異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編

1.俺の相棒は超可愛い

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 アコール卿国きょうこく北西部は、国境の山にはさまれた地域であり、昔から強いモンスターに悩まされている地域でもある。

 しかしその反面、国境の山から流れ出る清らかな水や豊かな土壌どじょうなどの恩恵、それに加えてモンスターの討伐とうばつによって得られる素材などにより、大陸で第二位の農業国という肩書きにも関わらず、アコール卿国きょうこくは豊かな国と認識されていた。

 特に、ヒポカムと呼ばれる「モップみたいに毛むくじゃらなカバ」という外見の“馬”(牛っぽいツノがちょこんと生えているため、牛にも見えるが)が良く育つ地域としても有名であり、畜産に関しては大陸一とも言われる。
 早い話が、良い素材と美味しい食べ物がたくさんある国なのだ。

 ライクネスほど【大地の気】が豊かではないけど、それでも夜にただよう金色の粒子りゅうしの量から見れば二番目くらいには豊かな事が見て取れる。
 大地の気が豊かであれば、そのぶん自然が豊かだという証拠だ。ということは、物を作ったり術を発動したりするには十分な土地と言うワケであって……まあ、そんな感じで凄く良さげな土地なんだよな。うむ。

 ……とは言え万年「二番目」なので、そこを穿うがった見方みかたで「地位の低い国」などとバカにするヤツもいるらしい。俺としては言語道断だが、まあどの国がどの程度ていど何かを作ってる……だなんて普通の人は調べもしないから仕方が無いのかも。
 でも俺としては、まるでボーナスステージみたいな国に思えるんだけどなぁ。

 モンスター討伐も術もやり放題なんて、それこそゲームの世界じゃん。
 料理もライクネスとは大違いで美味いし、旅行するのも最適な国なのにな。
 うーむ、人の感じ方は千差万別過ぎて難しい。

「ツカサ君、なに考え込んでるのー? もうそろそろ降りた方が良いよ」
「えっ、あ、ああ」

 横……というか背後から声を掛けられて、ようやく我に返る。
 途端に前方から冷えた強風が顔面にぶち当たって来て、俺は今まで自分が顔をうつむけてなかば寝かけていた事を自覚した。い、いかんいかん。
 貴重な時間なのに、ここで寝てしまってはもったいないではないか。

 そんなことになってたまるか、と首を振ると、前方から声が聞こえてきた。

「グォオ?」

 出来るだけ響かないように喉奥のどおくだけで小さく声を出したのは、いま俺が……いや、俺達三人がまたがっている長い首の主だ。つややかな黒曜石の板を何枚も並べた武士のよろいのようなうろこは、逆鱗げきりんなどないように思えるほど完璧な強度をほこっている。

 そんな鎧武者のような長い首を持つ、黒い翼竜……とくれば、もはや何なのかなど問うまでも無い。おっきくなっても相変わらず賢くて超絶可愛い、俺の最高の相棒であるヘビちゃん……もとい進化した準飛竜じゅんひりゅう【ザッハーク】であるロクショウだ。

「なんでもないよ~ロク~! 呼んで早々運んで貰ってごめんな~!」
「グオッ、グオォン!」

 俺の言葉に、ロクは首をこちらに向けて、シュッとした格好いいドラゴンの横顔を見せる。そうして、進化前の姿である【ダハ】を思い起こさせる綺麗な緑青色の瞳で俺を見て、明るい鳴き声で「大丈夫だよ!」と可愛い事を言ってくれた。
 ぐおおお可愛すぎるよぉおおちくしょぉおおどうしてこんなに可愛いロクショウと週一でしか会えないんだああああ。

 これはもうロミオとジュリエットばりに悲劇ではないかとなげきつつも、ロクの丸太よりデカい首にしがみつくと、ロクは嬉しそうにぐおんぐおんと鳴いた。
 ううう、本当にこんな可愛いザッハークなんて世界中探してもロクしかいないよ。

