異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編

  冒険者としての感覚2

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「はえー……ここが宿場の酒場……?」

 どうやら、この世界の「宿場」という場所は、村や街とは少し違う生活様式を持っているらしい。そのさいたるものがこの酒場だった。

 外見はあかり取りの窓が粗雑そざついた石造りの広い倉庫。
 だが窓かられてくるあかりの量は中が見えるほどで、開け放たれた窓の鎧戸よろいどの奥から見える光景は、冒険者や旅人達がどんちゃん騒ぎをしている姿だった。

 るものこばまずの扉の奥はゆかなど無く地面もそのままで、そこに木のテーブルや椅子が乱雑に置かれている。確かにコレは……村の酒場とも違うかも……。

 村の酒場は床もキチンと板張りだし、一応お店だから外観もちゃんとしている。街の酒場ともくればいっぱしのお洒落しゃれなお店だ。
 しかし宿場と言うのは「飲む、食う」に特化した本当にシンプルなものらしくて、そのためか酒場にはカウンター席などはなく、ただただ所狭ところせましと椅子が並べられているだけだった。なんかこう……フードコートみたいだ……。

 この地面しの床も、たぶん掃除する手間てまはぶくためだろうな。
 宿場は長期滞在なんてまずしないけど、人の出入りは物凄く多いから、効率化アップでこうした粗雑な感じを“あえて”取り入れているんだろう。

 でもこれ……なんかこう……野蛮な感じがして、こういうのもいいな……!
 店の奥から店員のふくよかなおばちゃんが「お待ちよ!」とか言って、でっかい木の皿に肉とか大盛りで持ってきてるんだもん。これはこれで……イイ……!

「ツカサ君なんでちょっとワクワクしてるの」
「いやだって、こういうのって何かヴァイキングってカンジじゃん!? 荒々しくて雄々しい男、いやおとこの世界って奴で久しぶりにたまらんというか……!」
「なんで言い直したの……まあいいや、あっち座ろうよ」

 あ、そうか、ブラックは「男」と「おとこ」の違いを知らないんだっけ。
 漢字が伝わらないもどかしさを感じるぜ……とか思っていると、ブラックは俺の肩をガッツリとつかんだまま、部屋のすみの席に誘導した。

 どうしてこんな所に来たのか分からず相手の顔を見上げると、ブラックは不満げに唇をとがらせて、何だか微妙そうな顔をしている。
 何を考えているんだろうかと思いつつ席に座ると、ブラックはボソリと呟いた。

「なーんかこの感じ久しぶりだなぁ……」
「久しぶりって?」
「ゥキュ?」

 ロクをひざに乗せて椅子に座った俺に、ブラックは表情を変えずに一瞥いちべつをくれる。
 なんだかにくそうな感じだったけど、それでも沈黙をつらぬくのも面倒臭かったようで、また不満げな声で答えた。

「ツカサ君が、他のオスどもから気持ちの悪い目で見られないよう牽制けんせいするのだよ……。獣人どもはニオイで簡単に退いたから楽だったけど、人族じゃそうもいかなかったなって今思い出したんだ……」
「だからって殺意のこもった眼で威嚇いかくするんじゃないよ! っていうかアレだろ、こっちでは黒髪が珍しいから見てただけだろ!? あと……こんなに可愛いロクに目が釘付くぎづけだったとかもあるだろうし!」
「えぇ……」

 おい何ドンビキしてんだコラ。
 こんな唯一無二の可愛さ国宝であるロクを誰もが注目しないわけないだろ。

 小一時間説教してやろうかとブラックをにらむが、このオッサンと来たら俺の力説などドコ吹く風って感じでスルーしてやがる。
 絶対に俺のロクへの熱視線の方が多いだろうと周囲を見渡したが、特に俺達に目を向けているような冒険者は居ないようだった。
 ……ちょっと不満だが、でもブラックの取り越し苦労みたいだな。

「つーか誰も俺達のこと見てないじゃん」
「僕がにらんだから目をらしたんだよ。まったくもう……ツカサ君も、自分が凄く特殊だって自覚を持ってよね! それでなくても今日のツカサ君は完全にメスの顔してて危険だって言うのに……!」
「おい誰がメスの顔だ!」
「してるもん! ツカサ君の僕を見つめる顔は完全に屈服したメスだもん!」
「人前で変な事を言うなあああああ」

 「もん!」じゃねえ「もん!」じゃ!
 言うに事欠ことかいて何を言ってるんだとツッコミを入れるが、ブラックはぷくっとほおふくらませて自分の主張が正しいと言わんばかりだ。

 ……シベもそうだけど、何で俺の周りの奴らは変な心配をするんだろうか。
 いや、こっちの世界に限っては俺は何故か「メス」認定されてるので、それもあってブラックは神経質になっているんだろうけども。

