異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

1.プライドというのは厄介なもので1

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※今回も一挙二話更新です。話数にご注意下さい。



 
 
 どうして人っていうのは、プライドや慢心を捨てられないんだろうか。

 元はと言えば、俺が気楽に出かけたりなんかしたからこんな目に遭ったんだ。もう少し気を付けていれば、ヒロを怖い目に遭わせる事も無かった。
 あんなことをさせずに済んだんだ。

 そう思うと、自分が情けなくて、一矢報いようとして無様に返り討ちに在った自分の非力さが悔しくて、涙が出そうになる。
 だけどもうヒロの前で泣くことなんて出来なかった。

 そんなことをしたら……自分の中のなけなしのプライドまで、消し飛んでしまいそうだったから。

「つーちゃん……顔、腫れてない……? 大丈夫……?」

 二度目のヒロの家。リビングに通された俺は、ヒロの手当てを受けていた。
 手触りの良い革製らしきソファに座らされて、とにかく頭や鼻から出ている血を拭うために濡れタオルで顔を拭かれている。ここに座って、と言われた時は躊躇したが、ヒロは俺が汚れていたって構わなかったようだ。

 そんな友達思いのヒロに、ズキズキと心が痛む。
 だが、そんなことを顔に出したらヒロが一層悲しむだけだ。そう思い、俺は大丈夫だと示すようになんとか元気に頷いた。

「ああ、ヒロのおかげでだいぶ楽になったよ。でも、ソファとか色々汚してごめんな」
「そ、そんなのいいよ……つーちゃんが、ぶ、無事だったら、ぼく……。な、なんでも、するよ、今度はぼくが、かっ、か、看病、するから」

 必死にそう言いながら、ヒロは濡れタオルで俺の頬を拭う。

 とはいえ、不器用で他人の世話をした事が無いのだろうヒロは、水が滴るタオルで顔を拭いたり、着替えを持って来ておろおろしたりしていて、見ているこっちが心配になってしまうような有様だった。だけど、今はその姿にも笑えない。

「……ありがとな、ヒロ……」

 頬に当ててくれるタオルからじわじわと絞り切れていない水が押し出されて、俺の頬や首筋に伝って落ちて行く。俺が来ている服に染みを作る水の筋を見て、自分の手の拙さに恥じ入ったのか、ヒロは顔を真っ赤にして目を泳がせていた。
 その不器用さがいっそ可愛らしくて、やっとうっすら笑みが浮かぶ。

 大した傷じゃなかったのが幸いだけど……でも、やっぱり顔は痛い。
 そんな俺の表情に気付いたのか、ヒロは困り眉を更に困ったように歪めて、すぐに「ぼ、ぼく、やっぱり薬箱もってくる」と立ち上がって部屋を出て行ってしまった。

「…………情けねえなあ、俺……」

 一人呟いて、項垂れる。

 ……俺は昔から、ヒロを守っている。守ってやれている。そのつもりだった。

 婆ちゃんの田舎で出会った時から、コイツを守ってやらなくちゃって思って、今までずっとヒロを守っていた気でいたんだ。

 ――――気弱で、小さくて、繊細で泣き虫なヒロ。
 小さい頃は俺の方が大きくて、そんな俺を頼りにして後ろからついて来てくれるヒロに、俺は親分にでもなった気分でいつも胸を張ってみせていた。

 なのに……今日のあのザマはなんだ。守っていたと言うなら、どうしてあんな風な無様なとっ捕まり方をして、ヒロにもあんな酷い……俺を捕まえて殴っていた先輩を殴らせてしまうなんて事をさせてしまったんだ。

 これじゃ、俺が守って貰ったようなものじゃないか。
 しかも本来なら俺がやるべき事だった反撃を、ヒロにさせてしまった。

 きっと、繊細で寂しがり屋で怖がりなヒロは、あの時追い詰められていたんだ。俺が死ぬんじゃないかと思って、だから殴り掛かったのに違いない。
 勇気が有る。友達を助けようとしてくれて、うれしい。ヒロも成長したんだな。そうは思うけど……それ以上に、心が優しいヒロを追い詰めて暴力を振るわせてしまった事が大きな罪のようにしか思えなくて、俺は自分で自分の首を絞めたくなった。

