異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編

30.暗渠の淵1

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「…………この人たちが、私の姉さんを殺したのよ」

 そう言いながら、フェリシアさんは目を細める。
 昨日まで見ていた彼女の目付きとはまるで違う、切れ長で怖さを感じる目。
 軽く走ればすぐ辿たどけるほどの距離で立ち止まった俺は、その怖気おぞけを感じさせる表情に戸惑ったが――――ブラックは、おののくこともなくハァと息を吐いた。

「苦しまぎれのわけすらその程度ていどか。メスの腕力でオス二人を転がしておいて、今更いまさら復讐だなんだと騒ぎ立てても遅いぞ」

 俺がこんな声を向けられたら、間違いなく萎縮いしゅくしてしまうだろう。
 それほど冷たい声で言葉を吐き捨てるブラックに、フェリシアさんは――傷付く顔をするどころか、忌々しげに顔を歪めてこちらを振り返った。
 ドレスのすそで隠れていた片手には、何かどす黒いものがこびりついたのような刃物がにぎられている。……何故どす黒いのか、なんて、考えたくもない。

 思わず足に力が入ったが、俺の事など気にもせずフェリシアさんは首を少し引き、ブラックを見上げるようににらんだ。

「……根拠こんきょを教えて下さる? か弱い女にそんな事をおっしゃるなんてひどいわ。冒険者の男というものは、そこまで礼儀を知らないものなのかしら」
「田舎娘が知ったような口を利くね」
「うるさい!! 証拠があるなら出せと言ってるのよ!!」

 ヒッ。
 う、うう……怖い……。なんだか、女子にリンチを受けた時の事を思い出す。
 あんなに綺麗で可愛かったフェリシアさんが、こんな恐ろしい剣幕になるなんて、いま目の当たりにしているのにまだ信じられない。
 だけど、今、彼女は俺達を威嚇いあくしている。
 人が激昂した時の顔は、顔の美醜なんて関係なく他人を威嚇し恐怖させる。そんな事を今更思い知ってしまうほど、彼女の顔は――――敵意に満ちていた。

 俺が見ていたフェリシアさんじゃない。
 だけど、俺が見ていた物こそが真実であるなんて断言は出来ないのだ。
 その事実に胸が痛んだが、ブラックは俺の事を隠すように一歩踏み込むと、平然とした声でフェリシアさんの声に答えた。

「お前の姉の部屋を見て来た」
「…………」
「その部屋の香水が一つ、高級そうなドレスや装飾品が複数、それと高級な化粧品がいくつか紛失し……そのが、何故かお前が滞在している部屋にあった」
「……それだけ? 私が同じ物を姉さんから貰ったと考えないの? 香水は姉さんが送ってくれたものよ。別におかしい所などないでしょ」

 そう言いながら、フェリシアさんは亜麻色の髪を顔にらし、薄く笑う。
 だが、ブラックは声を震わせることも無く返した。

「箱ごと送らずに香水瓶だけを送った、と?」
「姉さんの部屋にあった空箱は、姉さんが持って行った可能性もあるじゃない」
「まあそれも一理ある。お前が言う『全て送られたもの』というのも、確かめようがない以上それが真実だと言われても追及ついきゅうは出来ないだろう」

 意外にも、フェリシアさんの言葉を認めるように返すブラックに、相手は口だけを少し歪めて笑う。勝ったとでも言わんばかりの表情だったが、ブラックは続けた。

「では、あの白粉おしろいも自分の物なのか?」
「当然でしょ。私は姉さんを探しに田舎から街に出て来たの。でも、人を探すにも、身なりって大事でしょ? だから、街では恥ずかしくない格好をしなくちゃいけない。化粧はそのためにするの。そもそも、私はいつも化粧してるんだから、持って来て当然よ」
「田舎でも、毎日化粧をしてめかしこんでいたと」

 確認するように返した台詞に、フェリシアさんはフンと鼻を鳴らして目を細める。

「当然でしょ。化粧は女のたしなみなんだから」
「ほう。田舎で、ねえ」

 ブラックのその言葉に、フェリシアさんの笑みが消えた。
 どういう事なのだろうかと思ったが、俺に背を向けているブラックの顔は見えず、ただ俺と彼女の視界をへだてている。
 少なくともフェリシアさんは、ブラックの顔以外何も見てはいなかった。
 まるで、虚を突かれて硬直したかのように。

