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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編
聖獣の大地2
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「ついに……ベーマスに来たんだなぁ……」
ぽけーっと港を眺める俺の横で、ブラックとクロウは呆れたように俺を見る。
「来たって、もう数十分くらい経ってるんだけどねえ……早く宿でも探そうよぉ」
「まったく、随分な別れだったな……」
辟易したように声を漏らす両側のオッサン二人だが、まあそれも仕方ないだろう。
何故なら、俺達は今さっきまでずーっと人に囲まれていて、この港の景色もちゃんと見られなかったからだ。
……いや、べつに熱烈歓迎されたってワケでもないぞ。
クロウがさっき「別れ」と言ったように、俺は今までこの船に一緒に乗り合わせた人達と別れの挨拶を繰り返していたのだ。
そりゃあもう、何人だったか忘れるくらいに。
「……まあその……俺も、まさかあんなにサヨナラするとは思わなかったな……」
「だから言ったじゃないか。一番に降りてどっかに雲隠れした方が良いって! それなのに、ツカサ君たら律儀にあいさつしたいとか言って一緒に降りて男むさいザコのオス冒険者どもに囲まれて悔しいったらキーッ!」
「途中で発狂するな」
クロウがツッコミをいれるがブラックは収まらずにキイキイわめく。
ごめんごめん俺が悪かった、悪かったからそんなに元気な所を見せないでくれ。
いやでもさ、俺だってそんな事になるとは思わなかったんだから仕方ないじゃない。
船長さんや技師の人達だけでなく、俺に回復薬の材料を譲ってくれた商人さんや、あの時に助けてくれた冒険者さん達くらいには、別れを言うのが人情だろう。
だから俺は彼らと軽く挨拶を交わして街に行くつもりだったってのに、船の降り口の少し離れた所で冒険者の人達に挨拶してたら、あれよあれよと言う間に顔見知りになった商人さん達や知らない人が集まって来て囲まれて……。
「…………まさかあんなに人が来るとは思わなかった……」
思い出してゲッソリしてしまう俺に、クロウは無表情な顔で目を瞬かせる。
「当然の事だろう。ツカサはこの船を救った救世主であり恩人だ。それに、あの曜術の見事な操り方を見れば、お近づきになりたいという者も大勢出て来る」
「……あんな恥ずかしいこと暴露されて、リメインのために海に飛び込んだのに?」
しかも、メスっぽい子達は全員ブラックやクロウに目が向いてたっていうのに?
さっきの事を思い出してついつい詰るモードになってしまうが、クロウは俺の疑念に満ちた言葉に惑わされる事も無くこっくりと頷いた。
「あの場合は同情の方が強かっただろう。誰しも暴露されたくない事はあるはずだ。それに、ツカサは明確に周囲に攻撃されていたし、それを証言できる物は多数存在する。……そして、ツカサはあの男の甘言を突っぱねた。それだけやれば、忌避する心よりも共感する心の方が強くなる」
「……そういうもんかな……」
「そういうモノだ。大した事情も知らない他人は、表面でしか物事を見ない。だったら、あまり気にする事も無いだろう。どうせ奴らにはオレ達の事などなにもわからん」
「とはいえ擦り寄って来られると殺したくなるんだけどねえ」
大人でサバサバしたクロウの言葉に、ねっとりしたブラックの怨念が続く。
うん、まあ、ブラックの気持ちも正直ちょっと理解出来なくもないが、俺はどちらかと言えばクロウの大人な意見を参考にしたいかなぁ~。
……だめだ、この話題を続けてたらいつまでもブラックが殺意を捨てなさそうだ。
次の話題に進もうと思い、俺は一歩進んで踵を返し二人の顔を見た。
「と、とにかく! やっとベーマスに着いたんだから、まずは……えーと、どうする?」
まずは王都……この港を開いている【武神獣王国アルクーダ】の首都へ向かうべきなのだろうが、王様に会うのであれば用意も必要だ。シアンさんから連絡は行ってるらしいけど、相手も忙しいんだろうからまずはアポを取らないとな。
王様なんてアコール卿国のフレンドリーな国主卿が特別なだけで、普通はホイホイ会えるような存在でもないんだから、ここは慎重に行かないと。
「まずは、手紙を書いて返事を貰わなきゃ行けないと思うんだよ。だから、しばらくはこの港に滞在すべきだと思うんだけど……どうかな?」
俺が提案すると、クロウが「いや待て」と軽く手を上げる。
「それなら、次の街に移動した方が良いだろう。王都は“風葬の荒野”の先にある。己の足で歩くにしろ乗り物を手配するにしろ、待機するなら王都に近い町の方がいい」
「ふ、ふうそうの荒野って……」
風葬って、たしか亡くなった人を野ざらしにして自然に朽ちるのを任せる埋葬方法だよな……な、なんか凄い怖いんだけどそこ歩いていいの。
祟られるんじゃないかと思わず青ざめてしまった俺に、クロウは自分が何を言ったのかようやく気が付いたのか、上げた手を振って返した。
「ああ、いや、風葬の荒野は怖いところではないぞ」
「ほ、ほんと?」
クロウの顔を見上げると、相手は橙色の綺麗な目をゆっくり瞬かせ頷く。
そうして、本当に何でもないように続けた。
「戦で死んだものを置く場所に困って放置するための荒野というだけだ。戦うたびに肉が手に入るのはいいが、普通に腐るからな。だが荒野に置いておけば、そこいらのモンスターが勝手に処理してくれる」
「……うん…………うん? うんん……?」
「今なら、先の内乱の痕跡も無いだろう。モンスターどもは満腹で大人しくなっているはず。だから安心して通ると良いぞツカサ」
「うん……」
…………うん?
