異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編

33.美味い物の前では、何人も口を緩める1

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   ◆



 食事を作ったのなら、それを配膳しなさい。

 ……とかいう、聖書にありそうな言葉をパロッたアホみたいな言葉を思い浮かべてしまったが、そんな言葉がなくともソレは必然的な行為だ。

 食卓やその料理を待つ人が別室にいるなら、料理は必ず配膳される。
 配膳されない料理なんて失敗したものか賄い料理くらいだろう。でなきゃ、キッチン飯してる人くらいだ。大体は、ちゃんと食卓に乗せられるのである。

 まあ、つまり……何が言いたいのかと言うと……。

「……分かっちゃいたけど、やっぱり一緒に行く事になろうとは……」

 兜の中でモゴモゴと呟いただけなので誰にも聞こえていないが、緊張で口があまり開かなかったせいもあるかもしれない。
 ブラックがせっかく他人を装っているってのに、俺がボロだしちゃ仕方ないよな。今は緊張し過ぎな自分で良かったと思いつつも、しかしやはり緊張してしまう。

 だ、だって……。

「おい、ここにゃあ台車とかそういう便利なモンはねえのか? こんだけのデカブツを素手で運ばせやがって……」
「仕方ねえさ、獣人どもはこんな料理も片手で楽々運ぶんだ。やってやれなきゃオレサマ達がひ弱な人族だって笑われちまうぜ」

 そう。そうなのだ。
 俺達は、さっき作った料理を素手で。そう、あの大量の料理をお盆に乗せたり専用の輿に入れて肩に乗せたりして運んでいるのである。
 まるで小学校の配膳の時間だ。ああ悪夢がよみがえる……四組の高橋君が俺のクラスの前でカレーの大鍋をひっくり返して阿鼻叫喚になった悪夢が……。

 あの時は他のクラスが協力してカレーを分けてあげたり、配膳室のおばちゃん達に残り物を貰いに行ったんだよな……アレ実際は職員室の先生たちの物だったらしいけど。いや本当にありがたいよなそう言う時の大人の対応って……ってそんな感謝の思い出に浸っている場合ではない。

 ともかく俺達はさっき作った料理を、自分のその腕二本で支えているのである。
 ……これが普通の料理なら「そりゃ普通の事じゃん」となるんだが……いかんせん今回の料理は量がモンスター級だ。カニの身の蒸し物なんて、豚の丸焼き二頭分を重ねたくらいあるんじゃないかって量だもんな……食べ物を金属の箱に入れて担ぐ姿なんて俺は初めて見たぞ……。

 それに、俺が持ってるスープも寸胴鍋だ。
 こっそりと脚力強化の付加術【ラピッド】を掛けてるから今はギリギリ耐えられているけど、時折置いて手を休めないと持ち運べない。

 熱さなどは重要じゃないから、迅速さは求められてなくてそこはありがたいんだけども……それにしても、改めて獣人族との力の差を思い知らされるな。

 ブラックも相当な腕力と体力を持っているけど、純粋な力勝負だとやっぱりクロウには勝てない感じだもんな。……勝てないよな? 勝てない、はず……。

 し、しかし、あんなデカくて重い物を持てるんだから本当に異世界人は凄い。
 特にケシスさん……ブラックより細くていかにもトカゲ系の「悪そうで凄く軽薄な感じの男」なのに、しっかり力持ちで平気な顔をして料理を運んでるんだから凄いや。
 でも、こういうオッサンは大抵実力者なんだよな。トカゲ顔の悪役ですぐ斃されそうな雰囲気を出しているヤツに限って、めっちゃ強くて素早い暗殺者タイプだったりするんだぜ。俺は詳しいんだ。

 うーむ、今まで一人で料理を作ってたって言うけど、あの剛力のおかげで切り盛り出来てたのかも知れないな。いいなあ……やっぱ格好良さって力だよな!
 俺も早く筋肉を身に付けたいものだが、この寸胴鍋でヒイコラ言ってる時点で道は遠いよな……はぁ。今は頑張って運ばねば。

