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「おい! おい! 起きろっての!」
――耳元の声が段々大きくなって、我に返った。
「……雷人君」
「ったく、こんなとこで寝るやつがいるかよ。近所のおっさんたちに笑われてたぞ」
だんだんと視界がクリアになっていく。目の前には、ついさっきまで話をしていた雷人君がいた。
膝に手をつきながら、僕の目線に顔の高さを合わせている……あれ、口元が赤くなっている。
「雷人君、戻って来たんだね」
「……お前がうるせぇからな」
「唇切れてるんじゃない? もしかして、やっぱり喧嘩してきたの?」
「ちげーよ。これはケジメだ。ただ俺が殴られただけ」
……ケジメ?
ってことは、もしかして……。
「雷人君、ホーネッツ抜けたの?」
「……どうだっていいだろ」
気恥ずかしさを押し殺すように、雷人君は僕から目を逸らした。
この反応……きっとそうだ。雷人君は、復讐をしに行ったわけではない。グループを抜けると宣言しに行ったんだ。
僕はそれ以上追及するのはやめて、雷人君のゴツイ腕を引っ張った。
「雷人君、ついてきて!」
「お、おい! 何するんだ!」
「いいから! こっち!」
晴れ晴れした顔で、朝焼けが残る空を見上げる。
雷人君を僕の家に連れて行く。
雷人君は最初は「離せ」だの「お前の家には行かないぞ」とか言って暴れていたけど、すぐにおとなしくなった。
そして家に入る。夕星がすでに、学校に行く準備をしていた。
「ああ! ツンツン頭のお兄ちゃん! おはよう!」
「よ、よお……」
「お兄ちゃんどうしたの!? ツンツン頭のお兄ちゃん連れてきて」
まだ寝癖が跳ねている髪の毛を気にしながら、夕星が僕に聞いてくる。
僕は「一緒に朝ご飯を食べるんだ」と答えた。
「やったー! ツンツン頭のお兄ちゃんと、朝ご飯が食べれるんだ!」
夕星は雷人君の腕を引っ張って、テーブルに案内した。
「こっち座って! お兄ちゃんが作る朝ご飯は最高に美味しいよ!」
「そ、そうなのか……」
雷人君、すっかり夕星のペースに乗せられてるな。
僕は朝食の準備をしないとね。
鍋に火をかけた。昨日作ったものが中に入っている。
人数分の鮭をコンロのグリルに入れた。焼き上がるまで、少し時間がかかる。
漬物は、キュウリの浅漬け。米は予め炊き終わる時間を予約しておいた。今は炊飯器の中で保温状態にある。
ご飯を茶碗に盛る。漬物を三枚の小皿に分けて、焼き上がった鮭をのせる平皿の端っこに、大根おろしを置く。
「そろそろかなー」
うん、良い感じ。余分な脂が流れ落ちて、ふっくらと焼き上がった鮭を皿にのせた。
あとは……。
鍋の中に入っているのは、昨日作った豚汁だ。
おばあちゃんに教えてもらった、サツマイモ入りの豚汁。これをいつも使っている汁椀に取り分ける。
バランスよく配膳したら完成。
テーブルが埋まるくらい、いくつもの皿が置かれている。
雷人君の方を見てみると、目に光るものがあった。
「雷人君……?」
呼びかけてみると、雷人君は小さく「いただきます」と言って、豚汁を啜った。
湯気が顔にかかる。嘘じゃなく本当に、雷人君は泣きそうになっている。
それに触れるのは野暮だろうと思い、僕も黙々と食し始めた。夕星も一緒だ。
「美味い……美味いわ……」
ご飯、豚汁、鮭、ご飯、漬物、豚汁……雷人君は不規則に、勢いよく口に入れていった。
僕は雷人君の口から「美味い」という言葉を聞いて、これほど嬉しいと感じたことはないだろうと、天にも昇る気持ちになった。
その時、お母さんの存在が脳裏に浮かんだ。
僕が「美味い美味い」と言いながらパクパク食べていた時、目尻を下げながら微笑んでくれていた、母のことを……。
「やっぱりお前、お母さんみたいだな」
雷人君が僕の方を見て、そう呟く。
僕も今、ちょうどそう思っていた。
お母さん……僕はお母さんみたいな、立派な大人になれるよう頑張るよ。
自分で作った豚汁が、五臓六腑に染み渡る。
雷人君の腕に巻かれていた警告色のミサンガは、いつの間にか外されていた……。
〈了〉
――耳元の声が段々大きくなって、我に返った。
「……雷人君」
「ったく、こんなとこで寝るやつがいるかよ。近所のおっさんたちに笑われてたぞ」
だんだんと視界がクリアになっていく。目の前には、ついさっきまで話をしていた雷人君がいた。
膝に手をつきながら、僕の目線に顔の高さを合わせている……あれ、口元が赤くなっている。
「雷人君、戻って来たんだね」
「……お前がうるせぇからな」
「唇切れてるんじゃない? もしかして、やっぱり喧嘩してきたの?」
「ちげーよ。これはケジメだ。ただ俺が殴られただけ」
……ケジメ?
