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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
43.目覚めさせるために
しおりを挟む目が、勝手に開く。
ああそうか、自分は今まで目を閉じて眠っていたのか。
ぼんやりそう考えて、暗闇から色のついた世界に視界が染まっていくのを見ながら、急激に頭の中が今までの状況を思い出し始める。
――――そうだ。今俺達は敵の本拠地にいて、敵に囲まれまくってたんだっけ……いやかなり危険な状況じゃねえか! なに寝てるんだ俺は!
急に血の気が引くような感覚に襲われて一気に目を見開くと、自分の頭上から急に橙色の光が差し込んできて、思わずウッと顎を引いてしまった。
ま、眩しい。なんだこれ……いや、待て、俺は眠る前にとんでもないことをされたんじゃなかったか。確か、あの仮面の双子みたいな二人に「アクティーの魂」をギュムッてされて、ソレが俺の体に入り込んできて……――
ああ、そうだ。
それから俺は、アクティーとクラウディアちゃんの過去を見せて貰ったんだ。
……で、今正気に戻ったって事は……いやいやいや、マジでヤバいんじゃないのかコレ、俺どんくらい目を閉じてたの、もしかしてもう一回くらい殺されてる?
だとしたヤバいけど……でも、意識が途切れた感じはしなかったから、多分殺されてはいない……はず……。つーかもうどの道目を閉じてたのはヤバい!
仮面の男だけじゃなく、近くにはヨグトさんもいるんだ。
それに男達の向こう側には、フレッシュな活き活きゾンビ達がうようよしてるってのに、どうして俺は油断しちゃったんだろう。くそう、アクティー達の記憶を見る時でも、意識を保っていられれば隙なんて見せなかったのに。
今度寝るときは目を開いて寝なければと強く思いつつ、自分の頭上に浮かんだ光の球を一歩引いて見やると、その光は徐々に降下して――――軽く見上げるほどの位置になったと同時、ゆっくりと球の形から人の形へ変化していく。すると。
「ッ!?」
「ツカサ、こっち来い!」
地面が、ざわついたような妙な振動を起こす。
あまりにも奇妙で、まるでヘビの腹がうねったような動きだ。これは、絶対に普通の地震ではない。まるで地面全体が生き物になったかのような不可解な振動だった。
その危険性を感じ取ったのか、ナルラトさんが叫んだのと同時に俺の体を抱き上げ光球からさらに離れようと飛び退いた。
どうやら、俺の事を守るために近くに待機していてくれたらしい。
ヨグトさんは、俺達を気にするよりもアクティーの方が気になるのか、やつれた心配そうな顔つきで光る輪郭をずっと見つめていた。
…………ヨグトさんは、口伝によって知らされたのだろう「自分達の種族が守り切れなかった存在」を、今も守ろうとしているんだろうか。
ヨグトさんの、ナルラトさん達の一族である“根無し草”の鼠人族は、かつて【太陽国・アルカドビア】でアクティーに育てられた「姫を守る【影】となる一族」だった。
でも、その【影】達は拾ってくれた恩人であるアクティーだけでなくクラウディアちゃんの事も守れなかったんだ。
その後悔と罪を口伝で伝え続けた一族だからこそ、元々は“根無し草”の長だったヨグトさんは、あれほど必死だったんだろうな。
俺に「すまない」と謝ってばかりいたのは、やりたくない事だったけど……【教導】達に操られているアクティーを裏切れなかったからだ。
……俺だって、ブラックが誰かに操られたとしたら……同じように傍に居て、何とか相手を救いだす方法を探そうとするかもしれない。
「ツカサ、地面に足ば付けんなよ!」
「っえ!? う、うん!」
ナルラトさんの声で我に返り、今は考えている場合じゃないと思い直す。
ともかく、何が起こっているのか把握しなければ。
そう思い地面を見やると、地面のうねる動きは激しさを増し、背の高い人間のようになった光の輪郭へと集まっていく。
まるで水の中を動くヘビか尺取虫の動きのようだ。