「おう、あそこだ。もうちょい頑張れよ。まずは【教導サマ】に配膳すんだ」
「……教導様?」

 あくまで粗野な感じを崩さず、怪訝そうな声でブラックが問う。
 これは、素の調子で言うなら何かに気が付いたような声音になっていただろう。

 だってキョードー様って初めて聞いた名前だもんな。
 もしかして俺達が知らない新たな敵の仲間なんだろうか。うう、扉が近付く度にまた緊張が増してきたぞ。ど、どうか鋭いヤツじゃありませんように……。

「ちょい待て」

 恐らくは王族などが使うのだろう部屋が有る、最上階の廊下の一区画。
 代わり映えのない廊下だが、しかし「位が上の存在」の権威を高めるためか、燭台や装飾などが施された廊下で、ケシスさんは立ち止まる。

 もうすぐそこに目当ての扉が有るみたいだが、彼は俺達に囁くように告げた。

「今から会う【教導サマ】は、厄介な相手でよ。何か聞かれても答えられなかったら、素直に頭を下げて『ご教授ください』って言うんだぞ。敬語使えよ?」
「んだそりゃ、教えたがりの講師か何かか?」
「さてな、オレサマは知らんが頭は良いんだろうさ。……行くぞ」

 ケシスさんが嫌そうな顔をしているが、そんなに面倒な人なのか。
 でも、講師……ブラック達の会話から察するに、多分、漢字だと「教導」だと思うが、人に教える立場の相手なら、多少は話しやすい人なのではなかろうか。

 いやでもヤな先生って学校にも居るしな。
 なんにせよ、油断は禁物ってヤツだな。

 俺は改めて気合を入れ直すと、入室のお伺いを立てて部屋に入ったケシスさんに続き、寸胴鍋をえっちらおっちら抱えながら中に入った。

「失礼します」

 丁寧に頭を下げて入る二人に合わせつつ、ちらりと部屋を見る。
 どうやらここは執務室のようで、色んな紙束が置かれた棚や大きな机が有る。俺達がマハさんと会った部屋とは少し違うようだが、壁にどこかの地図が張り付けられている所からして、完全プライベートな部屋っぽい。

 作戦室とかそういうのも兼ねた部屋なのかな。
 兜のおかげでキョロキョロと見回せるなと思いつつ、俺はブラック達に続き応接用のテーブルに食器を並べて、持って来た鍋や箱から料理を盛りつける。

 すると、どこにいたのか「おお」と低い声を漏らしながら誰かがテーブルに近付いてきた。その相手を見上げると――――。

「……!」
「お待たせして申し訳ありません。クラウディア様及び【教導サマ】の本日の夕食です。今回はこの傭兵達が料理を用意してくれました」

 ケシスさんが腰を折る向こう側。
 そこに居たのは――――長身のブラックすら軽くしのぐ、黒衣の大男だった。

 こ……こいつ……こいつまさか、黒い犬のクラウディアの横に常に居る【黒いローブの大男】なのか!? そうか、コイツが【教導様】っていうのか……!
 でもなんで教導様。もしや参謀とかそういうことなのか?

 早速大物の御登場とは、これはき、き、緊張する……。

「おお、これは素晴らしい……! まるで細やかな家庭料理……これで外がこのような暑苦しい風景でなければ、真逆の温かい我が家を思い出すところです」

 低くて、だけどブラック達のような感じとは違う、まるで上から押さえつけられるような凄く厳つく威圧感のある声。こんな狭い場所でも響きそうな恐ろしい声は、間近で耳を劈く雷のようだ。
 こんな声を聴いていたら、誰だって緊張してしまう。
 だけど、今は配膳に全力を尽くさねば……絶対に零さないぞ……。

「喜んで頂けたようで、光栄の至りです」
「はっはっは、いやぁ……君達は“骨食みの谷”から撤退してくれた傭兵だろう? 私達も君達の事は心配していたんだが、本当に無事でよかったよ」

 声に似合わぬ明るい雰囲気で俺達を労う【黒衣の大男】改め【教導様】は、こちらを疑う様子も無く素直に椅子に座って「いただきます」もなく食事を始める。
 まるで、持ってこられる事が当然であるというような感じだ。

