異世界日帰り漫遊記!

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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編

29.暗く深い底

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 俺は、目的地に走りながら考えていた。
 本当に“あの人”が犯人なんだろうか。どうしてこんな事をしたのだろうかと。

 でも、そんな事をいくら考えたって、結局本人に聞く以上の確かめ方は無い。
 わかっているのに、走り始めた今も俺の中では「どうして」という言葉が消えてくれなかった。……だって、本当にどうしてとしか言いようが無かったんだから。

「ツカサ君、解ってるだろうけど今回は遠慮ナシだからね。下手に同情したら、相手に有利な状況を作る事になる。僕にまかせて。いいね?」

 前を走りながら俺に言い聞かせるブラックに、ただうなづく。
 ここはもうラクシズの【一般街】を抜けて【高等区】だ。兵士に気取られないように、途中まで屋根の上を走って身を隠しながら降りて来たのだが、良い思い出もあるこの場所に、こんな事でやって来たくはなかった。
 でも、俺達は来なきゃ行けなかったんだ。

 ――――あの後。
 この事件に【アルスノートリア】が関わっているかも知れないと平屋で聞かされた後、俺はブラックと一緒に“ある部屋”と“あること”を確かめた。
 後者は、ただ簡単な事を人に聞いただけだったけど……それでも、この二つの事は俺にとっては衝撃的なものだったのだ。

 ブラックに「恐らく全貌ぜんぼうであること」を聞かされて、それまで半信半疑だった俺も考えを改めざるを得なかった。
 だけど、まだ信じたくない自分がいる。いや……認めたくなかったんだ。

 もしブラックが推測した事が本当なら……あまりにも、惨過むごすぎる。
 そんな真実など認めたくは無かった。

 だけど、目的地は徐々にせまってくる。
 馬車で通り慣れた綺麗な石畳の道を足で進み、いっそ永遠に近付かなければいいのにと思いながら進む。その先に――――貴族や大商人の家にしては少し小さい洋館が見えて、俺は荒れる息を飲み込んだ。

「ああ、人の気配がするね」

 息も乱れていないブラックの冷静な言葉に、熱いはずの体がヒヤリと冷たくなる。
 ……きっと、ブラックもクロウも割り切っているんだろう。そもそも大人だから、こんな風に一々気にしたりしないのかも知れない。俺だって、立派な大人の男だって自称するんなら、こんな事でうろたえるべきじゃないんだろう。

 でも、やっぱり俺はブラック達のように冷静になれない。
 ウィリットの事を思うと……なおさら、胸が痛かった。

「ツカサ君、僕達の後ろにいてね」
「う、うん……」

 固く閉じている鉄の門を、クロウが無理矢理むりやり開け……あ、いや、至極しごく簡単に開き、その間をって俺達は玄関へと進む。
 無遠慮にドアノックを強く鳴らしたブラックに、ややあって扉が開いた。
 そこには――――あのお婆ちゃん執事さんが居て。

 だけど、何故か様子がおかしい。
 執事さんは血の気の引いた顔をしていて、いつもの彼女じゃないみたいだった。

「…………申し訳ありません。我があるじは現在とこせっておられまして、その体調もかんばしくなく……どなたもお通しする事のないようにと固く命ぜられております」

 いつも背筋を伸ばしキリッとしている執事さんなのに、今日はその覇気がない。
 明らかにおかしいと思ったが、それを指摘する事も出来ず。ただクロウの大きい体に隠れるようにして様子をうかがっていると、執事さんを観察するように視線を動かしていたブラックが、不意に笑った。

「実は、こちらに滞在なさっていたウィリット様のお姿が見えなくなりまして。このまま失踪あつかいとなりますと、我々にも責任がおよぶので、今【湖の馬亭】の館の者総員そういんでウィリット様を捜索しているのです。このままですと、警備兵に報告が行き、館の者達が罰を受けることになります。……それゆえ、なんとか執事の貴方にもおちからえ頂けないかと思いまして……」
「…………」
「ああでも、もし戻って来ていらっしゃるのなら話は早い。こちらにられると言う事は、何かわたくしどもにいたらぬ所があったのでしょう。その点も含めて謝罪させて頂きたいのですが……どうでしょう?」