「ツカサ君、僕の話聞いてたツカサ君。もうそろそろ降りた方がいいよ」
「ぬっ、そ、そうだった。ロク、このあたりで人気もモンスターの気配もなさそうな所に降りてくれるかな」
「グォオン」

 俺のお願いにいつも気持ちのいい返事をくれるロクは、遠くに見える一本線のような街道からだいぶ離れた草原にバサバサと下降すると、俺達に風圧が行かないように気遣ってくれながらコウモリ羽のような翼を波打たせてそっと着地した。

 どうだろうかこの滑らかな着地、地響き一つ許さぬ優雅なピットイン。こんな静かな降下なんて、野生のモンスターには難しいに違いない。
 間違いなくロクショウは飛行のプロフェッショナルと言っていいだろう。ふふ。
 さすがは頭も良いし最高に可愛いし強いと評判のロクショウだ、と、何故か俺が鼻高々になりつつ、俺はブラックとクロウの手を借りてロクショウの背から降りた。

 …………うん、あの……ロクショウはでっかいからね。俺足届かないからね。
 決して俺が降りるのがヘタだとかではなく、過保護なオッサン達が善意でやってる事で……あっ、こらっお前らニヤつくな! 俺が必死に自分の心を納得させてるのに目の前でバカにするような顔をするんじゃないっ。

「ツカサ君、ほぉーら高いたか~い」
「うるさいっ!」

 抱え上げたまま戻そうとするな。軽めのチョップをブラックのひたいにお見舞いすると、相手は少しも痛そうに思えない「イテテ」というおどけた声を出しながら、ようやく俺を降ろしてくれた。はぁはぁ、ま、まったくこのオッサンどもと来たら。

「グォン」

 俺達が下りたのを確認してか、背後でボウンと大きな音がして白煙が流れてくる。振り返る間もなく、小さいお手手としっかりした足を持ったコウモリ羽のヘビちゃんが俺の肩にパタパタと乗っかって来た。
 羽と手足以外は昔のダハのような姿だけど、体の色と模様が反転していて、黒光りする体にうっすらと白い模様が浮かんでいる。ダハの特徴である緑青色は、瞳の色へ変化してしまったけれど、今もロクの可愛さに変わりは無い。

「ロクぅ~~! あぁあ久しぶりの可愛さぁああ」
「キューッ! キュゥウ~」
「あーまた始まった……」
「ムゥ……うらやましい……」

 なんか外野がうるさいが、ロクショウがほっぺにスリスリしてくれるので、全然聞こえんなぁ。冷たくてすべすべで気持ちが良いぞワハハハ。

「はー……。まあとにかく、首都に向かおうか」

 あきれた声でブラックが言うのに頷いて、俺達は街道に戻るために歩き出した。

 ――――アコール卿国きょうこくの首都【ゾリオンヘリア】は、ブラックの観光案内によると「首都としては他国よりとした都市」らしい。

 まあオーデル皇国こうこくやライクネス王国の首都とくらべると、っていう話らしいが、規模的に言えば【ラクシズ】の街二つ分らしいので、俺にしてみれば結構デカい。
 しかし、その規模はあくまでも「街の部分」だということで……。

「……そういえば、街の部分だけっていう言葉はどういう意味なんだ?」

 数十分歩いてようやくレンガ敷きの豪華な街道に合流し、他の旅人や馬車の群れと一緒に首都へと歩く途中、俺は再びブラックに説明をう。
 普段は色々面倒臭がるブラックだけど、こういう薀蓄うんちくとか知識を披露ひろうするのは意外にも嫌ではないらしく、俺が求めれば結構答えてくれるんだよな。

 今日も御機嫌ごきげんはそれほど悪くなかったらしく、俺の隣であくびをひとこぼした後、空を見ながら気の抜けた声で返してきた。

「ん~、街の部分ってのはねぇ、その通りの意味なんだよ。首都の全体的な規模から言えば、ベランデルン公国と似たような大きさなんだけど……ああ、見た方が早いね。ツカサ君アレみてアレ」
「んん?」