 まあ、この世界で食べる前に「いただきます」やお祈りを擦るのって、特定の宗教や国の人だけだから変ではないんだけども。

 変な所に拘ってしまった俺だったが、ブラックはそんな事など気にせずに改めて頭を下げ、申し訳なさそうに言う。あ、あぶねえ。俺も頭を下げないとっ。

「……いえ、我々は敗走しました。本来なら、オレ達はここで切られてもおかしくない負け犬です。【教導様】に合わせる顔も無い存在でした……それに、仲間を見捨てて敗走するなど……」
「いや、ここは人族の大地ではない。それなのに、谷の防衛などと言う慣れぬことを君達に強いて壊滅させた責任は我々にもある。君達が悔やむ事ではないよ。だからこそ、クラウディア君も君達を労いこの城に好きなだけ滞在する事を許したわけだ。無論、私も反対する意思はないよ」
「しかし、オレ達は何の情報も……」
「我々が君達に望んだのは、斥候ではなく防衛だ。……私としては、この美味な食事を齎してくれただけでも充分に忠義を果たしてくれたと思っているがね。……ほっほう、いやぁこれは本当に美味いな。スープが絶品だ」

 ブラックの真面目な(感じを装った)謝罪も、相手には届いていない。
 ……というか、これは……ハナから傭兵に対しては期待してなかった感じだ。それに、傭兵達を谷に置いた事に関しても、黒い犬のクラウディアと同じく謝罪している。これは、トップ二人の総意ということだろうか。

 だけど、それほど素直に謝るならどうしてあんなことをしたんだ?

 しかも敗走して来た傭兵たった二人に対して「城で自由にしていい」だなんて、破格のお詫びのような気がする。料理は作らされたけど、でも本来ならどこの馬の骨とも知れない兵士をフリーパスにするなんて危険すぎるし……。
 それを考えると、この人達は本当に申し訳なく思ってるのかな。

 でも、なんだかおかしいよな。
 ……それだけ兵士の事を労ってくれるのに、外に居たのは様子がおかしな冒険者達だし……傭兵に至っては、何故かずっとポヤポヤしている。つまり、故意に彼らの意識を混濁させているんだ。

 それって、つまり傭兵や冒険者を「コマ」だと考えてるってことだろ。

 なのに俺達を労うなんて……一体どうなってるんだ。

「……本当に、よろしいんですか」

 ブラックが、美味そうにカニの身をむしって食べる【教導様】に言う。
 だが、相手はこちらを見ずにむしゃむしゃとローブの奥の顔を動かし、これみよがしにゴクンと食物を飲み込んだ。

 そうして――――暗い陰の奥の瞳を、こちらに向けた。

「捕まる弱者と逃げおおせる弱者……さてどちらも弱者とて、力を示す者はこれらをどう弱者と判断するか?」

 ……もしかして、これがケシスさんの言う『問いかけ』か?
 聞かれても何も答えられなかったら頭を下げろと言われたけど……。

「……明確な弱者は、前者であると思います。弱者とて、強者から逃げおおせる者は相手を屠る力がなくとも力あるもの。視点を変えれば、敗走した弱者は強者です」

 ブラックは、応えた。
 いや、挑むような問いかけに対して、あくまでも自分の考えを答えただけなのだ。

 その姿は、粗野な物言いと振る舞いでは隠しきれないほどの知性が見えた。

「…………ふふっ……傭兵にも、自尊心を持たず純粋な“能力至上主義”者がいるのだねえ。これは嬉しい事だ……混沌の昏き夜明けに感謝せねばなるまい」
「己を奮い立たせるただの捻くれた浅知恵です。どうかお笑いください」

 そう、俺達は「敗走した傭兵」なんだ。
 今の問いは「逃げた者にもそれ相応の能力が有る」みたいな答えだったけど、それでも、普通の傭兵なら雇われたのに逃げ出すってのは苦い失態だろう。

 だからこそ、ブラックは敢えて自分達を分かりやすく下げたんだ。

 けれど、そんな殊勝な態度は【教導様】のお気に召したようで。

「気の利いた言い回しも為せるか……ふむ! 気に入った! 君達は特別に我らの傍に仕える事を許そう! 戦に出せなくなってしまうが、クラウディア君の悲願が達成されるまで、ケシス君と共に我々の補助をして欲しい。もちろん給金は倍払おう。君達の事は、クラウディアに頼んでおくから安心しなさい」
「はっ……ありがたき幸せ」

