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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編
1.おさらいするのは大事なことです
しおりを挟むあたしは、なんにもなかった。
だけど、あの人たちが、いろんなものをくれた。
たべもの、おうち、かぞく、こころ。いっぱい、いっぱいもらった。
あったかいの、いっぱいもらった。
だから。
だからゆるさない。あたしは、ゆるさない。
あのひとたち――――おとうさんが、おかあさんがほめてくれた、つめ。
この、するどいつめで、あたしは、やくにたつんだ。
おとうさんと、おかあさんは“うそつき”じゃないって、しょ、めい……するんだ。
あたし、やくたたずじゃないもん。できるんだもん。だから。
でも、おかしいな。
つめたい。また、つめたいの。からだがつめたい。
とびかかったのに、へんだな。
とんじゃって、おちて、おなかあついのにさむいの。
じめん、あつい。すなで、あついのに。
『愚か者が。脆弱な爪でよくもそこまで己を過信出来るものだな』
『獣人族は力こそ全てと聞きます。ならば、幼子でも仕方ないのでは』
『あやつらのメス娘に何の知恵がある? 弱いメスがどうオスに敵うというのだ』
めのまえ、どろどろしてる。もう、ぜんぶまざってて、みえない。
にくい。イヤだ。ころす。ころしたいのに、できない。
しょ、めいが、できないよ。
おとうさん、おかあさん。おとうさん、おか、さん。クラ……でぃ、ぁ……も……。
『ははは、これは手厳しい……ですがまあ、暴君と悪妃の娘など、生きていても何も良い事はないでしょうからな。ここで大地に還してやるのも慈悲と言えましょう』
『解っておるではないか。……のワリに、お前は……だな』
にく、い。
ゆるさ……ない……。
『我々……は、混……世を…………』
『…………も、そろそろ始末……』
『……様の国……』
ねむ、い。
く、や……しい……。
くや、しい。
あた、し……が……あ、た……し……みん、な……の、しょ、めい……。
『どうせ、十年も経てば忘却の彼方よ。我らは座して待てばよい。我らの繁栄をな』
そんなこと、させない。
窓の外に広がるのは、黄土色の砂の海。
時折遠くの方に山の影や植物が見えるが、それ以外は実に退屈だ。
だが、そんな砂漠を快適に進む事が出来るのは、なんてったってデッカくて可愛いモンスターちゃんが乗り物を牽いてくれているからだろう。
「それにしても快適な旅だよなぁ……暑かった砂漠がこんなに快適なんて……」
「キュ~」
「ロクも驚いちゃうよな」
俺の隣で窓に張り付いて外を見ている、超絶ラブリーな黒いヘビトカゲのロクショウも、ちっちゃな手を窓に当てて、背中のコウモリ羽と尻尾をパタパタさせている。
そんな可愛い相棒に思わず幸せで鼻の奥が熱くなりながら、俺は再度熱砂だらけの外を見やった。
歩きだと容赦ない直射日光と照り返しで死を覚悟するレベルだというのに、しっかりと断熱された馬車……というかピロ車の中は快適だし涼しさすらある。
触れている窓も「ぬるい」って程度だし……マジで謎の技術だよなぁコレ。
エアコンもないのにこの快適さってのは、まさに異世界としか言えなかった。
……しかし、異世界らしいと言うなら、最大の異世界らしさがまだあるぞ。
なんせこの馬車……いやピロ車は……三つ角が生えた超巨大サイズなカピバラの【アティカール】――通称ピロピロちゃんに牽かれて走っているんだからな!