 まあよくペラペラとうすっぺらい事を言える。
 だけど、このわざとらしい言い方がブラックのいやらしい所なのだ。

 要するに「このままだと一連の事件が警備兵や貴族の知る所となるぞ」とおどして、執事さんをムリにでも協力者にしようとしているのだ。
 だけど、それを表立って言えば言葉尻を捕えられてどう反撃されるかわからない。
 なので如何様いかようにも言い逃れができるように、ブラックはへりくだっているのだ。まあ、本当頭が回るというかなんというか……。

 つーか、平謝りしてるんでもないし、これってもう脅しだよね。相手がどう出るか解ってるからこんなに居丈高に言えるんだよね……普通なら、こう言う場合お貴族様の関係者にはペコペコして平謝りするのが平民ってヤツだろうに。
 んっとにもう慇懃いんぎん無礼ぶれいと言うかなんというか。

 そんなブラックの言葉に、執事さんは一瞬迷いを見せて視線を背後へ回したが――何を思ったのか、ぎこちなく頷いてドアを大きく開いた。

「…………どうぞ、お入りなって応接室でお待ちください。あるじを呼んでまいります」

 そう言って俺達を招き入れる執事さん。
 表情は浮かない顔をしているが、その顔を心配する前にブラックは俺の肩を抱いて強引に応接室へと歩かせた。下手な事を言うなと言う事だろう。
 こういう時のブラックは、大体が有無を言わせない。まあ、俺がポカやらかしがちだからという事も有るんだが……心配だけど、黙っているほかない。

 そのまま部屋に通され、執事さんは「ここで待つように」と指示して扉を閉じた。
 ……部屋に変わった所は無いな。危険は無いようだ。
 数秒、そのままソファに座っていた俺達だったが、先程さきほどから熊耳をあらゆる方向に動かしていたクロウがボソリと呟く。

「周囲に人はいない。だが、遠くで足音はするな」

 確信めいたことを言うクロウに、ブラックは「だろうね」と片眉を上げた。

「ご丁寧ていねいに鍵も掛けられたし、始末するまで閉じ込めておくつもりだろう」
「えっ……と、閉じ込めるって……」

 立ち上がってドアを確認しに行くと……た、確かに鍵が掛かってる。
 あんまりガチャガチャすると行けないと思って戻って来たけど、しかしこうなって来ると、やっぱり執事さんも共犯なんだろうか。いや違う、たぶんおどされてるんだ。
 ウィリットを人質に取ったとでも言われたのかも知れない。そう思うと、心配になって来たぞ……ど、どうしよう。

「ツカサ君、落ち着いて。……ふーむ……どうだ熊公」

 ソファにゆったりと座ってうなるような息を漏らすブラックに、クロウは何かを探るように視線を動かし、小さく鼻を動かしていたが――――やがて、息を吹いた。

「…………地下がるな」
「ああ、やっぱり。一階も二階も【索敵】に引っかからないからな」
「場所は分かる」
「んじゃ、行こうかツカサ君」

 えっ、えっ。
 なになに何なの。二人だけで納得してないで俺にも教えてくれよ。
 しかしブラックは俺に「しーっ」と人差し指を口に当てた仕草をし、鍵が掛かっているはずのドアを、一言二言詠唱し白く美しい光をまとう手で簡単に開いてしまった。
 ううう、流石さすがは金属を自在にあやつる金の曜術師……炎と金だなんて、ブラックの使う属性はマジでズルいよな……格好良いし大概たいがいのことは何とでもなるし……。

「ツカサ、ブラックと俺の間に」
「う、うん……」

 いつもの陣形にさせられ、何故か二人は厨房へと向かっていく。
 さっきクロウは「地下がある」と言っていたが、俺がこの屋敷を掃除した限りではそんな怪しい場所なんて見当たらなかったぞ。
 なのにどうして、と思っていると、ブラックは厨房に着くなり勝手口を開けて裏庭へと迷わず踏み出した。あれ、い、家から出ちゃうのか?