ちょっ……と、待って……?
なんか今、色々引っかかるようなことを説明されたような……?
「ともかく、港で一泊するのは避けられないだろうなぁ。手紙の件もそうだけど、次の街と言っても、距離があるんだろ? だったら色々準備しないと。面倒だけど今日の宿でも探そうか、ツカサ君」
「あ、う、うん……」
何だかはぐらかされたような気もするが、今は聞かない方が良い気がする。
そ、そうだな。気にしないでおこう。深く考えたら寝れない気がする。せっかく獣人の大陸に到着したってのに、しょっぱなからビクビクしてたんじゃ楽しめないしな。
俺はなにも聞かなかった、聞かなかったぞー! ハイ宿さがそう!!
「ツカサ君も難儀な性格だねえ」
「ムゥ……怖いなら俺が抱き締めていてもいいのだぞ」
「殺すぞクソ熊」
こんな殺伐とした会話にちょっとホッとする自分が憎らしい。
ともかく、気を取り直して早く街の方に入ろう。クロウが言うには、港に人族の為の街が併設してあるらしいんだよな。聞くところによると冒険者ギルドの出張所もあるという話だし、そこに行けば手紙も出せるかも知れない。
……しかし、クロウの話しぶりからすると「人族のため」というか思いっきり「出島」な感じがするんだけど、獣人もやっぱり人族を警戒しているんだろうか。
いやまあ戦が日常の国なら、外国人を慎重に見極めるのも当然だろうけど、こんな風に管理された街があるってのは何だか緊張する。もしかしたら、自分達も監視対象なのかなと思わず目で周囲を探ってしまうが、こんな事をするから怪しく見えるのかも知れないし……ああでも気になっちゃう。
だって俺の生活圏ではそんなことなかったし、俺の世界でベーマスみたいな国が存在してたとしても遠い世界の話だったから、妙に緊張しちゃうっていうか……!
なんかやらかしたらすぐ逮捕とか……い、いやいや、静かにしてればいいだけだ。
また怖くなってしまった。いかんいかん、気分を変えよう。
せっかく初めて来る場所なんだから、まずは楽しまないと。っていうか、そもそもの話……ここは俺にとってパラダイスなんだぞ。ケモミミ女子だらけな夢の世界なんだから、怯えるよりも楽しんだ方が万倍楽しいじゃないか。
そうだ。ここは楽しい事だけを考えよう。
【アルスノートリア】とか【銹地の書】とか色々頭が痛い問題はあるけど、気を張ってばかりいたんじゃ精神が摩耗してしまうしな!
それに、ここは弱肉強食の世界だし……しょっぱなから獣人の街に入るのはわりとハードル高そうだから、肩慣らしって事で丁度いいかもしれない。
よーし、そうと決まったらまずは観察だ!
このベーマス大陸もしっかり観光気分で記憶してやるぜっ。
「ツカサ君は青ざめたり元気になったり忙しいなぁ……」
「見ていて飽きん」
「可愛いけど、これで大人ぶるんだからへそが湯を沸かすっていうか」
外野がなんか失礼な事を言っているが無視しよう。
心を惑わされず、俺は“人族の為の街”の方へ向かいながら、ここはどんな所なのかとぐるりと港を見回した。
「うーん、やっぱ港からしてちょっと違うなぁ……」
獣人の国の港は、一言で言うと「黄土色」だ。
四角い石を敷き詰めた地面も、しっかりとした四角い形の倉庫も、木材や鋼材などは使用されていない。それらはすべて黄土色の大きな四角石で作られており、一見して触るとすぐに崩れてしまいそうな感じだったが、地面を軽く蹴った限りでは、人族の港のしっかりとした地面となんら変わりは無い。
むしろ、並べられた石の地面はこれ以上ないまでに完璧に詰まっており、紙一枚も隙間に通さないような完璧な造りになっていた。
石材をこんな風に綺麗な四角に切り取ることが出来るなんて、やっぱりこの世界の獣人族ってかなりの文明度だよな……フツーの話だと森の中とかに棲んでて、そのおかげで簡単な造りの家でも暮らしていけるって感じだったり、それか人族の大陸の村みたいに、質素な木製の小屋だったりするけど……。
……いやでも、高度な文明を作ってるって小説もあったよな。
クロウの故郷は、後者のタイプの獣人族なんだろうな。
倉庫も一見して四角い質素な倉庫だけど、こちらも完璧な詰み方で作られていて、こちらも紙一枚も差し込めないほど接合面がぴったりだ。
質素な外見だからといって、高度な文明でないとは言えないってことだな。
まあ……クロウも軍記とかの書物をよく読んでたって言ってたし、そういう記録媒体があって、ヘタすると人族以上に教養が有りそうな獣人が居るんだから当然か。
人族側とほぼ変わらない文明が有るのは確かなのかも。
だけど、建物に近付いてみるとやっぱりちょっと違うんだよな。
例えば倉庫の大きさは、基本的に人族の建物の倍は有る。搬入口もかなり大きい。そして、その倉庫を閉じるための扉には、様々な位置に取っ手が付いていた。
これは恐らく、獣人の背丈が多種多様だからだろう。
倉庫の扉の取っ手からすると、恐らくクロウよりもデカい獣人がいるっぽい。
作業員の建物も、人族の物より大きい感じだった。
でも、人族の家サイズの建物もあるな。
獣人の大陸では、種族に合わせた建物づくりが普通みたいだ。
そうなると……宿もサイズ別って感じなのかな?