思わず息を呑む俺達の前で――蠢いていた地面が、光の輪郭を包み込むように、ずるずると音を立てながら這い上がり始めた。
「う……」
床の石板を動かして這い出てきた土が、生き物のように動き光る輪郭を飲み込んでいく。だが、その様子はあまりにも……現実離れしていた。
土が体を覆い肉となり、その次に石が地面から湧きぞろぞろと登ると、それが薄く広がって皮膚になった。あまりにもヒトの成り立ちとは違う光景に、背筋がゾワゾワと寒気で鳥肌立っていく。人を構築する術は、これほどまでに異様なのか。
瞠目して見つめているしか出来ない俺達の前で、薄い石の皮膚は素体となった体が内部からどくんどくんと膨れるのに呼応してか、その体に筋肉や肩を構築し、そうして……細かな毛や輪郭は、ボールの空気を入れたり抜いたりするような感じで段階を経て仕上がって行った。
……ここまで、おそらく二分も経っていない。
あまりにも非現実的な「人体練成」に、俺は絶句していたが――――
耳の奥からクラウディアちゃんの声が聞こえて、体が反応した。
『お兄ちゃん、気を付けて! アクティーは、やっぱり操られてる……!』
「――……!」
クラウディアちゃんがそう指摘した瞬間、完成したアクティーの背後に仮面の男達が移動し……アクティーの目が強く見開かれた。
それと、同時。
「ツカサ君は僕と一番愛しあってるんだからな?!」
「ぶふぉっ!?」
ちょっ、こ、これっ、ブラックの声!?
全く予想もしていなかった聞きなれた声の大絶叫に、変な風に噴き出してしまう。
そんな俺……を……うわ……み、みんな見てる……めっちゃ変な顔で見てる……アクティーですら、真顔で俺の事見てるうううううわあああ見ないでください頼むから見ないでくださああああいいいい!!
『おにいちゃん、すごくお顔真っ赤……』
あああああいわないでクラウディアちゃんんんんん。
あんちくしょうこんな状況で何言ってんだ、何してんだよアンタらー!!
そ、そんな事言ってる場合じゃないのに。い、一体あっちで何があったんだ!?
「ツカサ……旦那がたは何の話ばしよっとや……?」
「俺に聞かないでえええええ」
だあもういやだ、なんでこんな状況でこんなっ、う、ううう、恥ずかしすぎて顔が熱くなるどころかもう涙まで出てきそうだ。
くそう、な、なんか理由があるんだろうけど。あるんだろうけど!!
でも後できっちり説明して貰うからなブラックのバカー!
「ふふっふふふ、来るね来るね。面白いね君達。もっと楽しみたいな」
「ははっははは、来たぞ来たぞ。楽しい姿をもっと見せろよ。お前ら面白いから」
仮面の男達が、俺をバカにするように笑う。
だけどその声には楽しさなど微塵も感じられず、俺の反応を試すかのような、ニヤついた嫌な感じがした。……こいつらは、いつもそうだ。
とことんまでこちらを逆上させようとする物言いに、恥ずかしさよりも怖気を感じて熱が引っ込んだ俺に、相手は嫌な笑みを見せながらわざとらしくお互いにヒソヒソと耳打ちをして見せた。なにか、仕掛けてくるつもりなのか。
そう思っていると、二人がコソコソと話すのをやめてこちらを向いた。
「ああ、そうそう。戦うために来たんだから……やっぱり君達、戦いたいよね?」
「おお、そうだったな。戦いたいんだったら……やっぱり、戦わなきゃな?」
そう言いながら、仮面の男達が左右からアクティーの肩を叩く。
今まで人形のように動かなかったアクティーの体が、その手に軽く揺らされたのか短い髪の毛をふわりと揺らす。が、次の瞬間――――
「――――っ!!」
アクティーの目が赤みを帯びた橙色の光を宿し、こちらへ向かって凄まじい勢いで一気に駆け寄ってきた。
「ツカサ離れるなよ!!」
「う、うぅ!」
ウンとも満足に言えず慌ててナルラトさんの服を掴み、離れる事が無いように必死でしがみ付く。目が覚めたとはいえ、体がまだ上手く動かない。
喋って気が付いたが、なんだか体が脱力しているんだ。これはきっと、アクティーに“大地の気”か曜気を分けたからだろう。
こんな状態では、逃げる事すら出来ない。
それをナルラトさんも分かっているんだ。もちろん絶対離しませんとも!!