 進行方向を指さすブラックにつられて、俺はクロウとロクと一緒に片手を水平にして目を影で守りながら先を見やる。
 良く晴れて日差ひざしもまぶしい青空の下、んで良く見える視界の先に――――街道を飲み込むようにして立ちふさがる、でっかい壁と門が見えた。
 あれが……首都の【ゾリオンヘリア】か?
 だけど外壁がデカすぎてとりでにしか見えないぞ。

「む……水のにおいがするな」
「水?」
「ツカサ、肩車をしてやろう」
「わっわっ」

 有無を言わさず抱え上げられて、股の間からクロウのもっさりした頭が出てくる。
 ぴょこん、と立った熊耳が可愛くて思わずグッと来てしまったが、俺はもう十七歳なのに肩車ってどうなの。これは許されるの。
 でもクロウの好意も無碍むげに出来ないしなぁ……と思っていると、横でブラックがわあわあと騒ぎ出した。

「あ゛ーっ、このクソ熊ぁあ!! なにツカサ君の股から顔出してんだあああ!!」

 わーもうこんなことですぐ喧嘩けんかすんなってば!
 というかその変な言い方やめろ!! 肩車だろうがコレ!
 何が股の間から顔をだ、台詞だけ聞いたらなんかおかしいだろそれ!

 そもそも、どうして肩車程度で騒ぐんだ。あとなんでクロウも「ふふん」みたいな息を吐いてるんだよ。なに、この状態で何か勝ちほこる要素あった?
 俺的には恥ずかしい要素しかないんだけど。とにかく落ち着け。周りの人が見てるから。ジロジロ見られてるから!!

 ぐ、ぐぬぬ……こうなったら早く見てしまうに限る。
 下で言いあっているオッサン達の事はひとまずシャットアウトして、俺は見やすくなった前方に改めて目をらす。

「キュー?」
「うーん…………あれっ……壁の前に……水……おほりか……?」

 高くなった視点で周囲を見回してみるが、それらしい川は見えない。だけど、俺が見ているデカい城壁のようなものを取り囲むように水面が見えていた。
 アレは、お城の周囲によくあるおほりに間違いないよな。モンスターけとか、そういう理由なんだろうか。街道の先に橋が見えるけど、有事の際にはあの跳ね橋が街の方に吊りあがる仕掛けっぽい。……のどかな国なのに、意外とセキュリティ凄いな。

 それだけ、この国を治めている国主卿こくしゅきょうという人が大事にされているのだろうか。
 いや、むしろ、モンスターが良く出て来るから他の国より用心深いとか?
 そう言えば造幣権ぞうへいけんがあるんだから、お金を刷る所もあるわけで……そういう施設が襲われないようにする面もあるのかも知れない。

「もう終わりっ、つーかお前ごときの肩車じゃナカなんて見えないんだよ! バカが! そういうコトだから、ツカサ君早く中に入ろうね!」
「うわあっ、きゅっ、急に降ろそうとするな!」

 ぐいぐいと引っ張られて思わず体勢が崩れるが、そのままがっしりとした腕にられて抱き寄せられる。肩車も嫌だがぬいぐるみみたいにされるのも勘弁かんべんだ。
 しかし、肩車がよっぽどくやしかったのか、ブラックは俺をぎゅうぎゅうに抱き締めて来る。ぐええっ、し、締めすぎっ、出るっ内臓がでるぅうっ。

「キューッ!! キュキュゥウ!」

 ああっ、ロクがブラックの顔をしっぽでぺしぺしして抗議してくれている。
 もちろん痛くない可愛い攻撃なのだが、ロクの一生懸命な「痛いことしたらめっ!」攻撃には流石さすが傍若無人ぼうじゃくぶじんなブラックも怒れなかったようで、ようやく俺を離してくれた。
 はあ、はあ、ま、まったくこのオッサンどもは……。

