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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編
2.短気は損気
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部屋割りについてどうするかという問題はひとまず置いといて、俺達は早めの昼食をとる事になった。
正直、弟の暗殺を企てている危ない兄貴とクロウを一緒に食事させるのはな……と思ったのだが、昨日一昨日と同じ場所で食事をしていたのに、急に怒りんぼ殿下だけ別の場所で食べさせるのは不自然だったので、今回は俺達がクロウを挟み、左右をがっちり固めつつの食事となっている。
まあ、警戒しているとはいえ相手はまだ何も仕掛けて来てないし……一人で食事をして貰うのも、何か仲間外れみたいでイヤだしな。
それに、同じ釜の飯を食った仲っていう言葉も有る。
一緒にご飯を食べたり話し合ったりする事で、怒りんぼ殿下もクロウを殺そうとする気持ちを改めてくれるかもしれない。
限りなく薄いが、可能性はゼロではないだろう。
なんにせよ、俺がこの座の食事作りを一任されているのでクロウの椀に毒が入る心配も無い。だったらここはまず、殿下を懐柔してみるのもアリだ。
ってなワケで、まずは早めに消費したい果物や肉を振る舞ってみたのだが。
「…………」
「…………」
……見事に誰も喋らねえなオイ。
クロウは怒りんぼ殿下に遠慮してるから仕方ないとしても、ブラック、お前は一言の冗談くらい言うべきだろ。なんだ、クロウと怒りんぼ殿下の間に挟んだのを怒ってるとでもいうのか。仕方ないだろうアンタしか相手の攻撃に対応できないんだから。
それに俺だって右隣は怒りんぼ殿下なんだからな。
俺だっていつクロウが何かされるかと思うとちょっとここ怖いんだからな!?
恨むなら囲炉裏の構造を恨め、と思いつつロクと一緒に果物を齧って俺達も沈黙を守ってみるが……やっぱりなんだか居た堪れない。
危機が目の前に迫っている状態ではあるんだが、やっぱり俺は気の置けない仲間と一緒に食事をしているんなら、楽しく食事がしたい。
つーか、このまま沈黙の食卓じゃあ殿下を懐柔する事も出来ないじゃないか。
俺が話を切り出すと言うのも何だか納得がいかないが、ここはしょうがない。
オッサン三人よりもオトナな俺が、ビシッと決めてやろうじゃないか。
……えーと……とりあえず、無難に今後の事でも切り出す感じで。
「なあ。これから向かうのは、西の山脈だってのは聞いてるんだけどさ……具体的な道程ってどういうカンジなんだ?」
「ん? ツカサ君聞いてなかったの?」
「ぐっ、い、いや、間違ってたらイカンなと思って……」
車を牽いてくれるピロピロちゃんは賢いらしく、仮に砂漠で迷ったとしてもちゃんと街までたどり着いてくれるという話なので、間違いも何も無いんだが……でも、今後の事をおさらいしておくのは大事だろう。
そんな俺の苦し紛れの言葉を殊勝な心がけだと思ってくれたのか、ブラックは特に俺をいじることもなく説明してくれた。
「眼鏡象の話じゃ、いくつかの街と村を経由しながら【ネイリ山脈】に向かうらしいよ。車を牽く畜獣の速度は早くないらしいから、一週間で着けば早いんだって」
「うーん、かなりの道程なんだなぁ……。でも、ネイリ山脈って魔境って呼ばれてるんだろ? 俺達も街とかで一応色々用意した方が良いのかな」
ブラックは【宝剣・ヴリトラ】があるし、曜術も一級より上の“限定解除級”って最高位だから心配はないけど、俺とクロウが問題なのだ。