「では、億劫おっくうだが、こいつらにかたきちをした後でお前の田舎に行ってみよう。ああ、不安なら警備兵も同行して貰っていい。……もしお前が本当に、田舎でもあの白粉おしろいを使っていたのなら、親や周囲の村人も何かしら感じる事があっただろう。あのかなりの量の高級な白粉おしろいなら、毎日使ってもすぐには無くならないだろうからな」
「っ……」
「地肌以上の白い肌になるくらい下品な化粧をしているんだから、誰かしら必ずお前の顔の事は覚えているだろう。化粧慣れしてない女が、田舎で毎日意味も無く化粧をする様なんて、珍しい以外の何物でもないわけだしな」

 前提がよく分からない。だけど、確かに俺が知る限りの村人は……フェリシアさんのように「初めての化粧ではりきりすぎた顔」なんてしておらず、ほとんどの女性はほぼスッピンに近い顔だったように思う。

 顔にペイントしてるとかそういうのは別だけど、そもそもこの世界の人達って八割が美男美女みたいなところあるし、化粧必要無いくらい綺麗な人多いもんな……。
 でも、田舎の人が化粧をしてないのはそれだけの理由じゃないぞ。

 ……水浴びが普通であり、いまだに馬車を使うようなこの世界では、自分を美しく見せるための道具も嗜好品扱いで貴重だ。高級娼姫が使う化粧品ともなれば、平民用の物よりずっと高価だろう。それも娼姫の一種のステータスなのだ。
 だからこそ、つつましい生活をしている田舎では濃い化粧が目立つ。
 そう、フェリシアさんの化粧は俺でも分かってしまうほどに濃かったのだ。

 なので、俺もついフェリシアさんの化粧を「初心うぶな子のお化粧」なんて思ったのだが――――確かに、薄明かりでも分かるレベルで白粉おしろいを塗っていたのなら、村の人が「すっごい白い子がいるなぁ」なんて思ったりしてもおかしくない。

 フェリシアさんが「田舎でも化粧していた」と言うのなら、目立って当然だ。
 村人も両親も、きっと覚えているだろう。本当に、村でも化粧をしていたのなら。

 …………そもそも、着飾る必要があまりなく、高い消耗品にそれほど金も使えない田舎では、おめかしするという行動にあまり縁がない。
 俺の世界だと違うけど、この世界みたいに牧歌的な生活をする村ならそう言う所も多いだろう。それに、こっちの化粧品は、作業してる時に汗で流れそうだし……。

 だから、ブラックの言う通り、フェリシアさんの持ち物全てが本当に「自分の物」だとすれば、田舎での生活を確認されたって何も痛い所はないはずなのだが。

「…………なによ……アンタも私に意地悪するの……?」
「え……」

 フェリシアさんの口調が、なじるような物に変わった。
 思わず声を出したが、彼女は俺の声など聞こえなかったのか、ブラックを強く睨み付けて更に眉間のしわけわしく増やした。

「ふざけんな……ふざけんなよ汚い冒険者のくせにッ!! 私のやる事に一々口出ししないでよ! なんなのよアンタ達……っ、もおやだ、いい加減にしてよ!!」
「はぁ?」

 急に怒鳴り散らし始めたフェリシアさんに、ブラックは小馬鹿にしたような声音を漏らすが、彼女はブラックを憎々しげに見つめたまま歯を見せ歯軋はぎしりをしている。
 美女どころか普通の女性はまず見せないだろうそのあからさまな表情に、思わず俺は固まってしまうが、フェリシアさんは何事かわめきドレスの中で地団太を踏んだ。

 ざっざっと怒りに任せて地面を踏みつける音がして、どす黒いまだら模様の刃物がウィリット達の目の前でぶんぶんと振り回される。
 フェリシアさんの様子がおかしい事へのあせりと同時に、ウィリット達にいつその刃が振りかざされるのかと思うと血の気が引いた。

 こ……この状況は、ヤバい。ヘタしたらあの二人の命が奪われる。
 今の会話はまだ不十分で、フェリシアさんが本当の犯人であるのかどうかは俺にはいまだに判断ができないけど、でもこの状況がヤバいのは解る。
 ……フェリシアさんが、正気じゃないってことも。

 なのに、ブラックはそんなフェリシアさんにさらなるあおりをたたみかける。

「はっ……自分が困るようなことを言われたら、話も聞かずに癇癪かんしゃくを起して、周囲に怒鳴り散らすのか。わがまま放題の女そのものだな」
「な、にを……」

 ああ、ヤバい。
 なんかフェリシアさんの背後に、中がどす黒い青紫のオーラが立ち昇ってるような気がする。それくらい、彼女の様子は危ない。
 俺の中の臆病だからこその危機感が一気にふくれ上がって来て、手汗が噴き出した。このままだと、確実にウィリット達が危ない。ブラックの挑発で、フェリシアさんが余計に激昂してしまう。

 もう、駄目だ。かまっちゃいられない。
 なんとかして先にウィリットと執事さんを助けないと……!