 …………だけど、そんなのはただの独りよがりの自傷行為でしかない。
 自分で自分を罰する事で、俺は無意識に許されようとしているんだ。今までの冒険で、それは嫌と言うほど自覚してしまっていた。

 そう、俺はヒロを巻き込んでしまった事に耐えきれていない。だから、無理やり自分を痛めつけて許される落としどころを探そうとしているんだ。

 弱い。
 あまりにも情けなくて脆弱なプライドで泣きたくなる。

 そんなことをしてもヒロが他人に暴力を振るった事実は消えないのに……っ。

「訴えられたら……どうしよう……どうすればいい……?」

 人が人を殴る。
 そんなもの異世界じゃ普通の事で、こんなに悩んだりはしなかった。
 だけど、こちらの世界ではそうではない。人が人を傷付ける行為は、どんな理由があろうとも罰されてしまうのだ。例え……人を助ける為のものであっても。

 だからこそ、苦しかった。
 俺がヘマをやらかして捕まったせいで、ヒロは素直に逃げられなかった。俺が先輩達に酷い暴行を受けたから、ヒロは先輩を殴ってしまった。しかも、混乱していたせいなのか……一発ではなく、何度も。

 …………そんなの、こちらに「殴る理由」があったとしても、相手が訴えればそれで終わりだ。俺のせいで、ヒロが罪を被ってしまう。
 そんなの嫌だ。絶対に嫌だった。だけど、どうすればいいかわからない。

 どうやったらヒロを守れるのか。俺には、もう考えもつかなかった。

「っ……ぅ……」

 悔しい。涙が出てくる。
 自分の失態で、大事な友達の未来に傷をつけてしまう。その事実が、胸を掻き毟りたいぐらいの己への苛立ちと怒りを湧き立たせた。

 どうしたらいいんだろう。どうすればいい。
 俺が証言したって、相手が優秀な弁護士を雇えば無意味になるかも知れない。
 仮にこちらに味方してくれる人がいたとしても、相手は得体のしれない存在だ。何らかの地位を持っているあいつらに対抗できるかどうかも分からない。

 全部上手く行ったとしても、ヒロが人を殴った記憶は消えない。
 あんなに繊細で優しい相手に恐怖と暴力の記憶を植え付けてしまった。もう、頭の中でそればかりがグルグル回って、悲劇的な事以外なにも考えられなかった。

「つーちゃん、き、着替え……」
「っ……!」

 ヒロが戻ってきたのを耳で聞き、慌てて顔を拭う。
 濡れタオルでびしゃびしゃになった顔は、涙を流すのには都合が良かった。

「つーちゃん……?」
「な、なんでも、ないよ……。着替えありがとな、ヒロ……」
「う、ううん。す……すぐに、クリーニングに、出すから……」

 そう言って、ヒロは太い困り眉を緩めて緩んだ笑みを見せる。
 ……さっきは本当に怖かっただろうに。人を殴った衝撃は、消えていないだろうに。
 考えると、言葉が出なかった。

「…………」
「つ、つーちゃん……どしたの……?」
「…………ごめん……ごめんな、ヒロ……お前にあんな……暴力を振るわせて……。ヘタをしたら……お前が、つ……罪に……問われて……」

 声が、震える。
 そんなことを言いたくはないという俺のワガママな心が、目の奥を熱くした。
 だけど、ヒロは。

「……大丈夫、だよ。つーちゃん」

 いつの間にか俯いていた顔を上げると、ヒロは緩んだ笑みで目を細めた。
 あんな事が有ったあとなのに、まるで何とも無いような顔で。

「ヒロ……」
「ぼ、ぼく、ね……あの、時……あ、あいっ、あいつらの、脅してる、声……録音、してたんだ……。ぜ、全部、録れてるよ」
「えっ……!?」
「だから……あ、あいつらが、何、言って来たって平気、だからね……っ」

 安心して、と、ヒロに微笑まれて。

 ――――最悪なことに……一瞬、ホッとしてしまった。

 だけど、そうじゃない。いや、それも重要な事だと思う。でもそうじゃないんだ。
 「録音」のおかげで、ヒロが不当に責められることはないかもしれない。だけど。

「で、でも……でも、ヒロ……お前……俺、お前にあんなこと、させて……っ」

 お前の心に傷を残すようなことをさせてしまった。
 それはもう、取り返しがつかない。俺が、ヒロを傷付けてしまったも同然なんだ。

 何度も、何度も涙声になりそうで言葉が詰まり、堪えてやっとそう言う。
 自分の情けない所なんてつぶさに確認したくない。俺より傷付いただろう相手に、そのような同情を買うような姿なんてみせたくなかった。だけど、ヒロはそんな俺の顔をじっと見つめて、怒るでもなく嬉しそうに笑った。

