まったのも、藤沢がミマに会いたいという気持ちを強く持っていたからかもしれない。
 この浮遊霊が行き着く不思議な山カフェには、藤沢の強い想いが込められているのだ。
 事の全てを把握したミマは、ティーカップの中に入った残り僅かなハーブティーを飲み込んだ後に、受け入れるように一言呟いた。

「そっか……私は、死んでいるのね」

「ああ。ミマはもう、この世の人間ではないんだ」

「……最後に、椋野が淹れてくれたジャスミンのハーブティーが飲めて良かったわ」

「俺がジャスミンのハーブティーを好きになったのは、ミマのおかげだからね。ミマが褒めてくれたおかげで、もっと上手に作りたいと思えたんだ」

「……ねえ、椋野。私と出会った日のこと、覚えてる?」

 会話は、藤沢とミマが出会った日の話に流れた。
 これまでの苦しそうな表情が、二人共から消えている。
 辛い話の山を越えた二人は、穏やかな表情に変えながら、幸せだった時期を思い出していた。
 何も話すことなく聞いていた恵那が、同じように無言だったリュウの方を見てみると、リュウは泣くのを我慢しているように見えた。
 過酷な状況を味わった二人が、懐かしそうに思い出を振り返っていることに、悲しさと儚さを感じたのだろう。それは、恵那も同じ気持ちだ。
 藤沢はミマの手を取りながら、ミマと出会った日のことを回想した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚式の前日に婚約破棄された公爵令嬢は、違約金で飯屋をつくる。

青の雀
恋愛
前世調理師の婚約破棄された公爵令嬢の料理人録 スピンオフ 結婚式の前日に婚約破棄された公爵令嬢キャロラインは、実は前世の記憶持ちであったために。破棄の違約金を元手に、王都でレストランを開店することにした。 一方、婚約破棄を言い渡した王太子殿下は、廃嫡の上平民落ちとなるが、ある日、店の一番済みのテーブルにその王太子殿下の姿を視たのである。ただし、姿が見えるのは、キャロラインだけで他の人には見えない。王太子は、最後の晩餐に評判のカレーライスを食べたいと。 婚約破棄したことを謝り、消えていくのである。  最後の晩餐は、誰と食べたいですか? この世に未練を残して、死んでいった人たちのためにLast Dinnerを作ります。 ちょっと思いついて、書いてみます。 また、レシピ集になってしまったら、ごめんなさい。

みちのく銀山温泉

沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました! 2019年7月11日、書籍化されました。

私が異世界物を書く理由

京衛武百十
キャラ文芸
女流ラノベ作家<蒼井霧雨>は、非常に好き嫌いの分かれる作品を書くことで『知る人ぞ知る』作家だった。 そんな彼女の作品は、基本的には年上の女性と少年のラブロマンス物が多かったものの、時流に乗っていわゆる<異世界物>も多く生み出してきた。 これは、彼女、蒼井霧雨が異世界物を書く理由である。     筆者より 「ショタパパ ミハエルくん」が当初想定していた内容からそれまくった挙句、いろいろとっ散らかって収拾つかなくなってしまったので、あちらはあちらでこのまま好き放題するとして、こちらは改めて少しテーマを絞って書こうと思います。 基本的には<創作者の本音>をメインにしていく予定です。 もっとも、また暴走する可能性が高いですが。 なろうとカクヨムでも同時連載します。

鬼と契りて 桃華は桜鬼に囚われる

しろ卯
キャラ文芸
幕府を倒した新政府のもとで鬼の討伐を任される家に生まれた桃矢は、お家断絶を避けるため男として育てられた。しかししばらくして弟が生まれ、桃矢は家から必要とされないばかりか、むしろ、邪魔な存在となってしまう。今更、女にも戻れず、父母に疎まれていることを知りながら必死に生きる桃矢の支えは、彼女の「使鬼」である咲良だけ。桃矢は咲良を少女だと思っているが、咲良は実は桃矢を密かに熱愛する男で――実父によって死地へ追いやられていく桃矢を、唯一護り助けるようになり!?

アドヴェロスの英雄

青夜
キャラ文芸
『富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?』の外伝です。 大好きなキャラなのですが、本編ではなかなか活躍を書けそうもなく、外伝を創りました。 本編の主人公「石神高虎」に協力する警察内の対妖魔特殊部隊「アドヴェロス」のトップハンター《神宮寺磯良》が主人公になります。 古の刀匠が究極の刀を打ち終え、その後に刀を持たずに「全てを《想う》だけで斬る」技を編み出した末裔です。 幼い頃に両親を殺され、ある人物の導きで関東のヤクザ一家に匿われました。 超絶の力を持ち、女性と間違えられるほどの「美貌」。 しかし、本人はいたって普通(?)の性格。 主人公にはその力故に様々な事件や人間模様に関わって行きます。 先のことはまだ分かりませんが、主人公の活躍を描いてみたいと思います。   どうか、宜しくお願い致します。

あやかし喫茶の縁結び

佐倉海斗
キャラ文芸
【あやかし喫茶】は不思議な縁を結ぶ。――そんな噂が広がり始めたのは、綻びつつある縁で結ばれた姉弟の再会が物語のような話だったからだろう。九十五歳になった姉、山田美香子は人間。九十年生きた弟、伊織は鬼。同じ両親の元に生まれ、異なる種族となった二人の姉弟は喫茶店にいる。 その組み合わせが珍しかったのか。 いつの間にか【あやかし喫茶店】に行くと不思議な縁が結ばれると噂になっていた。 これは鬼となった伊織と人間のままの美香子が繰り広げる不可思議な物語。

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

処理中です...