クロウの強さを疑う気持ちはないが、後ろから刺される事を考えるとせめて背中に鉄板でも仕込んでくれと頼み込むべきかと悩むし、俺は俺で死んだら生き返るって事を知られるのはちょっとマズいので、鎧を買うべきかと考えてしまう。
俺が曜術を使える事は怒りんぼ殿下も知ってるけど、グリモアと密接な関係がある【黒曜の使者】である事は知らないはずだ。
もし知られて、ひょんな事から「グリモアになれば俺を殺せる」と知ったら、俺の方を先に抹殺してクロウを闇討ちしかねない。クロウは優しいし繊細な所もあるから……俺が完全に死んだら、マジで危ないんだ。
…………もしもの話だし、俺だって死ぬ気はないけど……ホントの“万が一”ってのを考えれば、俺達が執心してる【銹地の書】の事も気にしておかないとな。
とはいえ、最悪の事態なんて出来れば考えたくないし、俺が誰かにやられて死んだらブラックは……なんてことは想像したくも無いけれど、この状況で一番死にやすいのは俺なのでそうも言っていられない。
怒りんぼ殿下の“本来の武力”は未知数だし、完全に回復したらどういう事態になるのかなんて想像もできないんだ。今のうちに考えておかないと。
最悪の事態までちゃんと考えて行動しないとな……。
――――そんな俺の考えを知ってか知らずか、街で装備を整えた方が良いのかと聞いた俺に、ブラックは片眉を眉間に寄せて小難しい顔で口を歪める。
「どうかなぁ……モンスターの強さも今のところ不明だし、どのくらい生息しているかも獣人風情じゃ調査なんかしてないだろうから……。でも、僕がいるんだしツカサ君はそのままでいいんじゃない?」
「またそんなお前は……」
それだけ自分の力を信用してるのは羨ましい気もするが、そんなこと言いきっても大丈夫だろうか。俺だって戦えるつもりだけど、正直アンタらの足を引っ張らないかといつも心配しちゃうレベルなんだからな。
敵の強さが分からない以上、やっぱ俺も鎧を買うべきでは……。
「おい、獣人風情とは何だザコの人族ごときが」
ってうわぁっ、急に会話に入って来るんじゃないよ怒りんぼ殿下!
しかも完全に喧嘩腰じゃないの。ブラックの“獣人風情”に怒ってるみたいだ。
ちょっともう、イラッとするのはわかるけど喧嘩はやめてくれよお!
「ハァ? 事実を言ったまでだが? 今から向かう土地の情報がほとんど知らされなかったって事は、故意に隠しているか情報が無いからだろ。そんな場所に王族サマをホイホイ連れて行く非常識さが“獣人”って言わなくてなんて言うんだよ」
「バカにするな!! あの化外の地を管理しているのは我ら誇り高きカンバカランだ、モンスターどもの駆逐は我々の役目、調査など当然やっておるわ!!」
えっ。なにその話、初めて聞いたんだけど。
あ、いや、よく考えると人族の貴族もほとんどが領地運営してたんだし、クロウ達の国だって王族が居るんだからどっかを治めてるのは当然か。
この大陸の地理は未だにわからないけど、一週間もかかる道程が全部国土だったんなら、アルクーダってホントにでっかい国なんだなぁ……。
「ほーお? じゃあその調査の結果ってのを見せて貰おうじゃないか。どんな凶悪なモンスターがいて、そいつらがどう分布し討伐の際にどうやったかの記録もあるって言うんだよな? まさか記録してないなんて言わないよなぁ?」
「おのれ……どこまでも愚弄しおって……! 丁度良い、ナイリ山脈の前に我が領地でお前達人族の度肝を抜いて野郎ではないか……ッ!!」
ひぃいっ、怒ってる、怒ってるってば!
もうなんでアンタってヤツは一々人を怒らせるような事言うんだよ!
いくら怒りんぼ殿下に勝ったからと言っても相手は王族だぞ、何かの間違いで俺達がお尋ね者にされちゃう事だってあるんだからな!?
