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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
3.しかも予想外の頼みごと
しおりを挟む「いやはや……驚かせてしまってすまなかったねえ。ちょっとしたオチャメのつもりだったんだが、刺激が強すぎたらしい」
のほほんと言いつつ、紅茶……のような色味だが良く見ると薄らと紫色をしているほんのり甘いナゾのお茶……を優雅に嗜む紳士なオジサマ。
その姿だけを見れば、兵士がつかの間の休息を取っているようにも思えるが、銀の鎧を着込んだおじさんの中身は全然兵士ではない。
それどころか、俺達が今滞在している【アコール卿国】の現・国王――この国では国主卿と呼ばれているが――なのだ。どうりで声に威厳があると思ったら、とんでもない人だよ。なんで兵士の格好をしてるんだ。
オチャメと言ったが、それでひっくり返ってしまった俺に謝ってほしい。
……が、一国の主にそんな事を言えるはずも無く、俺達は肩を縮めて大人しく茶をしばくしかなかったのだった。
しかし、ブラックは物怖じしない事に定評があるおじさんなので、またズケズケとヤバい事を言ってしまう。おいっ、不敬罪、不敬罪だぞ。
「自分よりも位が上の存在に驚かされて、そのまま素直に笑える奴がいるってんなら是非ともお目に掛かりたいもんだね。しかも冒険者に会うのに丸腰とは大した国王様だなあまったく」
そう言いながら、わざとらしくズズーッと音を立てて茶を啜るブラック。
行儀が悪い行為だと知ってるくせに敢えてそう言う事するんだから、まったく子供だよな。まあでも、一度ならず二度までも騙しおおせられてしまった相手が目の前で優雅に座っているとなったら、ちょっとチクッと言いたくなる気持ちも分かる。
特にブラックは気配に聡いし記憶力はS級な熟練冒険者だから、こういうからかいに気が付けなかったのが悔しいんだろうな。
…………ちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
ともかく、これでは話が進まない。
俺は場の空気を換えるために咳払いを一つ零すと、改めてラリーさん……いや、ローレンス国主卿陛下に向き直った。
「あの……ラゴメラ村での時も俺達の傍に居て下さったのは、何か理由が……?」
さすがに国王陛下が好き好んで兵士の格好をしているとは思えない。
ラゴメラ村で俺達の家を守ってくれていた時も、やっぱり何かの込み入った理由があるんじゃなかろうか。今回だってニセガネ事件のことがあるだろうし……。
そう思って問いかけたのだが、ローレンス陛下はハッハと笑って髭を撫でた。
「いやぁ、私は兵士になって歩き回るのが好きでねえ」
「…………」
「おっと、失敬失敬。変装をして散策するのが好きなのは本当のことなのだが、今はそういう冗談を言う場合ではなかったね。まあ君達も楽にしてくれたまえ。非公式の場でもあるし、口調なども気にしなくて良い」
「そ、そんなこと言われましても、国王様なのは確かなのに」
大人にタメ口で話すのもちょっと気になってしまうのに、めちゃくちゃハイランクな人に対してそんなフランクで良いのだろうか。世が世ならギロチンでは。
俺にチート物とかでよくある「王様にもタメ口の豪胆な主人公」的なムーブなんて出来るわけないんだから無茶言わないでくれ。アレは強いから出来る事だってば。
その考えの通り、実際に強いブラックは俺に対して非情な事を言って来る。
「ツカサ君、別に良いんだよ。国なんてモノを治めるくせに一人で街を出歩くようなヤツは、大概が変人だし礼儀なんて気にしないって」
「えぇん……」
思わず変な声を出してしまったが、まあ、おどおどしてても仕方ないしな……。
完全にタメグチってわけにはいかないが、気を楽にしていいならそう努めよう。
背筋を正して息を吐くと、そんな俺にローレンス陛下は笑った。
「ははは、相変わらず礼儀正しいねえ。ツカサ様……まあ、周囲に誤解されるので、今からはツカサ君と呼ばせて貰うが、君は本当に楽しい子だ」
「お、おほめにあずかりこうえいです」
「ははは、本当に謙虚な子だなあ。だけど、そんなに謙遜してばかりじゃあ進む話も進まなくなってしまうからね。雑談はひとまず置いといて、本題を話そうか」
そう言いつつもう一口カップに口を付けてから、ローレンス陛下は俺達を見た。
相手の穏やかだった眼差しは、どこか真剣さを含んでいる。
今まで胡乱な目を向けていたブラックとクロウは、その表情に「やっとか」という顔をしつつも何も言わずにカップを置いた。
「さて……君達にここまで来て貰ったのは、以前から【世界協定】に頼んでいた贋金事件のことと……それとは別に、ツカサ君に会いたかっ」
「ふざけると首が飛ぶぞ」
ブラックッ、こらっ、不敬罪!!