「っ……!」

 手の内に込めていた緑色の気を強め、俺はブラックの背中に隠れるようにしてその手を広げる。てのひらの中には小さな二粒の種があり、俺の合図でいつでも芽を噴き出そうと言わんばかりに、緑色の若々しい曜気に満ちていた。

「自分の思い通りにならないのがそんなにイヤか? お前、田舎ではさぞかし自分の思う通りに……――――」
「うる、さい……うるさい、うるさいうるさいうるさああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 感情が抑えきれなくなったのか、フェリシアさんの声が言葉を失くす。
 と、そのナタのような禍々まがまがしい刃物が思いきり上に掲げられ――――

「あっ、ああ……!! ど、どうか捕らわれた二人を救いあげこの場へ導け――――でよ【グロウ・レイン】――!!」

 もう見ていられなくて、叫び声が一際ひときわ大きくなったと同時、俺は二粒の種を地面に押しつけるように片膝かたひざを突いて術の名を叫ぶ。
 刹那、その叫びに応えて指の間から太く頑強な二本のつるが這い出し、目で追うひまも無く俺が助けたい人達の場所めがけてした。

「あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁあ!!」

 咄嗟とっさにウィリット達が転がされている方を見ると、今まさにフェリシアさんの凶器が苛立ちによって無慈悲に振り下ろされようとしていた。
 間に合うのか。
 一瞬考えて、全身が寒気に硬直した。
 ――――――と。

「ああほらほら、何やってるんですか。本当に貴方は素直で可愛らしいですねぇ」

 ――――そんな、おどけたような冷静なような声が聞こえた。
 聞いた事も無いような、至極たのしそうな男の声が。

「……え?」

 思わず声が漏れたと同時、目の前で俺が伸ばしたつるが弾き飛ばされ、俺はその予想外の衝撃で「つるが受けたダメージ」によって後ろへ吹っ飛んだ。

「ツカサ!」
「ツカサ君!」

 二人の声が聞こえたが、反応できない。
 体が浮いた……と思ったら、すぐにその衝撃は何かにぶつかり相殺された。

「がッ……! はっ……く、クロウ……さんきゅ……っ」

 痛いけど、クロウが抱き留めてくれたおかげでなんとか耐えられた。
 でも大きな失態だ。耐え切る事が出来なかった。くそ……あんなに訓練したのに。

 「拘束した時の抵抗」による苦痛は訓練していたつもりだったが、こうやって敵にはじかれキャンセルされた時の痛みまでは想定していなかった。
 木の曜術は、拘束に失敗した時もこんなダメージを負うのか。

「くそっ……」

 それすら想定せずに暢気のんきに修行を続けていた自分が憎らしい。
 カーデ師匠は教えてくれなかったが、それは完全に後衛の仕事をまっとうしていて、術に失敗する事が無かったからだったのかも知れない。
 さもありなん。普通、こんな風に近距離で隠れずに突入する時には、色々と面倒な木の曜術など使わないのだから。
 でも、それでも……くやしい。失敗した上にダメージを受けるなんて情けない。

 誰なんだ。
 誰が、俺の術をこばんだ。

「うるさい、私に指図するなッ、私に命令するなああああ!!」
「はいはい、すみません。……でも、このままでは人質も奪われてしまいますよ?」

 少しもフェリシアさんに謝る気持ちが無い軽い声の方へ、ぎこちなく頭を向ける。
 ブラックの背中の向こう。
 その体の横からのぞき見る少し先……小部屋のようになった行き止まり。
 フェリシアさんとウィリット達しかいないはずの、その場所。

「お前……何者だ……」

 ブラックの緊張したような声が指す先には。

「おや。貴方がた【グリモア】がこの場所に来たと言う事は……私の正体など、もうとっくに分かっているのではなくて?」

 黒いローブの男が、フェリシアさんのナタを持つ手をつかんでわらっていた。











 
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