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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編
6.聖獣の大地1
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「ツカサさん、僕……この船に残ります。一度ラッタディアに帰って、そして……僕が、どうやったら立派な大人になれるのか考えます」
下船を目の前にして慌ただしく動く従業員達の中、リーブ君が俺を見上げて言う。
今までもリーブ君は美少年だったけど……あの時大泣きしてからは、どこか一回り大きくなったみたいで、もう既に彼は目標にする大人に近付いているみたいだった。
色々あったけど、リーブ君が泣くような事にならないで済んでよかったよ。
厨房支配人のお気に入りで優遇されていたとはいえ、リーブ君自体は何も知らずに煽てられてただ増長してただけだもんな。……まあ、乗船前も結構大人をナメている感じはしたけど、それでも元々はちゃんと反省できるイイコだったのだから、これからは変な大人の口車に乗らず、真っ当に愛される男の子になってほしい。
俺はイケメンは嫌いだけど、子供はやっぱりどんな子でも可愛いもんな。
出来ればいつも笑顔で居て欲しいと思うので、リーブ君があれから奮起してくれて本当に良かった。……でも、この船で一人で大丈夫かな。
「リーブ君、帰りは大丈夫……?」
大海原を背にして立つ可愛い男の娘メイドさんなリーブ君に問いかけると、彼は俺の言葉に憂いなく勝気に笑って「えっへん」と胸を張った。
「僕も一人の立派なオスですから! ……正直、まだ悲しくは有るけど……バレバレの気遣いしてるくらい後ろめたい事をしてるヤツなんて、格好悪いからどうでもいいんです! だから僕は、イヤミなくらい笑顔で対抗してやろっかなって思います」
確かに、今の従業員達は俺やリーブ君に対してぎこちない態度だ。
だけどそれを気にしてたって始まらないもんな。そういう気持ちの切り替えに関しては、もうリーブ君は立派な大人のような気がした。
逆境が男を強くする……とはよく言ったもんだ。
……俺も結構逆境には挑戦していると思うんだけど、なんでこう肉体も精神も成長しないんだろうな……ふ、ふふ……いやまあ、俺の事は置いといて。
ともかく、これならリーブ君も大丈夫だろう。
むしろ……次に会う時は、リーブ君も昨今の魔法少女のように「可愛くて強い!」的な感じになってるかもしれない。俺はそういうシュミはないが、仲良くなった子が活躍しているのを見るのは嬉しい限りだ。
「リーブ君ならきっと、誰かを守ってあげられる強くて優しい立派な大人になれるよ。ラッタディアに寄った時は、きっと会いに行くからね」
「はいっ! 僕……そこのおじさんみたいに、ツカサさんを軽々と抱っこできるようなでっかい大人になりますっ!」
「は……ハハ……た、楽しみにしてるよ……」
それはちょっと、目指さない方が良いんじゃないかな……。
だってこのオッサン、俺が嫌がってるのに「ツカサ君もベーマスの大地を甲板の上で見たいよね!」とか言って俺をお姫様抱っこして連れてくるようなヤツだし。
そもそも俺が動けないのは、コイツがさっきまでケツを酷使してたからだ。将来有望なリーブ君には決して真似をして欲しくないオッサンであるとしか……
「あれー? ツカサ君、なーんか失礼なこと考えてない?」
「ギクーッ、き、気のせい気のせい!!」
動揺しすぎてついギクーとか変な声を出してしまったが、悟られてはいけない。
ブラック達は異様に俺の心の中を読んでくるからな……ここは心頭滅却して、今のお姫様抱っこの状況から目を逸らす事にしよう。うん。もう考えまい。
てか、そもそも俺は乗客の前で恥ずかしい事を暴露されてるんだから、こんな格好してるのだって今更だよな……。は、はは……もう誰か俺を穴に埋めてくれ。
気持ちの良い青空の下、潮風に吹かれながら貴族っぽいオッサンのお姫様抱っこで乗客がわりといる甲板にイン。……どんだけチャレンジャーなんだ俺らは。
この場所の詳細を考えると改めて白目をむきそうになるが、もう海の向こう以外は何も見るまいと俺は顔をひきつらせながら遠くを見た。
が、そんな俺の努力をこのオッサンは。
「あっ、他の奴らの目が心配なの? 大丈夫だよツカサ君、むしろ羨ましそうな視線を感じるからこれは僕達の勝ちだよ!」
「どういう基準の勝ちなんだよそれは……頼むからせめて他の人に見られないような所に連れて行ってくれえ……」
「じゃあ操舵室にでもいく? あそこなら船の前方が見えるし、なんか船長が今回の事のお詫びに特別室を開けてくれてるみたいだよ」
「それを早く言えスカポンタンー!!」
もうこいつっ、コイツ絶対後で殴るっ、殴ってやるうううううううう!!