巨大カピバラが馬の代わりとは、本当に不思議な世界だよ。
馬車を牽くというと、人族の世界では毛深い牛みたいなカバみたいな馬のヒポカムちゃんがいるが、所変われば品代わるってのは本当なんだなぁ……。
でも、クロウが言うには、人の手助けをしてくれるモンスターは珍しいらしい。獣人は自分のパワーで何とかしちゃうから、あまり【畜獣】は見かけないのだそうだ。
だもんで、こういうのを使うのは商人か金持ちくらいなのだそうだが……まあ、俺らは王族のツレだからな。うん。
「しっかし……これから数日怒りんぼ殿下と一緒とは……大丈夫かなぁ……」
「キュゥウ……」
車窓を見ながらの俺の呟きに、ロクも不安そうだ。
まあそうだよなあ。
なんせ、俺達がこの豪華な馬車に乗っているのは――――ベーマス大陸唯一の国であり最大の“群れ”である【武神獣王国・アルクーダ】の第一王子、戦竜殿下こと……カウルノス・カンバカラン殿下のお付きをするためだからな。
……表向きは、だけど。
「…………本当に、暗殺なんてやらかすんだろうか……」
「キュー……」
俺の不安が伝わったのか、ロクがよじよじと腕を登って肩に乗って来る。
そうして、頬に頭を擦りつけて慰めてくれるロクに和みながら、俺は出発前の事を思い出して小さく息を吐く。
――ベーマス大陸で最強と言われる“海征神牛王”こと、チャラ牛王マインジャック・ジャルバンスの命令で「三王の試練を行う一人【天眼魔狼族】の王に会いに西方の山脈に行け」と命令された俺達は、慌ただしく準備を行い今朝出発した。
なんでそんな事を俺達がしなきゃ行けないのかってのは、俺が怒りんぼ殿下……カウルノス殿下が元の力を取り戻すために、料理を作ったり曜気を与えたりしなきゃいけないからだ。……殿下には未だに料理しか受け入れられていないが、この旅の途中でしっかり完全回復してこいってことで、俺達がお供になったのである。
護衛もつけりゃいいのにと思ったが、獣人族はリーダーが一番強いってことで、そのリーダーが護衛をつけてると舐められるからダメだったらしい。
何だかよく分からない文化だが、でもまあ……俺達には、都合が良い。
だって、俺が今溜息を吐いている理由を考えると、俺達四人だけの方が……クロウの事を守れるかもしれないからな。
「キュー」
「ロクも協力してくれるんだよな。へへ……」
俺が考えている事が分かったのか、自分も自分もとロクが視界に顔を突き出す。
その可愛さに苦笑して、俺は窓辺から離れた。
「なんにせよ……俺がしっかりしないと……!」
「キュー!」
そう、くよくよしていても始まらない。
最悪の事態を招かないためにも、俺は気合を入れなければいけないのだ。
溜息の原因……――――血の繋がった兄が、弟であるクロウを旅の途中で暗殺しようと企んでいる……ってことをブラックと阻止しないといけないからな!
そのためにも、常に怒りんぼ殿下や周囲を警戒して、ブラックと一緒にクロウの事を守らないと。これからは寝首をかかれないように注意が必要だな。
まあでも……とりあえずは、部屋に鍵を掛けて見張っておけばいいと思うが。
「……それにしても、ちょっとした小さな一軒家くらいの構造でよかったなぁ……」
そう言いながら振り返った俺の目に映るのは、出入り口兼リビングだ。
馬車と同じような物だと考えた矢先に何を言っているんだと思われそうだが、本当に俺がいる場所は「ピロ車の中のリビング」なのである。
……車を牽いてくれるピロピロちゃんが二階建てレベルの大きさだからなのか、それとも王族だからなのか、なんとピロ車も小さな二階建て構造なのである。
とはいえ、さすがにそこまで広くはない。
煮炊き場として囲炉裏のようなものがが中央に置かれた居間が一階にあり、その隅に小さな階段が作ってあって、そこを上ると二つ部屋がある。決して広いワケではないが、大きな体のクロウやブラックが足を延ばして寝られる程度には広かった。