ギロチンが近付いて来るからやめろ!!
「はっはっは、ごめんごめん。いや、本当の『別件』はねぇ……実をいうと、君達が欲しがっている【アルスノートリア】という存在や【女神・イスゼル】と呼ばれる謎の存在に、少し心当たりが有ったからなんだ」
「えっ……!? ライクネスでもあまり分からなかったのに!?」
反射的にびっくりしてしまいローレンス陛……さんを見ると、相手は笑みを崩さずに、両手を組んでその上に顎を乗せた。
「うーん、そうだねえ。だけど、少なくとも我々は情報を共有できるよ。君達が知りたい敵対する相手の事に関して、有益なものを用意できると思う」
マジか。
なんて太っ腹なんだ……と俺は思ったのだが、ブラックはそうではなかったようで、やけに不機嫌そうな顔をして、ローレンスさんを睨みつけた。
「信用していいのか? お前らの上には常にライクネスが存在しているだろ。それを『我々は情報を共有できる』と妙な言い方をしているのは、何かの腹積もりがあるんじゃないのか。もうお前らの姦計に乗っかるのはごめんだ」
えっ。あっ、そっか。アコール卿国はライクネス王国から分かれた領土にある国だから、一応別々の国って事になってるけど、宗主国であるライクネスに対しては凄く従順なんだっけ。
だったら、ブラックの言う通り、何か変な事をになるかもしれない……。
なんたって、ライクネスの国王はヤなヤツだからな。
イケメンで意地悪でいけすかないってもう、俺の敵でしかないからな!!
そんなヤツが裏で糸を引いているとなると、さすがの俺も看過できないぞ。
どうなんだいローレンスさん、とばかりに見やると、相手は相変わらずの朗らかな笑みで「はっはっは」と笑って、また両手を小さく上げた降参のポーズを見せた。
「いやいや、我らの宗主様は随分警戒されてますなあ。まあ煮ても焼いても食えぬ方なので仕方ないと言えばそうなんだけども」
「宗主に向かってその言い方はいいのか」
クロウ、ナイスつっこみ。
しかしローレンスさんは「大丈夫」と言わんばかりに手を軽く振る。
「この程度で私を罷免なさるような宗主様であれば、私は就任した時からさらし首にでもされてますから。……それはそれとして、確かに今回の事は我らの独断……とは言い難いけども、それでも裁量はこちらに一任して頂いていますのでご安心を」
「つまり、他意はないってことで良いのか」
「そうだね。……そもそも、グリモアが発現してなお、平和が保たれている現状からすれば、我々としてもこの状態を崩したくないのだよ。また戦で疲弊するなんて、誰だって嫌だろう? 私もこの美しい街を壊されるのは我慢ならないし」
ずいぶん軽い言い方だけど、ローレンスさんは街に降りるのが好きだと言っていたし、もしかしたら本当にそう思っているのかも知れない。
好々爺っぽい人すぎて何を考えているのか分からないけど、紳士なのは確かだし、アコール卿国だって賑やかで平和なんだから、悪い人ではないよな。きっと。
悪い人が統治しているのにこんなに賑やかってのも何か変だし。
なので、一応信用すべきなのだと思うのだが。
そう思いブラック達を見やると、二人もこれ以上腹を探っても仕方が無いと思ったのか、ふうと呆れたような溜息を吐いて背凭れに体を預けた。
それを話して良いと言う合図に思ったのか、ローレンスさんは続ける。
「ま、気楽に聞いて欲しい。【世界協定】が頼んだ“おつかい”は、それほど難しい事でもないと思うからね」
「……どういうものなんだ」
問いかけたブラックに、ローレンスさんはニッコリと笑った。
「実は……このゾリオンヘリアでは、数日後に盛大な受勲式とそれにかこつけた祝宴が行われる事になっていてね。君達には、ソレに参加して欲しいんだ」
「えっ!? お、俺達一介の冒険者ですけど……」
「ああいや、参加と言っても、とある“お芝居”を披露して欲しいんだ」
お芝居を披露する。劇をやるって事かな?