……はぁはぁ、い、いや、まあ良い。
ブラックが……というか船長さんが気を利かせてくれたのなら、そっちに早く行こうではないか。操舵室にいる船長さんや船員さんは元から俺に対して好意的で、凄く優しかったし、今回の事で俺がどうなるか察してそうしてくれたんだろう。
だったら、遠慮なく使わせて貰うっきゃないよな。
もうあと数分でベーマスが見えるらしいし、大陸が近付いて来たらこの船の人達と別れのあいさつを交わしておきたい。操舵室なら船員さん達にもついでに挨拶をしておけるし、一石二鳥ってヤツだ。
リーブ君には早めの別れを告げて、俺達は操舵室に向かうべく廊下へ降りた。
……と、後ろからクロウがついて来る。
「あっ、クロウ! 今までどこに居たんだ?」
ブラックからは「用事があるらしい」と聞いていたが、一体何の用事だったのか。
気になって抱っこされたままクロウを見ると、相手はいつもの無表情ながらまばたきをして、俺の頭を撫でて来た。な、なんだいきなり。
「ちょっと用事があった。……危険な事ではないから安心しろ」
「……? そ、それならいいけど……いやでも頭撫でるのやめて」
「むぅ」
こら。むぅ、じゃない。むぅ、じゃ。
相変わらずどっちのオッサンもあざとさ丸出しだなと呆れるが、そんな俺を気にすることもなく俺達は操舵室に到着した。
……この格好で。
もちろん、歓迎してはもらえたが……俺が恥ずかしがっているのを察したのか、船長さん達は何も言わずに快く操舵室の奥の特別室へ案内してくれた。
特別室は広くはないが、操舵室の機械装置が取り払われたような個室で、代わりに椅子が置かれている。その椅子が向いている方向はガラス張りの壁で、大海原が広がっていた。なるほど確かにこれは「特別室」だ。
誰にも気兼ねなくゆったりと外……しかも進行方向の風景を見られるなんて、貴族の部屋でも出来やしないもんな。
シンプルで小さな部屋だが、それでも「特別」な感動は確かにある。
ついワクワクしながら椅子に降ろして貰って、ガラスを見た俺は――――海を見る前に、ガラスにぼんやり映った自分の真っ赤な顔を見て固まった。
「………………」
……これは……確かに……船長さん達が察しても仕方ないな……。
頬が熱くてカッカしてるし、目も泳いでるし……あぁあ……なんでこう、関わりのない人よりも仲の良い人にガッツリこんな所を見られると、余計に恥ずかしいんだ。
相手が気を使ってくれるのがまた余計になんというか……うう……。
「ツカサ君たら顔が真っ赤で可愛いなぁ。ふ、ふへへ……」
「可愛いなツカサ……」
「も、もう無理、色々無理だから今は近寄るな!! あっそうだ、ほらロク~、もう出て来て大丈夫だぞ~!」
キュウマの白い空間に行った事で、いつもの服を着用して来る事が出来た俺は、懐に久しぶりにロクショウを潜ませていたのである。
ロクは可愛いトカゲヘビちゃんの姿をベストの中からぴょこんと見せ、周囲をキョロキョロと見回しながら俺の首にしゅるりと巻き付いて来た。
ああもう可愛いなロクはっ!