「と、ともかく、中に入れば『デカいけど中は……』がわかるんだな?」
「そう。じゃあさっさと入ろ」

 露骨ろこつ不貞腐ふてくされているオッサンが面倒臭い。
 しかしこの場でブラックを喜ばせようとなると色々問題があるので、とにかく街に入って宿屋をとってから考えよう……。お酒でもあれば機嫌治るかな……。

 そんなこんなで俺達は怪訝けgんそうな他の旅人達の視線に耐えながら列に並び、検閲所の警備兵に三人そろって冒険者の証であるメダルを見せた。と。

「ん? お前達……いや、貴方がたは……」

 首都を守る外壁の壁をくり抜いて作られた検閲所の部屋。そこに連れて行かれて、冒険者の証であり身分証明書でもあるメダルを見せると……メダルの刻印を確かめていた警備兵が、少しお待ちくださいと席を外す。
 三人と一匹で「どういうことだろう?」と顔を見合わせていると、そこに先程さきほどとは別の兵士……らしき人がやってきた。いや、全員甲冑姿でかぶとが顔を隠しているから、人の顔がかりづらくって……。

「すみません、お待たせしました。ブラック・ブックス様とお連れ様ですね。お待ちしておりました。水麗候すいれいこうの命により、私が引継ひきつぎをさせて頂きます」

 そう言いながらうやうやしく礼をするのは、さっきの警備兵より幾分いくぶんか年を取った声。
 もしかするとブラックより年上の兵士さんかな。ダンディな声だなぁ。

引継ひきつぎ?」

 俺の気の抜けた感想を余所よそに、ブラックは怪訝けげんそうな顔で相手に返す。
 しかしその態度は予想していたのか、相手はあわてる事も無くうなづいた。

「はい。……とはいえ、お三方さんかたともお疲れでしょうから、ひとまず休める所に移動を。ああ、詰所つめしょや怪しい場所ではありませんので、ご安心ください」

 まあ、他の警備兵や検問を受けている人がいるんだから、変な所に連れて行くとは思えないな。それはブラックも理解していたのか、とりあえず頷く。
 何にせよ、休める場所で一息つくのは悪くないよな。
 さっきまで空の旅でちょっと体が冷えてたから、あったかいお茶でも飲みたい。

 そう思っていると、甲冑の中のおじさんは俺を見てくすっと笑った。

「このアコール卿国きょうこくでは、喫茶きっさという菓子と茶を提供する店が多く出ておりますので、そこに向かいましょうか。密談をしてもそこなら静かで人目もけやすい」
「…………まあ別にいいけど」
「では案内いたします」

 こちらへどうぞ、と流れるような仕草でうながす相手に、ついつい従ってしまう。
 なんとも不思議な人だなと思いながらも、俺はブラックと一緒に歩き出した。
 ……が、クロウが付いて来ない。

「クロウ?」
「ム、す、すまん」

 どうもボーッとしていたらしい。慌てて付いて来たクロウに、ブラックが思っきり舌打ちをしたが、そんな風に邪険にするのは可哀想だ。
 気にするなよと見上げると、クロウはしょぼしょぼと目をしばたたかせながら、子猫が首をかしげるように頭を動し、ぼそりと呟くように俺にだけささやいて来た。

「ツカサ、あの兵士のにおい……なんだかおぼえがあるぞ」
「えっ……か、かぎおぼえ?」

 なんか凄いヘンな単語だが、クロウが言うなら多分そうだよな。
 でも……アコール卿国の首都に兵士の知り合いなんていたっけな?

 兵士と言うなら心当たりが無いでもないが、それならそうと言ってくれるはずだ。
 しかし相手から俺達に何かを言う訳でもなかったので……たぶん、面識がない人のはず……だよな。でもクロウが間違うワケないし……。

「うーん……とりあえず、気を付けながら案内して貰おっか」
「ウム」

 色々と不思議ではあるが、シアンさんから言付かっているのであれば、変な事にはならないだろう。そう思い、俺達はひとまず兵士の後を付いて行った。










 
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