だったら俺達は演者として参加するのか。
「僕達を旅芸人か何かと勘違いしてないか?」
「ヌゥ……そもそもオレは芝居は得意ではないぞ……」
いつも無表情で耳を定位置キープしているはずのクロウも、お芝居は本当に苦手なのか、思わず耳を伏せてしまっている。
ブラックも不機嫌だし、どうしたものか。
困ってしまってローレンスさんを見やると、相手は何度目かの笑い声を零した。
「ははは、それほど構えずとも大丈夫。動きや演技を過剰に行うお芝居ではないし、それに……このお芝居は君達にとって重要なカギになるかも知れないからね」
「カギ……?」
「何のことだ。贋金か? それとも……」
「ああ、それは見て貰わないことには……情報だけを持って行かれるなんて、いくらなんでも酷いと思わないかい?」
そう言いながらあからさまな態度で「よよよ」と泣くふりをしてみせるおじさん。
……この人、結構いい性格かもしれない。
ブラック達もそう感じ取ったのか、嫌そうな顔をして顎を引いていた。
いや、でも、お芝居が俺達にとって有益ってどういう事なんだろう。
「あの……どうせ受ける結果になるでしょうし、そこはもう良いんですが……有益な事って、俺達にとってという事ですか? ブラックが言うように、ニセガネの方なんですかね……」
この程度は明言してくれてもいいのでは、とローレンスさんに訴えかけるような目を向けると――――相手は、目を笑みに細めた。
「どっちも、と言ったら……君達は喜んでくれるかな?」
えっ……じゃあ、ニセガネの件も何か新しい事が分かるかも知れないってこと?
でも、今現在その事件で困って【世界協定】に調査をお願いしているのは、紛れもなくアコール卿国の方なのに、どうしてそんな風に言い切れるんだろう。
犯人が見つからないから調査しているんじゃないんだろうか。
……あっ、でも、もう目星がついているけど証拠が無いって所まで来ている可能性もあるよな。だけどその事を他に知られたら犯人に逃げられるから、今までずっと俺達にすら黙っていたって事なのかも。
だけど、ローレンスさんは何も言ってくれない。
俺達の反応を見て、ニコニコと笑っているだけだ。
まるで、俺達の言動一つで動きを変わるとでも言わんばかりに。
「…………食えない男だな」
ボソリと呟いたブラックに、ローレンスさんは笑みを深めて軽く肩を浮かせる。
「国を治めるものとしては、褒め言葉だね。そう言ってくれて嬉しいよ」
「……本当に何か掴めるんだろうな?」
訝しげな態度を隠しもしないブラックの言葉に、ローレンスさんは強く頷く。
「ああ。それは固くお約束いたしますとも。……まあ、ここまで嫌味な頼み方をしているんだから、報酬がしょうもない物では権威もクソもないだろうしねえ」
「陛下が言う言葉じゃないな」
嫌そうに言うクロウに苦笑して、ローレンスさんはお茶で喉を潤した。
「私はそもそも国主という器ではないからねえ。……なので、腹の探り合いなんてのも少々苦手なんだ。言った事はきちんと守るよ。信用出来ないというのなら、君達に有益な情報をもたらすと誓ってもいい」
「誓うだのなんだの、本当に国主かと疑いたくなるんだが」
確かに、国王たるものが無暗に誓うなんて普通ありえないことだよな。
こんなオフレコな場所で重たい約束しちゃっていいんだろうか。しかも「言った事は守る」とか言っちゃって、後でローレンスさんが危ない事にならないかな。
ちょっと不安になってしまったが、相手はおどけたように小首を傾げて見せた。
「だからさっき言っただろう? 私は、国主に向いてないんだよ」
自分を卑下しているような言い方だけど、でもその言葉に嫌味な他意はないように聞こえる。普通の大人が世間話をしているような、本当に自然な言葉だった。
そんなローレンスさんに、ブラックは溜息を吐いた。
「はぁ……。どのみち“こうさせる”つもりであのクソ長耳女も僕らを首都に寄越したんだろうし……やりゃあいいんだろ。やりゃあ」
「ヌゥ……仕方が無い……」
がっくりと肩を落とす大人二人に「良かった」と笑って、それからローレンスさんは俺の方を改めて見やった。うう、紳士のイケオジ。
「ツカサ君も、引き受けてくれますか?」
「ぅ……は、はい……」
な、なんか……今までこういうタイプのおじさんが周囲に居なかったから、間近で会話してると調子狂っちゃうな。こんなんで大丈夫なんだろうか。
お芝居もする事になっちゃったし……いや、でも、なんの芝居なんだろう。
貴族の人達に見せるような芝居だから、ヘンなもんじゃないと思うけど……。
お、俺……裏方にして貰えるように今から頼んでおこうかな……。
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