「ともかく……獣人大陸ではあまり人と会わなかったから良かったけど、人族の大陸じゃそうもいかないんだからね。ツカサ君はザコなんだから、すぐ襲われちゃうよ! 気を付けなきゃダメなんだからね!?」
「ざ、ザコ……いやまあ、そう言われるとアレなんだが……」

 カーデ師匠に教えをうたは良いものの、残念ながらまだまだ修行の身だし……チート能力があるとはいえ、俺自身がザコであることは認めざるを得ない。
 なので、気を付けろと言われると何も言えないのだが……そこまで断言されるとちょっと傷付くぞ。俺だって強い男になろうとはしてるんだからな!?

 くそう……これからもっと曜術を練習して強くなってやる。
 でもその前に木の曜術は練習方法が独特すぎて練習しづらい。どうしたもんか。

 曜術師ってのは本当に魔法使いのセオリー通りに行かないな……なんて思いつつ、俺は給仕のおばちゃんに夕食を注文した。

 まあいい、悩むのは後だ。
 メシを喰って一晩寝たら、悩みも意外と解決するものなのだ。
 なので、今日はとりあえず何も考えずに飯を食おう。

 そう思い、特にメニューも無く「夕食と酒」とだけ頼んで数分。
 おばちゃんが持ってきてくれたのは……なんだか独特な料理だった。

「これは……ポタージュ……? にしてはドロドロ……」

 スープ自体は肉を煮込んだ時と同じ飴色あめいろで、レタスのような葉物野菜がちょこっと見え隠れしているが、溶けてる何かは浅黒くて色味が合わない。
 なんだろうかと木のさじすくっていると、ブラックは大きなジョッキにがれたお酒を飲みながら説明してくれた。

「雑穀パンをひたしたパンがゆだね。たぶんコレってかたくなったパンを使ってるんだと思うよ。まあでもお肉と一緒に煮てあるし、味はそれなりのはず」
「それなり」
「ライクネスの奴らは頓着とんちゃくしないけど、ここは旅人の宿だからね。多少は他の国の客に配慮して味を調ととえてるはずさ」
「な、なるほど! じゃあ安心かな……」

 ロクにも小皿を用意してパンがゆを分けると、俺は早速綿わたのようにふにゃふにゃしたパンをすくってスープと一緒に口に入れてみた。

 …………ふむ……硬いパンを入れたって事だったけど、そのせいなのか完全に煮崩れてはいないようで、パンの風味はしっかり残っている。
 ポタージュに浮いてるクルトンが溶け始めた時と同じ感じの食感かな。
 雑穀パン特有の風味が有るけど、俺は嫌いじゃないぞ。

 具は野菜とヒポカムの角切り肉(ただしかなり小さい)でボリュームがあるし、スープの味も塩コショウで引き締めてあって、長時間煮込んでいたためか肉と野菜の旨味うまみがほんのり出ていて美味しい。結果的にダシを取った感じになってるみたいだ。
 そのスープにパンをひたしたようなモノなんだから、そりゃ美味くないわけがない。

 まあ粗野そやな料理と言えばそうだし、味は当然うすいんだが、それでも上々だ。
 母さんの方の爺ちゃん婆ちゃんが作ってくれる、薄味のおすましみたいなもんだな。味が濃いのが好きな俺だが、あれはあれで美味しいと思う。

 なので、濃いも薄いも噛み締められる俺としては、肉も食えるし十分な食事だったのだが……案外大食漢で肉や味の濃い料理が好きなブラックは不満なようで。

「干し肉でも頼めばよかったな……全然つまみになんないや」
「そりゃつまみとしてはなあ……。でも美味いじゃんこれ」
「ツカサ君、そういうトコは冒険者適正あるよねえ」
めてないな? それ絶対めてないだろオイ。アンタこそ、酒に逃げてないでちゃんと食べろよ。腹をふくらませて寝ないと悪い夢見ちまうぞ」

 それに、こういうのは冷めたら美味しさが大幅に減少するのだ。
 とにかく食べなさい、とおわんをブラックの前に押し出すと、相手は不満げにくちとがらせていたが――俺の言葉ももっともだと思ったのか、不承不承食べ始めた。

 そうそう。すきっぱらじゃ酒も早く回っちゃうし、常春がゆえに夜は少し気温が落ちるこの国では、体を温かくして寝た方が良いからな。

 でもその熱だって酒だけじゃ栄養にはならないだろう。
 だから、酒よりもスープで体を温めてベッドに入るのが一番なのだ。

「キュキュッ、キュウ~」
「そうだなロク、お腹いっぱいの方が良い気持ちで眠たくなるもんな~」

 ほらー。ちっちゃいお皿のスープを長いヘビの舌でチビチビ舐めているロクだって、お腹いっぱいになることの大事さを知ってるんだからな。
 心も体も落ち着くには、食べるのが一番だ。
 きちんと食べて腹いっぱいにならないと。