でもクロウは旅をする時に「アレが小さいコレが不便」とは言わなかったから、多分他種族のサイズの宿でも泊まれるのだろう。背丈が違うとは言っても、そんな巨人と小人ってレベルまで違うわけじゃないからな。
でも、大きな家具とかあるんなら……ちょっと見てみたいかも。
王都に行くまでに見られるのかな? だとしたら楽しみだ。
今のところ、ラッタディアの気候よりちょっと暑いかなってぐらいだし、しっかりと暑さ対策をすれば問題ないだろう。
まだ倉庫しか見えてないけど、獣人の街に入るのが楽しみだ。
そう思うとついワクワクしてきて、はやる心を抑えながらブラック達と一緒に人族のための街に向かうべく倉庫エリアを抜けようとした。
――と……前方に見知った影を見つけて、俺達は止まる。
「あれ? あれって……ナルラトさん?」
街へ続く大通りの、端の方。
すこし隠れるようにして誰かと話しているナルラトさんが見える。船の中では獣耳をバンダナをつけて鼠人族であることを隠していたが、今は大きくて丸いネズミ耳を出して、ズボンから長いネズミのしっぽを浮かせている。
長らく耳を見ていなかったから見逃しそうだったが、あれは間違いなくナルラトさんだ。しかし、コソコソして何を話しているんだろう。ていうか、相手は誰だ?
色とりどりの糸で紋様が刺繍されたコートのような物を羽織っているが、まさかあの姿でスパイとか秘密調査員とかそういう人でもないだろうし……。
不思議に思っていると、不意にナルラトさんがこちらを向いた。
「あっ、ブラックの旦那達! ちょうど良かった、街に探しに行こうとしてたんですよ」
後ろめたそうな顔をする事も無く、ナルラトさんはこっちに向かって来る。
ってことは、別に深刻な話でも無かったのか。
ちょっとホッとして、近寄って来た相手を見上げると、バンダナを額に戻した相手は嬉しそうに目を細めて俺に笑ってくれる。
相変わらずの笑みに笑い返すと、ブラックが不機嫌そうに割って入って来た。
「で、なに? 僕らに何の用なのさ」
「おっ、落ち着いて下さいよ。何もしませんて。いや、お二人ともベーマスは初めてでしょう? “旦那”も、人族専用の街は入った事が無いはず。ですから、信用出来る宿に行く道すがら案内しようかと思いまして」
「えっ、ホント!?」
それはありがたい、と顔を明るくした俺に、ナルラトさんは嬉しそうに頷く。
「おうさ、任しとかんね! 俺がばっちり案内してやるからな。……旦那がたも、その服を早く着替えたいでしょう? 貴族服じゃ、戦闘も出来ませんし」
「まあ、それはそうだけど……」
「……ムゥ……」
二人ともなんで不満そうなんだよ。
もしかしてその服着慣れちゃったのか?
まあ、似合うかと言われたら、キッチリした服装のブラックとクロウは格好い……じゃなくて! ま、まあ、まあその、いいけど。着替えてもいいけどね!?
「き、着替えたいならもうさっさと案内して貰おうぜ! な!」
「ツカサ君なんで顔赤くなってるの?」
俺が変な事を想像してしまったのを目ざとく見つけたのか、ブラックがこちらの顔を覗き込んでくる。わっわっ、違う、なんでもないんだってば。
必死に顔を逸らそうとするが、そんな俺にクロウが言葉を畳み掛ける。
「なんだ、宿で交尾すると思って恥ずかしがっているのか」
「え~!? ホントぉ!? つ、ツカサ君ったらさっきセックスしたのにうへ、うへへ」
「だーーーーっ違うわばかー!!」
「…………もう案内していっすか?」
ごめん、ごめんよナルラトさん。
もうこのオッサン達放っておいて行こう。
なんでこう、このスケベオヤジどもは、そういう事ばかり言うんだろうか。
もう逆に羨ましくなってきた。このオッサン達に怖いものなんてないんだろうな……まあ、あの“風葬の荒野”とかいう場所を通るのには心強いけど……はぁ……。
……溜息を吐きつつ、俺達はナルラトさんの案内で街へと向かったのだった。
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