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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編
2.第三の奥さまと大胆な呼び名
しおりを挟む出鼻を盛大にくじかれてしまったが、ともかく今は爺ちゃん達に報告をするをするのが先決だ……というワケで、何故か憤っているブラックの背中を押しつつ俺達は会議室へと入った。
二度目の訪問だが、やっぱり椅子ではなく円になって座るこの感じは慣れない。
だって、会議室っていうにはあまりにもイメージと違い過ぎるんだもんな……。
紋様が薄ら浮かぶ美しい飴色の壁に囲まれた部屋には、円卓のようなテーブルが存在せず、大量のクッションと座椅子が円を作るように並んでいる。
そこに人々が座って会議をするってんだから、本当にアラビアンな感じだ。
とはいえ、今回は緊張するようなメンツではない。
ドービエル爺ちゃんと、マハさんと、お久しぶりの象獣人眼鏡青年のアンノーネさん。それと、俺とブラック……だと、入って来る前は思っていたのだが。
「あの……」
「おお、ツカサ達には紹介していなかったな。こっちの落ち着いた美しいメスは、わしの第三王妃であるエスレーン・アーティカヤだ。今までわしの尻拭いをしてくれていて執務に掛かり切りだったのだ」
「え……じゃあ、貴方がルードルドーナ……さんの……」
ドービエル爺ちゃんが両側に侍らせている、マハさん……と、もう一人の美女。
大人であるという事は分かるが、それでも美少女と言っても問題が無いくらいに若々しくて可愛らしい女性。高身長マッチョ美女のマハさんとは正反対の女性だが、しかし優しげな視線は、か弱そうな印象を持たせない。
群青に近い夜空の色のような綺麗なゆるふわ髪に、ほっそりとした輪郭。薄く紫色の光が入った青い瞳は蠱惑的で、その大きくほころぶ目にぴったりだ。
少女のよう……ということでスレンダーな印象だが、淡く綺麗な色の薄布を重ねてドレスのようになった可愛らしい服は、本当に砂漠の宮殿のお姫様のようで思わず見惚れてしまう。マハさんが肉体美の女神なら、エスレーンさんは姫かわいいの化身かな!? ……ご、ゴホン。いや、まあ、ともかく。
多分重いだろう装飾品もたくさん身に着けてメチャ気合が入ってるところは、やはり熊族の女というところなんだろうけど……まさかルードルドーナのお母さんとは。
失礼ながら息子さんはあんなに凄まじい性格なのに、ホントにどうして……。
ちょっと悲しみを覚えつつ見つめていると、エスレーンさんは俺達を見てニコリと花のような笑みを見せた。
「貴方達が、ウチのドーちゃんを助けてくれた人達なのね。本当にありがとう……! 人族は胡散臭い人ばっかりだと思ってたけど……貴方達は、クーちゃんが懐いてるだけあって、本当に良い人達なのね」
「く、クーちゃん……?」
「クロウクルワッハのことだ。エスレーンは誰に対しても友好的だからな、好きな者には、ついつい気安い呼び方をしてしまうのだ。ふふふ」
得意げに両腕で嫁二人を抱き寄せるドービエル爺ちゃんに、マハさんは頬を掻き、エスレーンさんは「やーん」と身をしならせる。
「んもうドーちゃん、私だってちゃんと出来るわよう。ねえマーちゃん」
「アンタの場合は世渡りが上手いって感じかねえ」
「んもうっ! マーちゃん!」
なんかもうお腹いっぱいだが、とりあえず仲良し夫婦なのは分かった。
エスレーンさんもちゃかりしてる所が有るみたいだけど、マハさんとの会話を考えると、やっぱり奥さん同士でも仲がいいみたいだな。
だったら何故三人ともあんな険悪な感じになっちゃったんだろう……。
やっぱ男兄弟だと何かと違って来るのかなぁ。
俺は一人っ子だからそこんとこが全然分かんないんだよな。こういうのは上と下に兄弟がいる尾井川が詳しそうなんだけど、俺ではどうしようもない。
獣人っていうのもあるし……うーん、今は考えるのをやめておこう。
とにかく、お母さん達は基本的にクロウの事も大事にしてくれてるのは分かった。