「良い気持ちねえ……」
「そもそも二日間ちゃんと食べてなかったんだろ? 体を壊さないためにも、頼むから食べてくれよ。酒だけじゃなくてさ」

 でなきゃこっちが心配で一々いちいち気になってしまう。
 ……そんな俺の気持ちが伝わったのか、ブラックはねた子供のような顔をしつつも、こちらに顔を向けていたが――――何を思ったのか、突然とんでもない事を問いかけてきた。

「じゃあ、ちゃんと食べたら次のご飯は『あ~ん』とかしてくれる?」
「え゛っ!?」
「してくれないと全部食べないもん」
「食べないもんてお前な、そんな子供みたいな……」

 だい大人おとなねるんじゃないよと思ったが、ブラックは本気なようで俺をじっと凝視ぎょうししてくる。……これは、俺がうなずくまで絶対に食べ終わらないヤツだ。
 そうまでしてお前は「あーん」して欲しいのか。

 真剣なまなざしとは裏腹にとんでもない事をさせようとしているブラックに、イラッとしはしたけど……それで文句を言わず食べてくれるなら……仕方ない。
 なんせ相手は二日間も自分自身のお世話をおろそかにしてたヤツなんだ。

 しかも、今はメンタルが不調気味だろうし……そんなことが重なったら、いつ体調を崩すか分からないじゃないか。
 だったら……し、仕方ない……。

「……ツカサくぅん……」
「わ……分かったよ……。でも人の多い所ではやんねえからな。絶対だからな!」

 そう宣言すると、ブラックはパアッと顔をかがかせて嬉しそうな表情をする。
 さっきの不満げな顔が嘘みたいに気分を上げた相手は、テーブルの下で俺の手をぎゅっとにぎって、笑みに目を細めた。

「えへへ……じゃあ約束っ! 明日も一緒だよ? ぜーったい『あ~ん』してね」

 喜びを隠しもせずにそう言って、ブラックは素直にパンがゆすすり始める。
 食べてくれたのはいいけど、その……な、なんでそうアンタはすぐにコロコロと表情を変えるかな。しかも手ぇにぎってくるなんて……っ。

「キュ?」
「な、何でもないよロク! 俺達も食べようか」

 不思議そうに首をかしげたロクに平静をよそおいつつそう言って、にぎられていない利き手で俺もパンがゆを再び食べ始める。
 だけど……にぎられている手と、どうしても意識してしまう隣の存在に、なんだか胸のドキドキが強くなっているような気がする。

 ぐ、ぐぬぬ、なんでこう俺はこの程度で動揺しちまうんだ。

 いやでも仕方ないじゃないか。
 だって今、ロクショウ達を抜かせば仲間なんてブラックしかいないんだもの。

 しかもブラックは俺のこ、こい、びとで。
 俺に触れてくる主な意味は、恋人としての、スキンシップがほとんどで。
 ……そういうのが分かっちまうから、余計に変な感じになっちゃうんだよな……。

 他の仲間が居れば“そういうこと”も二人きりの時限定になったりするし、こんな風にドキドキするような事をされても、仲間に目を向けたりすれば雰囲気ふんいきに流されず話が出来たんだが……今は、そうして心を落ち着けることも出来ない。

 人間の仲間がブラックしかいないせいで、こうしてすぐ変なカンジになっちゃうし、そうなっても逃げられずにブラックの顔を見ているしかないのだ。

 テーブルの下の手だって、ブラックのおっきくて皮が分厚い手ににぎられたままのせいで、じんわりてのひらに汗をかいている。
 止める人が誰もいないから、こんな風になったら俺も止められなくて。

 恥ずかしいとは思うのに……それでも、邪険に出来なくて……。
 それがどうしてなのかを考えると、恥ずかしい。

 「あーん」だって、そんなの、ふ、二人っきりの時にするくらいのことで。
 今まで忘れてたくらいだったのに……。
 ああもう、これしきのことで変におたおたしてる自分が恥ずかしすぎる……っ。

「ふ、ふへへ、明日が楽しみだなぁ」

 だからそういう事を嬉しそうに言うなってば!!
 ああチクショウ、段々顔が熱くなってきた。でもこれは違う、きっと違うはず。

 温かい物を食べてるから体温が上がっただけなのだ。
 決してブラックを意識してるからじゃないからな!

 そう自分に言い聞かせていないと、俺は冷静をよそおえそうになかった。












 
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