それだけの作りだけど、俺からすれば家が動いているような物だ。
殿下は入った時に「狭い」と呟いていたが、平民の俺からすれば嫌味でしかない。
ともかく、ピロ車というのはかなり凄い構造だった。
みんな平然と見てたから、たぶんこういうのが普通なんだろうな。
商人は色々荷物を運ぶからデカい入れ物が必要だろうし、砂漠じゃ街だって滅多に辿り着けないだろうしな。俺の世界じゃキャンピングカーだけど、こっちでは魔法が存在するからこうなったんだろう。
まあ、なんにせよ、暑さや寒さに苦労しなくて良いのはありがたい。
クロウを守るのだって、扉や壁っていう盾が存在すればだいぶ安心出来るしな。
「まあトイレが外で水が限られてるってのは頂けないけど……」
「キュ~」
ピロ車で唯一不満があるとするなら、やはりそこだろう。
砂漠じゃ水は貴重だから、あまり体を洗ったり洗濯したりできないので洗い場など存在しない。トイレも外だ。というか、馬車にバルコニーみたいな所が作ってあって、ええと……その先は言いたくない。昔の船みたいなカンジだ、とは言っておこう。
ともかく、徹底的に水を使わない構造なのだ。
俺はチート能力で水が無限に出せるけど……風呂はどうやって入ろうか。
殿下に手の内を知られると、いざって時にクロウを守れないかもだし、ここからは術を使うにも慎重を期さないとな……。
「えっ、なに? ツカサ君お風呂入りたいの?」
「ぎゃっ」
耳元で急にオッサンの声がして、耳がぞわぞわっとなる。低い声がじんわり頭の中に入って来る感覚に慌てて飛び退くと、ブラックが不満げに口をとがらせた。
「も~、ツカサ君飛び退くなんて酷いよ~!」
「あ、アンタが急に耳元で喋るからだろ!? い、いつからいたんだよ!」
「え? 一軒家~のところからだけど」
だいぶ前からいたなオイ。
それならそうと言え、と眉間に皺を寄せると、ブラックは無精髭の頬を膨らませて俺の方に再び近付いて来る。……相変わらず大人げない表情だなぁ。
つーか、オッサンにそんな顔をされても微塵も可愛くないんだが。
「で、なんか用か?」
「ああうん、上の部屋のことなんだけど、一つはあのクソ殿下が強引に自分のモノにしたじゃない? だから、どうしようかなと思って。……さすがに隣に駄熊を置いておくワケにもいかないしさ。……まあ出発してすぐに動くワケは無いだろうから、今は放置してるけど、今後はそうもいかないだろうし」
あ、そうだ。
よくよく考えたら、殿下の部屋の隣にクロウを寝せたら危ないじゃん!
いやでもどうしたもんかな……だからってクロウを今で寝かせるのも可哀想だ。
俺とブラックが見張るにしても、部屋は三人じゃ狭いから……。
「……じゃあ、俺とクロウで常に一緒」
「却下却下却下絶対ヤだそれだけは反対!!」
「…………じゃーアンタがクロウと一緒に部屋で寝るか?」
「ゲェッ」
おい、さっき勢いよく「却下」してたくせに、なんで急に青ざめるんだ。
そんなに男二人の狭い相部屋が嫌なのかお前は。
「あのな、お前いっつも俺と二人で部屋借りてるだろ」
「ツカサ君は僕の恋人だから当然じゃん! それにツカサ君はちっちゃくて柔らかくて可愛いから全然部屋の狭さなんて感じないもん! けど熊公はデカいしオスじゃん! あの狭い部屋で二人きりとか拷問でしかないよヤダヤダ絶対ヤダーッ!」
「お前なぁ……」
誰がちっちゃくて柔らかいだ。この世界の奴らが長身ばっかりすぎるだけだ。
あと、いつも思うが俺に可愛いとか思うのお前らだけだぞ。
一つ一つ懇切丁寧に間違いを指摘してやりたい所だったが、そうするとヤブヘビになりそうな予感がしたので話を進める。