「ぼ……ぼく……つーちゃんが、ぼくと……ずっと、一緒にいてくれたら……それで、いいよ……。苦しいことあっても、つーちゃんがいてくれたら、幸せだから……」
「ヒロ……」

 許すと言うのか。
 こんな、感情を押し殺しきれもせず同情を買うような態度を取っている、俺を。
 お前を守れずに怖い思いをさせてしまったのに、それでも……笑って……。

 ……瞠目して見上げる顔には、曇りなど一点も無い。
 それどころか、少し鋭い三白眼気味の眼を潤ませて、ヒロは俺の前で腕を広げてみせた。そのポーズは、もう何も言わずとも理解出来る。

 俺のことを微塵も嫌っていないとでもいうような、ヒロの純粋な甘え方だった。

「つーちゃん、ぎゅって、して……ぼくの、こっ、こと……。そ、それで……ずっと……ずっと……ぼくを、守ってくれる……つーちゃんで、いて……?」
「……ヒロ…………」

 大きな体が、俺を覆ってしまえそうなヒロの体がゆっくりと屈み、俺の胸に頬を擦りつけるようにして抱き着いて来る。腕の下に太い腕を通して暗に「抱き締め返して」と示している相手に、俺はただ望まれるがままの返答を返した。

 …………いや、そうじゃない。
 こんな時まで俺を気遣ってくれるヒロに申し訳なくて、ありがたくて、情けない自分をもう見せたくなくて……俺は、ヒロを力いっぱいぎゅうっと抱き締めたのだ。
 守ってやれなかったことも、自分の不甲斐なさもめいっぱい謝罪するように。

 そんな俺の腕にヒロは嬉しそうに笑って、俺の胸に頬を押し付ける。
 まるでこちらの心音を聞いているかのような行為は、俺が生きているのか不安がり確かめているようにも思えた。それが、いっそう悲しくて。

 ごめん、ごめんよヒロ。
 もう二度とあんな怖い思いなんてさせない。泣かせたりしないから。

 ぎゅっと抱きしめる体は大きくて、もう俺の手じゃ全部包んでやれない。そのことを寂しく思いながらも、俺は胸に押し付けられたヒロの頭を両腕で抱えた。








 電話を掛けるのは、三回目。

 今日は初めて一人で行う事が多い日だと考えつつ、野蕗のぶきはスマートフォンの画面を無言で見つめて番号を入力した。
 その番号は、今まで指で辿った事も無い番号だった。

 だが、野蕗は躊躇いなくその番号を入力すると、耳に当てて応答を待つ。
 ややあって繋がった相手は――――どこか怪訝そうな声だった。

『お前が俺に連絡して来るなんて、初めてじゃないのか野蕗。どうしたんだ』

 声の主は、奉祈師部ほうきしべ。つまりは今回の元凶である存在だ。
 野蕗はツカサに向ける時の表情とはまるで違う、感情の見えない顔で答えた。

「奉祈師部君に、話したいことが有って」

 短い言葉だったが、電話口の相手は息を呑んだようだった。

 ――――恐らく、野蕗の電話の意図を一瞬で見抜いたのだろう。

 さもありなん。野蕗自身、この状況になるまでツカサ以外の人間と連絡を取ろうなどと言う頭は無かった。だが今回ばかりは、動かざるを得なかったのである。
 例え、それが“自分とツカサの関係とは遠い存在”であっても。

『……まさか……潜祇に何かあったのか』
「一回しか言わない。証拠もすぐ送る。あとは、そっちでどうにかして」

 まるで感情の無い短い言葉の連続に、奉祈師部は黙る。
 だが野蕗は構わず音声データを添付すると、奉祈師部の端末に送った。

『お、おい……潜祇はどうしたんだ。無事なのか。無事なんだよな?』

 焦った声が聞こえる。
 その声に野蕗は僅かに「不快」を示す眉間の皺を作った。

「いいから、ファイル開いて聞いて。全部わかる」
『……わかった、電話を切らずにちょっと待ってろ』

 「あの時」の事が録音されている音声データ。
 ツカサと一緒にショッピングモールに行ってから「センパイ」という悪い奴らが逃げるまでの、今日の自分達の行動がわかるデータ。
 それを聞きさえすれば、誰もが「何が起こったか」を理解出来るだろう。