 慌てて付いて行くと、ブラックは敷地の隅の方へ歩き出す。
 どこへ行くんだろうかと前方を見やると――――背丈の高い花が咲き乱れた花壇があり、その後ろになにやら煉瓦れんがで作られた古い箱のような物が見えた。

 俺が知っているものとは少し違うけど……あれはもしかして、井戸か?

 じっと見て考えている俺の思考を読んだかのか、ブラックは「そうだ」と答えた。

ふたは閉じられているみたいだから、れ井戸にでもなっちゃったんだろうね」
「水のニオイどころか土のニオイのほうが強いがな」

 そんな言葉を聞きながら近付いた井戸は、確かに釣瓶も無く鉄製のふたがしっかりとふさいでいる。しかし、その井戸の蓋は何故か周囲にくぎが何本か落ちていた。
 これって……元々、釘でしっかりと固定されていたんだろうか。

 クロウが難なく重そうな鉄製の蓋を開けると――――。

「あっ! は、ハシゴ!!」

 そう。なんと、井戸には頑丈そうな縄梯子なわばしごが掛かっていて、下の方まで続いていたのである。終点は暗くて見えないが、どう見たってここが怪しいよな。

 そうか……俺、館の中の掃除や食事作りばっかりやってたから、井戸のことなんて考えもしなかったよ。よくよく思い返してみれば、ラクシズは古代からずっと使われている上下水道が存在するんだし、俺達が滞在している【湖の馬亭】にだって個人用の井戸があったんだから、当然ながら貴族の屋敷にもあるはずなんだよな。
 くそう……こんな簡単な事に気付かなかったなんて……。

 いや、でも、本当にココにウィリットはいるんだろうか。
 そう思って眉間にしわを作る俺を余所よそに、ブラックは縄をつかんで目を細める。

「真新しいね。まるで今日けたみたいだ」
「この井戸は枯れているとはいえ、水の匂いがするのに……縄には湿しめり気もないな。それに、縄と同様に真新しい人のニオイがある」
「え……じゃあ……やっぱりこの中に……」
「行ってみよう。まず僕が行くよ」

 そう言いながら、ブラックは俺に【ライト】の術での先導を頼み、とても簡単そうに縄梯子を下りて行く。光の玉の後に続いてどんどん遠くなるブラックを見ていたが、俺も覚悟を決めて梯子はしごつかみながら井戸の中に入った。
 ……が、大きく揺れるわ不安定だわで、とてもじゃないが簡単にはりられない。

 なんでこんなモンをアイツは簡単に降りられるんだ。冒険者だからか?
 まったくもって不愉快だと思いつつも、俺はなんとか井戸の底までり切った。
 上からぽろぽろと降って来るクロウの靴裏から零れた土を頭から叩き落としつつ、せまくて暗い穴の中を見回すが――――ブラックの姿が無い。

「……まあ狭いって言っても、結構広いな……ブラックはどこだ?」

 井戸は入り口こそ狭かったが、底の部分は存外余裕よゆうがある。
 俺達三人が隙間をあけて立てるぐらいには広くて、良く見れば、地面には今も少しばかり水が張っていた。土壁を触ってみれば、なるほど確かに湿しめっている。
 縄をにぎった時の事を考えると、確かに梯子はしごが乾燥してるのは変だったな。

「って、そんなこと考えてる場合じゃないか……ブラック、ブラック……おっ」

 薄暗い中、俺が作った【ライト】の明かりを探していると、少し奥まった所でチラチラと明かりが見える。どうやら少し曲がった洞窟のようになっているらしい。
 土壁……とは言ったが、綺麗に掘られている所からして、もしかしたらこの辺りは何か土の曜術で固められているのかも知れない。