だけど、それを操られているアクティーが許してくれるだろうか。
なんとかして彼女に「本当の望み」を告げて、彼女を開放してあげなきゃいけないのに、こんな状態ではとても無理だ。
まず、あの仮面の男達が何かやったのだろう「命令」から逃げて、体勢を立て直さないと。そう思ったが、予想以上に相手の動きは早く。
俺達に向かって、黒く鋭い爪を伸ばした手を振り下ろそうとしてきた。
刹那。
「我が血に応えろ……――『トーラス』!!」
この場に居なかった、声。
聞きなれていて安心する低い大人の声が、そう叫んだ瞬間。
俺達とアクティーの間に、巨大で分厚い土の壁がせり上がった。
「これはっ……!」
ナルラトさんの驚いたような声を覆うように、影が降ってくる。だけどその影の大きさはアクティーの物ではない。
咄嗟に上を見た俺に、良く知っている褐色の手が伸びてきた。
「ツカサ、迎えに来た!」
いつもは無表情だけど不思議と感情が見える、不器用な声。
影と共に振ってきた大きな体の相手は、俺が無意識に伸ばした手を掴んでその場に重い衝撃と共に降り立った。
――――ふさふさの熊耳と、黒に近い濃厚な群青の髪に薄紫の光が灯る不思議だけど綺麗な色の髪。
ぼさぼさしていて髪を結わえた意味もなく、前髪すら隠れそうな、そんな髪型をしている熊の獣人なんて……一人しかいなかった。
「クロウ……!」
俺の手を掴んだ大きな手が、指を絡めてくる。
そうして、名前を呼ばれた相手は薄く微笑んだ。
「オレが……相手をする。だが、オレの力だけでは足りないだろう。……ツカサ、オレにはお前が必要だ。だから……来てくれるか。一緒に」
ナルラトさんが、俺を抱く手を緩めてくれる。
その気遣いに感謝しながら俺が迷いもなく頷くと、クロウはそんな俺の手を思い切り強く引いて、今度は自分が俺の事をしっかりと抱きしめてきたのだった。
「ぅ……」
「行くぞツカサ。……ここで、決着をつける!」
片腕で抱きしめられて、いつもよりも力強い声を間近で聞く。
その声に何故か耳がじんじんと痺れて、胸が苦しくなったが……俺はクロウの役に立つべく、気合いを入れて頷いて見せた。
「おうともさ、何だってやってやるよ!」
ここで決着をつけて、アクティーもクラウディアちゃんもアルクーダも救うんだ。
……って、俺だけじゃそんな大層な事は出来ないけどさ。でも、ブラックが、クロウが居てくれたら、出来る気がしてくるんだ。
クロウなら絶対に、アクティーも、この場に居るナルラトさんや冒険者も死なせはしない。ブラックと協力して、困難な状況も突破してくれるって。
だから俺は、二人の助けになる事ならなんでもやってやりたいんだ。
俺に出来る事は限りがあるし、力では二人に敵わない。だけど、二人が怪我をした時やピンチの時には助けになれるはずだ。
――っていうか、そもそも無理を言ってアクティーに会おうとしたのは俺なんだから、二人に頼るだけじゃなくて自分も頑張らないとな!
そう思って返答した俺に、クロウは笑みを深めると――――
俺の頬に、キスをした。
「ちょっ……え、えぇっ!?」
なななななに今そんな状況じゃないのにいきなり何ィ!?
なんでキスしてきたのか分からない。なのに、クロウは笑ってて。
「ツカサが傍に居てくれれば、オレは何もかもに打ち勝てる。……だからどうか、オレのそばを離れないでくれ」
そう、言われて。
俺はもう、頭がオーバーヒートしたのか返答出来ず、頷くしかなかった。
→
※ツイッター(エックス)で言っていた通り遅くなりました(;´Д`)
ここからクロウのターンです。
人族大陸に帰ったらしばらくブラックが独り占めのターンになるので
なにとぞご了承ください…( ゚д゚ )クロツカァ
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