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 さっきまでのノロノロとした歩き方が嘘のように、今度は軽快に歩き進めている。

「雷人君! どこ行くの!? 学校遅れちゃうよ!」

 僕の言葉は届かない。
 雷人君の長い足は、僕の倍の歩幅で進んでいる。
 必死について行こうとすると、本格的に走らないといけないくらいだ。そうじゃないと追いつかない。
 雷人君は、また横道を曲がった。
 汗が滝のように流れてくる。

「ちょっと、雷人君……」

 僕も同じ道を曲がると、すぐに雷人君の姿があった。
 そこは街のスポーツ競技場で、誰でも中に入れるくらいセキュリティが甘い施設で有名だった。
 芝生のグラウンドを、陸上トラックが囲んでいる。
 グラウンドの方を、強そうなサッカー少年団の子たちが使っていた。

「あ、あれ……こんな朝から練習してるんだ」

 思わず漏れた疑問。
 立ち止まっていた雷人君は、「強いクラブチームだから、平日でも練習してるんだろ」と言って歩き出した。
 そのまま、平気で施設の中に入ろうとする。

「ちょ、ちょっと! 怒られるよ!」

 当然、僕の声は聞いていない。
 ここまで来たなら、ついて行く選択肢の他はない。
 雷人君は観覧席を見つけると、迷わず向かった。
 バックスタンドと言われる観覧席に座っている人は、誰もいない。

「雷人君……学校行かないの?」

 息を整えて、僕も雷人君の隣に座る。
 もう時間は、朝のホームルームが始まっている時間だった。

「気が変わった。今日は行かない」
「そ、そうなんだ……」
「お前は行けよ」
「え? い、いや……今更行っても、同じかなって」

 うん……今日はもう何か、行かなくていいかもって思えた。
 皆勤賞の称号なんて、別に心から欲しいわけではないし。
 それより、雷人君の行動が気になる。

「雷人君も、サッカーやってたんだよね?」
「……ああ」

 少年団の子たちが、まだ声変わりをしていない高い声でサッカーしているのを見ている。
 そのプレーを見ながら、雷人君は自らの口から話し出してくれた。

「俺なんか、凡人レベルだったけどな」
「将来有望だったって聞いたけど」
「でもケガしたら意味ない。俺は下手くそなんだよ」

 もっと自分を誇示してもいいのに……見た目からは想像できないほどネガティブな言葉だった。
 雷人君は自分の右ひざを触りながら、やさぐれた表情で話している。
 何とか明るい要素を持ち出そうと、頭の中をフル回転させる。

「だ、だけどさ、それからウチの学校に編入してくるなんて、雷人君は頭も良いんだね!」
「別に、特に勉強してねぇよ」
「で、でも、ウチの学校って進学校だからさ……勉強しないと入れないはずだけど」
「……まあ、編入試験の過去問をちょろっとやったくらいか」

 過去問を軽くやった程度? それでウチの学校に入れるなんて、やっぱり雷人君は天才なんだな。
 話してる感じからも、不良っぽさを感じられない。
 地頭が良いタイプだな、きっと。

「でも今の学校、隣町からでもギリギリ通えると思うけど、どうして引っ越してきたの?」
「……家から近い方が楽じゃん」
「そ、それなら……」

 それなら、学校に行った方が良くない? と言おうとしたところで、やめた。
 手首のミサンガが視界に入って、言葉を飲み込ませた。
 もしかしたら、喧嘩を売ってると思われてしまうかも。

「何だよ?」
「いや、何でもない……で、でも、よく親が許可してくれたね! 引っ越しなんて、簡単にできるものじゃないのに!」
「……まあ、な」

 雷人君の目が泳いだ。
 反応が少し鈍くなったことに、訝しさを感じる。
 突っ込んでいいものか……怒らせたら困るしな……そう考えていた時、雷人君の方から口を開いた。

「別に親は放任主義だから……勝手にしろってさ」
「え、雷人君、両親と一緒に住んでないの?」
「住んでない。あそこには俺しか」

 親と一緒に住んでない? 雷人君のために、マンションの一部屋を借りてあげたってことか?
 目を丸くして雷人君を見ると、僕の表情を見た雷人君は鼻でフッと笑った。

「おかしいか? 高校生が一人暮らししてたら」
「あ、い、いや……僕の家も、お父さんが家に帰ってくるのなんて滅多にないんだ。だから気持ちはわかるよ」
「……へぇ」

 その後、しばらく無言が続くと、雷人君はフゥーと息を吐いて席から立った。ポケットに手を突っ込んで、出口に向かって歩き出す。

「学校、行くの?」
「今日は行く気になれねぇ」

 こっちの方を見ないで、言葉だけを飛ばす雷人君。
 僕はしばらくその場に、立ち尽くした。

 雷人君、やっぱり……何かを抱えていそうだ。
 いっぱい考えながら話していたから、頭が痛くなってきたな……。
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