ってことは、もしかして……。
「雷人君、ホーネッツ抜けたの?」
「……どうだっていいだろ」
気恥ずかしさを押し殺すように、雷人君は僕から目を逸らした。
この反応……きっとそうだ。雷人君は、復讐をしに行ったわけではない。グループを抜けると宣言しに行ったんだ。
僕はそれ以上追及するのはやめて、雷人君のゴツイ腕を引っ張った。
「雷人君、ついてきて!」
「お、おい! 何するんだ!」
「いいから! こっち!」
晴れ晴れした顔で、朝焼けが残る空を見上げる。
雷人君を僕の家に連れて行く。
雷人君は最初は「離せ」だの「お前の家には行かないぞ」とか言って暴れていたけど、すぐにおとなしくなった。
そして家に入る。夕星がすでに、学校に行く準備をしていた。
「ああ! ツンツン頭のお兄ちゃん! おはよう!」
「よ、よお……」
「お兄ちゃんどうしたの!? ツンツン頭のお兄ちゃん連れてきて」
まだ寝癖が跳ねている髪の毛を気にしながら、夕星が僕に聞いてくる。
僕は「一緒に朝ご飯を食べるんだ」と答えた。
「やったー! ツンツン頭のお兄ちゃんと、朝ご飯が食べれるんだ!」
夕星は雷人君の腕を引っ張って、テーブルに案内した。
「こっち座って! お兄ちゃんが作る朝ご飯は最高に美味しいよ!」
「そ、そうなのか……」
雷人君、すっかり夕星のペースに乗せられてるな。
僕は朝食の準備をしないとね。
鍋に火をかけた。昨日作ったものが中に入っている。
人数分の鮭をコンロのグリルに入れた。焼き上がるまで、少し時間がかかる。
漬物は、キュウリの浅漬け。米は予め炊き終わる時間を予約しておいた。今は炊飯器の中で保温状態にある。
ご飯を茶碗に盛る。漬物を三枚の小皿に分けて、焼き上がった鮭をのせる平皿の端っこに、大根おろしを置く。
「そろそろかなー」
うん、良い感じ。余分な脂が流れ落ちて、ふっくらと焼き上がった鮭を皿にのせた。
あとは……。
鍋の中に入っているのは、昨日作った豚汁だ。
おばあちゃんに教えてもらった、サツマイモ入りの豚汁。これをいつも使っている汁椀に取り分ける。
バランスよく配膳したら完成。
テーブルが埋まるくらい、いくつもの皿が置かれている。
雷人君の方を見てみると、目に光るものがあった。
「雷人君……?」
呼びかけてみると、雷人君は小さく「いただきます」と言って、豚汁を啜った。
湯気が顔にかかる。嘘じゃなく本当に、雷人君は泣きそうになっている。
それに触れるのは野暮だろうと思い、僕も黙々と食し始めた。夕星も一緒だ。
「美味い……美味いわ……」
ご飯、豚汁、鮭、ご飯、漬物、豚汁……雷人君は不規則に、勢いよく口に入れていった。
僕は雷人君の口から「美味い」という言葉を聞いて、これほど嬉しいと感じたことはないだろうと、天にも昇る気持ちになった。
その時、お母さんの存在が脳裏に浮かんだ。
僕が「美味い美味い」と言いながらパクパク食べていた時、目尻を下げながら微笑んでくれていた、母のことを……。
「やっぱりお前、お母さんみたいだな」
雷人君が僕の方を見て、そう呟く。
僕も今、ちょうどそう思っていた。
お母さん……僕はお母さんみたいな、立派な大人になれるよう頑張るよ。
自分で作った豚汁が、五臓六腑に染み渡る。
雷人君の腕に巻かれていた警告色のミサンガは、いつの間にか外されていた……。
〈了〉
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