「じゃあどうすんだよ。クロウをココに寝かせるのは反対だぞ。どっちかがクロウに常に付いててやらなきゃ、守るモンも守れないぞ。俺がクロウと部屋で寝……」
「それも反対。っていうか、番ならロクショウ君に任せておけばいいじゃん」
「キュキュ?」
「ロクに過度なストレスを与えるんじゃないッ! はー……どうするかなぁ」
アレもダメ、コレもダメって、どうすりゃいいのよ。
このぶんだと、俺がクロウと一緒に部屋で待機するのが一番だと思うんだが、それをブラックは許してくれそうにない。
どうしたもんかとブラックの顔を見上げると、相手は胸をドンと叩いて「任せなさい」と言わんばかりに背を反らした。
「ふふーん、そこは任せてよっ。僕がばっちり警戒してあげるから!」
「えぇ……? 大丈夫かな……」
そういうと、ブラックは雄々しい太い眉をいかにも悲しそうにハの字にする。
「ツカサ君たら……僕が“月の曜術師”だってこと、忘れてない……? 僕が【索敵】も大得意なの忘れちゃったの……?」
「いや、お、覚えてる覚えてるって! でもなんでソレ?」
「だから、僕が常時【索敵】をしておけば熊公の部屋にクソ殿下が入って来ても、すぐにわかるでしょ? ツカサ君がいるなら熊公が致命傷を負っても手遅れにはならないだろうし。だから、そんな風に警戒心剥き出しにしなくても大丈夫だって」
「お、お前なぁ……致命傷は大丈夫じゃすまないだろ……」
俺にだって治せるモノと治せないモノがあるだろうに。
そんな風に言うが、ブラックは自分の術に絶対の自信を持っているのか、これなら必要以上に恐れることはないの一点張りだ。
そんな自信が逆に不安だったのだが……でも、ブラックだって歴戦の冒険者なんだし、そもそも見た目は魔法使い崩れの山賊みたいだけど実力はホンモノだし……俺だっていつも助けて貰ってるんだから、信じないのも不義理かも知れない。
自分の実力を認めて貰えてないって、地味にショックだからなぁ。
そう考えたら、俺が不安がるのもダメだよな。
ずっと一緒に居た仲間でもあるし、それに……こ……恋人、なんだから。
ブラックの力が疑う必要も無いくらい凄いってのは、俺も何度も目撃している。
だったら、俺が一番ブラックのことを頼りにしてやらなきゃな。
俺だって……ブラックに頼られるのは、う……嬉し……ああもう今のナシナシ。
ともかく、そう言うんなら任せてみよう。
こちらが警戒していると知られたら、相手も俺達に気取られないような作戦を組み立てて来るかも知れない。そうなったら、万が一ってこともある。
俺達が「暗殺計画」を知っていると勘付かれないように動くのが最優先だ。
そうでなけりゃ、クロウにも知られちゃうからな。
「……でも、無理とかするなよ?」
【索敵】が得意とは言え、術を何度も使えばブラックだって疲れるだろう。
無茶はするなと無精髭だらけの顔を見上げた俺に、相手は何故か嬉しそうに顔を緩めてニンマリと笑った。
「えへ……ツカサくぅん……」
「わっ、だ、だから抱き着いてくるなってば!」
「キュ~」
ああ、呆れないでロクちゃん。
いつもながら本当にスキンシップが過多すぎるなこのオッサンは。
でも……これから頑張ってくれるんだし、俺も……ブラックやクロウが休めるように、頑張ってサポートしないとな。
暗殺者が横に居ても、休息は大事だ。
二人がいつでも動けるように、俺も頑張って……えーと……。
とりあえず、掃除洗濯と美味しい料理を頑張って作るか!
「そこで戦うとかじゃなくて、家事になるのホント可愛いなぁ」
「だから心を読むなって!」
アンタいつもどうやって俺の心の声読んでるの!?
プライバシーなくなるからホントにやめて!
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