けど……クロウ自身のお母さんの事は、一度も話に出てこないんだよな。
何でだろう。
……クロウが前に「母上が大地に還ったあと」と言っていたけど……あれってつまり「天国へ行ってしまった」ってことなんだよな。
だとしたら、随分前にクロウのお母さんは亡くなってしまった事になる。
それを知ってるからマハさん達はクロウに対しても愛情を注いだんだろうけど、でも長い年月が経過してるなら、少しくらい話に出て来ても良いはず……だよな。
なのに、名前の一つも出さないなんて、本当にどうしてなんだろう。
爺ちゃんもマハさん達も、クロウのことは嫌っていないのに……。
「ゴホン……恐れながら陛下、もうそろそろ報告を聞いた方が良いのでは……」
「おっとそうだった。すまんなツカサ、ブラック。では、聞いて来た事を話してくれんか。【五候】も海征神牛王陛下も席を外しているが、後でわしが報告しておくでな」
アンノーネさんの横からのナイスアシストに、爺ちゃんは慌てて姿勢を正す。
彼はきっと「このままじゃずっとノロけられて話が出来ない」と思ったんだろう。いま初めてアンノーネさんと心が繋がった気がするよ、俺。
あ、でも、シーバさんとナルラトさんはどうしたんだろう。
まだ王宮に居ると思ってたんだけど、ここには来てないみたいだし……どうしたのか気にはなったけど、今はその話題を挟める雰囲気じゃない。
二人の事が気になりつつも、俺達は今まで見聞きして来た事を話した。
【黒い犬のクラウディア】のこと、彼に人族側の協力者である【教導】と仮面の男達、それに……どうも【嵐天角狼族】が協力しているらしいという事も。
……俺の中で眠っているクラウディアちゃんのこととか細かい事は省いたが、あの黒い犬の方のクラウディアが「王族を憎んでいる」という話と「裏切り者がいる」というような話をしていた事は伝えた。
もちろん、冒険者たちの様子や、彼らの曖昧な目的、傭兵達の違和感とか【教導】が何か怪しいヤツってももちゃんと伝えたぞ。
あ、でも……ケシスさん達の事は伏せちゃったな。本当なら協力してくれた良い人だと言いたかったんだけど、彼ら自身が何か隠しておいて欲しがってたし。
何か事情が有るんだろうけど……また出逢えたらお礼が言いたいな。
――――ともかく、短い間にかなりの濃厚な時間を過ごしてしまったので、報告もかなり長くなってしまった。
だけど、爺ちゃんとマハさん、エスレーンさんは一つも茶々を入れず、俺達の話をちゃんと聞いてくれた。特にエスレーンさんは、かなり真剣な表情だったな。
そんな三人に加えて、アンノーネさんも時折質問も交えたりしてくれたので、俺達もあまり躓かず全部の報告を終えることができたのだった。
「…………なるほど……王族への恨み、か」
「その【裏切り者】ってのが気になるね。城の構造を把握してたのも解せないし……仮にその黒犬が過去のアルカドア……【アルカドビア王朝】に繋がりが有るとしても、こちらに恨みを持つなんてワケがわからないよ」
ドービエル爺ちゃんの呟きに、マハさんが溜息を吐く。
そうなんだよな、結局「理不尽な憎しみで国を壊されそうです」に話が着地しちゃうから、余計にワケが分からなくなるんだ。
けど、エスレーンさんは少し違った感想を持ったみたいで。
「…………ねえ、ツーちゃん」
「エッ、あ、はい!」
うわビックリした。超絶可愛い声でヒロみたいな呼び方されたから、ちょっと混乱して体が跳ねちゃったよ。でも美女に名前を呼ばれるのは嬉しい……でなくて。
エスレーンさんの方を見ると、彼女は真剣な表情で俺を見た。
「その“クラウディア”という黒犬……操られているような感じはなかった?」
「え……いえ、あの……敵にしては凄く獣人気質で誇り高いっていうか……敵だってのが変に思えるくらい実直な人でしたけど、意識を操られてる感じはなかったです」
見たままを答えると、彼女はこてんと首を傾げる。
あざと可愛い。ウッ……豪快で男勝りなナイスバディマハさんも魅力的だけど、女という魅力をこれでもかと使うエスレーンさんも強力だ……!