「ああああのっ! ええとつまりここから先はカンバカランの領地って事でいいんですよね!? だから俺達は安心して旅が出来るってことですよね!?」
慌てて二人の間に割って入って話を中断させた俺に、怒りんぼ殿下はギロッと人を殺しそうな目を向けたが、その顔のまま意外と普通に返してきた。
「……全てが領地ではない。そもそも本来のカンバカラン領は王都から東の大河の中腹から河口を治めている、国内で一番広い領地だ」
「えっ……じゃあ、ナイリ山脈は飛び地ってことですか?」
どういう事だろうと目を丸くすると、俺の何かがちょっと胸を透かせたのか、怒りんぼ殿下は冷静さを取り戻して引き続き答えてくれる。
「お前のトシでよくそんな言葉を知っているな。そう、ナイリ山脈近辺は、かつて我々に歯向かったと言う王国のなれの果ての土地なのだ。特に旨味は無かったが、その土地のモンスターは凶暴だからな。最も戦闘力が優れている我々カンバカラン一族が代々その周辺の獣人達を守ってやっているのだ」
「じゃあ、山脈近くまでは……」
他の部族の土地なのか、それとも放棄された誰の物でも無い土地なのか。
俺には分からなくて途中で言葉を止める。その意図は伝わったのか、怒りんぼ殿下は素直に言葉を継いでくれた。
「海辺にはかつての国の民が住んでいたが、それも百年ほどで他の群れと混ざり合ってしまったそうだ。俺達はかつての王都に辺境守と呼ぶ者の居城を構えているが、そこの民は元々その王国の民の子孫ということになるな」
「へえー……」
「まあ、それはともかく……ナイリ山脈にいる【天眼魔狼族】の“群れ”と接触するにはそこから少し登らねばならん。あと敬語はやめろと言っただろう。普通に話せ」
「あ、は……うん、わかった……」
あんまり詳しい事は分からないが……要するに、敵だった国が滅んでしまったので、昔のアルクーダの王様がアフターケアとして、ナイリ山脈の凶暴なモンスターから民を守るためにカンバカランの領地をそこに置いたってことなのかな。
だとしたら、昔のアルクーダ国王も結構優しい人だったんだろうか。
それにしても百年ほどって……その国との戦争はそれ以上前のことなのか。
ついこの前までどこかの誰かと内乱(正確には、別の部族が国を奪おうとしての戦だったらしいが)をしていたってのに、本当に血気盛んな大陸だなぁ。
……いや、俺の世界も似たようなモンか。
「ともかく……お前達がそこまで我らの武力を疑うのであれば、我らが居城で俺達の一族がどれほどの武功を立てたのか存分に見せてやろうではないか。お前達脆弱な人族など到底敵わないほどの、モンスターの討伐記録をな!」
「そりゃお前ら数百年以上生きるんだから、どうしたって数は多くなるだろ。バカか」
「だーもーまたアンタは! と、ともかく今から向かうのは領地なんですね! えーと今はどのあたりかなー!」
もう付き合いきれなくて、席から立ち上がり窓の外を見やる。
ロクも俺の方に乗って外を眺めていると、砂漠の先の方にまた岩の地面の荒野が見え始めた。うう、あ、あそこってあの怖いビジ族がいるところでは……。
「安心しろ、ビジ族は基本的に旅人が通る場所の近くに巣を作る。西方近くの荒野には、食えないモンスターしかいないから滅多に来ないのだ」
「クロウ」
背後から声が聞こえてきたのでちょっと驚いてしまったが、クロウもオッサン二人のバチバチした睨み合いから逃げて来たんだろうか。
居た堪れなくなる気持ちはわかるぞと見上げると、相手は目を細めた。
「だから、荒野を走る間はモンスターにだけ気を付けていれば……――」
「……?」
不意に、クロウが口を閉じて窓の外を見やった。
まるで何かを聞き取ろうとするかのように熊耳を忙しなく動かしているが、どうしたのだろうか。何か嫌な予感がして息を飲むと、クロウの背後でブラックと殿下が立ち上がったような音が聞こえる。
「ちょうどいい。お前達は俺の武力を知らなかったな。まだ半分行くかどうかの力しか取り戻せていないが、軽く捻って来てやる」
「ケッ、やれるもんならやってみろよ」
「えっ、え?」
勝手に話が進んでいるが、どういうことだ。
っていうか捻ってやるってなに。どういうこと?