 ここにとどまっていてもクロウが下りる時の邪魔になるので、ブラックに追い付こうと少し天井が低い洞窟に入って後を追った。……と。

「ん……」

 ブラックがマントを広げて、光の玉を背後におおい隠すようにしている。
 何をしているのかと思ったら、ブラックは指と横顔で「コレ、消して」としめした。
 お望み通りに自分に引き寄せて消し去ると、相手は蝋燭ろうそくふところから取り出し、ごく小さな明かりをともす。もしかして、光が強すぎたんだろうか。
 そう思っていると、今度は「こっちにおいで」とジェスチャーして来た。

 近付くと、ブラックは再び指を立てて「静かに」と無言で俺に伝え、道の先の方をチョンチョンと指差す。
 ……まだゆるくカーブが続いている、先が見えない水の通り道。
 何だろうかと思って、暗がりに慣れない目を細めると。

「…………?」

 あれ、なんだか壁がちらついているのが見える。
 いやこれは……明かりだ。かすかな明かりが土壁を薄く照らしているんだ。
 かなり距離はあるみたいだけど、ここまで届くって事はそう遠くないな。多分……この道のすぐ先に誰かがいるんだ。

 一気に緊張が込み上げて来て息をんだが、ここで怖がっても居られない。
 冷静さを自分に強いて耳を澄ませると、奥の方から何やら怒鳴り声が聞こえた。

「…………」

 ブラック、あれなに。
 何を喋っているのか俺には聞き取れないが、ブラックなら分かるだろうか。
 そう見上げた俺に、相手は薄く笑って耳元に顔を近付けて来た。

「うるさくキイキイわめいてるんだよ。僕達が付いてきちゃったからね」
「でも、それなら執事さんとウィリットが危ないんじゃ……」
「突入するか?」

 いつの間にか追いついて来ていたクロウが、背後からボソリと言う。
 ブラックに答えをゆだねるように見やると、相手はあせりもせずに口角を上げた。

「ま、コソコソしてても仕方ないしね」

 そう言ってすっくと立ち上がると、ブラックは蝋燭をその場に置いて歩き出した。

「えっ、ええ!?」

 ちょっと待って、あの、急すぎやしませんか。
 おおおお俺まだ準備が。いや、回復薬は持っているぞ。よ、曜術だって、いつでも発動できるように曜気をめておけばいいんだ。
 だ、大丈夫。出来る。俺なら出来るぞ。だってあんなに修行したんだから。信じる事が第一歩だ。そう己を鼓舞しつつ、俺は木の曜気をてのひらの中に充填しながらあわててブラックの後に続いた。
 
 …………狭い井戸の洞窟、ゆるいカーブを曲がって行く。
 次第に光が強くなってきて、やっとカーブを抜けた先。
 ブラックの背中越しに見えた、一本道の先には。

「どうして!! なんでアイツらがここに来てるのよ!!」

 水琅石すいろうせきの明かりの中、ヒステリックにそう叫ぶ、若い女性の後ろ姿と――――

 縛られ地面に転がされている、ウィリットと執事さんの姿があった。

「あ、あれが……」

 あれが、犯人。
 思わず足を止めてしまったが、ブラックは恐れもせずに近付いて行く。

「っ――――誰!?」

 亜麻色の髪を振り乱してこちらを振り返ったその顔は……昨日まで俺が見ていた、純真で恋する乙女のような表情とはかけ離れた、鬼のような形相だった。

「…………頭が悪い発言だなぁ」

 吐き捨てるブラックの言葉を、彼女はどう思っただろうか。
 だけど、その彼女の表情はひるむ事も悲しむ事もしなかった。まるで、俺達に見せていた純朴な顔は嘘だったのだとでも言うように。

 ……全部……全部、嘘だったんだろうか。

 さっきブラックから聞かされて覚悟はしていたはずなのに、胸が苦しくなる。
 だけど、これ以上もう真実から目をそむける事など出来なかった。

「な……なんで……なんで、こんな事をしたんですか……フェリシアさん……!」

 必死に、昨日まで信じていた相手に訴える。

 彼女に向けて絞り出した声は、自分でもあきれるぐらい情けない声だった。











 
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