また思わず鼻の奥からアツいものが込み上げてきそうだったが、ぐっと堪えて俺はロクの小さな頭を撫でながらガラスの外を見やった。
俺がロクショウを噛まった事でブラック達も興ざめしたようだしなによりだ。
ふふふ、可愛いは絶対に勝つってやつだな。
含み笑いをしながら大海原の先をずっと見ていると――――何やら、赤茶けたものがうっすらと見えてくるような気がした。
ロクと一緒に目を凝らす俺の前に、徐々にその姿が見え始める。
「あ……」
小さな点から、徐々に横に広がって来る。
船が進むたびに大海原の終わりを見せるその大地は、なんとも奇怪なものだった。
「崖だらけで……木が、一か所にしかない……?」
そう。俺達の視界いっぱいに広がった大地は、様々な茶色で表現された大地と岩山で構成されており、どこもかしこも上陸を阻む崖になっていたのだ。
しかも、その崖の上には緑色が無い。
窓にくっつかんばかりの距離まで目を近付けて左右を探るが、しっかりと見ても緑や茶色以外の色味は一か所にしか確認できなかった。
船が進めそうな場所も、その“一か所”……いや、狭い一帯だけだ。
他の場所は、あまりにも高い崖すぎて誰も登れそうにない。そのうえ、崖の下には侵入者を阻むように岩の塔が何本も突出していた。
あれでは、恐らくは海流が荒れて小舟でも近付く事が出来ないだろう。
もっと遠く……進行方向から右の方へ行けば、うっすら緑色が見えるような気もするのだが……しかし今はどうにも確認できない。
大陸と言うだけあって、獣人の住むベーマス王国はかなりの規模のようだった。
「……ベーマスは、正しくは王国の名前ではない」
「え?」
不意にクロウが話を始めたので、変な声を出して相手を見やる。
だがクロウは俺やブラックを見返す事は無く、ただ窓の外の赤茶けた大陸を見て、俺達に説明を続けた。
「ベーマスとは、獣人達全てに伝わる神話に由来する大地の名前だ。かつて、大海の全てを制覇し、全てのモンスターを支配下に置き争いを平定したと言う、伝説上の巨大な獣人族……それが、ベーマス……俺達の言葉では聖王陛下という存在だ」
「え……じゃあ……神様みたいな存在ってことで……ベーマスはどういう……?」
問いかけた俺に、クロウは律儀に答えてくれた。
「オレ達にとって、ベーマスは我らの大陸の名前でもある。聖王陛下の伝説に因って創造された大陸はオレ達にとって聖なる場所だ。それゆえ、国を持たない獣人族も、揃ってここを“ベーマス”というのだ。……だが、人族はオレ達の“しきたり”を詳しくは理解出来ていない。ゆえに、一応の名称としてオレ達獣人族の住む大陸を一まとめにして【ベーマス王国】としているのだ。……これを知らねば、獣人達に侮られる」
「ふーん、じゃあ港を開いている国の名前はなんて言うんだ?」
興味なさげなブラックの声に、クロウは数秒黙る。
だが、どこか寂しげに目を細めると……表情のない声で呟いた。
「このベーマス大陸を事実上支配しているのは、聖王陛下の“まことなる亡骸”の地を勝ち取り街を作り上げた一族の国だ。その国が、唯一人族との交流を繋ぎ、船や物資を交わしている。その、国の名は……――――」
武神獣王国・アルクーダ。
――――そう呟いたクロウの横顔は、何故か苦しそうに歪んでいた。
→
※やはりちょと遅れました(;´Д`)
まだ入港してない…!!
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