良く分からず目を白黒させていると、怒りんぼ殿下が部屋の中に引きこんであった巨大な手綱を引いて、ピロピロちゃんを停止させてしまった。
ゆっくりと立ち止まる巨大な背中を窓から見つつ、俺は三人の顔を見やる。
クロウは無表情ながらも微妙そうな雰囲気だったが、ブラックは不機嫌そうに殿下を睨み、殿下はどこか勝ち誇ったような顔で何故か俺を見ていた。
え、あの、なんです。何が始まるっていうんです。
「お前達は窓から覗いていろ。本来の俺が、お前達など泣いてひれ伏すほどの力を持っているということを、その片鱗をしっかりと見るがいい」
力の片鱗ってことは……えっ、つまり敵か何かが来てるってことなんですか。
モンスターが近付いて来てるのか。でも俺には何も聞こえないぞ。荒野を見ても、何かが近付いてきているように思えない。
どういうことなんだと混乱するが、殿下はさっさと扉を開けて、階段を降ろす暇もなく飛び降りてしまった。わあっ、この車タラップがないと結構高いのに!
いやでも獣人は運動神経抜群なんだから大丈夫なのか。
慌てて窓の外を見やると、もう既に殿下は青鈍色の大地に降りて、こちらに来ようとするモノの出現を待っていた。
一体、何が来るのか。
殿下とクロウが見やる方向をジッと見つめて――――俺は、息を飲んだ。
「あっ……!」
青鈍色の大地が、蠢いている。
いや、あれは地面が動いてるんじゃない。“なにか”が体の毛を地面と同じ色にしてカモフラージュしながら向かって来ているんだ。
だったら何が。そう思って目を細め……俺は思わず目を見開いた。
「なっ……う、うそ……ビジ族!?」
「おかしい……何故こんな場所に……本来ならいないはずなのに」
クロウが珍しく驚いたような声を出している。
思わず感情が出てしまうくらい、珍しい事なのだろうか。
でも、ビジ族はこの前肉をたっぷり貰って満ち足りているはず。だとしたら、こうして旅人を襲う意味なんて無いはずなのに。
つーか何で俺達ばっかりこうヤバい的に出くわちまうんだよ!
ビジ族怖いんだよ、人のタマ引き千切って戦意喪失させるって聞いてるから、何かもう見るだけでいろんな部分がゾッとするんだってば!
「確かにおかしいな……あの“風葬の荒野”からここはそこそこ離れてる場所のはずなんだけどね。……何の目的が有って移動して来たんだ?」
ううう、ブラックもよくそんな冷静に考えられるな……。
いや、でも、俺に必要なのはこの冷静さなのかも知れない。タマヒュンしてないで、俺もビジ族が仕掛けて来るのを覚悟しておかないと。
……でも、殿下大丈夫なんだろうか。
いくら強いと言っても、ここから目視できるだけで五体のビジ族が来てるし……今の殿下はどのくらいの武力を備えているんだろう。
そこまで考えて、俺は「いや、待てよ」と思い直した。
なんだか変な事になってしまったけど、これってチャンスじゃないか?
殿下がどのくらい力を取り戻しているか分かれば、どんな手段で殺そうとして来るかも予測できるんじゃないだろうか。それに、相手がどんなワザを使うか事前に見て知っておけば、俺でも対処できるかもしれない。
ビジ族が襲ってきている理由はわからないけど……俺達は、殿下の戦いってヤツを見守ろうじゃないか。
万が一ピロピロちゃんが襲われた時も、俺達が対処しなきゃいけないんだしな!
→
※ツイッターで言っていた通り遅くなりました(;´Д`)
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