これはつい好きに……イテテ背後でケツを思いっきりつねるなブラックやめろ。
言葉と視線で威嚇できないからって、ケツ肉に武力行使するんじゃない。
「そう……」
「どうしたエチュ、何か気になることでもあるのか」
だーもー爺ちゃんその色ボケマックスな呼び方で奥さんの名前呼ぶのやめて!!
マハさんの呼び方も真面目な顔して「マぁたん」だし、もうエスレーンさんの魅力を掻き消すくらいの衝撃だよ! なんでそんな呼び方なんだよ!
せめて公衆の面前ではちゃんと名前で呼んでください、俺が死んでしまいます。
「うん……あのねドーちゃん……私、マーちゃんが無事に帰ってくれるのか凄く不安になって、つい昨日占いをしてたんだけど……その時に、妙な結果が出たの」
「……?」
占いとはどういうことだ。
目を丸くしている俺達に、アンノーネさんが説明してくれた。
「エスレーン妃殿下の【デイェル】――――つまり特殊技能は【占術】です。【呪術】とは違い対象に何かする事は出来ませんが、その代わりにあらゆる物事の『少しだけ先』を寓意のように示す事が出来ます」
「つまり、予知ってことか」
ブラックの言葉にアンノーネさんは少し言いよどんだが、それが近いと頷く。
たぶん、そこまで明確に出てくるような結果ではないのだろう。例えば、夢のお告げみたいに、妙な回りくどさがあるのかもしれない。
それか……タロットカードみたいな物を使って占うのかな?
ともかく、少し先を確実に見れるんだから凄い事には違いない。
「その【占術】で……何が見えたんですか?」
俺の問いに、エスレーンさんは少し戸惑うような表情をして唇に細い指を当てた。
「…………支配者の札の下に、奴隷の札。……普通は勝利の予兆なんだけど、何故だか違う感じがして……」
「なるほど、だから誰か操られているのではないかと。……それは人族の冒険者たちの事ではないのか」
「ううん、違うのよドーちゃん。私が占ったのは【二角神熊族が無事かどうか】よ。マーちゃんだけじゃなく、お城に居た人達も心配だったから……ちょっと範囲が広くなって曖昧になるけど、でもお城の人だけじゃなく、クーちゃんやカーくんの事も心配だったから……どうしてもまず先に占いたかったの」
カーくん、とは怒りんぼ殿下ことカウルノス殿下のことだろうか。
やっぱりエスレーンさん的には殿下も愛する息子なんだなぁ。
……しかし、何が見えたって言うんだろう。
「エチュ、なにが見えたのだ?」
視線を絡み合わせて問うドービエル爺ちゃんに、エスレーンさんは答える。
「…………奴隷の札は、横に【女帝の札】と【臣下の札】があったの。つまりこれは、三つの高位の存在が“誰か”を支配しているって意味になる」
「その結果が“二角神熊族が無事かどうか”の願いに示されたって事は……」
「……裏切り者がどうのってのも、まんざら嘘じゃないってことかい?」
マハさんの言葉に、彼女は不安そうに頷く。
【占術】の制度がどこまでのものなのか俺達には分からないけど、でも彼女たちが深刻そうにしているって事は、きっと信じるに値する事なのだろう。
エスレーンさんの解釈が正しいのであれば、やっぱり裏切り者がいるのか。
そして、その人の状態によって「二角神熊族は無事ではない」と示しているってことなのか? でもそれって……範囲が広すぎて、一人なのか複数なのかも謎だよな。
しかも、支配と言っても誰が誰にって感じだし……。
「敵に対しての裏切り者なのか、それとも別の事かは、まだ詳しくわからないわ。でも敵が獣人として誠実な人だったなら……それもありえるのかなって」
エスレーンさんはそう言うが、彼女が一番不安そうだ。
ドービエル爺ちゃんとマハさんは、そんな彼女を安心させるように、二人で一緒に小さくたおやかな片手に触れていた。
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