 野蕗は、静まり返る廊下で突っ立ったまま無言で相手の返答を待っていた。
 やがて電話口から相手の声が聞こえる。だがその潜めた声は……何故かこちらを警戒しているかのような、不可解な声だった。

『…………改竄の跡はなさそうだな。大体は把握した。……だが、まさかこんなことになるとは……』
「あ……あいつ、ら、つーちゃんを殴ったんだ。ぜ、絶対……許せない……」
『……わかった。これは俺の落ち度でもある。こっちで対応する。潜祇にも、気付かせないようにしよう。……アイツのことだ、知ったらまた自分を責めるだろうからな』

 分かったような事をいう、と、一瞬口が開きかけた。
 だが、無言の数秒で野蕗は出そうになった言葉を飲み込んで、別の言葉を返す。

「つ……つーちゃんを、怪我させた……あんな顔させたの、許せない……。だから……もう、二度と……つ、つーちゃんに、近付けさせないで」
『……ああ、わかった』

 謝りの言葉は、言わない。そうやって動く事は隠し通すつもりだった。
 何故なら、奉祈師部は短い付き合いながらも、ツカサを良く理解していたからだ。

 こちらが「危ない事に巻き込んですまない」と謝れば、ツカサは必ずその事に対して気に病むようになる。それがツカサの失態でなかろうとも、彼は常に相手の傷を慮り酷い事を言わないように気を配っていた。逆に誰かが一時でも自分のせいで不快な思いをすれば、自分が悪かったのだと思う事をやめない。

 ツカサの内面はともかく、彼は大事な人を思いやり過ぎるきらいがあった。

 ――――それは美徳でもあるが、過ぎれば自己憐憫か卑屈になりかねない。
 ツカサもそれを分かっているから、一人で悩み自分達に悟らせまいとする。相手の心を癒すためなら、自分の傷を隠してでも相手を気遣ってしまうのだ。

 だが、それは……恐らく、ある種の人間にとっては劇薬になってしまうだろう。

 奉祈師部が継いだ次の言葉は、そんな含みを持っているようなものだった。

『……ところで、野蕗。……この録音、どうして先輩どもと遭遇するずっと前から……始まってるんだ?』

 静かで、どこか相手のことを疑っているような言葉。
 だが、野蕗は眉一つ動かす事なく、薄らと「不快」を示した表情のままだった。

「つーちゃんと、二人きりで遊んだ思い出を、残すためだよ。……何か変?」

 相手が無言になる。
 その沈黙の意味は、野蕗には理解出来なかっただろう。

『…………いつもやってるのか』
「してない。……でも、もう、思い出が消えちゃうのは、いやなんだ」
『……そうか。思い出、か……』

 どこか安堵した様子の声は、何を考えての事か。
 野蕗には量りかねただろうが、はなから奉祈師部に対して興味がない野蕗には、それもどうでも良いことだったのかも知れない。

「用事は、それだけ」
『……迷惑をかけて、すまなかった。だが、お前、潜祇は今……』
「ぼくの家にいるから心配ないよ。……怪我は大したことないから。じゃあ」
『あっ、おい……』

 奉祈師部は何か問いかけたかったようだが、野蕗は構わずに通話を切る。
 そうして、光が漏れているドアの方を見やって薄らと笑った。

「…………つーちゃん、まだ寝てるかな。ゆ、夕食、いっしょに食べるかな……?」

 明らかに、声が弾む。
 通話の時の低く短い声とはまるで違う、喜びを含んだような声は、つい数時間前に人を殴り殺さんばかりに激昂していた男のものとは思えない。
 だが、その豹変に気付く者はいない。ツカサですら気が付く事は無いだろう。距離が近すぎるがゆえの盲目さは目を曇らせる。それは、誰もが同じだった。

 ツカサも、奉祈師部も、野蕗も、人の心を読む事は出来ない。


 相手が何を考えているかなど、解りようはずも無かった。











 
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