 ブラックが腰を曲げたので、俺も慌てて頭を下げる。
 なんだかよく分からないけど……ブラックは教導様に気に入られたのか。

 今の問答で何故とは思うけど、黒い犬の方も謎の優しさだったしな……。

「おっと、引きとめて悪かったね。これだけの美味しい食事を冷ますなんて悪い事だ。さあ、次に持って行ってあげなさい」
「はっ……失礼いたします」

 今度は三人で頭を下げて、そそくさと部屋から出る。
 もっと詳しく【教導様】の様子や部屋の事を調べたい気持ちはあったけど、俺達は今相手に服従している兵士を装っている。素直に出るしかなかった。

「っはぁ~……マジで緊張するわ……いや本当、よく答えたなお前ら」
「いや、ちっと考えれば分かる事だろあんなの」
「そうかぁ? 雇い主や敵からすりゃ、逃げたモンはただの敗走者だ。そこに能力が有るなんて感心するヤツは、滅多にいねえだろうさ」
「何度も逃げられなきゃ相手の技量が分からないヤツの方が問題じゃねえか?」

 理解出来ない、とブラックは顔を歪めるが、そんな風に相手を的確に判断できるのはアンタくらいなもんですよ。普通の人は運よく逃げたと思いますってば。
 でも、熟練の技を持つ人が見たら、逃げ方ひとつも「上手い」か「下手」かってのが見えちゃうものなんだろうな。

 ……さっきの【教導様】の言った事って、そういう事を言いたかったのかな。

 見る人が見れば、敗走していても君達の技量は分かる……とか……。

 …………あれ、それってちょっと、危なくない?
 相手に力量を見抜かれてたとしたら、ブラックなんてヤバいんじゃ。
 コイツ、無精髭で故意に力量や容姿が低めに見えるようにしてるけども、それでも普通に強そうな見た目してるし……。

「かぁ~ったく傭兵の考えるこたぁわかんねぇな! まあいい、次行こうぜ」
「次はどこなんだ?」
「この砦みたいな城にゃあ二つの塔がくっついてるだろ。その物見の塔のどっちかに、いっつも詰めてるヤツがいるんだよ。あとは……下だな」
「下……」

 再び金属の輿を担いで歩き出す二人に付いて行きつつ、ケシスさんの次の言葉を窺うと、相手は少し嫌そうな顔をして地面に視線を向けた。

「ああ、下だ。……下には、バケモンがいるんだよ。熟練冒険者のオレサマでも戦いたくねえと思っちまうようなヤバいヤツがな……」

 下って、もしかして地下か。
 っていうかこの感じだと、なんかマハさん達が捕えられてそうな場所のような気がするんだけど。どう考えてもそうとしか考えられないんだけど!?

 いや待て、待つんだ俺。うろたえるのが早すぎるぞ。
 もしかしたら、そのヤバい奴も話が通じる人かもしれない。なら、付け入る隙は絶対に有るはずだ。対峙する前から諦めてちゃダメだよな。

 ……でも、やっぱり不安になってしまう。

 だってこの城に居る人達は、やっぱり何かがおかしいんだ。
 外で今も待機しているだろう冒険者達とは違う、妙な違和感がある感じのおかしさが、ずっと胸の中で解決できずにモヤモヤと渦巻いている。

 優し過ぎる大将のクラウディアに、敗走して来た上に意識がハッキリしている俺達を「スパイでは?」と疑いもせずに高待遇で受け入れる【教導様】……それに、いつも隣に居た相棒のセブケットさんの事を一度も口にしないケシスさん。
 何もかもが、違和感の薄霧に包まれているみたいだ。

 こんな状態で、本当にこの城に居座っても良いのだろうか。

 そんな不安がよぎったが、ここまで来た以上進まないワケにはいかない。
 マハさん達の無事や、敵の情報――そして俺は個人的にロクショウを探すために、なんとかギリギリまでこの城で有益な情報を集めなければ。

 そのためには、ヤバい奴ともしっかり会っておかないと。

「…………」

 とはいえ、やっぱり怖い物は怖い。
 どうか、ケシスさんの言う「ヤバい」が「人の話をまったく聞かない」とかいう、荒ぶる邪神タイプのヤバさじゃありませんように……。










※風邪を引いてしまい遅れました…
 スミマセン… ('、3)_ヽ)_

 
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